新手なのだ。めんどくさいのだ。
ジャンル別日間1位!やったぜ!
なお、当日総合200位にダブルスコアつけられた模様(白目
ポストアポカリプスぇ
特A遺構である『ホテル・ユニヴァース』の広大な敷地は、途切れなく高い壁に囲まれている。
頑丈な防壁はコンクリートの『ホテル・ユニヴァース』への出入口以外からの侵入を困難にするとともに、敷地内の怪物たちが外へ出ることも封じ込めているのだが、その広く高い白亜の壁をキャンパスに見立てて怪しげな芸術活動に励んでいる者たちがいた。
『ホテル・ユニヴァース』南東に位置する十字路に、壁にスプレー缶で絵を描いている若者の一団。
人数は六人。駆け出しの探索者か、或いはスカベンジャーか。若者たちはいずれも動きやすそうな衣服と靴を履き、クリケットバットやら鉄パイプ、手製の弓や槍を背負っている。
4メートル級の壁のど真ん中に、車に轢かれたヤモリのようなイラストをデカデカと描きながら、中心にいる皮ジャケットを着込んだ少年が吠えていた。
「今日が俺たちファイアードラゴンの伝説の始まりだ!イーストコースト一帯に俺たちの名を轟かせてやろうぜ!まずは難攻不落のホテル・ユニヴァース攻略からだ!」
通りを隔てた民家で、壁に寄りかかってライフルを磨いていた青年が唐突な笑い声を立てた。
「伝説?馬鹿の伝説か?記念碑を建てないとな。腕利きチームが壊滅した特A遺構に、鉄パイプで踏み込んだ伝説の馬鹿ども、此処でゾンビの餌になるってな」
青年の隣りにいた女たちも声を立てて笑う。けたたましい笑い声に皮ジャケの少年が憤怒の表情も露わに振り返った。
「落ち着けよ。ジョークじゃないか、ええ」
宥めるというよりは嘲る口調の青年に向かって、レンチを片手に皮ジャケットの少年が大股で歩き出した。
「もう一度言ってみろよ、おっさん。歯をへし折ってやる」
「ん?自殺志願者か?勝負してみるか?」
青年は、にやりと笑って皮ジャケットの少年にライフルの銃口を向ける。
「き、きたねえぞ!」
狼狽した少年に向かって、青年は残酷な笑みを口元に浮かべながら嘲るように告げた。
「汚え?これから相手にする賞金首が、わざわざ一対一で決闘してくれるとでも思ってるのか?」
少年の仲間たちが動き出そうとするが、青年を囲む女たちもマスケットを構えて一触即発の空気となる。
少年を見据えたまま、青年は説教でもするかのように問いかけた。
「おい、小僧。お前、一度でもゾンビ狩りしたことあるのか?」
「……そ、それが今、なんの関係が」
「どてっぱら吹っ飛ばされたいか!さっさと答えろ!」
正確に腹部に狙いをつけられた銃口には、勝気な少年も降参するしかなかった。
「ゾンビとやりあったことなら2回あるぜ」少年はしぶしぶ口を開いた。
「で、波を凌いだことは?」青年が重ねて問いかけてきた。
青年の異様な気迫に、虚仮脅しではないと少年の喉がからからに乾いてくる。
「な、波ってなんだよ?」
「ふらふら一人で歩いているゾンビじゃねえ。10匹近い纏まったゾンビの奔流だよ。
でかい遺跡じゃ特に発生しやすい。狭い廊下に大勢のゾンビ。泳ぎ方を知ってるか?ええ?」
歯をむき出して笑う青年だが、目は不気味に薄光りを放っている。。少年の顔は引き攣っていた。
「バイターと遭遇したことは?ラーカーの群れに追われたことは?
