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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その1 ギーネ ティアマットの地に降り立つですぞ
11/117

ACT 10 ギーネさんがお腹の贅肉に脅えるのこと

悲しいときー

更新しても感想が一つも貰えなかったときー


感想返しは怠っていますが、感想は全て読んでいますし、作者のやる気につながります。

過去話に対する感想でも、おもしろかったの一言でもいいのですよ。

それで作者はうれしいものなのです。

あなたのたった一言が明日の更新に繋がっていくのです。

でも感想貰っても時間的、気持ち的に辛い時はエタるけどな

 ティアマット1年目の登場人物紹介 

 ギーネ  帝國の未来の支配者ですぞ。今は雌伏のとき。多分。


 アーネイ ギーネさんの物!手出し無用!

将来は帝國で2番目に偉い地位に就けてやろう。


 マケイン 町の女衒。女の子を食い物とする悪い奴ですぞ。


 メアリー 帝國からの移民。料理が美味い。シチューくれる。シチュー。


 サビーネ 見所がある。成長したら、ギーネさんの親衛隊にいれてやろう。

  かっこいい黒の軍服と髑髏のエンブレムの帽子も上げるぞ。


 ハンス  むっつりである

……帝國の郷土防衛隊ってAKシリーズ配備していたっけ?


 ギイ   嫌な爺。所属チームを首になったらしい。ざまぁ


 セシル  美人。お酒好き。お酒臭い。


 フロントの少女 可愛い。ツインテール。

  抱きしめたいくらい可愛いですぞ。


 ティナ  お兄さんを亡くしたばかりの少女。なんか可哀想。

 


 切り立った崖の間際にたったギーネ・アルテミスは、仕留めたばかりの蟹虫の外殻に指で触れてから微かに微笑んだ。

「柔らかい。脱皮直後ですね」

 草木も疎らな丘陵の傾斜部で、長身を屈みこませたギーネは、周囲の自然を注意深く観察している。

「草の齧られた後がありますね。餌というよりは、通り道を形成したのでしょう。

 そして脱皮直後の固体……となると。アーネイ!」

 立ち上がりながら、相棒の赤毛の女性に鋭い視線を向けて語り掛ける。

「此処を基点に半径50メートル以内にネストがありますよ」

 

 

 蟹虫の巣を見つけたアーネイが、ギーネを呼び寄せる。

「在りました!お嬢さま!裏手の斜面に巣穴があります!」

 バットを構えたギーネは、巣穴へと歩み寄ると、威嚇の叫びを上げている蟹虫の親子に向かって容赦なく鈍器を振り下ろした。

「当たりッ……と。ふふん」

 手早く一仕事終えたギーネは、一仕事終えたいい汗を額から拭いつつ、携帯端末に情報を入力していく。

「ふふ、やはり序盤に地図を作ったことが効いています。

 生息地や遭遇地点のデーターに、時刻と季節、気温と湿度。

 他に気になるデーターはないかな」

 背負い袋に蟹虫を詰めながら、アーネイが提案してきた。

「その日の天候、それと風向き……あとは、映像も取っておきましょう。

 後から気づくデーターもあるかも知れません」

 

 

