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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その2 ギーネ ティアマットの地を知るですぞ
20/117

ACT 19 薄氷の上を歩む

今回は繋ぎの回

 先日、商店街跡地で遭遇した怪物を調査する為、朝早くからギルドを訪れたギーネとアーネイであったが、あいにく話を聞いたギルド職員のうちに目当ての情報について知る者は一人もいなかった。

 聞き込みも資料の閲覧も空振りに終わり、疲れた目を擦りながら、ティアマットの生物に関する資料閲覧室を出たギーネたち。朝早くのギルド会館内部は人気が少なくて閑散としている。

 

「アーネイは騙されているのだ。クラウディアは元からガチなのだ。

 何を吹き込まれたかは知らないが、押し倒してきたのはクラウディアの方なのだ」

 一階ロビーの受付前を足早に歩きながら、浮気がばれた旦那のようにギーネは必死に弁解していた。

「ほう、ほう。それで、それで?」

 傍らを歩きながら、顎を撫でつつ肯いているアーネイだが、確かに言われてみると、クラウディアも幼少から片鱗を見せてきたような気がしなくもない。

「……だから、クラウディアとは本当に一度きりだったのです。

 あの子の方から迫ってきて、押し倒されたんですよ。嘘なんかつきません」

 主君の言葉を耳にしたアーネイは、有り得ないと鼻を鳴らしている。

「16歳のお嬢さまが14歳に押し倒されたねえ?信じられませんよ。

 大体、口説かれたのが本当だとしても、なし崩しに気持ちよくなっちゃたんでしょう?

 誰でもいいと言う事ではありませんか」

「そっ、それは違います。なっちゃったんじゃなくて、されちゃったんですぞ。

 彼女とは元々親しかったし、それに……代わりと思って欲しいと迫られて」

 ギーネの言葉の最後の方は小さくなっていて、聞き取れなかった。

「なんです?」

 怪訝そうに聞き返したアーネイに対して、ギーネは憂鬱そうな表情でそっぽを向いた。

「……なんでもありませんよ、馬鹿ッ」

 

「……何で、私が馬鹿なんですか。意味が分かりません」

 憮然としているアーネイに、ギーネは拗ねた幼児のように床に視線を落としながら言葉を繰り返し叩きつけていた。

「ずるいです、アーネイは!……馬鹿っ、馬鹿っ、馬鹿ァ」

 子供みたいな癇癪を起こしたギーネをスルーしつつ歩いていたアーネイが、何かに気づいて立ち止まった。

「人の従姉妹に手を出しておいて、あまつさえ馬鹿呼ばわりとは、全く失礼な御方です……おや、あれは?」

「なんですか?可愛い子でも見かけたんですか?」

 家臣の視線の先にあるものを追ったギーネが、迂闊な一言にきつい目でアーネイに睨まれた。

「……そう言えばホテルのフロントの子にも目を付けていましたね。

 止めてくださいよ。あのホテル。結構、気に入っているんですから」

 釘を刺してくるアーネイの言葉にギーネは口を尖らせた。

「……言われなくても、分かっていますよう」

「そうしてください。主君の色恋沙汰で住居を追い出されるのは御免ですから。

 簡易宿泊所としては、町で多分一番いいところですよ」

「ううッ、成熟と未成熟の境にあるあの時期が、生物として一番美しいというのに。

 綺麗なものを愛でることが罪であらば、世の全ての芸術家が咎人となるでしょう」

 哀しげに嘆いた後、ギーネは自分が口走った台詞が気に入ったのか。

「や、今の台詞は格好いいですぞ。メモしておこう。

 美しい人よ。君を愛するのが罪であれば、世の男は全て咎人になるだろう」

 小さなノートに鉛筆でなにやら書き始めるギーネ。

「愛でるのならば、鑑賞するだけで充分でしょう。本当はそれも止めて欲しいですけど」

「で、何を見つけたんですか?美少女?美女?男の娘?」

 

「見た目、可愛ければ何でも宜しいのですか、お嬢さまは?」

 首尾一貫して救いようのない守備範囲の広さの主君に呆れつつ、アーネイは廊下隅の階段を降りていく見覚えのある人物を指差した。

「可愛い少女はいませんが、老人がいますよ」

 アーネイの肩越しにちらりと視線を送ったギーネが、どうでも良さそうに肯いた。

「おや、ギイ老人ですね」

「ギルドの奥へと入っていきます」

「……地下資料室。ふむ」

 階段入り口に記されたプレートの文字を読んで興味を覚えたのか、ギーネが猫のように目を細めた。

 

