ACT 11 ギーネさんが幼馴染から賭けで設計図を巻き上げていたのこと
作者「え?今日は感想貰ってもいいのか?」
読者「ああ、しっかり読め」
作者「コピペコピペ」
読者「お代わりもいいぞ!」
作者「………!」
読者「遠慮するな、今までの分読め」
感想を貰うのは、とても励みになります。
嬉しいし、参考やアイディアが浮かぶこともあります。
ギーネ・アルテミスは、その日も朝の目覚めから絶好調なようであった。
「今日もどんよりと曇った絶好のティアマット日和です!」
早朝から元気一杯で身を起こすと、機嫌よく伸びをしている主君を見て、眠たげに目を擦りながら隣の寝台で寝ていたアーネイが朝の挨拶を送った。
「おはようございます……それにしても、あれだけ夜更かししてゲームしていたのに。
朝っぱらから元気ですねえ、お嬢さま」
言われたギーネが不思議そうな表情を浮かべて、アーネイを見つめた。
「はい?わたしは、ゲームなんかしてませんよ?」
「携帯端末の画面に向かって、いい子ですね。とか、ギーネさんが主ですよー。とか一晩中、猫撫で声で話しかけたり、ボタンを打ち込んでいたではありませんか?」
怪訝そうな表情を浮かべていたギーネだったが、アーネイの言葉に合点がいった様子で肯いた。
「ああ、あれはですね。組んだ人工知能の情緒の育成です。
この携帯端末で育成してから、いずれロボットボディにでも移す予定ですぞ。
そしたらほら、狩りを手伝ってもらうにも、身を守るにしても、護衛ロボットが一台いたら、ティアマットで生き抜くには何かと便利でしょう?」
いかにもな理由を告げるギーネであったが、アーネイは疑問を呈した。
「ふむ。しかし、いくらお嬢さまでも、材料も乏しい廃棄世界でロボットを作るのはさすがに難しいのでは?」
ギーネは確かに機械工学の分野や設計に関しても優れた知識と才能を有していたが、それはあくまで一定水準の工業力と技術力を保持する世界にいてこそ有用に発揮される類の能力であった。
充分な機材や材料もない廃棄世界で、在り物からロボットを組み上げるには、それとは全く別次元の広範な知識や臨機応変な閃きが必要されるのではないか、そう憂慮するアーネイに対してギーネが自信満々な態度を崩さない。
「くふふ、大丈夫。これを見なさい。アテナの奴から賭けで巻き上げた設計図です。
一から引くのは流石に無……難しいですが、設計図を見れば作るのは簡単ですぞ」
「巻き上げた?賭け事で?お嬢さまが?アテナさまから?一度も勝ったこと無かったのに」
意外な言葉に衝撃を受けたらしく、アーネイが呆然と呟いた。
「失敬な。現にここに戦利品があるではありませんか!」
疑われたと思ったのだろう。携帯端末の画面にデーターを提示すると、ギーネが見せてきた。
「共和派に追われつつ次元ゲートに向かう途中、アテナの別邸に寄ったでしょう?
その時、ティアマットに行くことを告げたら、その夜、賭けを持ちかけてきたんです。
お互いに大切な物を賭けないかと。
気取って、僕はこれを賭けよう。ティアマットに行くなら役に立つ筈だとか気障に言いつつ、簡単に作れるロボットの設計図を提示してきました」
ギーネの説明を聞きながら、設計図や材料一覧を一通り流し読みしたアーネイは、スペックに大きく肯いた。
「これは、確かによく出来ていますね」
「そうですか?べ、別に大した事ありません。
ギーネさんの設計した無敵ロボ、ジャイアント火星ロボの方がずっと素敵で百倍は強そうですぞ!
こんなのボールみたいな外見ですし、装甲は紙ですし、名称は『軍曹』で決定ですね」
アーネイがアテナを褒めたのが気に入らないらしく、拗ねたギーネは、また訳の分からないことを言っていた。
「どうせ稼働時間が3分とか、主人の言う事を聞かないとかいうオチなのでしょう」
鼻を鳴らしたアーネイが過去を思い返して、ふと首をかしげた。
「しかし、あの時、逃亡中の我々は身一つでしたが、よく賭けるものなんかありましたね」
アーネイの疑問に、彼女の主君は顔を明後日の方向にそらした。
「……わたしは、前からアテナの奴が欲しがっていたものを賭けました」
ギーネがアーネイの視線を避けるように顔を背けながら応えたので、怪しく感じた家臣は掌でこっちを向かせて詰問した。
「おい、白状しろ。何を賭けたんです?」
「……アーネイ」
下を向いてポツリと呟くギーネ・アルテミス。
「おい!」
「勝ったからいいではありませんか!私だって内容を確認せずに賭けたりしませんよ!
