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あたしが爆発した日  作者: かまこ
7/26

7あたしと学園

 授業とは眠いものだ。特にこんな、よく晴れた日の午後となればなおさらである。ノートにペンを走らせながら、しかしあたしはばっちりと覚醒している。隣に腰かけた女生徒が船を漕いでいるのだ。横で居眠りされると、なぜか自分の眠気が覚めてしまうものである。教壇のカドニオ先生が、あたしに視線で指示を飛ばす。無視するわけにもいかず、不良学生アリシオ・スクルイーズの袖を叩いた。

「……アリシオさん、起きてちょうだい」

「んん……」

「ほら、あと少しだから頑張りましょう」

「……あ、お嬢様? ん、ごめんごめん。了解、……起きる」

 それから十五分、講義が終わるまでの時間、アリシオは五回も机に突っ伏した。そのたびあたしことリコリベージ・シンクレイは、彼女を揺すり起こすのだ。



 あのあと。

 あたしは学校へ行くことになった。

 ただでさえひきこもりじみた幼少期をすごし、最近は自室から出ないこともあったから、さすがにお母様が心配したのだろう。

 あたしは素直に提案を受け入れた。そしてせっかくならと、お母様的には駄目元で候補にあげていたんだろう、全寮制の学校を、進んで選んだ。


 うむ。あたし、辛かったのだ。

 家から出ずに、閉じこもって、気持ちのいいことだけ見て生きてきた。さらりと表層だけなぞる人間関係はそこそこに暖かかったし、面と向かって否定されることもない。

 認めよう。

 あたしはスムーズで聞き分けの良い子どもでいることに、確かに味をしめていた。

 だって、人生二度目だもん。今さら子どもっぽくなれって言われても、あたしにはあたしの記憶があるわけで。大人にとってかわいい、良い子どものイメージがあるわけで。

 でもふつう、子どもって、傷ついて立ち直って、打たれ強くなっていく。

 そういうことをサボってた今生のあたしは、こういうダメージにすこぶる弱い。

 夢中になったことがひとつだめになっただけで、足場をなくす。

『リコリベージ』の育て方をまちがえたのかもしれない。ずいぶん心がもろくなってしまった。


 ひとりでたくさん泣いて、バタバタ喚いて、静かになってみると、あたし自身は何もかわっていないのね。りゅうとあたしには何の関係もないんだ。あたしのいわば妄想的な片想いだったわけよ。そう気づいたら、視界に入る絵本が辛くなって、しまってくれるように侍女に頼んでいた。

 そうしてみると、あたしにはもう何もなくなった。

 お母様の入学の勧めはそんな時。

 それもいいかと思ったの。

 全部、幼いあたしの残るこの屋敷ごと、捨ててしまおうって。


 そんなわけで、次なる居場所は、お母様の母校。その名もスコラジルバ。スコラは学校という意味で、ジルバさんが創設者の、貴族御用達の名門校。

 五年間、そこで学ぶのだ。途中で辞めるにも、面倒な手続きはないという。里帰りも好きな時にできる。通うのは良家のこどもたちだ。家の都合でそのあたり融通が効くほうがいいんだろう。


 だからいつでも会いに帰ってきなさいと、お母様は送り出してくれた。

 さみしくなります、きっと何度も帰ってきてしまいます、とあたし。

 お母様は娘の反応がお気に召さなかったらしい。しおらしい態度など上っ面だけで、本心は別だとばれている。でもふしぎと、もう甘えたいとも思わなかった。




 馬車にガタゴト揺られること、半日。都から離れた土地の名はカタル・ジルバ。ジルバさんは町の名士だったんだね。


 スコラジルバは美しい建物だった。王宮と比べては劣るのだろうけど、こう、古くて石造りで、森を背景に全景に蔦を飼った姿がとても雰囲気があった。


 お化けがでそう。


 人の手が入ることで年月を重ねてきた建物だ。築三桁の木造校舎を使い続ける小学校のようなノスタルジーをかんじて、第一印象はなかなかによかった。

 あたしの年頃的には中学生だけどね。


 そうなのだ、あたし、十三歳の秋。スコラジルバ編入。


 中途半端な時期なのは、引きこもりの娘をこのまま春まで置いておくのはまずいという判断かな。


 一年生はもう学園にも慣れてるころで、人間関係もそれなりにかたまってるだろうと予測していた。

 編入後、それは全くその通りで、あたしは話しかけられれば応対するけど、自分からは行かないという、思いっきりシンクレイの屋敷と同じような立ち位置になっていた。


 だからこんなときくらいなのだ。

 不良学生アリシオ。

 居眠り常習犯の彼女が隣の席になって、その目覚めを促す時、あたしはおっかなびっくり他人に触れる。


 放課後になると図書館へいく。編入の時期もあって、どうしても授業には遅れてしまう。補講もあるんだけど、それだけでは追いつけず、先生に資料をもらって自習しているのだ。

 まじめでしょ。


 あたしは所定の位置へ向かう。窓際の、カーテンが自由にできるスペース。火をいれたストーブからの距離も、近すぎず遠すぎずでちょうどいい。本棚が近くて人目も気にならないし。編入が珍しいのか、結構チラチラ見てくる生徒は多いのだ。


