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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その1 ギーネ ティアマットの地に降り立つですぞ
10/117

ACT 09 ギーネさんがセシルに主役の座を脅かされるのこと

 一見して廃墟と見紛わんばかりの外見をしているが、両親から引き継いだこのホテル『ナズグル』は町では一番の宿泊施設だと、受付の少女は密かに誇らしく思っていた。

 とは言え、設備自体は一流であっても、利用する客層はどうにも上品とは言い難いらしいのは、少女も渋々ではあるが認めざるを得ない事実であった。

 今日も朝方から、ホテルのロビーで大の男が三人。怒鳴り声を張り上げていた。

 受付の少女にとっては甚だ心外なことながら、口論している三人組はホテルの常客である。

 だだっ広いホテルの両側の壁に簡素なベッドが幾台も並んでいる一階は、寝床を提供するだけの最も安い宿泊施設となっている。

 三人の男たちは寝台のうちの三台を長期契約している常連客で、曠野での虫狩りを生業としているハンターの仕事仲間だったと少女は記憶していた。

 ハンターに仲間内での言い争いくらいは、別に珍しいことではない。

 とは言え、今回ばかりは常と些か趣が違うようにも感じられた。

 議論は二対一に割れているようだった。仲間たちと意見が対立しているように見えるのは最も年長の初老に差し掛かった男性で、言葉には切迫感が切実に込められていた。

 

「長い付き合いだろうが!仲間だろう?」

 年長の男が仲間に向けた懇願からは、哀願するような響きさえ聞き取れた。

「足手まといの怪我人を抱え込むほど、余裕はねえんだ。悪いな」

「こんなんはかすり傷よ!すぐに治るさ。だから冷てえことを言わないでくれよ」

 必死の嘆願をするも、仲間二人の意見はすでに固まっているようだった。

 焦る初老の男に対して、これまでの仲間たちが向ける目は冷たかった。

「それにギイのとっつぁん。

 ここんところ、注意力も散漫になってきているし、大分、動きも鈍くなってきたしよ」

「そろそろ潮時ってやつじゃねえか?もう蟹虫の相手は無理だぜ」

「てっ、てめえら……散々、面倒見てやった恩も忘れやがって」

 初老の男は顔を真っ赤にして体を震わせるも、仲間たちの中では既に結論が出ているのだろう。

 二人組の男たちは、宥めるような口調でギイ老人に引導を渡した。

「引退してよ。川仕事でもするか、軟体アメーバの幼生体とか、もっと大人しい獲物でも狙ったらどうだね?」

「ふ、ふざけんな。俺に女子供に混じってニッケルの小銭を稼げって言うのか!

 いいか!俺は!こう見えても俺はな!お前らが餓鬼の頃から、この腕一本で緑のクレジット紙幣を稼いできたのよ!」

 

「朝っぱらから煩いですね」

「どこかで見たような三人組ですぞ」

 食堂に出てきた帝國人の二人組が、激昂した様子で口論を続ける三人組に胡乱な視線を向けつつ、椅子に座った。

「仲間割れですか。世知辛いですね」

 言葉とは裏腹に愉快そうな口調で言ったアーネイの真横で、ギーネはなにやらメモを書いていた。

「速報。三流ハンターズ。ジジイに対して戦力外通告のお知らせ。

 なおジジイは来期からフリーエージェント制を選択する模様」

 机の上で何やらメモに文字を記しながら真顔での呟きに、壷に入ったアーネイが小さく吹き出した。

「笑わせないでくださいよ……ああ、もう。

 連中、恐い顔して睨みあっているじゃないですか。巻き込まれたら面倒ですよ?」

「インタビューに対して、ギイ選手は、まだまだ現役いけます。

 追放した首脳陣に対しては、フロントは後悔するだろうとの怨念交じりのコメント。

 なお契約に興味を示したチームは、今のところ皆無の模様」

「……もう、やめて」

 小声のギーネの囁きにお腹を抱えたアーネイが押し殺した笑い声を洩らすと、三人組は物凄い目で睨んできたが、やがて舌打ちすると足音も荒々しく食堂を去っていった。

「聞かれたら、後が恐いですよ?あの手の輩はきっと執念深いですから」

 クスクスと笑いながら耳元で囁いたアーネイに、ギーネは肩を竦めて微笑んだ。

「構いません……いい加減、目障りでしたし。次に絡んできたら戦いましょう」

 