「ほら、三クレジットだよ」

「ありがとうございます」

 その日の狩りも無事に終えて、獲物を換金したギーネとアーネイは、ギルドを出ると上機嫌で街路を歩き出した。

「アーネイ!今日は六匹も仕留めました。これは新記録ですぞ!」

「おめでとうございます。お嬢さま」

「今日はいいことがありました。折角なので、記念に何か美味しいものを食べましょう」

 馬鹿な会話をしながらギルドの会館から出てきた帝國人たちが通りを曲がると、そこで目に付いたのは、大きな看板を掲げた食堂であった。

 横に大きく広がっている黄色い看板には、豚や鶏、でかい鼠などが笑顔でお皿に乗ってやはり笑顔のコックに肉に加工されているイラストがでかでかと描かれている。

「おやおや。こんな大きな建物があるのに、今まで気づかなかったのは、まったく奇妙なことだわい」

 首を傾げながらギーネがしげしげと看板を眺めつつ呟くと、連れのアーネイがレストランに出入りしている人数と身なりを見定めつつ、深々と肯いた。

「今までは金銭の余裕がなかったから、心にも余裕がなくて目に入らなかったのでしょう。

 いい匂いが漂ってきますし、丁度いい。ここに入りましょう」

 懐にも余裕があった。多少、高くても問題はないだろうと、ギーネたちが食堂に入ってみれば、そこには清潔感のある落ち着いた空間が広がっており、二十余もある席の半分は埋まっていた。

 小奇麗な服を着込んだ親子連れもいれば、隅の方では下位ハンターらしい貧しげな男女も見かけられた。

 席についてメニューを探すが、見当たらない。

 戸惑いつつも壁に目をやると、小学校で使われるような巨大な黒板に手書きで品揃えと値段が記されていた。やはり値段も手頃な物から安い物まで幅広く乗っている。

「色々と時価で変動しやすいようですが……」

「ふふっ、それでも定価が在ると言うのはいいものです」

 

 食堂で安くてボリュームの在る料理を頼んでいる利用者には、ギーネたちの同業者が多く見かけられた。

「ビールをくれ!」

「こっちは肉だ!」

 女給たちが忙しくテーブルの間を駆け回っては、料理と引き換えにニッケルの貨幣と緑色の紙幣が飛び交っている。

 

 テーブルについたギーネたちが何気なく隅の方の席に視線をやると、見知った人物が目に入った。

「おや、ギイ爺さんですよ」

 けして友好的な関係とは言えないが、知己のハンターであるギイ爺さんが、足を引きずって食堂の壁際を歩いていた。

「……怪我をしているようですね」

 爺さんを見ていたアーネイが、眉を上げて呟いた。

 椅子に座って、なにやら注文したギイ爺さんであるが、時折、痛そうに顔をしかめては足を摩っている。

 それでも、やがて運ばれてきたビールを飲んで、つまみを楽しんでいるからには、相変わらず狩りでそれなりの成果は上げているのだろう。

 

「派手ではありませんし、大きな獲物や沢山の獲物を獲ることもないから目立ちませんが、あの老人、出かけた時は殆ど確実に獲物を獲って帰ってきます。

 長いハンター稼業も、伊達ではありませんね。

 獲物の追跡や探索、そして脅威を避ける術や知識に長けているのは間違いないです」

 ギーネが言うと、アーネイは軽く目を瞠った。

「おや、意外と評価するんですね」

「人格と能力は別ですからね。爺さん並みの能力を持ってる可愛い女の子とかいたら、絶対に誘うのですが」

 

 ピンからキリまで、安っぽい粥や蟹虫肉の塩茹でから、本物の肉料理まで提供できるのがこの店の自慢であるらしい。

「まあ、兎に角、料理を頼みましょう」

 ギーネが気を取り直して、テーブルを指で軽く弾いた。

「いい匂いですねえ」

 アーネイも、鼻をうごめかせる。

「お肉が喰べたいですよ。脂の滴っているお肉。

 虫肉はヘルシーなのはいいのですが、味が薄すぎます。飽きがきました。

 なので、唐揚げとジュースです」

 通り掛かった女給に注文すると、ギーネは嬉しそうに待ち受けている。

「お嬢さま。二人分の食事だけで今日の稼ぎが吹っ飛びました」

 悲しげな表情を浮かべて、アーネイが報告してきた。

「たまにです。たまの贅沢ですぞ」

 うんうん肯きながら、ギーネは注文が来るのを待ち受けている。

「そう。今日だけ。今日頑張った自分へのご褒美!ちょっとした贅沢!

 今日だけ!明日!明日から頑張ればいい!」

「くくっ、愚か。その甘さ!明日から!その思考が命取り。言い訳に過ぎない!

