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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
105/117

ティアマット・ハンター事情

※武器辞典 パイプ銃


パイプ銃は、鉄パイプや鉛管などを銃身に加工して創られた手製の銃器である。

工業規格の銃が貴重な土地において、手っ取り早く火力を補うのに適している為、ミュータントに脅かされている農民や商店の用心棒、旅人、下位ハンターなどに好んで使われている。

粗製乱造されて巷に流通しているが、威力については、そう馬鹿にしたものでもない。


そもそも、銃とは極めて単純な構造の製品である。

極端な話、必要なのは銃身と撃針。鉄パイプの銃身に弾薬を装填し、撃針で発射薬を叩く。

それだけあれば銃弾は発射できる。引き金さえ必要ないのだ。


弾薬のガスを逃がさず、破裂しない程度に頑丈で細長い筒なら、すべからく銃身となる。

ちょっと工作の得意な人間なら、鉄パイプさえあれば簡単にライフルを作れてしまう。

鉛を楕円形に加工し、黒色火薬を詰めれば、それでもう手製マスケットの出来上がりであった。


手製などと言うと、人は馬鹿にしがちだがそう侮れるものでもない。

無論、射撃の精度においては工業製品の緻密さに比べるべくもないし、また頑強さにおいても信頼がおけるものではない。薬莢のガスを逃がす為に威力も低下する。

だが、信頼性は低いとは言え、少なくとも至近における殺傷能力においては、工業製品になんら劣るものではない。


 元は閑静な住宅街だっただろう荒れ果てた廃墟の、ひび割れたアスファルトの路上を踏みしめながら『痩せ犬』と『親方』ドーカーは待ち合わせ場所の周囲を軽く歩き回ってみた。

 荒れ果てた商店や住宅に挟まれた十字路の一帯には、皮ジャケットの青年を中心に集まった『ファイアー・ドラゴン』、異形の少年少女が混ざった『親方』の一団、見た目とは裏腹に手練を揃えた『伊達男』の一党が顔を見せている。


「……随分と集まったものだな」

 独白のつもりで漏らした『痩せ犬』の呟きだったが、ドーカーの耳には届いていたらしい。

「まるでハンターの見本市だな、ええ」言って親しげな笑みをにやりと浮かべて見せた。

 『痩せ犬』もその意見には同意だったので肯いた。


 『ファイアードラゴン』は、まともな職に就けない庶民や下層民の不良子弟や与太者の集まり。『親方』の手下である少年少女は、流民の子や孤児、ミュータントといった鼻つまみ者ばかり。『伊達男』の一党は、一人の男が肉体関係を結んだ女たちを使役するという形で、ライオンの群れ(プライド)を連想させる。どれも小規模な徒党としては、典型的な食い詰めものが集まった……いや、取り繕うのをよせば、肩を寄せ合った珍しくもない取り合わせだった。類型と言ってもいい。一山いくらのありふれた木っ端ハンターたちで一日一日を生きる為に必死に足掻いている。


 ハンター仲間からは鼻が利くと評されている『痩せ犬』とて同類だった。

 フォコンや始末屋のような戦闘力に定評のある狩人と違って、ゾンビ狩りや人食いアメーバの討伐で稼ぐような真似はできない。儲かるが危険な遺構に踏み込むような度胸や技能もない。【町】で半端仕事を探しては食い繋いでいる半端者でしかない。

 そもそもがゾンビを狩るのからして命がけの仕事だ。咬まれたり、引っ掛かれれば、それで一貫のお終いと思えば、体は強張り、足も竦む。難病を患う一人娘のことを考えれば、尚更に『痩せ犬』は危険に命を張ることが出来なかった。

 いきおい廃墟と化した住宅地で、怪物を避けながら、食器や持ち帰れる程度の金属を漁るスカベンジャーに落ち付いたが、それだけの危険と引き換えに手に入るのも、暮らすには足りるが大金とは言い難い、緑や黄色の紙幣に幾らかの私鋳硬貨トークン


 生きるために薬を必要とする娘の為に『痩せ犬』にはなんとしても金が必要だった。

 ……俺の娘はどうなるんだ。可愛い哀れなソーニャ。なんとかして病気を治してやらなくちゃ

 金が必要だ。それも緑紙幣(町発行の通貨)や黄色紙幣(近隣農民組合の食糧兌換紙幣)じゃない。ギルド発行の青紙幣で100クレジット。それだけあれば、今ならまだ一発で治せる薬が手に入る。