「やあ、お二人さん。朝から楽しそうだね」

 三人組が去った直後、ギーネたちに声を掛けてきたのは、ホテルの階段から降りてきたセシルであった。

「あ、おはようございます。セシル」

 朗らかに挨拶するアーネイ。

 ほんのりと頬を染めたセシルは、相変わらず酒臭かった。

 一体、何時働いているのだろうか。鼻を微かに蠢かしてギーネは瞳を細めた。

 芳しい美女の体臭。でも、ちょっとお酒臭いですぞ。

 どうでもいいことを考えているギーネに向かって、セシルが顔を覗き込んできた。

「ところで、お二人さん。あいつらと何かあったの?

 えらく殺気を漂わせているけど、やだなあ」

 微笑んでいたギーネとアーネイの瞳が一瞬、異様に鋭くなった。

 尋常の神経の持ち主ならば背筋は総毛立ち、空気が冷えたと感じたかも知れない。

 しかし凝視されたセシルは、まるで刃のような視線に気づかないかのように傍の椅子に座ると、二人に対して平然と笑いかけてきた。

「厚かましいところは在るけど、性根はそんなに悪い連中じゃないんだ。

 苛めないでほしいな」

 ハンターでも、人食いの怪物を相手にしている類は、相当に神経も太くなるらしい。

「……虐めるもなにも、そもそもあんな男三人組にか弱い美少女二人で何をできると思っているのですか?あなた?」

呆れたようにギーネが投げかけた言葉にも、セシルはただ沈黙を守って穏やかに微笑んでいる。

「苛められたのは私たちの方ですよう。人に向かって男の上で尻を振った方が稼げるとかなんとかほざいてくれて、本当に失礼な奴らなのです」

 肩を竦めたギーネは、ぶちぶちと文句をいいながら、再びメモに文字を走らせた。

 歩み寄ってきたセシルは、ギーネが手元でひらひらさせているメモに目を留めた。

「……それは、なにを書いてるの?」

 手元のメモに視線を注がれたギーネだが、別に隠すようなことでもないと正直に話すことにした。

「実は虫捕りの途中に死んだ同業者に出会いましてね。Iランクのハンターでした。

 職員が捨てた書類によると、妹と二人暮らし。緊急時に知らせて欲しい相手も妹」

 書類を見た際、ギーネは一瞬で記憶していた。相変わらずの記憶力と観察力に、アーネイは少しだけ主君に感嘆を覚える。

 抜けてるようで、抜け目のない人だ。

 抜けてるようで、やはり抜けてる時の方がずっと多いけど。

 

「で、家族に知らせてやるべきかどうか、あの態度だとどうも故人の訃報を知らせることもないのではないかと憂慮する次第であります」

 ギーネの言葉に肯きながら、セシルは手元にブランデーの小瓶を取り出して軽くあおった。

「ああ、ギルドに貢献している訳でもないし、下級だと積み立てもないからね。

 でも、帰ってこなけりゃ、おうちの人もそのうち分かるよ」

 余りといえば余りな言い方でのたまったセシルに、ギーネは非難の眼差しを向けた。

「ふん、冷たい言い方ですね。では、ギルドは家族に訃報を知らせたりはしないんですか?」

「しないよ。I級やそれ以下が死ぬたびに知らせていても、切りがないからね」

「ぐぬぬ」

「タグは回収されたんでしょう?なら、そのうち、家族やら知人にも知らせが届くさ。

 I級なら番号控えてくれるから、ギルドに尋ねれば教えてくれるんじゃないかな?

