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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その2 ギーネ ティアマットの地を知るですぞ
23/117

ACT 22 勇気と忠誠

 闇夜の彼方で、旧市街の建築物が白骨のように薄ぼんやりと浮かび上がっていた。

 ギーネたちとセシルは、互いにどこか戸惑いを含んだ眼差しで顔を見合わせていた。

 互いが持ち合わせている情報を付き合せたら、結局そこで手掛かりが途絶えてしまった。

 三人とも、神の視座を持ち合わせている訳ではなかった。

 何が正解かは分からない。決断には、常に不安が付き纏っている。

 重苦しい沈黙の立ちこめる中、途方に暮れた表情をしつつギーネは地面に跪いた。

 コンクリート上に残された微かな泥に指で触れてから、顔を上げてセシルを見つめている。

「セシルがそう言うのなら、わたしの勘違いかも知れませんね……私たちは町に来てから長い訳ではないし」

 他人の意見を聞き入れたのか。それとも場に流されただけなのだろうか。

 結果としてどちらに転ぶかは、この時のギーネ自身にも予想は全く付かなかった。

 時間は黄金のように貴重で、人手にも余裕はない。

 人攫いの下手人は旧市街に潜んでいるかも知れないし、見当違いの場所を探ろうとしているのかも知れない。

 ティナを救出するには一刻も争う状況で、間違った決断によって旧市街の探索に時間を浪費したりすれば、恐らく救う機会は二度と巡ってこない。

 

 責任を丸投げしたようにも思えるギーネの言動だが、亡命貴族も自分の考えにそこまでの確信がある訳ではなかった。

 ギーネは途方に暮れており、セシルは強張った表情で夜空を睨んでいる。

 難しいな。とアーネイは思っていた。

 不安に苛まれているのか。時折、セシルの頬が小さく痙攣しているのが夜目にも見て取れた。

 

 頑なな表情を浮かべて口元を引き結んでいたセシルが、ライフルを背負い直すと曠野へと向かって真っ直ぐに歩き出した。

「何処に行くつもりですか?」ギーネがハンターの背中に向かって呼びかける。

「町での奴隷狩りは、一応は違法行為だからな。

 もしティナを浚った連中がいるなら、一刻も早く町から離れようと考えるかも知れない」

 旧市街を見つめたまま、ギーネが首を振った。

「手掛かりもなしに曠野を彷徨って、見つかるとでも思っているのですか?」

「……他に手掛かりもない。付き合ってくれた礼は、帰ってきてからするよ」

 振り返りもしないセシルの背中越しの声に、ギーネは首を振った。

「曠野は広大です。真夜中に懐中電灯つけて、たった一人で彷徨う心算ですか?

 怪物にも遭遇するかも知れません」

「町から離れるには……幾つかのルートがある。そこを張ってみる心算だ。

 もしかしたら、ティナを連れた人攫いが通りかかるかも知れない」

 ため息を洩らしたギーネは、最後に一言だけ忠告した。

「……分の悪い賭けですよ?」

「……他に手がかりもない。やってみるさ」

 小さくなっていくセシルの背中を見送って、アーネイがため息をついた。

「あいつ、足も止めませんでした」

「……糞ッ」

 低く何かを罵ったギーネが、首を振ってから踵を返した。

「……行きましょう。私たちに出来ることはもう有りません」

 

 

 ギーネとアーネイが防壁の外からホテルに帰りついた頃には、時刻は真夜中を過ぎていた。

 ティアマットの1日は29標準時間であるから、それでも夜明けまではまだ7時間近くあった。

 帝國人たちは、契約した寝台に戻って横になっている。

 寝台に寝転がったギーネだが、眠れないのか、じっと天井を眺め続けていた。

 肘に頭を乗せながら、横向きで主君へと向き直ったアーネイは、面白くなさそうな顔をしていた。

「やっこさん、大変な剣幕でしたね。

 相当、頭に血が昇っているようにも見えました。

 一人で夜の曠野を彷徨うそうですが、無事だといいのですが」

 無謀な行動だと言外に匂わせているアーネイの口調にも、どうにも力がなかった。

 