 

 娘と同じ陶器の皮膚を持つドーカーを気忙しげに見つめてから、『痩せ犬』は爪を噛んだ。

 ドーカーの顔の皮膚には、ひびが入って体液がじくじくと漏れていた。ドーカーみたいになっちまったら手遅れだ。病状が進行する前に薬を手に入れる。賞金首を捕らえる。緑紙幣タウンクレジットでも100あれば、それなりの青紙幣ギルドクレジットと両替できる。

 信用の低い緑や黄色の紙幣では手に入らない特効薬だが、東海岸のハンターギルドが価値を保証する青紙幣を揃えれば、内陸からの交易商人たちも取引に否やはない。


「……金が必要だからな」

 肩をすくめて言った『痩せ犬』にドーカーが頷いた。

「なにしろ200クレジットだ。それに若い連中には、雷鳴党に顔を繋ぎたい奴も多いだろうよ」

「そんなにいいもんかね、最近は黒影党と揉めているが」

 『痩せ犬』は顔を顰めた。

 雷鳴党と距離を持ちながらも一目置かれているフォコンや伊達男らとは違い、『痩せ犬』もドーカーも、迂闊に顔を繋げたばかりに良いように使われている。

 寒さに素手をこすり合わせながらドーカーは吐き捨てた。

「それでも、だ。若いうちは、誰でも自分にはチャンスが巡ってくると信じているのさ」



 ホテル展望室に蟠った薄暗い闇の中、ギーネ・アルテミスは闇夜の梟のように身動きせず、静かに沈思していた。

 正門に突入したのが三十余名。うち十余名はすでにアーネイに仕留められている。

 一方で裏門から侵入してきたのは11名。ギーネさんが仕留めたのが十人足らずなのだ。

 雷鳴党は既にして二十名以上の人員を喪失を受けている。

 そして先刻、アーネイからの通信で残り二十名も地下に追い込んだとの報告があった。

 総計四十名。この人的被害は恐らく雷鳴党にとって致命的であろう。


 にも拘らず、雷鳴党は新たに20名を越える戦力を投入しようとしていた。

 先に突入した部隊が壊滅したことを全く把握していないと見ていい。

 合流した2名の男を待っていたのだろう。待機していた十字路の部隊に動き出す兆候が現れた。幾人もが独楽鼠のように動き回って荷物を確認し、顔を合わせて恐らく段取りを詰めている。


 正門からの30名に比せば、裏門は確かに手不足だと思っていた。

 全部で60名。恐らくは、これで総勢。打ち止めだろう。

 【町】を二分するとは言え、田舎町の愚連隊がこれ以上の人数を動員できるとは考えにくい。いまだ兵力を残しているとしても、黒影党に備えて【町】の拠点の守りに回しているはずだ。


 当初の予想では、追手が来ても精々五人から二十人程度の範囲に収まるだろうというのが帝國人たちの考えであったから、些か予想を上回る人数には帝國貴族も驚かされはした。

 たった二人の逸れ者を消す為だけに、60人の追手というのは尋常ではない。

 賞金額も不可解だった。東海岸でそれなりの美人を奴隷に売り飛ばせば、30とか50クレジットくらいの値段が付く。帝國人主従なら200とか300クレジットの値がついても不思議ではないし、貯めた金もそれくらいはある。すべてを奪い取るなら、100人動かしても割は合うのだ。もうおぞましすぎておうち帰りたくなってくるくらいヒャッハーな世情ではあるが、それは全て上手く転べばの話である。ギーネとアーネイを生け捕りにできるとは限らないし、逃がしたり、殺してしまえば、金の隠し場所も分からない。手当と賞金でかなりの赤字となる。現に40名の兵隊の殆どが返り討ちにあっている。

 保安官の前で愚弄されたのが、それほど頭に来たのか?或いは、雷鳴党は潤沢な資金源を有していおり、100や200のクレジットは組織にとってはした金に過ぎないのかもしれない。


 ほかにも想定外の事は多かった。

 フォコンとやら言う先行部隊の隊長は、実はそれなりに手強かった。ギーネの構築した交戦地点に引きずり込めたから楽勝に見えるが、まともに戦えばその戦力は帝國貴族を凌駕していた。

