表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
110/117

力の秘密

 ドーカー親父の年嵩の徒弟たちに対する免許皆伝に関しては、急な話であって、中には、爺さん、寿命が来たんでその前に善行を積むつもりなのだなどと軽口を叩く者もいたが、大半が好意的に受け止めているようだった。

 年嵩の徒弟たちが興奮した様子で囁きあっているのに対して、他の少年少女たちは廊下の思い思いの場所に陣取って食事をとっている。


「スーちゃん、こっち」

うろうろしていたスーだが、木製の長椅子に腰かけたココとユニに手招きされ、近づいた途端に背後から抱きしめられる。

「お弁当は持ってきた?」

 スーは肯いた。

 砂麦のパンに虫肉を挟んで塩を振った質素なサンドイッチを取り出す。

「よおしよし、ご飯はしっかり食べておくんだぞ。探索は体力勝負だからね」

 やはり虫を焼いた櫛を取り出しながらユニが頭をわしゃわしゃ撫でてくる。


「お金入ったらどうする?」

 抱きしめながら、顎をスーの頭の上に置いたユニが訪ねてくる。

「お母さんにハンドクリーム」恥ずかしそうにスーが言う。

「いい子だなあ。でも、危険だから探索は一度だけにしてきなよ」

「ユニはどうするのさ」

 近くで芋を食べていた名も知らない双子の片割れが尋ねてくる。

「どうしようかなー。お金はあっても困らないぞ。そっちはどうする?」

「トマト!」

 名前を知らない双子が即答する。

「トマト?高いよ」

 名前は聞いたことがあるが、綺麗な水を必要とする野菜らしく、スーやユニは一度も食べたことがない。

「一度だけ食べたことがある。農場で働いていた時、父さんが持ってきてくれた」

 女の子が力説し始める。

「もう一回トマトを食べるんだ。ウチの住んでるところスラムだからすっご治安悪いんよ。金を貯めても盗まれるからさ。金属の味がする食塩も、砂麦の粥も、もううんざり。あんなのは人間の食事じゃない。豚の餌だよ。人生で一回はトマトを食べるべき。トマト食べに行こう」

 トマト、トマトと繰り返している同僚を前に、ユニが助けを求めるように友人に振り返った。

「こいつどうする、ココ?」

 先刻まで隣で缶詰(猫用ペットフード)食べていたのにいない。

 戸惑うユニの視線の先、廊下に貼ってある文明崩壊前のポスターを眺めていた。

 ホテル西館の中庭に巨大なプール。出店を前に色とりどりのパラソルが並び、楽しげな親子連れや恋人たちのイラストが描かれているポスターをぽかんと口を開けて眺めている。

「あれ?ココさんや?」

 ユニの問いかけも耳に入ってないの様子で、ココがポスターを剥がし始めた。

「え?なに?なんのつもりさ。ココ」

「持ち帰る」

「戦利品は後にしろって、親方に……」

「持ち帰る」

 何がそんなに心の琴線に触れたのかは分からないが、断固とした口調で言い切ると、くるくると丸め、まるで宝物のように大事に抱え込んだ。頬は紅潮しつつ、口元は幸せそうに緩んでいる。

