表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
109/117

「チョコレート食べたいよぉ」 「なら、紅茶止めないとね」 「紅茶止めたらストレスで死んじゃうよぉ」 「じゃあ、チョコレート諦めないと」「チョコレート食べたいなぁ」

前話 108話の後半部を2018年7月4日に書き直した



前話 108話の後半部を2018年7月4日に書き直した



 三十秒足らずで六人を無力化してのけたギーネ・アルテミスだが、其の儘、注意を逸らさずに目の前の青年を眺めている。

 青年は生きていた。最後の最後でギーネは、命を奪うのを止めた。だが、利き腕である右の掌が吹っ飛んでいる。涙と涎でぐちゃぐちゃになっている青年の顔を眺めたギーネは、沈黙を保ったまま蹴り飛ばした。鈍く重たい音が響くと共に、青年の太い左腕が小枝のように有らぬ方向へと曲がり、藁人形のように壁に叩きつけられる。


 八つ当たりではない。いや、少々その気持ちが含まれていたことは否めないが、白目を剥いて崩れ落ちた青年を眺めたギーネは、至近の敵を二人ともに完全に無力化したと確信してから大きく息を吐いた。

「……ぷぅっ」

 射撃の際には息を止める。発砲の際にも時々、止めてしまう。癖であった。心身の緊張を解きながら、ワイヤーを取り出して青年を拘束した帝國貴族は、廊下に倒れるほか四人の死亡も確認して、殆ど死んでいると脳内の敵位置と状態を書き換えた。

 射撃に必要とされる高い集中力は脳がカロリーを必要とする。猛烈にチョコレートが食べたかった。

「もう、焦りましたのだ、チョコレートが食べたいのだ、ココアでもいいのだ」

 他の連中も死んでいる。念の為にとどめを刺す、或いは死体を隠蔽して新手の認識を誤魔化すかと考えるが、時間が迫っている。

 新手が接近する前に、迎撃の準備を整えることを優先すべきだろう。


 傍から見れば一方的な殲滅戦であったかもしれないが、ギーネ本人からすると到底、鮮やかとは言い難い、危うい均衡の上に保たれた勝利であった。

 敵がギーネの補足を優先して戦力を分散したが為に時間差で各個撃破できたが、戦力を集中した場合、最悪『ホテル・ユニヴァース』の放棄も視野に入っていた。

 純戦術的な話に限っても、マスケット銃は湿気に弱い。特に今日のように湿った風の吹く日は、火薬の湿りなどが原因で、数%の確率で不発が起きても不思議ではなかった。

 面白くない。ギーネ・アルテミスは綱渡りが嫌いだった。虎児を得る為に自ら危険に踏み込むならまだしも、他人に主導権を奪われて危険な状況に追い込まれることは我慢ならない。

 もっと楽に勝ちたい。思いながら、マスケット銃の銃身をカルカと布で掃除する。黒色火薬の状態を確認する。よく乾いている。悪くない。銃口に入れてカルカで固め、弾を詰める。機械のように正確で滑らかな動作で装填しながら、気絶から覚めたのか。うめきを漏らした青年を眺めて呟いた。

「お、もう目覚めた?中々、タフですね。でも、気絶していたほうが楽ですよ」

「……よくも仲間を。殺してやる」

「残念ながら、貴方には無理です。あの【町】でアーネイ以外に私を殺せそうな戦士は、今のところ一名くらいしか心当たりがありませんのだ」

 くすくす笑ってから、飴をポケットから取り出して口に放り込んだ。虫の尻からひりだした分泌物である。安価な割には入手し易く、微かな苦みがあるものの不味くもない。

「末期のチョコレートです。それが人生で味わう最後の一欠片ですからよく味わうがいいのだ」

 捕虜の口にチョコレートの塊を投げ込んでから、猿轡を厳重に噛まして放置する。

「……あとは少年兵……少年少女か」

 もごもごと口の中で転がしつつ、マスケット銃の燧石や金床の具合を確かめながら、耳を欹てて警戒を続けている。

 