 すでに肩まで底なし沼に漬かっている。今日やれない奴が明日からできる筈もない」

 

「帝國人は変な人が多いねえ」

 横合いから声を掛けられて、ギーネが小さく悲鳴を上げた。

「うわあ!突然、話しかけないでください!」

「セッ、セシル!何時から聞いていたのですか!」

 珍しくアーネイが赤面しながら、いつの間にか真横に立っていた迷彩服の女ハンターに問いかけた。

「いや、今さっきからだよ。通りから見かけたから」

 

 不意を突かれたギーネも、眉根を寄せつつ鋭い視線をセシルへと向ける。

「貴方どこにでも姿を見せますね?もしかしてギーネさんをストーキングしてる?

 惚れたんなら、素直に愛を告白しなさいですよ。受けてタチますから」

 自分で言った後、亡命貴族は吹き出した。

「ぷっ、受けなのにタチですって。あはは、おかしい」

 

「おかしいのは、君の頭だ。

 ストーカーって……なにをどう考えたら、そんな結論が出るんだ?

 思考回路が混線しているのか?」

 呆れたように首を振るうと、隣席についたセシルはウィスキーを注文した。

「まあ、いいさ。ちょっと懐かしくてね」

 髪をかき上げながら、小さく微笑みを浮かべる。

「前にホテルに泊まっていた帝國人たちがさ。

 よく似たようなやり取りを言い交わしていたよ」

「ふむ。正真正銘の帝國人ですな」

 ギーネが肯くと、アーネイも相槌を打った。

「間違いありませんね」

 

「では、前にホテルに帝國人が泊まっていたのですか?

 彼らが今、どこにいるのかご存知ですかな?」

 首を傾げてから、ギーネはセシルに同郷の人々の行方を尋ねてみた。

 やはり異国の地に住まう数少ないはらからの消息は、気になる物らしい。

 

 セシルは、親指で町の共用墓地の方角を指し示した。

「一人はあそこ。悪い奴ではなかったけどね」

 ギーネはちょっと気落ちした様子で肯いた。些かなりとも落胆したようだ。

「そうですか。ちょっと会ってみたかったな」

 アーネイの伺うような視線を受けて、セシルは頬に指を当てた。

「他の奴は、ハンターして金を溜めてから町を出て行ったよ。

 何処に行ったかまでは知らない」

「まあ、無事に出て行ったことだけ知れたなら、それで充分です」

 アーネイが肯くと、今度はセシルが伺うような視線を向けてきた。

「君たちは、どうするんだい?金を貯めているみたいだけど」

「さあ。まだ分かりませんね」

 言ったギーネが目を閉じて、なにやら低く厳かに呟いた。

「今は、ティアマットに散っている数多のはらからの無事を祈りましょう。オーディンに」

 何故か、アーネイが慌てて、祈ろうとする主君を制止してきた。

「ちょっと、おま!その大神は祈ったら駄目な恐い神様です!

 下手すると、英雄でも潰れるくらいな試練を課してくるから!」

「えー?」

 信仰に文句をつけられて、露骨に不満そうなギーネ・アルテミス。

「せめて、もっと穏健な神々にしておきましょうよ。

 エヘカトルさまとか、エヘカトルさまとかお勧めですよ?」

 アーネイのお勧めに首を捻って、疑わしそうな声で呟いた。

「電波系はちょっとなー」

「この異教徒めが」

「大体、それはアーネイが賭博をやる時に祈る女神でしょう?

 大丈夫ですよ。わたしは子供の時からオーディンに祈ってますが、いまだに平穏無事……」

 言いかけたギーネが、何かに気づいたように固まった。

 最近の私たちが波乱万丈なのは、もしかしてオーディンに祈りを捧げているからではなかろうか。まさかね。そんな訳ないよね。

 だってギーネ、ちゃんと牛だって大神の生贄に捧げているもの。それも松坂牛だよ!

 波乱に満ちた冒険の人生を送ってみたい!神よ!我に七難八苦を賜り給えって叫んだけれど、あれはお月様だけが見ていた、若気の至りのギーネとオーディンの秘密だもん!

