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あたしが爆発した日  作者: かまこ
2/26

2あたし、爆誕

 遠くで赤ちゃんが死んでいた。わかる。ああ、死産だったんだなあって。

 そういう場面に出くわしたことはないけど、気配で感じた。気の毒になって、少し見に行くことにした。そのために、瞼を開けたのだ。


 したらば。


 おぎゃあ、ほぎゃあ。


 そういう声が、する。赤ちゃん、助かったんだ、良かった!!

 とはじめは思った。

 でもさ、この泣き声。

 あたしから。あたしの喉から。

 するような気がする。

 いや、マジだ。

 この息苦しさと泣き声は同じタイミングで襲ってきてる。

 うわあああ!!!


 あたし、爆誕。



 あたしは不自由な手足で母親を認識する。お乳を飲ませたり、その他あらゆる世話をやいたりは、母親だったり全然違う人だったりしたけど、細かいことは言わない。そんな立場じゃないしね。もうあたしも高校生だし、子育てが一般に超大変ってことは知ってるのだ。

 だからこう、高校生の自我的には辛いことも多々ありつつも、赤子ライフをかなり育てやすい生き物として演じたつもり。夜泣きは極力同じ時間帯に。痒くてもおなかが減っても、イレギュラーな事態以外ではなるべくおとなしくしている。のぞきこまれたり触られたり、気配を感じたらとにかく笑顔。辛くてもスマイル。

 この状況を見るに、あたしはあのあと転生したらしい。前世の記憶バリバリなままで。

 その理由、わからないでもない。


 時々握らせてもらう、硬い石。結晶? 目はまだ見えないけど、わかる。

 これがあたしの記憶だって。

 桜の形の真っ赤な石。

 あの時握ったあたしの、律子の、存在そのもの。

 スプラッタから一転、どういう原理か花びらは結晶化して、前世からの記憶の持ち越しに役立ったみたい。

 触ると熱を持って、拍動すら感じる気がした。

 赤ん坊がこれを気に入っていると知っているのか、折に触れて持ってきてくれるのだ。ありがとう、この世界のお母さん。


 高鳴律子……もとい、リコリベージ・シンクレイは、今度こそ長生きしようと思います。



 あたしの愛称はリコ。

 うむ。絶妙に前世の記憶を刺激される感じで、呼ばれるたびに涙ぐんじゃうね。

 今は四歳で、まあ普通動き回ってうっとうしい――元気で目の離せない年頃だと思う。

 でもあたしは、今更別にはしゃぎたいってこともない。

 今も自分の部屋で、ソファに座って絵本を読んでいる。えっとなになに……


「オニイヌは、わるく、ろくでもなく、よくかみついて、きけん……」


 オニイヌ、とイラスト付きで紹介されるキャラクターは、犬というより口裂け狼って感じ。鬼と付くだけあって凶悪な顔をしている。


 この絵本は、『オニイヌとゆうかんなわかもの』というタイトルで、『ゆうかんなわかもの』シリーズの二巻目だ。一巻目で『きょうりゅう』と相打ちになって世界を救ったはずの若者だったが、魔法の国のお姫さまとフラグを立てていたので、ぎりぎりのところで死の奈落から引き上げられたらしい。しかしその時の後遺症で本来の力を発揮すると体が徐々に倒したきょうりゅうに近づいてしまう……という、あたしの厨二を刺激する内容になっている。この世界の子供、英才教育だわ。


 あたしは何度も開いた絵本を、声に出して改めて見返す。

 音読で、言葉を覚えて発音を良くしたい。

 さすがに柔軟な子供の頭は覚えが早くて環境適応には大助かりだが、幼児ゆえ、言語能力はまだかなり怪しい。

 そのために、このお気に入りの絵本を用いるのである。


 もうね、大好き。


 特にこの時々夢に現れて、奈落へ引きずり込もうとするりゅうと、憎きりゅうに近づくことを恐れながらも、世界の望みによってオオイヌに立ち向かうことを余儀無くされる悲しき定めの若者。それと、ただひたすらに一族を失いたくないオオイヌが、死んだあとも腐り落ちながら古の呪術によってその身を我が子の盾にして、一族が滅びたあとも彷徨う姿……


