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あたしが爆発した日  作者: かまこ
6/26

6あたしとりゅう

 ベリダッド・ロギンズはあたしより五つ年上の少年だ。桜の石を見つけてくれた恩人。初対面ではゴミくずを前にするような視線を向けられたが、それ以降は路傍の石のような、さらりとした扱いである。


 ときどきうちにフラッと姿を見せて、おじさま付きであたしや弟とぽつぽつしゃべり、盛り上がりにかけたお茶会ののち帰っていく。あたしは外面のいい当たり障りないことしか言わないし、マクジーンもベリダッドに対しては特別はしゃいだりはしない。ベリダッドに至っては相づちを打てばいいほうで、それにしたって視線は合うものの、ぜんたい話聞いてないっていうか、聞いてても馬耳東風だろってくらい、わかりやすい無関心顔だった。

 でもおじさま的には「今日も楽しくやれたみたいだな」らしい。マクジーンも「そうだねおじさん」とニコニコ。あたし一人がおかしいのか? と頭を悩ませたりもしたけど、多い時は月に二回もそんな付き合いがあったから、もう今更と考えるのをやめた。


 あたしたちは庭を散策していた。十五歳の男子が、十歳の女子と一緒に歩いて楽しいものかは謎だが、ベリダッドは基本的に不満を言わないし、あたしもこんな性格なので、おじさまの提案におとなしく乗った。

 ベリダッドにしては珍しく、立ち止まって花を見た。


「ベリダ兄様、その花がお好きなの?」


 あたしはそんな風にベリダッドを呼ぶ。おじさまに提案され、恥ずかしいと辞退しようとしたが、おじさまに可否を尋ねられたベリダッドは「別にかまわない」とのそっけない反応。こちらとしてもそこまで聞いて断るのは不自然だったから、しかたない、喜んでその呼び方に落ち着いた。おじさまは満足そうだった。

 ちなみに同席していたマクジーンはあくまで「ベリダッド」と呼んだ。姉様と同じがいい! とか言って意地でも呼ぶつもりかと思ったが、そこはまた違ったこだわりがあるらしい。めんどくさい奴だ。でもはっきり意志を伝えられるのは羨ましい。あたしこんなだし。


 ベリダッドは訝るあたしに、「ここで見つけた」と花を点々と咲かせた藪を前に答える。


「何をですか?」


 ちら、とこちらを見る。その目線は胸元に向いていた。

 あ、ネックレス。

 これに関してあたしはベリダッドに頭が上がらないのだ。


「そうですね、兄様は私の恩人です」

「……君は」


 言いかけて、ベリダッドはそれきりもうこの話から興味を失ったようだ。そのままときどき、あたしだけが声を発す。この人といると、すごく自分が社交的な人間であるように感じる。ただ、こういう人だとわかってしまえば、焦ることもなく付き合える。特別近づいたりもしない、空気みたいな関係だ。嫌じゃない。



 十三歳、夏の終わり。

 前世ではじっとり汗をかいたものだが、ありがたいことにこちらでは熱帯夜というものはない。昼は暑いけれど湿度はそこまででもなく、夜になれば気温も下がって過ごしやすい。

 夜着のワンピースに上掛けを羽織り、赤花茶を口に運ぶ。こちらではメジャーらしい、乾燥させた花をブレンドした甘酸っぱい飲み物だ。日中なら氷を入れてもいいけど、今夜くらいなら少しぬるめの温度がちょうどいい。名前の通り、紅茶に赤みをさしたような見た目で、あたしはこの季節に好んで飲んでいた。


 カップを手にしたまま行儀悪くベランダから見下ろせば、庭の噴水の周りに夏の花が植えられている。日中では暑くてよほど弟にせがまれなければ出ていかないが、この時間帯ならあそこにいってみるのも悪くないかもしれない。今度誘われたら夜にしてと言ってみよう。

 そんなことをぼんやり思いながら、からになったカップを小卓に置く。ふいに燭台の火が揺れて、風の変わったのを感じて振り返る。


 何かが空を飛んでいた。鳥? だけど、夜目のきく鳥なんていたっけ。それに、遠目にも大きい……


 観察するうち、だんだんに体の底から興奮が湧き上がるのを感じた。

 黒々とした鱗を全身びっしりと貼り付けた巨体。雲間明かりの淡い光を受けて、その一枚一枚が鈍い光を発している。ゆうゆうとつばさを扇いで、山より高くを飛んでいく。


 りゅう。


 それが南の山向こうへ飛び去ってしまうまで、あたしは息をしていなかったと思う。

 姿が見えなくなっても、ただただ、今しがた目の前を過ぎ去った光景の残像を再度構築するように、曇った夜空を見上げるのみだ。


 なんてことだろう。 あたしは、あたしは、とうとうりゅうを見てしまった。


 室内を発情期の熊みたいに落着きなく歩き回る。胸の石をつかむ手が震えた。本棚の絵本が目に入ると、慌てて一巻を引っ張り出して、挿絵のページを緊張とともに開く。

 黒い鱗をまとったりゅう。瞳まではわからなかったけれど、でも、確かに同じ姿だ。

 あれは、本当に本物のりゅう!


 どうしよう。

 おじさまにお願いしたら、見せてくれないだろうか。あの山の向こうにいるりゅうを追いかけて、そこへ行くことは叶わないだろうか。

 どうしたらもう一度、あれに会えるだろう。あのすばらしく美しく、力強い生き物に。

 その日は興奮して、全く眠れなかった。



 翌朝あたしが聞いたのは、実験のために飛来した子どものりゅうをとらえ、暴れるものだから結果殺してしまったという、しらせだった。

 お母様にそう話すおじさまを発見して、あたしは血の気を失った。あたしには聞かせるつもりはなかったのだろう、慌てて宥めようと頭に触れるおじさまの手を振り払って、部屋に戻った。胸に穴が空いていた。別に知り合いというわけでもない。あたしとはなんの関係もないりゅうである。ただ無性に悲しく、胸の鎖を握りしめた。


 あたしの愛した絵本でも、りゅうは害悪で、人の危機だ。

 けれど呪いとはいえその意思でわかものと同じだけの時を過ごすのである。あたしには、もうただの憎い敵には見えないのだ。


 ただの物語であれ、あたしの幼少からの教育に深く根ざした存在である。


 その夏。

 ゆうかんなわかものシリーズを全巻、屋敷の納屋にしまいこんだ。

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