 帰りの道中では碌に喋らなかったギーネは、寝台に寝転がったまま、じっと天井を眺めている。無力感に苛まれているのかも知れない。

「とは言え、他に手がないのも事実です」

 呟いてから勢いをつけて身を起こしたギーネは、アーネイに訊ねてきた。

「アーネイ、今、幾らありますか?」

「……え?使える金額ですか?51クレジットです」

「ふむ」ギーネは、膝組みしながらアーネイを見つめた。

「今日は疲れました。正午まで休みがてら市場に行きましょう。ロープやズボンなども買いたいですしね」

 ギーネは淡く微笑んでいる。アーネイは吐き捨てるように言った。

「それにしても、ティアマットまで来て奴隷商人とはね。

 あの手の連中は、何処にでも湧くものですね」

 嫌そうな口調で口にしたアーネイに、銀の前髪をかきあげながらギーネが怒りに満ちた口調で吐き捨てた。

「……予想はしていました。人の尊厳を踏み躙る鼠賊めが……」

 硬質の光を瞳に宿らせてたギーネ・アルテミスが表情に冷たい怒りを滲ませると、アーネイは少し見直したように微笑を浮かべたが、主君は突然ドヤ顔になってのたまった。

「今のやり取り、すっごいシリアスな会話ですぞ。くふふっ、ギーネさんが物語の主人公みたいで格好いいのだ。将来、伝記を書く時には忘れずに載せるのだ」

 

 

 夜明けをまんじりせずに待っていたギーネとアーネイは、朝の9時頃になって青空市場の屋台の連なりに顔を出していた。市場の雑踏を掻き分けながら、武器を出している屋台を見て回っている。

「あれ?銃でも買われるおつもりですか?」

 アーネイの問いかけに、ギーネは不満げな顔を見せて首を横に振った。

「奴隷商人がうろついていると分かった以上、美少女のギーネさんとしては、自力で身を守らなければならないのだ。

 ……と、その心算でしたが、碌な代物がありませんぞ」

 屋台に並んでいる銃に視線を走らせて、ため息を洩らした。

 鉄パイプ組み合わせたようなマシンガンやライフルが並んでいたが、値札は、38クレジット。ライフルに至っては55クレジット。本体だけで予算をオーバーしている。

 

「ぬぬぬ。おまけに売っている弾丸も口径がばらばらの上に錆が浮いています。

 なんであの屋台、9mmパラと32口径、38口径が一発ずつしか売ってないんですか。

 おまけにどれも一発3クレジットとか。ボッタクリすぎて意味が分からないのだ」

 銃器専門の商人は見当たらず、雑貨を中心に武器も扱っている屋台や露店を見て廻ったのだが、どの商人も似たような品揃えであった。

 たまに安い銃が売っていても、骨董品のようなリボルバーライフルであったり、ガタの来たリボルバーが5クレジットであったりする。

 そして何より、銃本体に手が届かない訳ではないけれども、弾薬が高すぎた。

「このワルサー、撃針が磨耗していますよ。フレームもガタガタです。

 ダブルアクションとは言え、危なくて使えないのだ」

 手にした中古の拳銃を見定めいていた亡命貴族が、天を仰いで嘆いている。

 

 市場を裸足で歩いているような初老の農夫でさえ、ガンベルトには銃と数発の弾薬を巻きつけていたにも関わらず、ギーネたちの所持金では銃と弾薬一揃いは買えそうにない。

「前に見た時は、市場の品揃えも、もう少し豊富だったと思ったんですけどね」

 アーネイが首を傾げているが、馬鹿みたいに値段が高い上、どうみても碌な品揃えではない。

「銃が全然、見当たりませんぞ?」

 それどころか、前に比べて刀剣類も値上がりしているように思えた。

 意気消沈しているギーネを見かねて、アーネイは屋台商人に尋ねてみた。

「前はもう少し弾は安くありませんでしたか?」

 問いかけに若い商人が肯いてきた。

「ああ、今は銃や弾薬は値が上がってるね。南からの船が来てるから」

「船?なんですそれ?」

 ギーネが目を丸くして訊ねる。行商人は首を傾げた。

「だから、船だよ。知らない?」

「過分にして。教えてくれる?」

「何か買ってよ」

 肩を竦めたギーネは、並んでいる商品から頑丈そうなロープを手にとって手触りを確かめてみる。

「では、この縄を。幾ら?」

「毎度!10クレジット!」

 嬉しそうに値を告げてきた行商人に、アーネイが鼻を鳴らした。

「如何見ても1クレジットの価値も無いでしょう」

 

