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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
106/117

14歳なんですけど。ハンターの……徒弟 ? なんですけど 

 記憶に残っている母の手は何時もカサカサで、それでも笑顔を絶やしたことはなかった。

 私のかわいいチビちゃんと、スーのことを呼ぶ優しい声は耳に心地よくて、母の囁きを聴くたびに小さな体は胸にいっぱいの喜びに満たされた。

 二人が住んでいるのは、【町】の壁外区画のさらに外れに位置する小さなあばら家で、曠野や廃墟に面している名前もないその地区は【外れ】とだけ呼ばれていた。

 いつ怪物が入り込んでも不思議ではなく、不法居住者たちが積み上げた土嚢が唯一のそれらしい守りだったが実際、年に数度は巨大蟻や野犬の群れが道を横切るのを目にするような見捨てられた場所で【外れ】の子はいつ死んでも不思議はなかった。

 それでも、スーは母のエリンと二人の生活に不満を感じたことなどなかった。


 スーが望んだ小さな願いはただ一つ。青空市場を歩いていた時、屋台の前に少しだけ立ち止まった母が見つめたハンドクリームの缶で、緑紙幣で1クレジット半というのは、貧しい壁外住人でも手は届くけど、ちょっと贅沢なことに違いはなく、お小遣いなどないスーには手の届かない金額。そんな時に『親方』ドーカーが郊外の大きな廃墟に乗り込むために、大勢の少年少女を集めていると聞いたのだ。

 『徒弟』でも、1度の仕事で1クレジットを得るのは珍しいのに、報酬は一人2クレジット。

 それに『親方』ドーカーは、滅多に『徒弟』を死なせないことで知られていた。

 母からハンターの『親方』たちには絶対に近寄らないよう言い含められていたにも拘らず、スーは近所に住んでいた『徒弟』の少女ユニに頼み込んで、待ち合わせ場所の廃墟へ同行させてもらった。

 一度でいい。スーは自力で母に喜びをプレゼントしたかったのだ。


 分厚い着ぐるみを着込んだ性別不明の誰か。義手の先に斧をつけた少年。手のひらほどもある耳の大きな少女。全身、毛深くて人間と犬の入り混じったような顔をしたやはり性別不能な誰か。逆さの鍋を兜のように被った少年。

 初めて目にした『親方』ドーカーの『徒弟』たちは、噂通りに誰もがサーカスのように奇妙な格好をした奇怪な一団で、目の前には半ば伝説的な遺構『ホテル・ユニヴァース』。


 冷たい風が吹きつける中、灰色の廃墟を背景に佇む痩せた年上の子供たちの奇妙な姿は、とても恐ろしかった。なので思わず、唯一の顔見知りでスーを連れてきてくれた年上のユニにしがみ付きながら、人見知り風に様子を窺ってしまうも、誰も年下の少女に興味は示さなかった。



 子供なのにどこか疲れを宿した目で、それでも時折、ふざけたり、軽口を叩きながら『親方』を待ち受けている子供たちには、どこかもの悲しい風情が漂っている。

 少年少女たちは誰もが待つのに辟易とした様子で路地裏に屯しつつ、時折、表通りの十字路をうかがっていたが、退屈な待機の時間も終わりを告げたらしい。


「おっさんが来たぞ」

 集まっていた『徒弟』の誰かが声を上げると、静かに待ってたユニが立ち上がってスーを引っ張った。

「ほら、『親方』が来たよ」

 視線を移して息をのむ。歩み寄ってくるドーカーは、顔の半分近くが陶器のように光を反射し、残り半分は赤ら顔をした、目つきの険しい恐ろしげな老人で、白と黒の入り混じった手入れをしていない顎鬚がまるで鳥の巣のように揺れていた。