 大きな耳が興奮している猫のようにピクピクンと痙攣していた。

「えー、もう仕方ないなー。ほら、背負っておくんだ。これで予備の鉄パイプとかに見えなくもない」

 ごそごそとユニがココの背中にポスターを括り付けた。

「痛まないかなぁ、折れそうだよ。やっぱ手に持ってる」

「怪物現れた時、どうするのさ」

「じゃあ、ベルトの輪につけておくよ。こう、刀みたいに。予備の武器っぽく見えるし、傷みにくい」


 ココとユニのやり取りは、馬鹿馬鹿しくも互いに気持ちを許しあっているのが分かる。

 刺々しさや警戒感がなく、穏やかな空気が流れていた。

 心地よく貴重な時間に思えて、みんなで幸せになれるといいなとなんとはなしにスーは思った。



 食事を終えるとドーカー親父が地図を片手に立ち上がった。

「さて……」

 何かを言いよどんで、だが、結局、口元に笑みを浮かべる。

「小僧ども、いよいよだぞ。いいか、油断するなよ。お前らの仕事は俺たちのサポートだ」

 言いながら、徒弟たちの顔を一人一人見回している。

「危ないことは大人に任せておけ。逸るな。焦るな。だが、自分たちの役割をしっかり果たせ。わかったな」

 徒弟たちが緊張を漂わせながらも頷いた。そして十二階。いよいよ賞金首の待ち受けている階層へと足を踏み入れると、スーの顔が強張った。回廊には炎が揺れていた。大した炎ではない。薄暗い廊下に数十メートルごとに僅かな布と木材が燃えているだけで、暖を取るほどの効果もない。

 それでも視覚に乱れは生じる。ほんの少しだけの不安を覚えながらも、進む一団に付き従う。時折、ゆっくりとした感覚で、どこからか一発ずつ銃声が響いてきた。


 先頭は『痩せ犬』。鼻を鳴らしながら廊下を慎重に進み、すぐに立ち止まった。

 床のすり切れたカーペット擦れ擦れに顔を近づけて、スンスンと臭いを嗅いだ。よく見れば、細い同色の糸が張られている。

 すぐ真横の扉が開いた客室内部から伸びた糸が、廊下に備え付けのベンチの足に繋がっている。

 客室をそっとのぞき込めば、椅子の上。廊下に向かってクロスボウが狙いを廊下の腹部程度の高さに定めて設置されていた。

 『痩せ犬』はいっそ無造作に糸を切断すると、クロスボウに歩み寄って取り上げる。

「……狡猾だな。ん。持っておけ」

 クロスボウを少年の一人に渡すと、言葉を続ける。

「それとまだ他に罠があるかもしれん。油断するな」

 クロスボウを与えられた少年と、他の徒弟たちも真剣な顔で頷いている。


 今、歩いている廊下は、左右のいずれも内壁に遮られている。曲がり角の先の廊下や客室の窓からわずかに日光が注いでいるとはいえ、回廊は薄暗い。

よく見つけられるものだとスーが目を丸くしていると、顔に出たのか。痩せ犬がふっと笑った。

「柑橘系の香水の匂いがプンプンしている。中々、いい罠だが俺には通用しない」


 回廊には、似たような罠が幾つか仕掛けられていた。迂闊に踏み込めば、棘や杭で打ち抜かれるバネを利用したトラップなども仕掛けられていて、幾つかの部屋は踏み込むのも危険だが、しかし、『痩せ犬』はあっさりと見抜いて解除し、或いは警告して無力化していった。

「なるほど。雷鳴党が賞金掛ける訳だぜ」

 うそぶく『痩せ犬』に、だが賞金首の仕掛けた罠は一つも通用しなかった。


 何時の間にか、聞こえていた銃声が途絶えていた。

「『火竜』と『伊達男』だけで決着をつけちまったかもなぁ」

 苦笑したドーカー親父が、やや息を切らしながら立ち止まって言った。

 長い階段と廊下を神経を張り詰めて進むのは、少しきつかったらしい。

「やれやれ、年寄りには応えるぜ」

 言いながら、階段を起点に南から北へと向かい、さらに三叉路から東西へと伸びた回廊へ。予定では標的を追い詰めている筈の西へと足を進めるが、東西を貫いた回廊は不吉な静寂に満たされていた。