ホテル・ユニヴァースを攻略する?本気で言ってるのか?」
「止めなさいよ。エンゾ」
「虐めたら可哀そうよ」
「無駄玉は撃たないで。夜の為にとっておきなさい」
取り巻きらしい女ハンターたちが口だけは青年を制止するも、彼女たちも含み笑いしながら、マスケット銃やクロスボウを油断なく構えてくすくす含み笑いをしている。
色男を気取るエンゾ。『伊達男』は、意外と冴えない風貌であったが三人の女に囲まれている。
女ハンターを口説き、物とした後には甲斐甲斐しく世話を焼き、割のいい仕事を探してきては、依頼主と折衝して報酬を獲得する。
口さがなく女に寄生しているだけさ、と影口を叩く者も少なくないが、本人は悪びれることなく堂々と女を口説いて恥じることがない。
冴えない容姿も、悪びれることなく洒落者を気取っていれば、風貌としてはそれなりに人を惹きつける。時に、他のチームの女ハンターを口説いてトラブルを引き起こすこともあるが、容姿の割に常に女を侍らせているのは、神経が図太いだけではなく、自分の女と見做した相手に対してマメで細やかな気遣いを欠かさない性格もあるのだろう。
「でかい廃墟の入り口付近にはな、大抵、お前らみたいな生きのいいバカの成れの果てがうろうろしてやがる。いいか。餓鬼は家に帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってろ」
エンゾが銃を降ろして座り込んだ。
少年は顔を真っ赤にして睨みつけていたが、怒声を放った。
「やめろ!マルコ!」
「ちくしょお!なんなんだよ!いきなりよ!」
激高して突進しようとする皮ジャケットの少年だが、仲間らしき若者たちはいきり立っているクインを抑えて宥めに回った。
「俺にはな!お袋なんていねえよ!」
「だったら、好きに死ね」
『伊達男』エンゾが余計な一言で煽ってくるが、仲間たちは青年を羽交い絞めしながら、言い聞かせる。
「【町】に帰ってからでもよ、決着はつけられるだろ!今はダメだ」
睨みあう二つのグループから離れた廃屋の入り口。そこにも、年少の少年少女の一団が集まっていた。
関わり合いにならないよう固まりながらも、僅かに不安をのぞかせて顔を見合わせている。
「男の子ってホント馬鹿よね」
『伊達男』と『ファイアードラゴン』の揉め事を注視しては、ひそひそと囁いている一団の中。若い娘が抱きかかえている年下の少女に話しかけた。
「スーちゃん、退屈?」
「あ、大丈夫です」
娘が微笑んで年下の少女にうなずいた。
「『親方』はもうすぐ来ると思うけど。紹介はするけど、売り込みは自分でしないと駄目だよ」
『伊達男』の一党は勿論、ファイアードラゴンよりも更に見すぼらしい少年少女には、四肢が欠損している子供もおり、襤褸布を靴代わりに巻いている少女さえいた。
「……『伊達男』恐いな。子供嫌いってのは本当みたいだ」
「ドーカーさんはまだ来ないのかな?」
「……まだ来ない。きっと飲んだくれてる」
「幾らあの人でも、仕事の日に飲んだくれるってことはないだろ。無い筈だ。多分な」
『ホテル・ユニヴァース』15階の外壁が破壊されたラウンジから、ギーネ・アルテミスは十字路に屯っている第二派と思しき集団を観察していた。
先刻まで戦っていたばかりである。はっきり言って面倒くさい。疲れてるんだから帰るのだ。と言うのが、正直な感想ではあったが、それが波状攻撃の嫌な点であろう。疲れているギーネさんが、新鮮な活力に満ちた敵勢に対応しなければならない。
それでも、負ける気はしない。気を取り直して、敵勢を観察する。
「ギーネさんは眼がいいのだ。鷹の目なのだ」
ギーネのいるホテル高層から新手と思しき集団までの距離は目測でおよそ300メートル。
随分と離れていたが、帝國貴族の鋭い瞳には、彼らの動向が手に取るように窺える。