 近くにいた少年が、ぽんとスーの頭を撫でた。

「ユニから、話は聞いてる。あれで意外と面倒見がいいからな。頑張って説得しろよ」

 思ってもなかった優しい言葉に、スーは少しだけ心強くなって勇気を出してうなずいた。


「息のいい連中を集めておいたぜ」

 進み出た『徒弟』の少女が男っぽい口調に報告すると、苦笑を浮かべながらドーカーは少年少女を見回した。

 大方は、知った顔だった。幾度か仕事に使って『使える』と判断した餓鬼どもだった。

 初顔も【町】の外で二、三度見る奴らばかりだ。廃墟での動き方、変異獣やゾンビのいなし方は、いずれも十分に弁えているだろう。

 頷きながら、ドーカーは貫禄たっぷりに言い聞かせた。

「いいか、小僧ども。俺の指示に従えよ。そうすりゃあ稼がせてやる。この中の誰が捕まえても等分だ」


 頭目の宣告に、慌てた素振りを見せたのは一同の中でも比較的に年下の二人組。

 弓と矢筒を背負っている、また雀斑の残る青年と、よく似た顔つきの少女であった。

「『親方』さん。うちら引き受けたのは、見張りって話やけど」

「ああ、それで構わん。見張りでも、手間賃は出る」

 裏門に残っても構わん、と『親方』ドーカーの言葉に迷いを浮かべて顔を見合わせる。


「あんちゃん、どうする?中にはようけ金目のもんも転がってると思うけど」

「うちらも踏み込むか?けどなあ、引き受けたんは、見張りだけやし」

「……どうしよう」

 迷う風情を見せる双子にスーを背後から抱きしめながら、ユニが一言。

「中の首には、賞金が懸ってるよ」

「いくら?」双子の兄貴が訪ねる。

「100クレジット」

「ひょほー!」少女が素っ頓狂な叫びを上げた。


 一方、なにが気に入らないのか。『伊達男』が渋面を作って兄妹を睨みつけていた。

 何かを言いたげに唸っていたが、頭を掻きながらため息をついた。

「……好きにするがいいさ。バカ兄弟。だが、相手は腕利きだ。どうなるかは分からんぞ」

「賞金首よりも怪物の方が恐いね」

「危険は承知の上」

 リスクを冒しても、金が欲しい。それも一つの選択肢だった。

 危険を踏まえた上で意思表示したならば、若くともハンター。尊重するべきだろう。

 何故なら、惑星ティアマットでは、僅かな金の有無がまた生死を左右するからだ。


 それなりの質と人数を揃えたとご満悦で顎を撫でているドーカー。自慢の『徒弟』たちを眺める『痩せ犬』だが、少年少女の集団の影に隠れるように、ひどく小柄な少女がいるのに気づいて顔をしかめた。

「おいおい、いくらなんでもこいつはダメだろ。どうみても子供にしか見えない」

 言いながら肩を掴むと、引きずり出された少女スーは小動物のように頬を膨らませて抗議してきた。

「14歳です。大人です」

 実際は、12歳であった。アウトだった。


『痩せ犬』は確信を込めて告げた。

「お前、『徒弟』じゃないな。堅気の娘だろ」

「……なっ?なにを!?立派なハンターですよ?!」狼狽する少女の頭をいささか乱暴に軽く叩いた。

「分かるんだよ。匂いが違う」

 食べていくだけなら、ティアマットでも難しくはないが、底辺から抜け出したいのなら、途端に難しくなる。

 だから『徒弟』たちの目は、【町】に住む他の子らとは一線を画していた。

 巨大昆虫の卵や幼虫、分泌物を捕るのも、廃墟で遺物を漁るのも、薬になる苔や根を持ち帰るのも、死と隣り合わせの危険な仕事で、生死の狭間に身を置きながらも、『徒弟』たちは『親方』の知識と技を盗んで成り上がってやると、だれもが隠し切れない野心にギラギラと瞳を輝かせている。

 どこか研ぎ澄まされた鋭利な気配を漂わせるのが『徒弟』なのに、この娘にはそれが皆無だった。 貧富ではなく、生き様の違いだろう。とてもいいとこの娘には見えないが、ポヤポヤした柔らかな空気は、きっと優しい保護者に育てられたに違いない。


「餓鬼は、さっさと家に帰れ。今なら、国道を辿って【町】に戻れるはずだ」

 苦み走った『痩せ犬』の言葉に、近くにいた少年の一人が不満そうに割って入った。

「おっさん、そりゃないぜ」

「口を挟むな、小僧。いいか……」

「あたし行けます」言い張る少女に、寒々しい目を向けて『痩せ犬』が渋面で説教をかます。

「残れ、足手まといだ」

 同じ壁外区画に住んでいるユニが口を挟んできた。

「……その娘、お袋さんが病気でね。薬を買うのに金が必要で、どうしてもって」

 

 スーの説明は嘘ではない。母のエミリーはよく咳き込んでいて安い軟膏を胸に塗っている。だから、賞金で薬を買って、薬を買うお金をクリームに回えば嘘にはならないのだ。スー理論では。