 客室の扉を越えるごとに設置された袋小路の窓から穏やかな午後の陽光が差し込んできている。

「静かすぎるな」

 歩いていれば、嫌でも気が付く。廊下は所々が血に濡れている。何かを室内に引きずった跡がべっとりと張り付いている。

「血の匂いが濃くなってきたな、とっつぁんよ。分かるか?」

「……床に引きずった跡があるな。

 鼻を鳴らした『痩せ犬』だが、すぐに舌打ちする。薬の効きが少し鈍ってきている。濃密な血と硝煙の匂いが廊下に充満していた。

「……なんだよ。これ」

「どうなってるんだ?」

 困惑した少年少女は、囁きながら縋るようにドーカーを見つめている。

『親方』は苦笑した。

「まだ独り立ちには早いか?ん?」

「誰か罠にかかったようだな。火竜の連中かも知れン。今はあいつらを心配するよりも、周囲に神経を配っておけ」

 此処まで来て『痩せ犬』が憂慮した撤退はなさそうだった。


 東西を貫いた廊下の終わりが見えてきた。南へと折れた曲がり角で立ち止まる。中央の階段が見えてきた。そこにいる筈の標的は勿論、『火竜』も『伊達男』もその姿を見せようとはしない。今はもう薄々と悟っている。にも拘らず、『痩せ犬』は歩みを止めなかった。獰猛に笑いながら、むしろ足を速める。

「他の賞金稼ぎは煙に巻くことができても、この痩せ犬には通用しねえよ」

 不敵に微笑む。罠を見抜く目だけは、誰にも負けないと自負している。故に他の腕利きでは追い詰めることさえ出来ない帝國人も、この痩せ犬だけからは逃げられないと確信する。


 廊下に踏み込んで、天井がまぐさ式となっている場所の出口手前で立ち止まった。

「天井から匂いがするな」

 首だけでのぞきこめば、アーチの裏側。床から壁に沿って天井すれすれにワイヤーが通っており、反対側に酒瓶が吊るされている。絨毯に仕掛けられたワイヤーをそっと乗り越えると手を伸ばして瓶を掴み、ワイヤーを切り取った。

「中は……酒と洗剤が混ざっているな。モロトフカクテルか。もったいねえ」

ワイヤーを踏めば、瓶が勢いよくコンクリートの壁に叩きつけられて、真下の焚火に引火。発火する仕掛けと見抜いて『痩せ犬』は甘いな、とほくそ笑んだ。

 腕利きの罠使いは、二重三重に連動式の罠なんかを仕掛けてくる。こいつはまだまだ二流だ。そして、どれだけ才能があろうとも一流に成長する機会はもう訪れない。


 迷彩パターンの布を被り、身を伏せた状況で敵の行動を観察しながら、ギーネ・アルテミスは玉葱の皮を向くかのように敵の能力を一つ一つ解明していた。

 今一つ、判明していた。嗅覚。匂いで感知している。見えない位置にあるトラップを、まるで最初から分かっているかのように解除した。香水を振りまいた個所では、何がなくとも注意を払い、その癖、匂いを付けないよう慎重に設置した罠と同じ構造の無害な仕掛けは発動させつつもスルーしている。しかし、渡り廊下での先制攻撃ばかりは嗅覚だけでは説明がつかない。


 取りあえず、これで賞金稼ぎたちの索敵手段は、最低二種類あると判明した。

 もう一つ。嗅覚と合わせて最低もう一つ。賞金首たちは何かしらの手段を有している。

 聴覚だろうか。或いは未知の何か。それが分からないのが恐い。先だっての戦いとは違い、先手を取られないようにしなければなるまい。それには隙が欲しかった。敵に精神的衝撃を与えて、そのまま主導権を握らなければならない。機を伺うしかないか。それとも、自分の射撃の腕を信じてもう一度真正面から仕掛けてみるか。さて、不安を押し殺して、帝國貴族はじっと機を窺っている。ギーネ・アルテミスは不安を押し殺して待つことの出来る性格の持ち主だった。


 『痩せ犬』が足を止めた。ハンドサインで背後に立ち止まるように指示する。中央階段手前の廊下にバリケードが築かれていた。南と北の両側を塞ぐように机や椅子が乱雑に積まれて、幾人かのヘルメットや帽子を被った人影が陣取っているのが見えた。