「ふふふ、傲り昂った愚かなティアマット人どもよ。
自らの動きが余に掌握されているとも知らず、我がギーネ・パレスへと踏み込んでくるわ。
朕の支配する領域でこの我にこれっぽっちでも敵うと思ったのか。その思い上がりに対して麿自ら賊徒どもに懲罰をくれてやるでおじゃるぞ」
襤褸布を被って背景である廃墟の色彩パターンに完全に溶け込んでいる帝國貴族だが、望遠鏡を使うまでもなく、眼に丸めた人差し指と親指の丸を当てて敵集団のやり取りを眺めている。
300メートル先の人間など、普通、蟻んこのような大きさにしか見えない。
慎重に市街地を進めば本来、見つかりようがないものを集まって騒ぐから、地面に落とした飴に集る蟻の集団のように目立ってしまう。無為無策極まりないと一瞬思うが、よく考えれば、集団で纏まることで市街地を彷徨うゾンビや変異獣に対しても安全を確保できるのだから、ギーネ・アルテミスが索敵を凌ぐことを想定しなければ、そう悪い手ではない。要するに優先順位の問題で、それが致命的に帝國ティアマット方面軍(総兵力2名)の戦力を図り損ねていることを除けば、連中はまず妥当な行動をとっていると言っていい。少なくとも廃墟を進む程度の能力はあるのだと思い直した。
ハンターたちは当然のように帝國貴族に気づいていないが、ギーネの視力で高所から鳥瞰すれば、裸眼で数キロ先で欠伸している猫の鬚まで見える。流石にそれ以上の超長距離になると大気の揺らぎ(マクロ的に捉えると、大気も水のような性質を帯びて揺れている。つまり波に攪拌された水中の物体を見るようなもので、視力が如何に良かろうが観測能力に限界が生じてしまう)が生じるので、正確な像を結ぶのが困難となる。
兎に角、市街地の地理を掌握した上で、主要な進撃ルートを想定していたギーネにとって、ホテルの南側1キロに侵入する雷鳴党が新手を発見するのは、部屋に隠された目覚まし時計を探す時限爆弾ごっこ(アルトリウスでメジャーな遊び。時計を5分後にセットして、時間内に探し出したほうの勝利となる。親の整頓したばかりの衣装棚の奥に隠してめっちゃ拳骨食らう子供が多発している)より容易いことであった。むしろ、退屈のほうが辛かったので、廃墟を彷徨うゾンビの行き先を予測して遊んでいたくらいである。
「……『やめなさいよ、クイン。それにしてもドーカーさんはまだかしら』」
感情の籠っていない声で、唇の動きから読み取った台詞を繰り返しつつ、帝國貴族の口元は油断するとすぐに不機嫌そうなへの字へと曲がってしまう。
「えーと、クロスボウ、クロスボウ、パイプ銃マスケットが3に……むむ、あやつのライフル。
銃身はありものの鉄パイプではなさそうですぞ。銃自体は、スクラップと針金だけど、精度が高そうななのだ。油断は禁物なのだ」
『伊達男』の所有するマスケットライフルの細長く真っすぐな銃身を眺めて、要警戒と脳裏に刻んでから、ギーネは口元をへの字に曲げた。
マスケットの銃本体やストックが鉄のスクラップを組み合わせた代物なのが木材は貴重な上、強化プラスチックの類も作れないティアマットの事情が透けて見える。
「んー、それにしても随分と若者が混ざっているのだ……どう見ても十五、六に見えますぞ。
まあ、それくらいなら、命を懸けるのも戦士の習い……あれ?、おい、ちょっと待つのだ。このやろー」
ギーネが音高く舌打ちする。
「子供がいるじゃないですかー。やだー。下手すれば十二、三に見えますぞ。少年兵なのだ。大陸協約違反なのだ。あ、ここはティアマットだったのだ。
……殺したくないなー。でも、向こうは絶対賞金首殺すウーマンなのかも知れませんのだ。おお、もう」
敵戦力の概算を算出し終わったギーネは、少しだけ思案する。子供一人だけ見逃す余裕があるだろうか?