勝負はテレビゲームでしたし」
逆切れした主君の言葉に引っ掛かるものがあったのか、アーネイが片方の眉を上げた。
「ゲームでお嬢さまと勝負ですか?向こうから言い出して?」
「そうです。アテナの奴め。ゲーム中、不利になった頃に、か、勘違いしないでくれたまえよ。君が死んだら張り合いがないなんて思ってないんだからね、とか気持ちの悪いことをほざきつつロボットの設計図を渡そうとしてきたので、そんな物いらないからお前の先祖伝来のカルタゴの壷を寄越せといったら、何故か切れてました。
訳の分からん奴です。大事な物を賭けようと言い出したのは、あいつの方なのに。大人気ないです」
偉そうに胸を張るギーネ・アルテミスを軽蔑の眼差しで眺めるアーネイ・フェリクス。
「……最悪だ。この人」
「途中からムキになっていましたが、なあにゲームでギーネさんに勝てるはずが無いでしょう。わたしがFギガの銀河系知的種族最速レコード保持者とも知らずに……愚かなり、アテナ。
ふふっ、よっぽどにアーネイが欲しかったらしく、最後は半泣きでしたよ」
小気味が良さそうにけッけッと笑っている主君を眺めながら、アーネイは掌で顔を抑えた。
「もう色々とアレ過ぎて、何と突っ込んでいいのか分からないよ」
「アーネイ、気をつけてください。絶対にアテナと二人きりになってはいけませんよ。
アーネイを欲しがるなんて、奴はきっと隠れ百合シタンに違いありません。
女は野獣、狼なんですからね!
アーネイを裸に剥いて、あんなことやこんなことをする心算ですよ。
うう!うらやま……けしからん!」
真剣な顔で忠告しつつ、何を想像したのか。鼻血を吹き出したギーネ・アルテミスが、頬を染めながら息も荒く興奮してアテナは変態だと言い募っている。
「……お嬢さまのほうがよっぽどに危険人物に思えますよ。で、この設計図」
「ふふん。あまりにアテナが哀れでしたし、荷物も嵩張りますので、寛大なギーネさんはカルタゴの壷の代わりにロボットの設計図データーで勘弁してやりました」
「いや、それはもしかして餞別をくれたんでは……分からないな。あの人だから」
頭を抱えつつ呟いたアーネイだが、断言するには自信がなかった。
ギーネ・アルテミスの幼馴染で普段は犬猿の仲のエレスサール・アテナは、アーネイの主君と同じくらいに複雑怪奇な思考回路の持ち主で、腐れ縁のギーネと顔を会わせる度に喧嘩したり、一緒になって碌でもない騒動を巻き起こしてきた。
ギーネとアテナが一緒にいる悪夢のような光景を思い浮かべるだけで、アーネイの胃は条件反射でしくしくと鈍い痛みを発してくるのだ。
携帯端末を眺めて、ふむふむと肯いていたギーネがアーネイを見つめた。
「そんな訳でアーネイ。現金は今、幾らありますか?」
財布も携帯端末のデーターも参照せずに、アーネイは即答した。
「47ギルドクレジットと、他に若干の小銭です。
両替屋では、やたらに相場が変動するし、クレジット札に交換すると手数料を取られるのですが、小銭は多分10クレジットほどの価値かと思われます」
ギーネが不可解そうに首を捻った。
「あれ?思ったより溜まってませんね。100程度は溜まっていると思ったのに。
それでは、どの道、ロボットの材料や工具も買えそうにありませんが」
顔を曇らせた主君に対して、アーネイは肩を竦めた。
「それはそうですよ。ジャケットやズボンも繕う針や糸もただではありませんし、ブーツも高い。毛布や下着もちょっとましな品を選ぶと、途端に値段が跳ね上がる。
なにより収入が増える度に、お嬢さまの望まれるままに美味しい物を食べる頻度が上がっていますからね」
「ぬうっ、アーネイ!自分だって同じ物を食べているのに、わたし一人の我が侭みたいな言い方やめてくださいよ」
アーネイも時々、食べる定食や美味しいお酒には未練があるので矛先を緩めた。
「まあ、精神状態を健全に保つためにも、幸福感というのは重要ですからね。
ぶっちゃけるとこの田舎町では、味覚の幸せくらいしか手に入りませんし。
まあ、バランスシートは良好で貯蓄は出来ていますし、あまり気にする必要もないと思います」
何故か偉そうな態度になったギーネが帝國の国是を言い放った。
「その通り、幸福は義務ですよ!臣民!