 連携が取れていたし、練度も高かった。勇敢で士気も高かった。逆に言えば、真正面から戦って勝てるだけの自信を持つ者たちだからこそ、誘導できた側面もあるのか。


 投入の順番が違えば、それだけで戦況は全く違う側面を見せていた可能性もある。

 例えば、練度の低そうな十字路集団を最初に投入し、囮としてギーネを引き付けながら、もしくは手の内を見極めながら、フォコン集団が有機的に連携を取って進んできたら、ギーネはもう少し複雑に罠と戦術を組み合わせる必要に迫られただろう。

 普通、偵察に当たるのは精鋭だが、しかし、温存すべき精鋭は取っておいて、捨て駒を充てる戦術でギーネを消耗させたとしても不思議ではない。


 『ホテル・ユニヴァース』におけるギーネの防衛戦略は、複数の迎え撃つに有利な交戦地点の設置と、後退可能な縦深空間の確保を組み合わせることにより成立している。

 ゆえに敵が如何な数であれ、如何な装備であれ、どのルートから来ようが、一定までは柔軟性を維持しつつ対応できるが、処理しきれない限界もある。

 使用すべき連結が多くなれば畢竟、それはギーネの防衛戦略の破綻する確率を上昇させる。


 仮に十字路の集団とフォコンが同時に別経路から攻めてきた場合、十字路が虚で、フォコンが実と見極めるまで、どれほど時間が掛かるだろうか。有能な指揮官であれば、速攻をかけて、短時間のうちに危険なほどにギーネの喉元に食いついてきたかも知れない。


 まあ、其れももはやifの話でしかない。


 恐らくギーネの把握していない何らかの内部事情。派閥争いやら黒影党やらの外的要因が、雷鳴党の行動に影響を与えたのだろう。が、事ここに至っては、どうでもいいことだ。

 取り合えず、雷鳴党との抗争においてギーネたちは勝利を迎えつつあった。最後の手勢を撃退し、そして恐らく手薄になっているであろう【町】にある雷鳴党の本拠地に対して逆襲をかける。

 速やかに首魁と幹部とを鏖殺して、それでお終い。綺麗さっぱり片がつきますのだ。まあ、或いは、司法と揉めるかも知れないが、彼らが介入をしてくる前に片をつける算段も、それなりについている。昔から言いますのだ。勝てば官軍。死人に口なし。元々、下層民同士の揉め事には殆ど介入して来ませんから、連中を消してしまえば、なんとでも言い訳は付きますぞ。

 いかにも封建領主らしい力の理論に基づいてギーネは考える。


 他に対処すべき事はないかな?何かを見落としてないだろうか?

 考えてから、特にないと結論したギーネは、すんと鼻を鳴らして十字路の集団をじっと眺めた。

 年少の少年少女たちが多く含まれている。大半は十代半ばだろう。装備も劣悪で、練度もさして高そうには見えない。

 追い返すのは簡単だ。なんて思いこむのも油断に他ならないが、十字路の彼奴らは素人に見える。此方も好き好んで殺している訳ではないし、子供と殺しあうのもバカバカしいので、年長者だけを仕留めて逃げ散るようなら、見逃してもいいかなと思わないでもなかった。


 「よし。決めましたのだ」ギーネがフォコンから回収した自分たちの賞金首チラシに指先で触れると、くしゃりと軽い音を立てた。

 「ギーネさんは慈悲深いのだ。くふふ。感謝するがよいのだ」

 勝利の道筋が見えてきたともなれば、鷹揚な気分にもなりえる。

 十字路の新手集団。恐らくは賞金に釣られた不良少年たちといった所だろう。

 殲滅するまでもない。先手の数人を叩けば、雲散霧消するであろう。


「さて、どこで連中を迎え撃つかな。さすがに二度も追いかけっこは御免ですのだ。少し引きずり込んでから、奇襲でいいかな」

 仮に敵増援が出現しても、充分に対処しうる自信があったし、これ以上の敵増援はあり得ない、とギーネは断じている。これでさらなる増援を送ってこれるなら、賞金に釣られた破落戸が過半としても、雷鳴党の動員数は優に百人を超えてしまう。


 殆ど在りえない数字だ。ギーネ達だけにこれ以上の兵力を送れるような組織だとしたら、もう一介の愚連隊の枠を超えている。どうして【町】を支配していないの?という感じである。第一、これ以上の増援を送り込んでくるほどギーネたちが手強いと考えているなら、そもそも敵対する筈もない。