 資料室にはやる気のなさそうな中年職員が椅子に座っていたが、閲覧料として僅かな小銭を徴収されるだけで入ることが出来た。

 机の並んだ埃っぽい部屋には殆ど人影はなく、受付の職員は暇そうに欠伸をしている。

「おや、ギイ爺さん。珍しいところであいましたね」

 資料部屋に入ってきた帝國の亡命貴族に朗らかな顔で挨拶を送られて、机に座って老眼鏡で何かを読み耽っていた爺さんは、半白の片眉を上げると酢でも飲んだかのように顔を顰めた。

「なんです。折角、過去のわだかまりを捨てて、美女が挨拶してやったというのに」

 唖然として口を半開きにしていた爺さんが、憮然として毒づいた。

「……いい性格をしてやがるぜ」

 

「ふふん、褒められてもなにも出ませんぞ」

 一方的に告げてから、ギーネは棚に並んだ資料へと興味深そうな視線を向けていた。

 地下の閲覧室の蔵書は、地理に関する資料が大半を占めているようだ。

 鉄製の棚に並べられてよく整理されているが、利用者はあまりいないに違いない。

 大半の資料は薄く埃を被っていた。

「ふむ、これは、これは……大崩壊前の市街地の地図、地下の水路図、鉄道の路線図、地下鉄、鉱山施設、プラントや工場、製鉄所の座標、鉱物資源の分布。植生などは、完全に変わっているでしょうが、面白そうな資料が幾つかありますね。

 暇つぶしには持って来いの読み物ですが、残念。今日のところは時間がありません」

 どうやら此処に保存されているのは、他でも入手可能な一般的な資料らしい。

 どの本も状態は比較的綺麗ではあるが、中には廃墟から回収してきたのか。表面や一部の焼け焦げた本も少なくない。

 

 ギーネの態度に呆れたように首を振りながら、ギイ爺さんは手元の地図帳を閉じて老眼鏡を外した。

「しかし、珍しいな。お前らがこの時間帯に見かけるとは」

 目蓋を揉みながらの爺さんの台詞どおりに、ギルド会館が込み合うのは、昼から夕方に掛けての時間帯が一番多かった。

 大体、そのくらいの時間になると地下水路や曠野の探索に赴いていたハンターたちが町へと帰還して、その日に狩った獲物を買い取りの受付へと持ち込んでくる。

 ギーネたちがギルド会館に姿を見せるのも、夕刻以降が多かった。

 

「私たちは今日はお休みなんですよ」

 本を読む誘惑に耐え切れなかったのか、手頃な一冊を取り出して恐ろしい速度で捲り始めたギーネの呟きを、アーネイが引き継いだ。

「先日、奇妙な怪物に遭遇しましてね。ギルドの人たちに話を聞いてみたのですが、どうにも該当する怪物がいないようなのです」

 

 意識を集中している時のギーネは、目にした映像を脳裏に焼き付けて記憶に留めることができる特技を持っていた。ちなみに、羊達の沈黙で有名なレクター博士も同じ能力を持っている。

 とは言え、それは目にしたものを写真のように記憶できるというだけであり、例えば本のページを目に焼き付けて『保存』しても、それは分析や感想を伴った『理解』ではなく、内容を諳んじているだけで活用することは出来なかった。

 知識を血肉とするには、改めて本の内容を思い起こし、一字一句を追う必要があるのだ。

 速読や理解の速さでも常人離れしているギーネであったが、今は取り敢えず記憶するだけ記憶して、後で脳内で思い返して楽しむ心算なのだろう。

 分厚い地形図に取り掛かったギーネが、作業のようにページを開いては視線を走らせながら説明している。

「巨大な人体模型のような、中身をひっくり返したゴリラみたいな奴です。

 恐らくはミュータントだと思うのですが、ご存知ですか?」

 何気なく言ったギーネの言葉に、爺さんの顔つきが変わった。

「そいつをどこら辺で見た?」

 意外な食いつきに驚きながらも、隠すようなことも出ないとアーネイは正直に告げた。

「……旧商業地区の南側ですが、心当たりが?」

 爺さんの表情に苦い反応があった。

「あそこら辺か」

 怪物について撮影した携帯端末の動画を見せようかとも考えたギーネだったが、価値のある品を持っていると迂闊に他人に見せるのも恐いので、アーネイと目配せの末、止めておいた。