 H級以上ならギルドの看板で1年は死亡者の告知をしてくれるから、貴方たちも頑張って昇進するんだね」

「死んだ時に告知して貰うために?」

 くすくす笑いながら、セシルはメモを覗き込んだ。

「ん……この住所は、ホテルのすぐ近くだね」

 

 街路を足早に進みながら、背後を振り返ったギーネが噛み付くように言った。

「何でついてくるんですか?セシル。愁嘆場が見たい訳でもないでしょう」

「好奇心だったら、感心しません」

 かなり冷たい声音でアーネイも告げる。

「まあ、まあ。付き添いだよ。

 実はそのタグの持ち主と二、三度話したことがある。

 それに長くハンターを務めているからね。対応の仕方については一日の長がある」

 ギーネはあからさまにムッとしていた。

 根は善良らしいなと思いつつ、セシルは宥めるような口調で話し掛ける。

「任せてくれないかな?」

 

「ふん……ハンターとか長く続けられる仕事ではありませんね。小金を貯めたら、他の仕事を探しましょう」

 ぷりぷりした様子を隠そうともせずにギーネが吼えていると、アーネイも主君の発言に全面的に賛成した。

「全く賛成です」

「高位のハンターとなると、賞金首を狩りたてるそうです。凶悪犯とは言え、人間やミュータントを獲物と見做すようになるとか。染まったら人間としてお終いですぞ」

 

 セシルが頭を掻いた。物臭そうな仕草が板についてる割に、不思議と色香を感じさせる女であった。

「賞金首なんかを相手にするハンターは、実際にほんの一握りだよ。

 知り合いの賞金稼ぎがF級だけど、対人戦ではまるで勝てる気がしない」

 首を傾げてアーネイが尋ねる。

「貴女Dでしょう?なのにFに勝てないんですか?」

「殆どのハンターは、決まった変異生物やアメーバ、動物なんかを獲って暮らしている。

 固有の獲物の習性は熟知して、技能は特化しているけど、汎用性がある訳でもない。

 私はD級認定だけど、これは偶々、凶悪な変異熊やミュータントエイプを狩れるからで、盗賊や賞金首を相手にして昇進した訳じゃない」

 言ってから、セシルは少しだけ自慢げに胸を張った。

「でも、ソロでDは結構、凄いんだよ。

 割合にしたら、正規のハンター100人に1人いるかどうかだし。

 BやCのチームは殆ど軍隊だから、D級はソロハンターの頂点と言われているからね」

 ハンター談義に興味を覚えたらしく、アーネイは再び口を挟んできた。

「Dが頂点?では、A級は?」

「人類を脅かす殺戮機械群や怪獣、凶悪な犯罪者軍団なんかと日々、戦ってくれる。

 文字通りの英雄たちかな」

 セシルの声音に遠い憧憬のような響きが含まれているのを聞き取って、ギーネとアーネイは顔を見合わせた。

 A級ハンターに憬れを抱いているのかな。A級が力のある者たちの集まりだとしても、北方統合府を滅ぼした怪獣のような蟲たちが押し寄せてきては、一溜まりもなさそうだが。

 

 

 ホテルから町を守る防壁を潜り抜け、防壁沿いの裏通りに入って荒れた街路を歩くと、十分足らずで目当ての建物にたどり着いた。

 所々に道案内の看板はあったものの、入り組んだ街路に崩れ落ちた廃墟や、道路の断裂が障害となっていたので、セシルの道案内がなかったら、探し出すのに梃子摺ったに違いない。