 敵の索敵能力は、信じられないことではあるがギーネ・アルテミスのそれに匹敵、或いは凌駕していた。

 となれば、問題は敵の火力投射能力となる。百発一中の百門は、百発百中の一門に勝る。

 由来、マスケットは信頼性に欠ける兵器であった。好きではない。ギーネの射撃精度を持ってしても、賭けの要素が大きくなる。

 命中精度に劣るだけではない。けぶる白煙は視界を塞ぐ。火薬が湿れば不発となる。数発ごとに火打石を調整しなければ、火花が散らずにこれまた不発が起こる。

 銃身内部を布で拭って、弾薬を詰める。今も廊下に白い硝煙が漂っている。煙ったい。汚れの付着したゴーグルを拭った。銃の弾込めを終えても、敵はまだ現れない。

 死体を片付けておこうか?と考える。敵は、こちらの射撃精度を把握していない。それもまた勝負の鍵となるだろう。

 悉く当たり難いヘッドショットで仕留められた死体を見れば、敵はギーネの射撃精度を推測できる。死体がなければ、敵の判断材料を減らすことができるが、体力を使う。

 敵に情報を与えるかもしれないが、隙も大きい。少し考えてから、止めておこうと結論する。



 それでも時間が余ったので、近くに転がっている敵の死体と捕虜を改めることにした。

 何か役に立つ武器を持っているかもしれない。

「戦争を戦争で養うのだ。敵の武装でわが軍を養うのだ。ゲリラ戦の達人であるぞ」

 騎士道をうたう封建領主のくせに、不正規戦の達人を自称しつつギーネは死体を間近な覗き込んだ。

 そこで覆いかぶさっていた方の死体が、意外と可愛い女の子だと改めて気づいてへこむ。

「……結構、かわいい子じゃないですか。殺してから気づいた、勿体な。誰ですか、殺したの?あ、わたしなのだ」

 セルフ突っ込みしながら持ち物を漁るが、大したものは持ってない。次いで壁に叩きつけられた青年の躯に手を伸ばした。ティアマットの底辺ハンターや貧困層、放浪民などは得てして全財産を持ち運んでいたりするので、意外な戦利品が見つかることもあるが大抵はスカである。

「なにかあるかなー?んー、こっちの男の子は働き者の手をしてますね。手の火傷の跡はハンダかな。おっ、トンカチ持ってるやんけ……違う。槌ですね、これは。血の匂いがしない。こっちは、やっとこ」

 腰に付けた道具を手に取って表に裏に見つめてみる。柄が長い。鍛冶用のそれに酷似している。

「こやつめ。鍛冶職人かな。腕太いし火傷の跡もあるし。なんと勿体ない」

 大量消費を良しとする資本主義世界ではなく、質実剛健を旨とする封建世界出身の人間なので、勿体ない勿体ないと念仏のように繰り返しながら、合間にぶちぶちと文句を垂れ流す。

「なんで、賞金稼ぎなんかやってるのだ。命を粗末にしすぎなのだ。ああ、もったいない。もったいない。まあ、仕方ない。仕方ない」


 迎撃の準備を整え、敵の所持品を漁って、後は待機の時間だった。

 余計なことはせず、ただ神経を研ぎ澄ませてその時を待つことにする。

 敵はどのルートを使って進撃してくるだろうか。再び一番手近な階段を昇ってきて前後から回り込んでくるか。だが、既に一度撃退している。同じルートで来るかな?

 中央階段を昇ってくるかもしれないし、奥の階段を使って遠回りに進撃してくるかもしれない。

 変異獣を全て狩らずに少し残しておけばよかった。番犬代わりになったものを。アーネイめ。嬉々として殺し回るからすっかり逃げ出してしまったのだ。


 タイミングを合わせた挟撃は恐い。所詮、人間というのは一方向にしか意識を集中できない生き物なのだ。意識を分割せざるを得ない状況では、それだけで隙は大きくなる。

 しかし、来るだろうか?そもそも敵が待ち伏せしている可能性もある。或いは損害の大きさに退却を図るかも。

 動向が分からないな。高い索敵能力が厄介です。迂闊に偵察することも出来ない。

 微かに不安を覚えたギーネは、空気の匂いを嗅ぐように鼻をスンスンと鳴らした。

 嗅覚……ではないだろう。外の風は強い。南風が吹いている。渡り廊下を西からくる敵の向かって正面左側。風下である北に位置していた私を補足した。つまり敵の索敵能力は嗅覚ではない。

 では、動体探知機か?しかし、ギーネの端末は如何な電磁波も捉えなかった。それに壁を隔てて待ち伏せしている私を探知できる動体探知機がティアマットに在るかは疑問であった。これも保留。