「何かを知ってますか?」とアーネイ。

「十何年か前からかな。機械や商品なんかを漁りに行くスカベンジャーやハンターが時々、消息をたつことがある。

 なかには結構、手練で装備も整えているチームもいたんだが……並みのミュータントやゾンビに襲われても、10人からのパーティーが全滅ってのも考えにくい話だった。

 まあ、未知の怪物自体は珍しくない。そいつの仕業かどうかは分からんが、何かがいるって気はしていたぜ」

 

 取り敢えず手近で興味を引いた1冊を読み終わったギーネが、老人に肯きかけた。

「なるほど。ところでパーティーとか言われると、ウィザードリィみたいで格好よくてドキドキします」

 ギイ爺さんが目を瞬いた。

「ウィザード……なんだって?」

「気になさらずに。貴重な情報を有り難う」

 アーネイの謝辞に爺さんが鷹揚に肯いた。

「なに、いいってことよ」

 言ってから眼鏡をかけなおすと、老人は再び難しい顔をして地図帳と睨み合い始めた。

 

 

 1時間ほど掛けて大小15冊ほどの資料を手早く脳裏に刻んでいたギーネが、ふと、我に返ったかのように動作を止めた。

 久しぶりに読書を堪能した為か、だらしなく緩んでいた相貌を整えると、首をコキコキ鳴らしながらアーネイに声を掛ける。

「10人からのベテランチームが未帰還。もしかして想像よりやばい奴だったんですかね」

「戦っていたら、私たちも今頃、奴の胃の腑で消化中だったかもしれませんねぇ。

 もっともあれが人肉を食すかどうかは不明ですが……」

 嬉しそうに分析するアーネイは少し頭おかしい。家臣として抱えられるのは、鷹揚な私くらいですぞ。思いつつ、ギーネは頬に指を当てた。

「アテナの設計図から推定されるロボットの戦闘力では、ちょっと拙い気かも知れません。

 奴のロボットは、設計者と同じでヘッポコですし」

 アーネイが肩を竦めた。

「お嬢さまが前に仰っていたジャイアント火星ロボとやらは造れないんですか?」

「ちょっと資材と工業力が足りません。ですが、完成したらアテナのロボットの100万倍は強いですぞ!」

 胸を張るギーネにアーネイは素直に感嘆した。

「それは凄い」

「……値段は10億台分ですが」

「それは意味があるのですか?」

「……投入するタイミングと場所を間違わなければ……つ、使い方次第で」

 

 町の近隣の地図(大崩壊前のものがどれほど役に立つかは分からないが)や産業に関するレポートを読み耽っていたギーネに付き合い、アーネイも隅のプラスチックケースに乱雑に放置されていた本の山に歩み寄った。

 未整理と記されたケースに入っているそれらの資料は、地理に限らず様々な分野の本が集められている。

「こっちの本は新しいな。題名は、ティアマットの生物に関して……他所の次元世界で発刊されたのか?それとも、此の世界でいまだに本を作っているところがあるのかな」

 怪物に関する考察や、銃器に関する資料を手にとってアーネイは流し読みした。

「なんだこれ?0.63Gの惑星で重力の軽さに目をつけて、重戦車を空挺降下させた軍人がいたのか。たまげたなあ」

「大気が濃密だと、戦車砲の衝撃波の威力がより大きくなる?胡散臭いな。

 レポートの作成者も困惑してる。惑星の大気成分の特性が影響したのか、要考察……か」

「大気の構成や重力、自転速度から来るコリオリ力の違いで同じ狙撃銃で同じ装薬の同じ弾薬を使っても、狙撃の結果が異なることもある……方程式が複雑すぎて理解できない」

 昼近くになり、時間に押されたギーネがようやく席を立ったが、結局、目に付いた題名のうち、興味深そうなものの大半を記録したようだった。満足げに身震いしつつ、大きく伸びをした。

「……何か面白い本はありましたか?」

 アーネイが訊ねると、ギーネは深々と満足そうに肯いた。

「大崩壊前に核戦争に備えて造られた数箇所のシェルターらしい施設。それに幾つかの送電施設や医療施設、浄水施設の場所が載っていましたよ」

「……それは」

「尤も、折角の情報も、今の私たちには宝の持ち腐れでしょうがね。

 他のハンターが知っているのに手付かずであれば理由があるでしょうし、知らないのであっても、こんな土地で下手に宝を手に入れたら命取りになります」

 名残惜しそうに残りの本を眺めているギーネを引っ張るようにして、アーネイは資料室を後にした。

 