 結局、3クレジットと50セントのニッケル貨でかなり良さそうなロープを購入してから『船』についての情報を聞くことにした。

「南大陸から大きな貨物船がやってくるんだよ。二、三年に一度くらいの頻度かな。

 三ヶ月から半年ほど港に滞在するんだ。積荷は主にコーヒーや砂糖」

 若い行商人は顎を撫でながら、ギーネたちに知ってる事情を説明してくれた。

「荷を大量に放出して、かわりに機械部品やら毛皮、医薬品なんかの物資を買い集める。

 噂だと、奴隷なんかも買いつけているみたいだぜ」

 奴隷と言う単語を耳にして、ギーネとアーネイは鋭い表情で目配せした。

「で、今の時期は、船を目当てに港町や途中の町やらに、行商人や旅人がやってくるだろう。

 だもんで、そいつらの持ち物や身柄目当てに盗賊共があちこちに出没しているんだ」

「ほう、物騒ですな」

「そうさ、この時期の街道はとかく物騒でさ。

 だから、船の来る時節には、武器は総じて値上がりするんだ。

 うちなんか、まだ良心的な方だよ。小さな田舎町なんかだと、普段の十倍の値段をつける行商人もいるくらいだ」

 

 若い行商人は結構、話好きだったのか。

 色々と話してくれた事情を総合すると、『南』から『船』が訪れて物流が盛んになるこの時節。治安の悪化から、旅人や行商人が先を争って武器を買い求め、特に銃器は高騰するらしい。

 それからも幾つかの出店を廻ったギーネとアーネイは、革袋やズボンなど幾つかの買い物をした。

 治安の悪化も武器の品薄も、どうやら一時的な現象と聞いて安心しつつ、ギーネは困り顔でため息を洩らしていた。

「大型の輸送船でやって来て機械部品や医療品、奴隷を買いつける、か。

 コーヒーや砂糖のプランテーションでも経営しているんですかね?」

 砂糖黍もコーヒー豆も、本来、それなりに温暖な土地で栽培される植物であった。

 寒冷化した惑星の痩せて荒れ果てた土壌で、栽培出来るのだろうか。

 それとも寒冷地でも栽培できるように品種改良されているのか。

 機械文明が高度に発達していた西暦二千年期の地球世界でも、労働集約型のプランテーションでは、第三世界の労働者を低賃金で扱き使う仕組みは常態化していた。

 コーヒーや砂糖が安い理由は理解できたが、だからといって知人が奴隷として売り飛ばされるのを座視したいとは思わない。

 

「南では労働力になる大人が求められているようです。

 子供のティナは、必ずしも船に売り飛ばされると決まった訳ではありません」

 ギーネの言葉にアーネイが肯いた。

「確かに。働ける奴隷を求めているとしたら、子供は買わないでしょう」

「しかし、人口が少ない世界です。

 それを補う為に人狩りを行っているとしても不思議ではない」

 憂わしげな目でギーネは人混みを行き交う人々を眺めていた。

「昔、目にした次元協会発行の資料で、ティアマットでは平均寿命が低く、緩やかに人口も減り続けていると記されていたのを思い出しました」

 

 道行く人々に老人は少なく、子供の姿も多くはなかった。

 不具や大きな傷跡が刻まれた人々の姿が目立つ。皮膚が甲殻に変質したり、鱗の生えている人物。角や複眼のある者も見掛けられた。

「……滅び行く世界。恐らくは奴隷商人にとっても稼ぎ時なのでしょうね」

 憂鬱になった亡命貴族は、頬を歪めて吐き捨てた。

 一体、何人の人々が奴隷狩りの餌食になっているのか。ギーネには、到底、想像もつかなかった。

「連中にしてみれば、さしずめ狩りのシーズンと言う訳ですね」

 皮肉っぽく呟いたアーネイに肯きつつ、ギーネは人差し指の間接を軽く噛んだ。

「アーネイ。この町の保安官は、住民に被害が出ない限り動きません」

「ええ、マケインがそのようなことを言ってました」

 ギーネは詰まらなそうな表情で言った。

「稼ぎ時のこの時期、奴隷商人は町の近くにも出没するのは珍しくないことだそうです。

 旧市街で襲ってきた連中。やはり人攫いの一味ではないかと、私には思えてならんのですよ」

 