 折角やってきたのに此の侭では追い出されてしまう。

 スーは状況を見ている『親方』ドーカーのもとへと駆け寄った。

「スーって言います!」

 胡散臭げにスーを値踏みする『親方』の不機嫌そうなしかめ面が、内面の現れなのか。素の面構えなのか。スーには判断がつかない。

 沈黙したまま見下ろすドーカーに怯みそうになるも、気持ちを奮い立たせてスーは売り込みをかけた。

「おもしろい特技があるのよ」ユニが援護する。

「め、眼がいいです!」


「あのっ、壁に手を当ててください」

 ドーカーに向かって言ったスーは、いきなりその場にしゃがみ込んだ。

 面食らった様子のドーカーに構わず、目を掌で抑えるとくるりと後ろに振り向いた。

「後ろ向いてるから、適当に歩いて壁に触ってください!おねがいしまう」

 噛んだ。当惑したようなドーカーの気配が背中越しに伝わってきたが、足音が響いてくる。とりあえず歩いてくれたようだ。


「もっ、もういいですか?放しましたか?放したら、また歩いてください」

「……おう」

 振り返って、スーは立ちあがった。

「えっと」

 早足に歩きながら、マジックを取り出す。

 壁をじっと凝視して、ドーカーの手が振れた位置を其の儘、塗りつぶして見せた。

「どっ、どうです!?」

『伊達男』は、それがどうしたとでも言いたげに釈然としない顔つきでやりとりを眺めていた。他のハンターも五十歩百歩の態度の中、ドーカーは暫らく沈黙を守っていた。

「……驚いた」

 陰気に唸るようにそれだけ呟くと、睨みつけるようにスーをどんぐり眼で凝視する。

「……ひっ」

 凄い迫力に逃げたくなるが、スーは我慢した。


「……眼がいいだと?どういうことだ?触れた跡が見えるのか?」

 怖い顔で大股に歩み寄ってくるドーカーがスーの顔を掴んだ。

「どら、顔を見せろ」

「やっ、やあ」

 悪相が歯を剥き出してさらに恐ろしげなドーカーに、スーは涙目となる。

「おっさん、乱暴は」

「少し黙ってろ」

 ユニの静止の声を無視したドーカーは、穴が開きそうなほどに真剣にスーを見つめながら、目の辺りにに触れていた。

 顔を左右に動かして、鼻と目の間。スイカの種ほどの小さな穴に気付いて小さく唸る。

「……ピット器官か」

 口元を歪めての吐き捨てるような口調に、スーの怯えがますます酷くなった。

「なんだって」

 怪訝そうな『痩せ犬』の問いかけに、鬱陶しそうに口を曲げる。

「へ、大崩壊前の人間は、同じ人間を色々弄繰り回していたのさ。軍か、企業か、テロリストかは分からねえがな」

 動物と掛け合わせたりな。とは口にせず、肩を竦めたドーカーは口元にせせら笑いを張りつけて、陶器のように高質化した頬に触れた。

「今でも、連中の刻んだ痕跡が俺たちの体に残されてるのさ」


 スーには、ドーカーの喋ってる言葉の意味がよく分からない。少女の知ってると言ったら【町】外れの狭い壁外地区だけが全てであり、読み書きもろくに出来ず、まっこと小さな世界で生まれ育ったからだ。

 熱源可視も生まれた頃から自然と出来た特技で、ほんの2、3年前までは他の人間も当然にできると思い込んでいたくらいだった。

「お前、熱が見えるんだな?」

 ドーカーの問いかけに、スーはコクコクと頷いた。

「あの、触ったところとか、室内だと歩いたところも赤く見えるんです」

 正直に話した。その方がいいような気がしたからだ。

「その事はだれが知ってる?」

「お、お母さんが。でも誰にも言うなって」

「そうだな、その方がいい」

 0.1度の単位で判別できる機械式の赤外線可視化装置でも、靴を履いた足跡を辿るのは不可能に近い。ドーカーの履いてるのは半長靴。流石に足跡は見分けられないようだが、それでも驚くべき能力だった。

「役には立ちそうだ」

 一転、ぎょろりと眼を剥いて『親方』はスーを睨んだ。

「だが、危険だぞ」脅しつけるような言葉にもスーは頷いてくる。

「承知の上です!母さんの為だもん」

 此れには痩せ犬が顔を顰めた。

「だとよ……『痩せ犬』」

 ドーカー親父の声に、降参だとでも言いたげに『痩せ犬』は手を振った。

「分かった、分かった。ついてこい。ただし、俺の傍を離れるなよ」


 交渉は上手く運んだ。緊張を解いてホッと息をついたスーに、ユニが駆け寄ってきてピシャリと背中を叩いた。 

「うまくやったね」

「ひゃあ!」

 叫んでるスーに後ろから抱き着いてくるユニ。

「『痩せ犬』さんと離れないようにしなよ!」

「あの人は凄腕だから傍にいれば安心だね!」

 ユニとほぼ同年代のネコ科の獣みたいな耳をした少女が、猫みたいに瞳孔を細めて笑っている。

「あたしはココ。よろしく」

「……よ、よろしく」

「あんまり目はよくないけど、百メートル先のくしゃみも聞き分けるよ。

 なんで仕事の時には『耳』の役目をしてる。さしずめ、あんたは『目』だね」

 両脇から年上の娘たちに抱きしめられる。

「……ふいぃ」

 襤褸布のような衣服に包帯を巻いた足、汚れた外套に鉄パイプや手製の槍を背負った物騒な外見の癖、少女たちはひどく友好的で懐っこく、伝わってくる体温にスーは溶けそうになった。




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