「……おい、話が違うぜ」

 背後で徒弟たちが戸惑ったように囁きを交わしている。

「……味方じゃないの?」

「どうだろ?」


 不安そうな少年らを他所に『痩せ犬』は細い目でじっと前方の集団を注視している。

 ふんと鼻を鳴らすと手招きして背後のスーを呼び寄せた。

「……スー。どうだ?あいつら、本当に『人間』か?」

『痩せ犬』の奇妙な言葉、徒弟たちがあっけにとられる中、スーも頷いた。

「熱があるの。一人だけです」

 スーの言葉に『痩せ犬』は深々とうなずいて得心を示した。

「案山子か。で、どれだ?右端か?」

「右端の頭にターバンを巻いた人が本物です。他は熱がないです」


「……よし」

 手短なやり取りの後に『痩せ犬』が姿勢を屈めた。

 まるで身長が急に縮まったかのように見えるほど、頭を低く下げた姿勢だった。にも拘らず、動きは間断なく、その癖、注意を惹きづらい。

 クロスボウを手にした『痩せ犬』は、犬というよりは這いずる影のようにじりじりと、音を立てずに少しずつバリケードへの距離を詰めていく。

 人影は、いまだ階段の方に神経を払っているのだろう。南側に対して遮蔽を取りつつ、視線を階段から逸らさずに、不動を保っている。

 痩せ犬が音もなく立ち上がった。呼吸を止めて、神経を最高に集中させながら、クロスボウで狙いをつけて引き金を引いた。

 完全な不意打ち。放ったボルトは狙った人影に吸い込まれるように深々と突き刺さった。首筋を太いボルトで射抜かれた人影は、一度だけ大きく痙攣し、動かなくなった。


 仕留めた!欣喜雀躍しつつも感情を抑え、痩せ犬は無言のままに駆け寄った。

 ……これで娘に薬を買ってやれる。

 バリケードを素早く乗り越え、チョコレートと香水の匂いをプンプンさせている人影の顔を見てギョッとしたように、顔を引き攣らせた。猿轡を噛まされ、椅子にワイヤーで縛り付けられたマルコが絶命していた。


 廊下から遠い中央階段。階段の中途に設置された鏡に反射した名も知らぬ賞金稼ぎの行動を上階で余さず観察しながら、ギーネ・アルテミスは今こそ敵の【力の秘密】を解き明かした。

 並んだマネキンや死体の中、外見から見分けが付かない筈の生きた人間だけを見抜いた。その癖、間近にいたギーネには気づかない。床を貫通するほどではないが、なにかしら目に見えているものを察知し、判別する能力を有している。熱源か、或いは心音で察知したのかもしれないが、その限界は見えた。そして今、その能力の持ち主が静止している。


『痩せ犬』の目の前。女が突然に現れた。階段からひらりと舞い降りたギーネ・アルテミスを前にして『痩せ犬』の顔から急速に血の気が引いた。数十歩も離れているにも拘らず、濃密に匂ってきた。おびただしい血と硝煙の匂いを香水のように漂わせた女は、まるで死神のように終末の気配を漂わせていた。手には火のついた火炎瓶。大きく手を振って投げる。

『痩せ犬』が何かを叫ぶように大きく口を開いた。『痩せ犬』の視線の先、まるでスローモーションのようにゆっくりと楕円を描いた火炎瓶が正確なコントロールでバリケードへと飛び込んでくる。石像のように凍り付いた賞金稼ぎの目前、叩きつけられた瓶が激しい衝撃にガソリンと洗剤の混合物をぶちまけながら破裂して、紅蓮の炎をまき散らした。



ノエル大陸は、広大で平野の割合が大きく、人口が希薄。日本よりは米国や仏国に近い。

もっと北に旧首都圏が存在していて、都市と田園がくっきり分かれている印象。

ホテル・ユニヴァースは、旧世界屈指の巨大ホテル。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