 

 市場で買い物を済ませたギーネとアーネイは、かつて地球製の腕時計を売り払おうとした質屋に面する通りへとやってきていた。

「襲われて以来、治安の悪い一帯と思って暫らく近づきませんでしたが、別にそんなことはなかったぜ」

 通りには人気は少ないものの、周囲には怪しげな人影も見当たらず、コンクリート製の鉄道橋を潜り抜けたギーネは、楽しげに嘯いている。

「お嬢さま、旧市街で襲ってきた連中が人攫いとのお考え。勘ですか?」

 背後で手を組みながら歩いているアーネイが主君に問いかけると、ギーネは振り返った。

「追われた時のことを覚えていますか?あの時は、おのぼりさんと一目で分かる格好をして彷徨っているうちに、チンピラが周囲に群がってきました」

 器用に後ろ向きに歩きながら、ギーネは周囲を見回している。

「それと、近くの村から町へとやってきた娘さんたちも幾人か、行方不明になっているそうです」

 何かを見つけて立ち止まったギーネが、横にある小さな細い路地へと向かって歩き出した。

「今になって考えると、きっと網を張っていたに違いないと思うのだ」

 

「お嬢さま、どちらへ?」

 アーネイの呼びかけに耳を貸さずに、ギーネは建物と建物の間にある細い路地へと入り込んでいった。

「……悪漢たちに追い回された時、この路地を通り抜けたのを覚えていますよ。

 確か、路地を抜けて小さな階段を降りると、そこから旧市街に抜けられたはずです」

 追いついたアーネイが、ギーネに呼びかけた。

「旧市街は人の住める状況ではないと……」

「ええ。『セシル』はそう言ってました」

 旧市街は人が住める状態ではない。それがセシルの説明だったが、彼女の認識に齟齬があるのではないかとギーネは考えていた。

 

「先日、ギルドで目にした町の歴史という資料には、旧市街には十年ほど前まで町の人たちが住んでいたと書かれていました」

 錆が浮いた手摺りに掴まりながら、コンクリート製の古い急な階段を降りたギーネは、まだ上にいるアーネイを見上げて説明を続けた。

 町の一部として昔から住民たちが暮らしている区画でしたが、怪物たちの巣がある東の丘陵に面している為、お化け鼠や巨大蟻が迷い込んできたり、地面に突然、穴が開くことから、住人たちは徐々に減少していった。

「で……数年前に町の防壁が完成したのを皮切りに、旧住人たちは壁のこちら側に引っ越してきました」

 

 アーネイが階段を降りきると、ギーネは説明しながら再び路地裏を歩き出した。

「元々、住んでいる人数も少なかった為、今は完全に遺棄された区画になった訳です。

 時々、勇敢なスカヴェンジャーたちが残された物資を漁る為に踏み込んで行きますが、基本的には無人の町です。住むんだったら、まだ外町の方が安心できるそうで」

 崩壊前の住宅地や工場など、遺跡から物資を漁るスカヴェンジャーたち以外は、碌に足を踏み入れない場所らしい。

 

 立ち止まったまま、ギーネは四方八方に視線をめぐらせた。

 そこは丁度、路地の交差する十字路のようになっており、四方に向かって所々に深い影が横たわる街路が伸びている。

 

「此処からは推測ですが、恐らく今でも怪物の数自体はさほど多く在りません。

 迷路みたいな狭い路地が多くて、見通しも悪く、銃を持っていても、油断すれば命取りになる為に銃で武装しているハンターでも踏み込むのを躊躇うとのことです。

 不意打ちされ易い場所ですから、腕利きでもソロではきついでしょうね。

 ですが、徘徊しているのは、主に巨大蟻や毒蜘蛛などです。

 それほど手強くもなく足も遅い怪物ですから、人数が揃っていれば対処できます。

 ねえ、棍棒を持った屈強な男たちが蟻を狩りに行く光景を見たことがありますよね。

 五、六人がバットを持って掛かれば、巨大蟻やお化け鼠の一匹、二匹なら狩るのは、さして難しくありません」

 