 

 

 ギルド会館から出ると、アーネイが口を開いた。

「結局、ギルドでの調査は空振りですね。

 一応の成果は出ましたが、さて、此れからどうしますか?」

 時間の無駄とはならなかったが、件の怪物に関しては何一つ手がかりが掴めなかった。

「ベテランハンターや、怪物担当するギルド職員もその存在を知らないところから見るに、あいつは単独の変異体、もしくは少数種族だと思います。

 他に目撃情報もないから、縄張りに近寄らなければ充分でしょう」

 言ったギーネが、結論が出て緊張が薄れたのか。生あくびを噛み殺した。

「どこかで、ウジャウジャと増えていたりして」

 嬉しそうな笑顔を浮かべて想像している家臣を見て、ギーネは嫌そうに眉を顰めた。

「嫌なことを想像しますね、君。そうだとしても、手の打ちようは何もないですけど。

 まあ山みたいな大きさの蟲だの、殺戮兵器群だのに遭遇したら、どのみち私たちも一貫の終わりです。

 まあ、ティアマットにいる限り、全ての人が薄氷の上を歩むような人生であることに代わりはありませんけどね」

 ぼやいている主君の横顔を眺めてから、アーネイはふと思いついた考えを告げた。

「そうだ……セシルに聞いてみますか?」

 

「んんー?」

 眉を跳ね上げたギーネの知る限り、昼時のセシルは部屋で寝ているか、虫捕り人の収入では出入りし辛い酒場に入り浸っていることが多かった。ホテルで飲んだくれている姿を目にすることもある。

 今のままでは錆び付くのも時間の問題ですね。

 それでも並みの狩人より腕は上でしょうが色々と勿体無い。

 そんな風に思いつつ、ギーネは首を横に振った。

「……会えた時にでも聞いてみればいいでしょう。

 それよりもお腹が空きました。ホテルに戻りましょう」

 ギーネが歩き出すと、アーネイが提案してきた。

「……あ。では、ギルドの食堂で済ませますか?」

 ボリュームのある食事を早くて安く食べさせてくれるギルド会館の食堂は、手頃に済ませたい労働者や商人、ハンターには人気で、昼時ということもあって十余ある席も殆どが埋まっているように見えた。なお、味は値段相応なので期待してはならない。

 ギーネは首を横に振った。

「昨日に獲った蟹虫のお肉が残ってます。足が早いから早めに食べないと。

 ホテルなら、調理場を借りて焼けばただですし、後は屋台でスープでも買いましょう」

 必要な物資の補充や此れからの方針について話しながら、二人は路地へと踏み出した。

 

 市場を歩くと、スープや焼いたパン、それにお粥や麺類、炒めた豆など様々な匂いが四方の屋台から漂ってきている。

 芋の入った暖かいスープを屋台で注文したギーネたちは、腰のベルトに吊るしたブリキのカップにスープを入れてもらう。

 規格品を量産する力のなくなった崩壊世界では、カップやコップさえ、けして高くはないが、そこそこに値段が張る代物だった。なので屋台で注文する時は、予め自分の皿やカップを用意して、料理を入れてもらうスタイルが一般的だった。

「寒いし、ここでスープ飲んじゃいましょう」

 ギーネが言うと、湯気の立つカップを抱えたまま、座れる席はないかウロウロし始めた。

 誰もいない階段を見つけると、二人は高い場所に座ってスープを啜り始めた。

「おお、ここからだと市場の全景が見えますよ!」

 楽しげなギーネの傍らで、ゆっくりと流れていく雲を眺めながら、アーネイは静かに肯いてスープを啜っていた。

 肌寒い風が吹きすさぶティアマットの曇った空も、こんな時には捨てたものではないように感じられた。

 上機嫌のギーネは、最近、タバコを吸うこともなくなって来ていた。

 取り敢えずは生活していく目途もつき、ストレスも軽減されてきたのだろう。

 僅かに微笑みを浮かべて階段脇の石壁に寄りかかっているうちに、疲労した体の芯で眠気が蠢くのを感じ取って、アーネイは小さな欠伸をした。

 何時までも、こんな長閑な時間が続いてくれればいい。

 市場の人混みから発している猥雑な響きに耳を欹てながら、アーネイは静かに目を閉じた。


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