 直後に領地に共和派が攻め込んできたのも、内戦下の地域で奴隷商人に追われたのも、蟲の親玉が引っ越し先の都市を滅ぼしたのも、全部、偶然だよ!ギーネ知らないもん!

 

 だが仮に、我らでは認識できない霊的存在。ある種の情報生命体が高次領域に実在し、人間達の思考、思念を左右することで因果律を揺り動かすほどの物質界への干渉が可能だとしたら?

 儀式という形で明白な表示のなされた信徒の願望を、情報を操作することで物質界に干渉し、運命に介入する形で叶えることも在りえないのではないか?

 まるでゲームのプレイヤーとキャラクターのような関係で、神々が私たちを遊戯の駒にしていないとも限らない。

「……どうしました?顔を強張らせて?」

 疑わしそうにアーネイに見つめられたギーネが、冷や汗を流しながら首を振った。

「そんな訳もない……ふふ、どうにも少し迷信深くなっているようです。

 そうですね。加護を祈るなら、もっと穏やかな神にしましょう」

 カタカタと指を震わせながら、ギーネ・アルテミスは月のように青ざめた美貌で微笑んだ。

 

 ギーネとアーネイが暫く待っていると、やがて湯気を立てた料理が運ばれてきた。

 暖かな唐揚げを優美な動作で口に運ぶと、ギーネはゆっくりと味わった。

「ううん、紛うことなく缶詰の味ですね、これ。でも、美味しい」

 目を瞑りながら満足げにため息を洩らすと、二つ目、三つ目と口に運んでいく。

「もう一皿、頼んでもいいかも」

「お腹に贅肉がつきますよ?」

 アーネイに忠告されると、憮然とした表情になって料理のお皿を見下ろした。

「ナノマシンも、変なところで融通が効かないんですよねー。

 余分なカロリーとか消費してくれればいいのに」

 

 ギーネたちの隣席には、先客のガンマンが肉汁滴るポークソテーに齧り付いていた。

 テンガロンハットにブーツ、マントと、茶に統一された装束は、まるで西部劇のようであった。

 よく手入れされたリボルバーをガンベルトに吊り、防弾効果のある変異熊の皮の上着を身に着けたガンマンは、装備もよいが稼ぎも良さそうであった。

 湯気を立てている分厚い豚肉を、惜しげもなく咀嚼しては飲み込んでいった。

 見る見るうちに口の中に消えていったポークソテーを食い入るように見ていたのは、ライフルを背負った斜め前の席のハンターだった。

 財布を逆さに振って中身を取り出すと、情けなさそうな顔をしつつも、チキンステーキを注文する。

 

 と、反対側から唸り声が聞こえてきた。視線を転じてみれば、壁際の席で毛むくじゃらの大男が酒ビンを抱えたままに船を漕いでいる。

 ギルド会館で何度か顔を見た覚えのある大男で、たしかI級のハンターだったと記憶していたが、ギーネたちと同等か、やや少ないくらいの収入しかない彼の食卓の上を埋める空瓶の数は、ちょっと鼻白むくらいであった。

 その隣では、みすぼらしい身なりの若い痩せたハンターが、やはり、けして安くはない店の蒸留酒をボトルで煽っていた。

 陰気な表情で杯を口に運びながら、暗く怒りに満ちた目で宙を睨みつけている。

 

「ハンターには、宵越しの銭は持たねぇってタイプが多いのですかね?

 下位ハンターばかり見ているからそう感じられるのかもしれませんが……」

 食事の手を休めたアーネイが、食堂を見回してから肩を小さく竦めた。

「刹那的な生き方って、見ているだけでも辛いものがあります」

 アーネイの言葉にギーネも肯きながら、ため息を洩らした。

「希にささやかな贅沢を楽しむ程度ならいいんですけどね」

 言ってから、望郷の念に駆られたのか。ギーネは、帰りたいな、と小さく呟いた。

 セシルは黙ってウィスキーを啜りながら、二人の会話を聞いている。

 