「うーん、汚いアパートだなー」

 積みあがったバラックの構造物は、踏み込むのを躊躇わせるほどにバランスの悪い見た目をしている。

「此処で間違いないようですが……」

 手元のメモを見ながらアーネイが呟いた。建物の壁に白いスプレーで記された番号はメモの数字と一致している。

「ぬぬ、なんだか、今にも崩れ落ちそうだぞ」

 言いながら、アパートに一歩踏み込んだギーネ。

「お邪魔しますぞ!誰かおられませぬかー?」

 入り口で声を張り上げていると、建物の廊下の奥から小柄な婆さんが顔を出した。

 野良猫みたいな婆さんだな。

 出がらしの茶葉みたいに痩せた体を古い雑巾みたいな灰色の衣服に身を包んでいる老婆に、胡散臭そうに小さな眼で睨みつけられたギーネは、戸惑いながらも用件を告げた。

「ティナさんはいますかね?彼女にお知らせがあってやってきたのですが」

「……お知らせ?あんたたち誰だい?あの娘になんのようだい?」

「私たちは彼女の兄の同業者です。この度は……」

 ギーネの言葉を耳にした灰色の婆さんは、火傷したみたいに小さく悲鳴を上げた。

「ああ、いい!分かったよ。その先は言わないでいい!いい知らせじゃないんだね!」

 体を縮こまらせると、老婆は手をばたばたと振ってギーネの発言の続きを遮った。

「今は昼時だからね。この時間は暖かいから、みんな町の外れの溜め池の方にいってるはずだよ」

「溜め池?たしかに日差しも暖かい。水浴びするには丁度良い時間ですね」

 ギーネの返答を聞いた老婆は、仰天したみたいに飛び上がって叫んだ。

「なに言ってんだい。この子は?虫や魚を獲るんだよ!食い扶持を稼ぐためにね!」

 

 町の外れにある溜め池には、町からの排水溝から暖かな水が流れ落ちてきている。

 そして半裸の子供たちが、排水溝の真下に群がっている小魚や小さな虫を取っていた。

 排水管の傍。小さな虫を捕まえた子供たちが腰につけた籠に暴れる虫を入れている。

「あれは?まさか食用に?」

 慄いたように呟いたギーネを、セシルが白い目で見つめた。

「変な誤解されても嫌だから言っておくけど、生活排水と下水は分けられているからね?」

 

 町の地下水道の奥部では、大型の下水用浄水プラントが稼動している。

 溜め池の傍まで近づいていくと、コンクリートの床から僅かな機械の振動音が足元に伝わってきた。

 半裸の子供たちが川原で魚を焼いている。微笑ましく思って近づくと、子供たちが元気よく齧り付いている魚には、目が三つあったり、触手が生えていたり、手足が生えていた。

「わあ、魚類って手足が生えていましたっけ?」

 疑問を口にしたギーネを、アーネイが元気付けるように励ました。

「進化の過程で一時期、そうした形態をとっていたと推測されています」

「そう、ティアマットの魚類は進化の途上なのですね」

 

 呻きを洩らしつつ、ギーネは子供たちに近寄って見回した。

 子供たちは、接近してきた見知らぬ大人に興味深そうな視線を向けてきた。

「ティナという子はいるかな?」

 咳払いしてから尋ねると、近くの電柱から少女がひょいっと顔を覗かせた。

「あたしだよー?」

 まるで電柱を身を守る盾にするみたいに両手で抱え込んだまま、顔だけ覗かせてギーネを見ている。

「ゼルというお兄さんがいる、ティナですか?」

「お兄ちゃんはねー、今、仕事ー。ハンターしてるのー」

 ギーネの問いかけにニコニコしている。無邪気だ。

 この娘?この娘に兄の死を伝えるの?

「お兄ちゃんがいない隙を見計らってきたってことはー」

 少女がハッとしたように顔を上げると、ギーネをじっと見つめてきた。

「悪い人ー?」

「悪い知らせを……そうだな。ある意味ではそうかも知れない」

 あからさまな怯みを見せているギーネに対して、アーネイは叱咤するように声を掛けた。

「お嬢さま」

「あ、いや、分かってる……違うぞ。悪者ではないぞ。うん」

「では、どなたですかー?」

 

 見かねたのか、呆れたのか。それまで後ろに控えていたセシルが先頭に出てきた。

「私たちはお兄さんの同業者です」

「しってるー」

 セシルを見た少女は、喜びの混じった笑顔で声を上げた。

「セシリアさんだー!有名だからー!お兄ちゃんもファンだってー」

 目を輝かせている少女に対して、セシルは淡々と言葉をつむいでいった。

「お兄さんのことに関してお知らせがあって、参りました。

 昨日、お兄さんが狩猟中に亡くなられました。

 この二名によって死亡が確認され、タグも回収済みです」

 少女の表情が凍りついた。

「……うそー」

 喉を絞り出すようにして擦れた声で呟いた。

「詳しくは後でギルドの会館に問い合わせてください。では、私たちはこれで」

 硬質の表情を浮かべたまま、セシルが踵を返した。

 