節約節約ばかり言っていては気も滅入りますし、メンタルも悪化します!」
それから妖しい眼光と色っぽい微笑を浮かべて、アーネイの様子をじっと伺い出した。
「そこで提案。そろそろチョコレートを摂取してもよいとは思いませんか?」
アーネイ曰く「他にもっと買うべきものはないのですか?」
一言の元に却下されて、ギーネが膨れている。
「駄目と言ったら駄目です。なんです。1枚10クレジットですよ。
健全な財政状態が劇的に悪化します」
「経済成長が見込めるんですから貨幣を刷ればいいんですよ。
そうだ!アルテミスポンドで支払ってやりましょう。幾らでも発行可能ですぞ!」
「戦争で潰れた領邦の紙幣とか、だれが受け取るんですか」
「へへへ。チョコ。チョコくれよ。一枚でいいんだよ」
何かの薬物の禁断症状を起こしている中毒者の如く、プルプルと腕を震わせたギーネは、哀れっぽい口調で家臣の手を握ったが、それでもアーネイが折れないと見るや方針を転換して可愛らしく懇願した。
「お姉さん、チョコくれるならギーネに何してもいいよ?」
「じゃあ、指の一本も折ってやろうか?」
「ひぃ!」
「うぅー、チョコレート食べたい。チョコレートぉ」
寝台の上で駄々をこねるポンコツ君主を眺めながら、アーネイがため息を洩らした。
「では、暫く虫肉だけで過ごして、100クレジット溜まったら買いましょう」
「今がいい。いまー!」
「駄目」
ぴしゃりとアーネイに言われて、ギーネは涙目になった。
「一枚、一枚でいいから。ちょっとずつ食べて一年持たせるから!」
「収入と支出のバランスが重要だって、今言ったばかりでしょう?」
悔しげにギーネは歯軋りした。
「自分の主君が、そんなに信用できないかね?」
今度は貴族らしい口調と威厳を見せてごり押ししようとするが、19年間も一緒に育った腹心にそんなやり方が通用する筈もない。
「お年玉を毎年初日で無計画に使い切る人間が、信用も糞もありませんね」
「失敬な。予め欲しい物のリストを作っているんですから充分に計画的ですよ」
少し哀しくなったアーネイは、熱くなった目頭を抑えると低い呻き声を洩らした。
国に帰りたくなったものの、在りし日の母国を懐かしんでも故郷は遠く次元の彼方である。
「ああ言えばこう言う。減らず口ばかり達者になって」
「じゃあ、もうすぐ新年だからお年玉で頂戴?」
アルトリウス帝國には、古来よりお年玉という日本の風習が伝わってきている。
「あんた、もうすぐ19歳でしょう?成人ですよ?
12氏族の仮にも当主が、家臣にお年玉を強請って悲しくないんですか?」
「全然。このギーネにとってはなぁ。
欲したものが手に入らなかった時の無念さに比べれば、恥やプライドなんて物はどうでもよかろうなのだァー!」
悪役みたいに、ハハハハハと一頻り高笑いを咬ました後、ギーネは横になった。
「ふぅ……朝からアーネイをからかったので疲れましたぞ」
その日一日、アーネイの機嫌はずっと悪かったという。
朝食を済ませた後は、ホテルの裏庭で柔軟をこなして念入りに体の緊張を解す。
それから話し合ってその日のルートを大まかに想定すると、市場を巡って必要な物資を補充。しかる後に防壁の門を潜って曠野に出た後は、獲物を求めて半日掛けて歩き回る。
それがギーネたちの、虫捕り狩人としての1日のスケジュールであった。
ホテル裏庭の空き地で、アーネイが軍隊式の柔軟をこなしている。
早朝の空気を吸いながら、心地良さそうに体を慣らしつつ、関節を動かしている。
「アーネイは相変わらずの身のこなしですね。
では、わたしもラジオ体操をするとしましょう」
帝國にいた頃から、ギーネが毎朝、受信している謎の宇宙電波が今日も携帯端末に届いたようだ。
何故、帝國で発信されている筈のラジオ電波が、次元を隔てたこんな廃棄世界でまで受信できるのか、疑問には思ったもののアーネイは深く考えないようにした。