 元からハンターには、宵越しの銭は持たない。そんな気風を持つものは少なくないが、さらには稼ぎの少ない層ほど刹那的な思考が蔓延しているのも、理由のないことではなかった。

 

 ややもすれば、盗賊団やミュータント、暴走した機械群によって町や村が丸ごと滅びることも珍しくもなく、ゾンビや致命的な変異ウィルスが発生して、怪物へと変貌してしまうこともありえる、まさに末法の世であった。

 用心に用心を重ねて、懸命に振舞ってさえ明日をも知れない。何時まで生きられるか分からないのに、必死に金を溜めていても何になるだろう。

 日々を危険と隣り合って生きているハンターのうちには、そんな風に自暴自棄に、或いは、虚無的な感覚に捕らわれている者も少なくなかった。

 

 食事が終わりかけた頃、足音も荒く複数の人影がギーネたちに近寄ってきた。

「よう、景気が良さそうだな。お姉ちゃんたち」

 食事中のギーネたちのテーブルにいきなり手を着き、身を乗り出してきたのは、見知らぬ男の四人組であった。

 毛皮を着込んだ髪の長い男が、馴れ馴れしく顔を近づけてくる。

「……誰です?この息が臭い人たち。セシルの友だちですか?

 付き合う人は、もっと選んだ方が良いですぞ。

 変人と付き合うと、自分も変人のような目で世間から見られますから」

 ギーネがしたり顔でそう忠告すると、セシルは亡命貴族の顔をじっと見つめた。

「おおう、自覚がないとは最高に幸せなことだね」

 

「てめ、このアマ!」

 息が臭い毛皮の男がさらに大口を開けた。虫歯だらけで口内が真っ黒であり、歯はボロボロで数本欠けている。

 アルテミス領であれば、ホームレスでももっとましな栄養状態をしていると、ギーネは思った。

 やや険しい顔をしたいかつい男が、毛皮の男を制止した。

「落ち着け。俺たちは虫狩人だよ。姉ちゃんたちの同業者さ」

 四人のうちでは一番に清潔感のある若い男。顔立ちも悪くないが、やけに軽薄な印象の男がへらへらした笑顔を浮かべて話しかけてくる。

「あんたたちにいい話があって来たんだよ」

「……?」

 ギーネとアーネイは、戸惑ったように顔を見合わせたが、何も言わなかった。

「姉ちゃんたちは腕は悪くねえし、働き者だ。良かったら、俺たちと組まないか?」

「……組む?何言ってるんですか?」

「仲間が欲しいんだろう?面倒見てやろうって言ってるんだよ」

「一緒に行動すれば、経費だって抑えられるし、人数が増えれば大物や大きな群れも狙える」

「いや、いや。うら若い女性が見ず知らずの男性と組むなんて有り得ませんし」

 一言のもとに拒まれるも、身を乗り出してかなり強引に迫ってくる。

「そういうなよ。ハンター稼業は水物だ。どうやったってアクシデントに見舞われる。

 怪我をすることだってあらあな。そんな時、仲間がいれば心強いぜ」

「悪い話じゃねえって」

「……一つお聞きしますが。貴方たち、何年くらいハンター稼業をしているんですか」

「餓鬼の頃からよ。だからよ。色々と教えてやれるぜ」

 自信満々で言ったハンターたちを見て、ギーネは物凄く嫌そうな表情を浮かべ、露骨な嫌悪感の滲んだ声で家臣に尋ねた。

「この人たちの服とか靴とか、ぼろぼろなんですけど、どう思います。アーネイ?」

 