 ふと顔をあげると、赤茶の髪を揺らす人影を発見。高く結い上げているのは、居眠りのじゃまになるからって、本人の口から聞いたことがある。

 あたしがきちんと認識する、先生以外のこの学園の人間。


 アリシオだ。


 こんなところに何の用だろう。

「リコリベージ嬢」

 彼女も気づいたらしかった。抜き取ったばかりの本を棚に戻し、こちらに近づいてくる。あたしの手元を見て、あからさまにやれやれ、という顔をした。

「ごきげんよう。お嬢様は熱心ね。入ったばかりなんだから、適当に受けてれば叱られないわよ」

「ごきげんようアリシオさん。少しでもやっておくと、補講が楽なの」

 あたしはにこり、といつもの調子で笑う。今の彼女はいかにも作業着、という大ぶりで丈夫そうな、体の線のでない服を身に纏っている。初めて見る。

「アリシオさんは、今日はどうなさったの?」

「……ちょっとね」

「そう」

 あたしは再度笑うと、よかったらどうぞ、と前の席を示した。アリシオは少し迷ったようだけど、今度は適当に手に取った本を持って席につく。ぱらぱらと中を眺めているけど、たぶん全然読んでないだろう。《宝石の歴史》、とか、ちょっと面白そうなのに。あたしは視界のはしに入り込む情報を分析しつつ、講義のテキストを繰る。

「ねえ、聞いてもいい?」

「なあに?」

「……どうして赤実(ローブル)にいるの?」


 赤実(ローブル)スコラ。あたしの所属するクラスの名前だ。もうひとつ、黒玉(ロンブル)スコラというのが、学年ごとに存在する。生徒は入学時に、この二つから希望するスコラに所属する。授業も基本的にはスコラ別に受ける。

 あたしは何を聞かれたのか今ひとつ理解できずに、そのまま答えた。

「選んだからだわ」

「どうして?」

 あらためて尋ねられると少し恥ずかしい。

「黒玉には制服がないでしょう」

 それが? とでも言いたげな顔。うーん、わからないかな。

「苦手なの。毎朝服を選ぶのが」

「侍女にさせればいいじゃない」

「いないわ。一人で着られないドレスでも困るし……」


 あたしは編入が急で間がなかったのだが、普通は見学して、自分に合うスコラを選んでから入学するらしい。急ぎ授業の様子を見せてもらい、あたしは驚いた。


 黒玉、ありえない。


 なんで講義に、装飾ごてごてのドレスがいるの? なんで髪、盛りまくりなの? なんで席の横に控えた従者が飲み物係してるの?


 それに比べて赤実は普通だった。侍従つきも、アクセサリキラキラもいるけれど、基本的には同じ制服を着て、居眠りをしたら講師に叱られる、まともな講義のかたちよ。


 と、言いたいことはモリモリあるんだけど、ともかく一番は制服。

 楽だし、便利でしょ。替えの服もあるし、洗濯からアイロンかけまで、担当の人に頼めばやってくれるしね。


「侍女、いないの!?」

 アリシオは大声を出した。次の瞬間には声を潜めて、「なんで? お嬢様なのに」とコソコソ聞いてくる。

「ねえ、どうして、お嬢様なの?」

 アリシオはことあるごとにあたしをお嬢様、と呼ぶ。ただの癖だと思っていたが、ひょっとして意味があるの?

 アリシオはむくれた顔をする。

「シンクレイのお嬢様じゃない」

 あたしは素で首をかしげた。

「ここにいるのは、たいてい貴族よね」

 ひょっとして違うの? 不安になって瞬きするあたしに、アリシオは大きくため息をついた


「リコリベージ嬢、あなたの家は王家と縁のある直系貴族でしょう。王家から直に土地を与えられているはずだわ」

 あたしは頷く。そうだね。

「うちみたいな辺境とは一緒にはできないのよ」

 アリシオは気まずそうに目をそらして言う。あたしは少し話題を逃がす。

「アリシオさんはどうしてジルバに?」

「……父が、入らなきゃ馬を取り上げるって」

「馬?」


 アリシオはまた違うツボをつかれたようで、ぽつぽつ語り出した。

 いわく、彼女は馬が好きで、父から貰った仔馬を世話して大きくした。そして父は十三歳になったアリシオに、良い嫁入り先を見つけるために、スコラに入れと命じた。拒否すると、それならもう二度と馬には乗るなと言われ、入学に至ったのだと。

「それならその服も、あなたの馬のためなのね」

 こっくりと頷く。聞けば、放課後はいつも図書館の前を行ったさきの厩舎に通っているらしい。先ほど読もうとしていた本も、そういう関係かもしれない。


「すてきね」

 あたしの感想に、アリシオは虚をつかれたように何か言葉を飲み込むと、咳払いした。

「本当に、赤実は制服で選んだの?」

「ええ」

 あたしの答えに一応納得したらしい彼女は、馬の世話があるからと図書館を出て行った。


 一人になり、進みの悪いテキストを見下ろして、そこに並ぶ数式をなぞる。

 絵本を抱いて、無知な子どものままここまできた。これからもあたしは、こうやっていくのかな。

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