「ぬぬ、来ました。今日も電波の受信状態は良好と……ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう……」
ギーネが綺麗な声で歌いながらラジオ体操と称する名状しがたき不気味な蠕動運動を始めると、アーネイは無言で顔をそらせた。
幾らナノマシンを入れ、遺伝子改良を施してあるとは言え、人の体があんな奇怪な動きをしていい物なのだろうか。
なにより、あれは常命の人間が見てはいけないものだと、アーネイの奥底にある本能が全力で警告していた。
ギーネの体操を見ているだけで、アーネイの中にある大切な何かがガリガリと磨り減っていくような気がしてならな/えwくょgtぽへk///
「ふうっ、いい汗を掻きましたぞ!」
ギーネの声が響き渡った。
頭を振ってアーネイは正気を取り戻した。
出来れば中止して欲しい朝のラジオ体操だが、ギーネ本人は幾星霜を経て洗練されてきた健康にいい運動だと固く信じきっている為、止めさせることも難しい始末であった。
二人が体操を終らせてホテルに戻ると、やはり同じ簡易宿泊所に寝泊りしている女ハンターたちが今頃になって起きてきたのか。慌ただしく出かける準備をしていた。
みすぼらしい衣服を纏い、削り出した棍棒や鉄パイプ、レンチなどの粗末な道具を腰にぶら下げ、疲れきった表情で一番安い砂みたいな味の粥を胃の腑に流し込んでいる。
「行くよ」
リーダー格が無感動に罅割れた声で号令した。
何も考えない。何も考えたくない。動物的な反射のみでメンバーが立ち上がった。
女ハンターたちは、年の頃はギーネたちとほぼ同じだろう。もっとも年長の娘でもアーネイよりやや上。年少の子で14、5歳くらいに見えた。
すれ違い様、そのうちの一人とアーネイは一瞬だけ目があった。
瞬間、その娘の瞳に光が蘇り、アーネイの全身を視線が嘗め回した。
無論、ギーネのような愛でるそれとも、男のそれとも違う。
衣服や持ち物を吟味し、身なりを値踏みする一部の女にとって本能に近い行動だった。
使い易そうなブーツや暖かそうなジャケット、皮の手袋に予備のバットなどを目にして、女は瞳に悲しげな諦めと羨望の光を浮かべた。
あんたと私は何が違うんだろう。なんで違うんだろう。
女がそんな風に声を洩らしたように、アーネイは感じられたが錯覚だったかも知れない。
「アーネイ?特に不足している物資はありませんね?」
ギーネの質問にアーネイは首を振って肯いた。
「はい、ありません」
「では、市場を抜けたら、そのまま正門に向かいますぞ」
ギーネが元気よく歩き出した。
ティアマットの曠野に限った話ではないが、見晴らしのいい箇所は、時として遠くからも発見されやすい。
しかし、その可能性を侵しても、ギーネたちは度々、高所や開けた地形から周辺に蠢く物影を観察することを怠らなかった。
「まあ、幾らこんな風に用心していても、今の装備で変異熊とか人食いエイプと遭遇したら、一発でおしまいなんですけどね」
強化された視力に双眼鏡を合わせて、予定していた移動ルートや近隣を偵察し、途中、手に負えない怪物を発見した場合は、ルートを変更して迂回する。
時に何事もなく、途中の水溜りに群がっていた小規模な蟹虫の群れを発見すると、ギーネたちはバットを振りかざして撲殺し、無理なく持ち帰れる数だけを背負って、その場を早めに離脱する。
蟹虫の周囲には、巨大蟻がまるで護衛のように侍っている事例があるためだ。
いかな共生関係なのかは分からないが、巨大蟻などはかなりしつこく獲物を追跡してくる。
複数の蟻に追いかけられると、ギーネたちでも些か面倒くさい事態に陥るので、遭遇する前に手早く切り上げた。
途中、何箇所か目星をつけて安全確認チェック済みの廃墟のビルや橋梁、家屋などで休憩を取った。
水場の近くにあったり、安全であったりする建物内には、時折、先客がいることもある。
必ずしも友好的な相手とは言い切れないので注意が必要だが、廃墟は無数にあって人間の数は限られている。遭遇することも滅多になく、敵対的な人間であることはさらに少なかった。