「論外です。だってこの人たちのタグ。私たちと同じ無表示。ランク外です」

 辛らつな口調を隠そうともしないアーネイの言葉に、男の一人が怯んだように首のハンタータグに触れた。

「怪我の跡も多いし。その割に最近、出来た生傷も目立ちます。

 小さな噛み傷や切り傷が多いから、注意力は低そうで小物狙いですね。

 子供の頃からハンターしてきて、しかも四人組でいまだに無表示タグですよ。

 うだつが上がらないにも程があります。食べている物も粗末ですね」

 男達の誰かが喉を鳴らした。

 一瞥されただけで、事情を丸裸にされたからか。

 或いは、断られるにしても言い方があると思っていたからか。

 怒りや羞恥に顔を赤くして硬直している。

 まさか、露骨な侮蔑を投げかけられるとは想像してなかったに違いない。

 いや、反応を見れば、そもそも断られると想定していなかったのだろうか。

「おやおや。でも、倹約してお金を貯めている可能性もありますよ」

 シルクのハンカチを形のいい鼻梁に当てながら、ギーネが首を傾げる。

 

 アーネイはわざとらしくため息をついて、手を振った。

「腰にぶら下げている棒切れ。ぼろぼろですよ。今にも割れそうです。

 手入れをしている様子もありません。

 命を預ける道具を疎かにしているようでは、到底、組むに足る相手とも思えません」

 ハンカチで鼻を押さえながら、肯いたギーネが、距離を取りつつハンターたちに向き直った。

「そういうことですので当方と致しましては、皆様方の合併のご要望は謹んでお断りさせていただきます。皆様方のこれからの益々のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます」

 怒気で顔を真っ赤にしたハンター二人が、怒声を発して手を伸ばしてきた。

「てっ、手前ら!人が下手にでてりゃあ!いい気になりやがって!」

「この阿婆擦れが!身の程を教えてやるぜ!」

 

「うきゃあ!何ゆえ!?丁重にお断り申し上げたのに!」

 慌てて仰け反ったギーネに、伸ばされた腕を払いつつアーネイが突っ込みを入れる。

「何が丁重ですか。思いっきり、喧嘩売ってたじゃないですか」

 椅子から飛び退ったギーネとアーネイに、男たちの二人が飛びかかろうとした。

 

 ギーネとアーネイは目にも留まらぬような速度で体勢を整えると、素早く身構えた。

 二人の娘が相手を迎え撃とうと踏み出し、乱闘寸前の瞬間。

「やめねえか!」

 横合いから鋭い大音声で一触即発の気配を制止したのは、誰にとっても意外な人物であった。

「ギイのとっつぁんか!ほうっておいてくれ!」

「爺さんの出る幕じゃねえ!ポッとでの新参に舐められたら、こちとらの沽券に関わるのよ!」

 男たちが険悪な表情で睨みつけるも、ギイ爺さんは、恫喝めいた脅し文句にも一歩も引く様子を見せずに啖呵を切った。

「おめえ達の魂胆は見え見えよ。

 大の男が女に集るつもりか?止めておきな。みっともねえ」

 

 気力を漲らせて一喝した爺さんの、小柄な体が幾重にも大きく感じられて、男達は思わず口を噤んで後退ったが、たたらを踏んだ足音に改めて仲間の存在を思い出したのか。

 爺さんを取り囲むと、つばを飛ばすように喚き散らし始めた。

「なんだとぉ。いくら古顔のとっつぁんでも言っていいことと悪いことがあるぜ」

「へっ、そういやとっつぁんは、チームをお払い箱になったって聞いたぜ」

「なるほど、女たちにいいところを見せて、取り入ろうってか?」

「いい面の皮だな。年は取りたくねえものだ」

 衆を頼んで口々に侮辱を投げかける男たちに対して、爺さんは唇を引き結んだ。

 

「小僧共が……」

 据わった目つきになった爺さんが懐に手を伸ばした瞬間、ギーネが横から男達の顔面に水をぶっ掛けた。

「うるさいです。大体、貴方たちと組むことはありません。失せなさい」

「……このアマ」

 凶相を浮かべた毛皮の男が、低くかすれた声で呟いた。

 血走った目つきでギーネに向かって手を伸ばした時、テーブルの下からすらりとした足が伸びると、強烈無比の蹴りが毛皮の無防備な水月に直撃した。

 崩れ落ちる毛皮のハンターの背後で、驚きざわめいた仲間たちが足の持ち主に気づき、狼狽したように取り乱した。

「あ、あんた。セシルさん!」

「いや、俺たちは、こいつらだけを相手にしようとしたんだ。あんたに手を出す心算は……」

 