「オオイヌのぼうれい、は、オニイヌ、に、なり、わかものは、なきながら、そのいのちを、」


 あ、ダメ、涙出てきた。

 そうなのだ。オニイヌは、元はオニイヌではないのに、人と争ううち、一族を守ろうと戦ううちに、人の言うオニへと変わっていく。

 若者はその悲痛を知りながら、なんの言い訳をすることもなく、オニイヌを倒す。ただ、その遺体を人が穢すことのないよう、火で灰になるまで焼くのだ。他の誰もが、当然の報いだとその跡形もなくなった灰に唾を吐いた。それを見た若者は何も言わず、ただ少しだけ灰を拾い、その町を去る……。


 あたしは若者の代わりに泣く。もう、号泣。誰もハッピーにはならない。けれど、最後のページに、オオイヌの集落に生えていたのと同じ花が、お姫さまの寝室に飾られている。

 お姫さまは花に呼びかける。その、誰も知らない勇敢で優しい獣の名前で……


 うわあああああん!

 あたしは絵本を抱えたままでベランダに駆け出した。途中で転んだけど、そんな痛みよりこの胸の方がずっと苦しい。

 なんで!どうしてこんな結末しかなかったの!?

 もっとみんな、優しくなろうよ!

 話し合えばよかったじゃない!


 何度読んでも慣れない。気分が同調しすぎるとついのめり込んでしまって、時々こうして悲しみを発散する。

 背の高過ぎる欄干にしがみつくようにして、あたしは嗚咽した。


 背後から、扉をノックする音。来客だ。あたしはオオイヌの最後に未だ涙しながら、絵本をあたし用の低いテーブルに置いて、客を迎えた。金の髪に青い瞳。お母様の親友の、ルトビイおじさまだ。そういえば、今日来るって言ってた気がする。すっかり忘れてた。


「かわいいリコ。機嫌はどう……お前、どうしたんだ」

「ひっ、ひどく、かなしいことが、ありまちて」


 あたしは四歳らしいしたったらずな声で応じた。


「いったいなにがあったんだい」


 わきの下から抱き上げて、のぞきこまれる。

 オオイヌが、若者が……と答えようとして、突然冷静になった。


「……」

「リコ?」

「……な、なんでもありません」

「なんでもないって顔じゃない」


 やめて! 真顔で心配しないで! マジでなんでもないっていうか、絵本に感動しすぎて慟哭してたとか言えない!!


「そ、それよりおじさま、きょうはなんのごようですか」

「かわいいリコのご機嫌伺いだよ」


 怒った顔でご機嫌伺いもへったくれもないよ!!


 あたしはこの場をごまかそうと、えへえへと笑う。おじさまは微動だにしない。


「いつも不自然に落ち着きのあるお前が、一体どういう状況になったらそんな顔になるんだ」

「……おじさまのはなし、むずかちくて、わからない」


 あどけなく首を傾げて、ごまかされろ! ごまかされろ! とひたすら念じる。おじさまは釈然としないようだったが、ため息と、あたしのおでこに口付けひとつ落とすと、ぎょっとするあたしを無視してそのままソファにどっかり座った。あたし、膝の上。恥ずかしっ! あたしがこういうスキンシップ苦手なの、わかってるくせに!