「いやな言い方になりますけど、奴隷商人たちが腰を据えて仕事に励むのならば、旧市街は身を隠すのに都合がいい場所だと思うのです」

 ギーネは、アーネイに向かって鋭い視線を向けた。

「恐いのは不意打ちです。此処から先では私の死角をカバーするように動いてください。アーネイ」

 ギーネの言葉を聞いたアーネイが、眉を跳ね上げた。

「先陣を切る心算ですか?」

「行きますよ?」平然とギーネは足を進めた。

「危険です」

 渋い表情で制止するアーネイだが、ギーネは艶やな微笑を浮かべたまま足を止めない。

「くふふ、ここでティナを見つけてたら、セシルも私に惚れ直すこと間違いないのだ。

 おお。なんですか。その目は。第一の目的は人助けですぞ。本当に」

 

「……あの時の道順を記憶しています」

 歩いていたギーネが立ち止まった。

「……蟻の足が落ちています」

 壁際にしゃがみこんだギーネが少し周囲に視線を走らせると、壁に銃痕が残されていた。

 ギーネは蟻の巨大な前肢を拾い上げると、アーネイに振って見せた。

「やはり、何者かが怪物と戦ったようですよ」

「でかい。気持ち悪い」

 露骨にしり込みするアーネイ。

「自然に取れるものではありません。

 何者かが怪物を狩った。スカヴェンジャー。それとも奴隷商人かな」

 誰に問うでもなく、ギーネは歌うように呟いた。

 

 アーネイが、真面目な表情となって俯いた。

 下唇に指で触れたまま瞑目していたが、やがて真剣な眼差しをしてギーネに向き直った。

「此処から先に踏み込む前に、お嬢さまに一つだけお訊ねしたき議が御座います。

 ……この件、何処まで踏み込まれるおつもりですか?」

「……どういう意味です?」ギーネは訊ね返した。

「奴隷商人の組織がどれほどの規模かも分からないまま、手を出すのは危険ではないでしょうか?」

 ギーネは口を挟まずに、アーネイをじっと見つめている。

「広域に根を張ったマフィアや、軍隊や警察に伍するような武装組織の可能性もあります。

 また、そこまで行かずとも構成員たちが普通の住民として共同体に溶け込んでいた場合、報復を防ぐのは甚だ困難です。此方が町から逃げ出す羽目に陥ることも有り得ます。

 お怒りを買うのを承知で申し上げます。どうか深入りなさらないでください」

 ギーネは、アーネイから視線を逸らせた。

「まだ戦うとは決まった訳ではありません。ただの偵察ですよ。

 ……それに、ティナを見捨てろと?」

「場合によっては。組織的な報復を行える規模の裏社会の面子に泥を塗った場合、私たちは只では済みません」

 アーネイの訴えを聞いていたギーネは、皮肉っぽく自嘲の笑みを浮かべて承諾した。

「確かに今の私は、何者でも在りません。一溜まりもないでしょうね。

 状況に応じて見捨てる選択も有り得ます。わたしも命は大事ですから」

 肯いているアーネイを見つめて、ギーネは言葉を掛けた。

「ですが、人攫い共。たかの知れた小悪党の集まりと言う可能性もありますよね?」

「助けたいのですね?」

 危険を冒してでも、踏み込むつもりなのか。

 主君の想いを忖度しつつも、念を押してのアーネイの問いかけに、唇を軽く舐めてからギーネは存念を明かした。

「出来る限りのことはしておきたいのです。後悔はしたくありません」

 ギーネの言葉を聞いたアーネイは、深々と肯くと颯爽と歩き出した。

「では、行きましょう」

「こんな危険なことに付き合わせて、アーネイには申し訳なく思っているのだ」

 ギーネの言葉に、アーネイは穏やかな笑顔を浮かべて応じた。

「それが望みであれば、なんの否やがありましょう」


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