第一陣との戦闘で体力気力は確かに消耗しているが、緊張の維持には問題ない。
敵の増援は、最初から想定内であり、予想外の事象が発生しなければ、撃退は可能だと踏んだ。とは言え、戦闘中に子供を見逃せるか?子供でも銃を使えば屈強の兵士を殺せる。どちらにせよ、相変わらず厳しい戦闘を強いられているんだ。
ドーカーは、特に『子供』を使う。危険な廃墟で仕込んだ子供に囮役や偵察をさせ、自分は危険を冒さずに廃墟の戦利品を漁って持ち帰ってくる。それが『親方』ドーカーという男のやり方で、確かに効率的で、しかし子供は幾らでもドーカーのところにやってくる。
『安心しな。ドーカー親方が面倒を見てやろう。お前は運がいいぜ』
子供たちに向かってそう嘯いているドーカーだが、仕事の最後に差し掛かって死ぬ子供が多いのも確かだった。成功報酬よりは死なせた方が安くつく。安くあげる為にわざと殺している。そんな噂が流れつつも、家族の為、今日を生き延びる為、明日の為、命を金に換える捨て駒に困ることはない。
十字路に屯っている集団を見回したドーカー親父が肯きながら、顎を撫でた。
「おうおう、約束通りだな」
伝手を持つ口入屋などに声を掛けて集めさせた、明らかに若年層の『自称』ハンターたちを眺めて、ドーカー親父は満足そうに肯いているも、集まった青少年たちの多くは14歳から16歳程度だろう。
殆どが14、5歳だろうが、中には、明らかにもっと年少の子供たちも集まっていて『痩せ犬』も顔を顰める。
「……餓鬼じゃないか」友人の呟きにドーカーは、にやりと笑って言葉を返した。
「なんの。こいつらは立派なハンターさ」
貧困層は栄養の欠乏から背が低い傾向があるが、それにしても酷かった。
四肢のいずれかに粗末な義手や義足をつけている子供もいた。傷跡を見れば、巨大な咬創が多い。
生来の欠損ではあるまい。恐らくは壁外の住人で、巨大化したネズミや蟻、蟷螂などの凶暴な動植物か、変異獣に襲われて手足を食われたのだろう。
粗末な鉄製の義手に刃などをつけている少年。巨大なネズミっぽい耳など肉体の一部が明らかに肥大した少女。角を持つなど、本来あり得ない器官を持った子供。
到底、遺跡の中で役に立つとは思えない。思わず顔を顰めた『痩せ犬』は、子供たちを怒りを押し殺した冷たい目で眺めている若い男に気が付いた。
「……『伊達男』も来ているな」
「よう、『痩せ犬』」
『伊達男』は、ドーカーには声を掛けない。あからさまに無視する『伊達男』と裏腹に、その取り巻きの女たちは、露骨な嫌悪の視線をドーカーに向けていた。
女を食い物にしていると誹謗される『伊達男』だが、口説くのはあくまで大人の女たちだった。
抜けたいといえば無理には留めず、引退したいといえば次の仕事や生きる道を探してやる。
女を幸せにする為の天職とほざく口がどこまで本気かは分らぬまでも、縁のあった女たちから悪い言葉は聴かぬだけに、ドーカーのやり口を嫌っているのか。この二人は隠しようもなく犬猿の仲であった。
ハンターが新参の仲間を募っては、上手いこと吹き込んで都合のいい肉盾や捨て駒に使い、罠のありそうな場所の斥候に使い、怪物を引き付ける囮として使い潰す。何処にでもあるありふれた話で、『親方』ドーカーもそんな性質の悪いハンターとして知られていた。
子供を食い物にしているドーカーだが、それでも気前は悪くない。
似たようなやり方をする『親方』は幾らでもいて、あくまで『他の親方』と比べればだが、約束した報酬はきちんと払うし、死んでも金を子供の家族へ届ける。
はした金で使い潰していると言われればそれも事実だが、同時にくず拾いや虫取りでは稼げない金額をドーカーが与えていることも、また確かだった。非情な『親方』を憎んだ『徒弟』に殺されるハンターが珍しくない中、ドーカーは長い歳月を生き延びている。
ドーカーが餓鬼を使い潰す糞野郎で、いつか地獄に落ちるだろうとは、数十年来の付き合いで、幾度となく荒事を共にした『痩せ犬』も知っている。だが、世間的に憎まれ、蔑まれても、ドーカーを頼る孤児や子供も絶えることがない。
手近な民家玄関口の階段に腰かけた『痩せ犬』は、ポケットから手巻きの紙巻きたばこを取り出した。
「気張れよ、餓鬼ども!誰が仕留めても等分だ!一人はみんなのために!みんなは一人のためにだ! 知っているか!一人はみんなのために!みんなは一人のためにだ!」
集まった少年少女に、同じ言葉を繰り返しながら檄を飛ばしている『親方』ドーカーを尻目に『痩せ犬』はゆっくりと煙を吐き出した。
救いようのない世の中だと思いながら、風に吹き散らされる紫煙を眺める。
冷たい湿った風が安っぽい煙草と混ざり合って、ひどく不快な苦みが口中をかき回した。
顔を顰めた『痩せ犬』は、口中に吹き出したつばきと一緒に、地面に煙草を吐き捨てた。