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あたしが爆発した日  作者: かまこ
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1あたし、爆散

 爆発した。

 高鳴律子(たかな りつこ)、高校二年生。生まれてこの方彼氏なし。が、爆発した。


 たまたま土曜日に早起きして、散歩して、川縁の桜がきれいだったから、今しがたコンビニで買ったばかりの新作のお菓子を一本の桜の隣に立って、口にした。桜チョコ。挑戦だったけど、意外とイケるかも。そう思った瞬間。

 繰り返す。

 あたし、爆発したんだ。


 なんで? なんでこんな、散り散りになるわけ? こんなになるようなことした?

 原型もなく吹っ飛ぶ。鮮やかな赤が目の前に散布され、霧となる。

 いや、いやいやいや、何? この霧、あたし?

 思った瞬間吐き気が襲う。しかし幸か不幸か今のあたしには胃も口もなかったので、嘔吐には至らなかった。いや、やっぱり不幸だよ!

 あたしはあたしを見下ろした。いや正しくは、あたし、跡地。

 なにせきれいに吹っ飛んで、原型も、人を思わせるパーツすらあとかたもない。ただあえて言うなら、霧の晴れた空間で、桜の花びらがたったの一枚、スプレーしたように真っ赤に染まっていた。ひらひら、目の前に落ちてくる。それだけ。あたしの霧は嘘みたいに鮮やかに風にさらわれ、どこにとどまることもなく、景色に溶け込んだ。

 呆然とした。だってもう考える頭もない。誰に会うわけでもないのに新しくおろした服も、お気に入りの靴も、コンビニ袋さえ、体と共に爆発したようだ。

 そのくせ周りの風景は、さっきここに立っていた時のままである。

 一枚の花びらさえなければ、己の存在すら忘れただろう。

 だってそのくらいあっけなく、今生の命は幕をおろしたのだ。


 あたし、爆散。



 あたしは地を見下ろす。つくしや、名も知らぬ春の草が花を咲かせて風に揺れている。そんななか、明らかに不穏な色で重たげにそれらに貼りつく桜の花びら一枚。

 この花びらも不幸なことだ。まさか偶然舞い落ちた先で血糊を浴びるとはおもうまい。


「――おいおい、嘘だろ……」


 花びらがシャベッター!


 けど、わかるよ。スプラッタってレベルじゃなかったよね。当事者のあたしは幸い見ることはなかったけど、これ、目の前で展開されたら気が変になると思う。


「……おいあんた、大丈夫か?」


 え? あたし? あたしに話しかけてんの?

 地面をのぞき込んで、桜の花びらに顔を寄せた。気分だけ。

 あんたあたしがわかるの?


「いやそっちじゃねえよ」


 あたしは顔をあげた。すると驚くことに、人が浮いていた。


 うわあああ人が浮いてるー!!!

 しかも透けてるし! お化けだ! お化け見ちゃったああ!!!


「大丈夫じゃなさそうだな……」


 悲痛な声で憐れむような目をされた。お化けなのにいい人じゃん……。

 ハッと、自分の状況を思い出す。

 あたしこそお化けじゃん……てか幽霊?

 このお化けは幽霊の先輩なのかもしれない。


 よ、よろしくお願いします。センパイ。

 ぺこりとない頭を下げた。


「おれはお化けでも幽霊でもない」


 お前もな、と顎でしゃくられる。ヤンキーっぽい。見た目は金髪な外人だけど、動作は裏路地でカツアゲしてそう。目つき悪いし。

 外人ヤンキーっているんだ……。

 ヤンキーは疲れた顔をした。


「おれのことはどうでもいいけど、お前、……あー、どうしよ。ヤバイなあ。これおれのせいじゃないよな?」

 第一おれ、見届けただけだし……とか、ブツブツ言ってる。

 ぼんやりそれを見る。だってさ、繰り返すけど、頭もなんにも、そこに落ちてる血まみれの花びら以外、あたしの証拠はないんだよ。だんだん、自分というものがわからなくなってくる。なんだか、周りのこの世界ごと、あたしと一緒にグチャグチャになっちゃうような気分。ああ、あたし、あたし、ヤバイ。目の前が、視界が、ドス黒くなってく、ヤンキー男の焦ったような声がする。

 男がこちらに、やけくそみたいに手を伸ばす。その手が自分に触れた、と思った瞬間、突然ぬるま湯みたいな空間に落とされた。水なのか、血液なのか、とにかくすこぶる居心地のいい液体が、全身を包んでる感じ。

 ぼんやり世界に抱かれながら、目の前を、ふわふわ浮いてる何かをつかむ。

 花びら?

 ああ、あのときの桜だ。

 唯一、あたしの生きてた物的証拠。

 それをぎゅっと握りしめ、深く深く眠り込む。




「失敗した?」


 クワト・ロギンズは、飲みかけた赤花(せきはな)茶のカップを卓に置いて、入口に立ったままで報告する無作法な部下を見返した。


「はい。偽熱の破壊自体はやり遂げましたが、その……現地のヒトを巻き込みました」


 クワトは若くして儀礼長になったが、自慢の髭が白く長くなるこの歳まで、このような不測の事態は発生したことがなかった。


「それで、どうした」

「あー……たまたま魂のかけた児がおりましたので、その中へ」


 クワトでも恐らくそうしただろう。偽熱に焼かれた魂は、己を失って災禍を振り撒く。放っておくことはできないのだ。


「しかし、哀れなことをした。世が異なるとはいえ罪のないヒトの魂を破壊するなど……」


 胎内に無理やり投げ込まれた魂は、その清浄な混沌に飲まれ、押し潰されるのが常だった。転生を繰り返しても許されない特級の罪人の処刑方法として、ごく稀に行使される。その場合母体には王宮から恩寵が出ることになっているが、その後の顛末が明るいことはないという。

 部下は気まずそうに黙った。彼に罪はない。しかし酷く残忍な責務を負わせてしまった。休ませてやりたいが、今回の原因究明は急ぐべきだ。

 その旨を伝え、一応に確認する。


「ヒトの魂は、胎内にて保たれたか」

「術式ののち、僅かに反応は見られましたが……その後は」

「そうか。今はひとまず宿舎で休め。また近く呼びつけるが、許せよ」

 部下を下がらせ、クワトはしばし、失われた罪のないヒトと、容れ物となった魂なき胎児のために祈った。


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