 赤外線系の熱源探知機?或いは聴覚。音源探知機?この二つの可能性が比較的高いと推測する。


 ギーネはわずかに塩と砂糖を混ぜた水筒で唇を湿らせる程度に潤した。ぬるくなってる。まずい。だが、まだまだ気力は持つ。軽く息を吸って気合を入れなおす。敵の能力が分からない状況は、警戒に値する。

 敵の索敵能力からして、正面きっての戦闘となる恐れが強い。愚連隊が此方を完全に捕捉しうると想定すれば、ギーネの取りうる手段も限られてくる。選択肢は二つ。退却、或いは互いに位置を補足している状況からの撃ち合いを強いられることになるだろう。射撃の精度においては、恐らく此方が勝っているし、敵は他にマスケット銃を所有しているようには見えなかった。とは言え、拳銃型のマスケット銃や拳銃そのものを保持している可能性も残っている。


 ホテル内を逃げ回りつつ各個撃破を図る手もあるが、時間は誰にも平等に働く。敵が散兵で戦力を拡散するか、或いはホテル内で伏兵戦術を取られる可能性があった。果たして子供にそこまで出来るか否かは分からないが、母国アルトリウスの近衛猟兵団などは、古の大日本帝国将兵にも匹敵する士気を誇っていて、敵地に浸透した場合、或いは敵の占領地などで、孤立無援の状況で数年、時に数十年も戦闘を継続した事例もある。

 神秘的なベールに包まれ列強に恐れられている帝國騎士や近衛猟兵団に匹敵するような愚連隊がそんじょそこらに転がっているとも思えないが、ギーネとてティアマット暮らしはまだ1年目。到底、この惑星社会のことに詳しいとは言い切れない。

 次元宇宙には時々、信じられないような精神性の集団もあって、ティアマットとて三歳からの戦闘奴隷育成機関なんてヤバい代物が実在している惑星なので、万が一という可能性も無視できなかった。

「しかし、ティアマット人は未開ですね。殺し合いは大人だけの嗜みであるべきなのだ」

 敵がどのルートから到来してるくるか。そして何人、或いは幾つの機械が索敵能力を保有しているのか。敵の到来に備えを整えながら、ギーネは静かに闘争の瞬間を待ち受けていた。



 先刻まで立て続けに鳴り響いていた銃声が、すっかりと途絶えていた。

「……静かになったな」

天井を見上げて呟いた『親方』ドーカーと『痩せ犬』率いる一団は、現在八階廊下の奥に位置する階段の手前までやってきていた。

 念の為、賞金首の退路を断つように、奥の階段から十二階の階段の手前を抑えるのが少年少女に与えられた役割であったが、ドーカーは老練なこの男らしくもなく躊躇しているようにも見えた。


「『痩せ犬』……おめぇ、どう思う?」

 十二階に踏み込まずに立ち止まっている『親方』は、『徒弟』たちを廊下に待機させたまま階段をのぞき込んで尋ねた。

「なにがだね」

 怪訝そうな『痩せ犬』に対してドーカーは頭をかき回して呻いている。

「こう……うまく言えねぇ」

 上階から盛んに聞こえてきた戦闘音がまるで聞こえなくなったことが気になるのか。

 百戦錬磨の『親方』とは到底、思えない弱気な言葉だった。


 数発連続して鳴り響いて戦闘が始まったと思ったら、急に途絶えた。その後また銃声が鳴り響いてまた途絶えた。普通、撃ち合いとはもっと銃声が重なって聞こえてくるものの筈だ。だが、聞こえてきた銃声は、あまりに……あまりに非人間的過ぎた。

 連続して発射される銃声は、その発砲音が一瞬の狂いもなくほぼ同じ間隔を置いて発射されていたことが、正確に測っていた訳でもないがドーカーには気持ち悪く感じられてならない。

 殺人機械が待ち受けているような得体の知れなさを覚えていたのだが、しかし、ドーカーはその感覚を言語化することが出来ずにいた。丁度、人数分の発砲音の機械みたいに正確な間隔が百戦錬磨の『親方』に不気味な圧迫感を与えているのだが、本人はただひどく渋い表情で、もどかしげに同じ言葉を繰り返している。