比較的、状態のよい家屋跡に忍び込んだギーネたちは、焚き火に当たりながら、疲れた体を休めていた。
「アーネイ。先刻から何を読んでいるのですか?」
携帯端末を弄っているアーネイに、ふとギーネが尋ねた。
「求人票です。何かいい仕事がないか探しているのですが……」
「求人ですか?現状、ハンターよりましな収入の得られるお仕事ってありますかね?」
暢気に寝転がりながら、ギーネが首を傾げた。
「そうではなく、アルトリウスを去った時点での情報です。
アルテミス家家臣団から転職しようかと」
「……ふぁッ?!!」
「よく考えたら、共和派に指名手配されているのはお嬢さまだけですから、帝國東方領に戻れるんですよね。わたしだけなら」
淡々と呟きながら、アーネイは携帯端末を読んでいる。
ギーネが寝返りを打った。上目遣いに家臣を見つめてきた。
「またそうやって、意地悪なことを。本当は私のこと、好きな癖にぃ」
アーネイは黙して語らない。するとギーネが、本気で焦ったように言葉を続けた。
「え?好きですよね?なんですか?沈黙とその冷たい目つき」
ギーネが緊張に喉を鳴らした。
アーネイはずっと携帯端末の画面を眺めている。
「……別に。カルタゴの壷と同価値の家臣の思うことですから」
ギーネは此処に至ってようやく、今朝の件以来、アーネイが一度も自分と目をあわさず、自分からは話しかけても来ていない事に思い至った。
一瞬、カルタゴの壷のいかに希少価値なることを熱弁しようかと思ったギーネだが、珍しく上出来にその選択肢は地雷だと直感したために、空気を読んで自制した。
代わりに冷や汗を流しながら、家臣に向かってしどろもどろの弁解を始める。
「やだな。アーネイくん。先刻からのはね……冗談なんですぞ。
はは、本気にとっちゃったのですか?
辛い状況だから、こうやってふざけあって互いに遊んでいるんですよね?」
哀れすぎて、何も言えねぇ。そう思ったかどうかは定かではなかったが、アーネイはギーネに冷ややかな態度を崩さない。
「……勿論、そうですとも。私も本気で言ってる訳ではないですよ?」
帰り道。ギーネはずっとアーネイのご機嫌を取っていた。
「アーネイさん、アーネイさん。
ほら、これ美味しいですよ。たべませんか?
アーネイの好きなコンビーフの缶詰ですよ。
出かける時に市場で輸入物が売っているのを見つけて買っておいたんですよ?」
家臣の周りをくるくる踊るように廻りながら、缶詰を差し出している。
アーネイ以外にはけして見せぬ、ギーネの諂いの笑顔であった(ナレーション)
「また無駄遣いですかー?チョコレートが遠のきますよー?
それとも家臣と交換しちゃう約束でもしてきたですかー?」
「ううう、許してくださいよぅ、大事に思っているし、本気で頼りにしているんですからぁ」
纏わり付く子犬の如きギーネ・アルテミスが、必死になっているのには理由がある。
ギーネ・アルテミスは料理が下手である。洗濯は苦手で、掃除はしたくもない。
得意な料理は目玉焼きとゆで卵。自室は自分だけ場所が分かる本の山に埋め尽くされている。しわしわのシャツや靴下をそこらに投げ捨て、一週間後に発掘する。
生活無能力者であるギーネが日常生活を大過なく運営するに当たって、アーネイのサポートは必要不可欠であり、見捨てられたら死活問題なのであった。
故に媚びる。必要なら頭も下げよう。しかし諂いも、涙目も、もはや通用しなかった。
「ギーネさんはねぇ、アーネイのことが大好きなんですよ?
アテナの奴の百倍も好きです。カルタゴの壷なんかどうでもいいくらい大切です」
甘ったれた声での発言はまがうことなき真実であったが、家臣の心を揺るがすことは微塵もなかった。
世の中は、愛だけでは食っていけないのだ。大人になるって哀しいことなのだ。
家臣のつれない態度に、ますます焦りの色を濃くするポンコツ君主。
だがその時、ギーネの脳裏に一挙に事態を打開する素晴らしい名案が閃く!