「酒が不味くなる」

 そう一言だけ、セシルに告げられた三下ハンターの三人組は、肩を落としてすごすごと食堂から出て行った。

 後に残されたのは、冷たい床で不気味な痙攣をしている毛皮のハンター。

「仲間を置いて行っちゃいましたよ。あの人たち」

「これ、どうするんでしょうか?」

 ギーネとアーネイの視線を受けると

「……一応、知り合いだしね」

 助けたことを感謝されると思って照れたようにはにかんだセシルだったが、それはとんだ早合点だった。

「そのブーツ、鉄板仕込んでありますね? 」

「血の泡を吹いて痙攣している。そこまでやるなんて」

「むごいですぞー」

 空気を読まないギーネとアーネイ、さらにもう一度ギーネの言葉のジェットストリームアタックを食らったセシルは、半泣きになって食堂から逃亡していった。

「たっ、助けてやったのにー」

 

「ふふふ、可愛いですなー。

 根が正直とは見て取りましたが、やはり素直な性格ですね」

 ニヤニヤしているギーネを、どうせ無駄だろうと思いつつ咳払いしてからアーネイが諌めた。

「からかい過ぎですよ。お嬢さま」

 

 今頃になって店の従業員たちがやってきた。喧嘩や乱闘は珍しくないのか、痙攣している毛皮の男をやや乱暴に担架に乗せると、手馴れた動作で運び出した。

 治療するのかと思って見ていたら、なんと表通りに運んで道の隅に乱暴に放り投げる。

 通りにいた乞食や貧しげな子供達が毛皮のハンターに素早く駆け寄ると、たちまちに身包みを剥いでいった。

「おおう。うっかり酔っ払って道端で眠ることも出来ませんね。

 もちろん、ギーネさんはそんな無様ではしたない真似はしませんが」

 

 それからギーネは、視線を転じた。

「礼は言いませんよ。ギイ」

 ギイ老人は、ふん、と鼻を鳴らすと立ち去ろうと踵を返しかけたが、足を止める。

「一つ言っとくと、あいつらのランクが低いのは、腕が悪いが理由だけじゃねえぞ。

 蟹虫なんかは幾らでも引き取る代わり、ギルドは相当に安く買い叩いているのよ。

 だから、ギルドを通じて獲物を卸すよりかは、市場で小売する方が銭になるのさ」

 

 ほう、と感心したように声を洩らしたギーネたちを、ギイ老人は元々険しい目つきで眺めた。

「ああ、おめえらみてえに獲物に困らない腕なら兎も角、一匹取るにも命がけの連中は少しでも高く売りてえのさ。どのみち、ランクが昇進する目もねえからな」

 最後にそう吐き捨てるように言ってから、ギイ老人は黒いベレー帽を被りなおして立ち去った。

 

 ギイ爺さんの言葉を吟味しつつ、ギーネが楽しげに囁いた。

「聞きましたか?私たちギルドにぼられてるそうですぞ」

「分かりきったことです。

 それに私たちでは伝手もありませんし、売る手間隙を考えれば……」

 鎖を掴んで己のハンタータグを眺めながら、ギーネがぼやくように呟いた。

「色々言っても私たちもランク外ハンターですが……それにしても昇進ねえ?」

 

「ハンター試験とかあるんですかね?

 それとも、査定表でもあって獲物を卸しているうちに昇格するのか」

 肩を竦めつつ、アーネイが疑問を口にすると、ギーネは手をひらひらとさせて、どうでも良さそうに言った。

「ハンター試験ですか。ものすごい危険そうな印象がしますぞ。

 そもそも、ランク昇格にメリットってあるのですかね?

 ギルドの仕組みもよく分かりませんし」

 呟いてから、考え込んでいるアーネイを振り返ると、ギーネは微笑んで歩き出した。

「まあ、今度、セシルに出会った時にでも聞いてみますか」


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