 しかも。


「お前、これ、怪我してるじゃないか!」


 薄皮を軽く擦りむいた膝小僧を発見される。めざとい。


「こ、ころびました」

「早く言いなさい! ああ、もう、痛くないのか」

「へいき」

「それで泣いてたんじゃないのか、なに我慢してるんだ。こんな顔して……とにかく手当だな」


 おじさまはすぐさま立ち上がり、侍女を呼びつける。そのまま当たり散らしそうな勢いだったので、あたしはおじさまの耳をとっさに引っ張った。


「おじさまのおみみ、ろばのみみ」

「茶化すな」


 睨まれた。おじさまだって子供に対する態度が良くないと思う。リコがマジで幼女だったら泣いていた。


「……とにかく、目を離さないでくれ。賢い子だが、やはり子どもだ。お転婆だ」

「申し訳ありません、お嬢さま」


 侍女のサリューはあたしの元年齢くらい。若いのに子どもの相手とか嫌だよね。あたしもマジ放置手前くらいで全然オッケーだから。


 とはさすがに言えなくて、「サリュー、ごめんなさい」と頭を下げた。


「しんぱい、かけないようにします」

「そんな、お嬢さま、やめてください」


 困り果てて泣きそうな顔のサリュー。そんなサリューにどうしていいかわからないあたし。おじさまはあたしを見てため息をついた。


「お前は本当に……」


 白状すると、あたし、サリュー他、侍女を遠ざけてた。なにかと一人にしろって。

 だってずっと見られてると気まずいし。っていっても、四歳だし、まあ必要な庇護は受けるよ。ただほら、プライベートは欲しいっていうか……


 ゴメン。


 わかってる。わかってるよ。四歳児はふつう、一人にできない年齢だよね。反省します。

 前世の記憶があるせいで余計な気を回しすぎるせいか、あたしは変な子どもだと思う。

 弟のマクジーンを見てるとわかる。二つ下なんだけど、ほんと頼りない。ふにゃふにゃ。あたしあんな二歳児だったっけ。たぶん、いや絶対違う。なんかもっと色々喋ってた気がする。

 弟が普通で、あたしがおかしい。


 お母様はそっちにかかりきりだからって、おじさまはよくあたしに会いにきてくれる。ちなみに父はなし。おじさまとお母様の関係を邪推したこともあるけど、何もなかった。ていうか前に聞いたら真顔で否定された。ごめん、幼児がそんなこと言い出したらあたしでも真顔になるわ。


 そんなおじさまは結構遊び人で、よく香水の匂いをさせてる。外見は王子様なのにね。

 サリューに手当されながら、反対のソファでくつろぐおじさまに聞いた。

「おじさま、わたし、どうなればいいのかな」

 おじさまは煙草を探すような仕草をしたけど、サリューに睨まれて目を伏せた。

「……余計なこと考えずに、元気に育ってくれればいい」

 余計なことを考えない……って、どういうこと?


 時々我を失いたくなることがある。

 だってさ、あたし、今更普通の子どもにはなれない。

 お母様やおじさまが望むような、ただの子どもには。

 金の髪は子どもらしい柔らかな癖毛。青い瞳はお母様譲りで、でも少しくすんでるかな。肌はなめらかに白い。外出ないからね。

 それから小さな頭と四肢を組合せてできるのが、現世のあたし、リコリベージ。

 明らかに子ども。結構愛くるしい容姿の、誰が見てもふつうに子ども。

 それなのに、早くも生き方につまづいていた。

 うまくやろうと心がけて四年間踏ん張ったのに、どこで間違えたんだろう。それとも、ああやっぱり、はじめから、あたしがあたしの記憶を持ち越した時から、どうにもならないことだったのかな。


 そんなことを考えて、夜、一人自室で泣いたりしてた。マクジーンに見られたこともあるけど、弟がまともな子どもでよかったとつくづく思う。あたしがあいつなら、夜な夜な暗い部屋で鏡を前に「普通の人間にはもう戻れないんだ……」とか、自分の本当の名前を忘れないようにってぶつぶつ呟く姉に遭遇したらすごい引いてたと思う。どんだけ厨二。

 マクジーンはよくわかってないのか、おうむ返しにあたしの言葉を繰り返すだけだった。しまいには笑ってたし。幼児つよい。

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