「そうだ。こんどアテナの家に行った時に、アーネイを愛している証明にカルタゴの壷を粉々にしておきますね」
ナイスアイディアみたいな顔でギーネが言い出したので、アーネイはため息を洩らして制止した。
「止めておきなさい。なんです?その連続殺人鬼みたいな考え方」
「だって、本当に、この世の全ての人間をあわせたよりも大切に思っているんですよ?」
真正面に回り込んだギーネは、届け、ギーネさんの愛。みたいな両手を広げた格好を取ってみせたが、アーネイは騙されなかった。
「どうせ御自分のことはその無限倍も好きなのですけどね。ってオチでしょう?」
「ちがーう。精々、1.2倍くらいです」
熱弁するギーネ。そこら辺の数字は、結構重要らしい。
「アーネイが危機の時、わたしも危険を冒して助けにいったではありませんか。それも忘れてしまったんですか?」
ご恩と奉公という言葉があるが、ギーネとアーネイも確かに一方的に奉仕したり、与えたりする関係ではない。
それに君主としてのギーネも、意外なことにけして無能ではなかった。適切な政策を施行しながら、領民や家臣の生活の為に骨身を惜しまない側面を持っている。
じっと見つめてくるギーネに対して、どうしてこっちが悪いみたいな雰囲気になっているんだろう。昔からこうだ。
思いつつ、アーネイはため息を洩らして、折れることにした。
許された。敏感にアーネイの情動を感じ取ったギーネが安堵と喜びに輝くような笑顔を見せた。
「許してくれた?」
「そんなには怒ってませんよ」
やや苦虫を噛み潰した表情で言ってから、アーネイは鋭い視線をいささか和らげた。
「きゃー!アーネイ!愛してますよー」
抱きついてくる君主の肩を抑えて、濃厚すぎるスキンシップを回避しつつ、苦言を呈する。
「そう思うなら、ほんの少しでいいから普段の言動を慎んでくださいよ。
私にだけの話ではなく、他の者に対してもです。
綸言汗の如しという言葉くらいは、ご存知でしょう?」
「勿論です。ギーネさんの言葉は、その汗のように芳しいという意味ですね」
胸を張ってアーネイに応えるギーネ。
「違う!君主が一度出した言葉は、飲み込めないという意味ですよ」
アーネイに指摘されたギーネは、本気で驚いた様子で目を瞠った。
「え?子供の頃。侍女のステラがそう教えてくれましたよ?」
「あいつか。あいつだったのか。駄メイドめ」
裏切り者と判明した職場の同僚を呪うかのように、アーネイが低い声で怒りを露にした。
ストレスで胃に受けたダメージの原因の何割かが、判明した瞬間であった。
「お嬢さま、万が一捲土重来できたとしても、ステラは解雇の方針でいきましょう」
アーネイの呼びかけを聞いていないのか。ギーネは首を傾げて悩んでいた。
「……間違いだったのか。この世の摂理に一致していましたし。
てっきり、ギーネさんの生誕を予見した昔の偉人が、予めそういう諺を残しておいたのかと」
「どれだけ、世界が自分の為にあると思っているのですか?」
「色んな唯一教の自称救世主たちに比べれば、さして傲慢ではないと思うけどなー。
人類救うってなんですかー。お前なんかに救われたくないですよー。
ギーネさんとギーネさんの周囲の人間は、ギーネさんが救うのだー」
「また人類の半分を敵に回すような台詞を口にして」
唯一教には、また唯一教の言い分があるだろうと思いつつ諌めるアーネイだが、帝國では少数派の考え方であった。
元よりアルトリウス帝國は、地球を脱出した欧州の多神教徒たちが母体の一つとなって打ち立てた移民国家であり、その一神教への警戒感は、新教徒が建国した米国における旧教徒への偏見の比ではない。
「残りの人類半分は、誰でも思ってることですしー」
アーネイの憂慮の言葉に、減らず口を返すガチガチの保守派のギーネであった。
城門の前に辿り着いた二人は、丁度、今朝に顔を合わせた女性ハンターたちと出くわした。
浅くない怪我を負ったものがいるらしく、蒼白の顔色となって仲間の一人に肩を預けて歩いていた。
足取りも重く、血の滲んだ包帯が痛々しい女ハンターたちは、狩り自体の成果はあったらしく、ギーネたちと同じ蟹虫を背負っていた。
五人で七匹の成果。これを多いと見るべきか、少ないと見るべきか。
少なくとも1日分の食費は稼ぎだし、簡易宿泊所の料金も払えるだろう。
重苦しい表情で歩いていた一人がギーネたちに気づき、ハッと顔を上げたものの、他の者たちは他のチームを意識する元気もなさそうだった。
顔を上げた一人も、すぐに視線を伏せてギーネたちと無言のうちにすれ違った。
ギーネたちも、気づかない振りをした。町の防壁出入り口近くの屋台の傍らに佇んだまま、並んでいる鉄パイプや手製の粗雑な銃などを何時までも適当に見繕い続けていた。
2013/12/30 改訂
最後の部分が蛇足に思えたので少し削りました