「……妙なんだよ。説明できねえが妙なんだ」

 冷たい汗の出る頬を盛んに拭っているドーカーだが、陶器化した皮膚は汗一つ掻いていない。

 ドーカーのふとした仕草に微かに嫌悪感を覚えて、苛立ちを胡麻化すように『痩せ犬』は手を振って大きく笑い飛ばした。

「とっつぁん。歳か?めっきり弱気になったな」

「……そうかもしれねえ。そうだな。そうだろうよ」


「おい、降りるつもりじゃないだろうね?」

 ドーカーの弱気な態度にいら立ちを募らせた『痩せ犬』は思い切り鼻に皺を寄せてみせた。

 この仕事は人数分だけ日当貰える。人数連れてきたドーカーにとっては、捕まえなくても割が合うが、しかし、痩せ犬にとっては事情が異なっているのだ。『親方』の消極性をそれと悟って『痩せ犬』は内心、いら立ちで歯噛みしている。娘の為には賞金が必要なのだ。


 その時再び、上の階から銃声が響いてきた。一発。また一発。試し打ちでもするかのように数分ごとに聞こえる疎らな銃声は、狩りが佳境に入ったことを示しているのだろうか。

 しばらく天井を睨みつけていたドーカーだが、神経質なしぐさで顔を拭いながら、大きく息を吐いた。

「……考えすぎたか」

 階段に腰掛けた『親方』は目を閉じて首を振った。

「休憩だ。腹になんか入れとけ」

「おい。さっさと昇らないと逃がすかもしれんぜ」

取り逃がしたら長丁場になる。そんな懸念をよそに、ドーカー親父は眠たげな眼で視線を返してきた。

「焦るなってのは、おめえが言ってたことだ」

 奴は逃げられねえよ。こことを抑えてりゃ。ドーカー曰く、上の階段は伊達男が、裏手は火竜が塞いでいる。

 賞金首はホテルの北側へと追い詰めた。ホテルの壁に貼られた見取り図が正しければ、使えるルートは二つ。入口の階段を伊達男たちが抑えている以上、移動には奥の階段を使うしかない。

 言った『親方』は、のんびりした動作で汚い紙たばこを懐から取り出した。今も町で生産されているマッチを取り出して火をつけると、主だった『徒弟』の数人を呼びつける。


「なんだい、とっつぁん」

 駆け寄ってきた年長の徒弟たちを見まわしてから、しばらく迷っていたがドーカーは口を開いた。

「……お前らも随分と成長したものだ」

「なんだい、気色悪いね。師匠がいいからとでも言いたいのかい?」

 一人の少女がまぜっかえすが、ドーカーは顎を撫でたまま床に視線を彷徨わせた。

「そろそろお前らも独り立ちの時期だな」

『親方』の言葉は、徒弟たちに衝撃を与えたらしく、少年少女は一斉に沈黙した。真剣な目で『親方』を凝視している。

「……おい、本気で言ってるのか」

 徒弟の一人が念を押して訪ねてくる。独立の容認は、重要な意味を持っている。言い換えれば、取り返しのつかない言葉だった。

 一度、心に指向性を与えてしまえば、少年少女たちは自立を始めるだろう。確かにそれだけのノウハウは積んできているが、『親方』への義理と貸しの契約が徒弟たちを縛り付けている。その義理を自分から手放した。滅多にある話ではない。

「今すぐってわけじゃねえがな。教えられることは全部教えた。準備はしておけ」

 言い捨ててドーカーは億劫そうに目を閉じた。

 少年少女は互いに顔を見合わせている。望外の親方からの免許皆伝に喜びを覚えるよりも、むしろ突然の出来事に戸惑いを覚えているようだった。

「……そろそろ俺も潮時かもしれねえ。何があるか分からねえからな」

「どうしたんだよ。おっさん。らしくねえな。頭でも打ったのか」

「ああ、どうかしてるのかもしれねえな。こまけえ話は帰ってからだが、心の準備はしておけ」

 言ってからドーカーは舌打ちした。今日の自分は本当にどうかしている。遺構の中でするべき話ではなかった。

「死にたくなければ、浮つくなよ。まだ遠足が終わったわけじゃねえんだからな」

 徒弟たちを睨みつけて吐き捨てると、煙草を吐き捨てて神経質そうに踏み潰した。


-------------

 北口


 【中央棟】→渡り廊下→【西館】


 南口から侵入


(ホテル・ユニヴァース)

------------ーーーー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