「……ほんとー?……お兄ちゃんはー」

 ぽつんと呟きを洩らした少女に、ようやく気を取り直したギーネが言葉を掛けた。

「蟹虫に囲まれていて、悲鳴を聞いて私たちが駆けつけた時には、もう……」

「……お兄ちゃん」

 擦れたような声で呟いてから、少女は低く嗚咽を洩らし始めた。

 悲痛な姿を前にして、ギーネは掛ける声が中々出て来なかった。

「……気持ちを強く持ち給えよ。これは、そのほんの気持ちであるが」

 乏しい手持ちのお金から、自分の今日の稼ぎを渡してしまう。

 涙を流しながら紙幣を受け取ると、少女はまた泣き始めた。

 

 踵を返して歩き出すと、傍らに並んだアーネイが小声で話しかけてきた。

「なにをやってるんですか。お金を貯めるって決めたばかりでしょう?」

 ありふれた悲劇を前にして、これ以上、ギーネが何かをしてやれる訳でもない。

 自己満足だとは分かっている。小さな声で家臣に謝った。

「……済まぬ。済まぬ」

「まあ、いいですけど」

 

 

 重い足取りで町へと戻る道を行きながら、誰とはなしに口を開いた。

「あの子……これからどうなるんでしょう」

「何かをしてやれる訳でもないでしょう?」

 誰にも悪気はないのに刺々しく空気が帯電し、再び沈黙が訪れた。

 アーネイが立ち止まって、溜め池を振り返った。

「しかし、アパートに部屋を借りるとは、あの子の兄さんはかなり稼いでいたんだな」

 ギーネが陰気な声で返答した。

「ですが、いずれは家賃を払えずに、追い出されるでしょう。

 アパートを借りられるくらいですから、少しは貯蓄があると思いたいですが」

 

 セシルも立ち止まって溜め池に視線を走らせた。

「いや、町中でベッド借りるより安いよ」

「はい?」

 意外そうな反応を返してきたギーネとアーネイに、セシルが戸惑ったように言葉を続けた。

「だって町の外じゃないか?」

「外?」

 怪訝そうなギーネの横でアーネイが得心した様子で肯いた。

「ああ、防壁で区切られていますね。外町と中町ですか」

 

 振り返ったセシルは、町を取り囲む金属やコンクリートの防壁を手で示した。

「そう。外になるほど、怪物に襲われる頻度が高くなる。

 内部や外部でも防壁に近いほど安全だけど家賃も高くなる」

「なるほど」

 首肯したギーネが思い出したように口を開いた。

「そういえば、メアリー一家のアパートも、防壁近くの外でしたね」

 ギーネの呟きにアーネイが相槌を打った。

「スラム街も町の外ですね」

 

 二人の言葉を聞いたセシルは、目を瞬きつつ肯いている。

「……スラム?よく分からないけど、そういう事だよ」

「生き辛い世界ですね」

 感慨深げに呟いたアーネイが、すっかり癖になったため息を洩らして溜め池を見つめると、浅い水面では女子供が暖かな排水に群がる魚や虫を篭や網で取っていた。

 

 立ち止まって溜め池を見つめていると、セシルが口を開いた。

「他所から町へやってきても仕事に就けるのは幸運か、コネがあるかの一握り。

 だから、蟹虫や軟体アメーバを獲れない女子供なんかはああやって稼ぐんだ。

 もうちょっと体力に自信のある連中は、排水溝に入って軟体アメーバなんかを狙う。

 毒虫や大型の蜘蛛が出ることもあるけど、そんな事いってられない」

 

「今までは気にも留めませんでしたが、セシルに言われてみれば女子供も多いですね」

 アーネイがそう呟く傍らで、ギーネはセシルの横顔に視線を投げかけていた。

 もしかしてセシルも似たような立場だったのだろうか。

 ギーネがそんなことを思っていると、セシルが口を開いた。

「まあ、戦闘の天才であるセシルさんは、最初からDランク相当の怪物を簡単に狩れたんで、下積みの苦労なんかとは無縁だったんですけどね」

「なっ、なんですか?その喋り方。わたしのアイデンティテーを奪う気ですか?!

 主人公の座は渡しませんよ!」

「あはははは!主人公ってなにさ?変な人ですぞ!」

 ギーネが焦燥を見せて叫ぶも、セシルはギーネの口調を真似したような言い方でからかいながら、暗鬱な空気を吹き飛ばすように愉快そうな笑い声を大空に向かって弾かせたのだった。

 


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