 いささか十字路の敵勢を侮ってはいるが、ギーネは作戦を組み立てて動き出した。

 どのみち殺し合いの時点で、多少のリスクは存在している。逃がした狙撃手が、息を潜めてギーネたちを狙っている可能性もある。それもまた不安材料だった。ゆえに短時間で決着をつけられるなら、それに越したことはない。さっさと片づけてアーネイと合流を図りたかった。


(まあ、愚連隊なんかに負ける筈無いですけど、アーネイには戦いを楽しむ癖があります。胸がドキドキしますのだ。無事だといいのだけれど……ああ、もう)

「……誉ある帝國騎士が、野蛮な賊徒に敗れるはずがないのだ」どこか不安そうに呟いている。

 ちなみにキースと激闘を繰り広げているアーネイは、ギーネのことなんか真っ白忘れていた。

 帝國貴族は、祈るような気持ちになったり、達観しては再び、不安を覚えてやきもきしたりしていた。

 戦いに絶対はない。そしてギーネは、アーネイに一騎打ちをするなと懇願はできても、命令することはできなかった。アーネイはギーネの家臣であり、莫逆の友でもあって、ギーネの為に命を懸けるが、しかし、絶対服従してくれる都合のいい人形ではない。


 誤解している共和主義者も多いが、封建制国家といっても、アルトリウスでは、身分が上の人間が下位の者の生殺与奪を好きに出来る訳ではない。そんなことを許せば、契約によって立つ封建社会は成立しない。

 情緒的な紐帯を抜きにして、力の理論だけで考えても、武力と思考力を備えた民衆に対して統治者たちは一定の配慮をせざるを得ない。

 それこそ共和主義者たちは、帝國人たちは偏った教育によって思考力が奪われているのだなどと主張しているが、成熟した国家であれば、如何な制度下であろうとも民衆の幸福について慮るのは至極、当たり前であり、臣民が王侯に対してその統治能力と公正さを信頼するからこそ、帝國臣民たちは王侯に従っているとギーネは考えている。

 パンとサーカスというが、食事と娯楽は大事であり、それさえ与えられない王侯に統治された民衆が作った国。そもそも王侯に対して交渉する意思も能力も持ちえずに、憤懣と暴力によって暴走した民衆の作った共和国など、世界への怒りと憎悪、嫉妬と苦痛で形作られた地獄にしかなりえない。

 暴君だけしか知らない哀れな愚民が、自己の経験を絶対視して織り上げた毒々しい妄想が共和思想という極彩色のタペストリーなのだろうとギーネは思っている。

 幾つかの共和国では、帝國貴族より遥かに特権を持つブルジョアや上級国民が一切の義務を負わず、その癖、特権を独占して富を貪っており、下級国民の閉塞感や怒りの捌け口は、報道などで外敵である帝國に露骨に向けている。その癖、教科書などには、帝國が共和主義国家群と争うのは、貧しい帝國民衆の不満の捌け口にしているからであるなどと記載されていた。意味不明である。

 少なくとも帝國では、臣民にも一定の権利があり、成熟した近隣封建国家群でもそれは同様であって、進んだ社会を自任するリガルテなどでは、しかし、共和国兵士は帝國臣民の生活水準など知らずに戦争にやってきて、現地の豊かさに混乱しつつも略奪に励むのだ。死ねばいいのに。

 政治制度とは関係なく成熟した社会は、構成員の権利を尊重するし、契約は重んじられる。

 社会の連続性と信頼の積み重ねが、伝統を構築し、契約を担保すると考えれば、共和制国家の住人も、自分たちがどれほど、封建制国家の遺産の上に拠っているか一度は考えてみるべきである。


 兎に角、帝國においては、絶対君主であっても家臣に対して命じられないことがある。身分は非情なまでに絶対であると同時に、一人の人間として何者にも干渉できない領域が存在しているとの認識を上は皇帝から、下は一介の奴婢までもが強く持っている。惑星アスガルドの封建国家群では、好んで文学などの題材にされつつ、稀によく発禁される題材で、ここら辺の一見、矛盾する奇妙な感覚は、おそらく封建制の中で生まれ育った人間にしか理解できないだろう。


 アーネイは、彼女なりの矜持と考え方に拠って行動し、自身の人生を生きているのであって、帝国的な考えでは、君主であるギーネもアーネイが決めた命の使い時に干渉することは基本的に許されなかった。そのくらいは、傍若無人なギーネも弁えている。

「うぅ……辛いのだ。でも我慢しますぞ。ギーネさんはいい主君なのだ」



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