第八話
今日の朝は、何時になく爽快な目覚めだった。
すっきりと目覚められた僕は、手早く準備をすませ、いつもよりも早い時間に家を出た。
浮かれているのだろう。
足取りも軽やかだし、冬の入口が見える朝の寒さも気にならない。
僕が――桐原進――瀬能レイアに告白をして、時間的に見ればおよそ十二時間と少し。
今をもってなお、興奮は冷めやらない。
そのせいか、道すがらに切望した朱色の髪を見てしまうほどだ。
いかんね、どうも。
よもや幻覚まで見始めてしまうとわ。
だが待って欲しい。
幻覚であると言うならば、つまり僕の都合の良い物が見えるということになる。
だとすると、僕は瀬能の後ろ姿が好きということにならないか。
ふむ。
その可能性は大いに有り得る。
歩くにつれて揺れる髪と、その向こうに見え隠れする――格式高く言えば臀部はふっくらと丸みを帯びていて、なかなかに扇情的だ。
平たく言えば、エロい。
「よもや、尻フェチであったか」
「朝から変なこと言ってんなよっ!」
「やあ、おはよう瀬能。実にさわやかな天気だと思わないか」
「何事もなかったかのように会話しないっ! なんだって後ろから現れて、しっ、尻がどうとか言ってんだよ」
「先日の一件で、どうにも欲望がダダ漏れでね。いやはや、参ったものだ」
いったいどこで蓋を落としてきたのかね。
「きっ、昨日って……」
「ああ。僕が告白をしたその日のことだ」
「だああっ! 言うな! 思い出す!」
「僕としては忘れて欲しくはないが、まあ覚悟が決まったら返事をよろしく頼むよ」
「あぅ……わかってるよ」
プイッと、顔を赤く染めて瀬能は視線をそらす。
「ならいいさ。さて、僕としてはこのまま逢瀬を続けていたいが、どうする」
「学校に行くに決まってるだろ。
はぁ~、変に顔を合わせたくないから時間ずらしたのに、なんでこうなるんだ」
「以心伝心だね。僕はなんとなく、早く出たんだよ」
「ぐぬぅ」
頬が緩むのを実感する僕とは対照的に、瀬能はやや不満そうだ。
「たくっ、なんでお前はそう恥ずかしいセリフがポンポン出てくるんだよ」
隣を歩きながら、瀬能がジトっとした視線を向けてくる。
「なぜと言われてもね……思っていることを素直に言っているだけだが」
「それが恥ずかしいんだっての」
「いまいち僕には実感がわかないな」
「ふんっ、なら実感がわくようにしてやるよ」
「ほう」
つまり、瀬能的に言われて恥ずかしいセリフを僕に言うと。
……実にイイね。
「えっとー、あー……そのメガネ、今日もかっこいいな」
「……」
「どっ、どうヨッ!」
うわずった声ながらも、瀬能は自信満々と言ったふうだ。
ふむ。
メガネか。高校に入り、買い換えた真新しい焦げ茶のフレームを持つこれがかっこいいと。
メガネは顔の一部と言う。
つまり、僕の顔をほめられたと同義ということだ。
「僕の顔は瀬能の中では美醜のうち美に傾き、好ましいということだな」
「何がどうなってそんな結論だしたっ!」
「違うのかい?」
気に入らないならば作り変えるのも手段だが、顔となると難しい。
せめてもの抵抗で、髪型の勉強でもしてみるとしよう。いくらかは見栄えも変わるだろ。
「いや、まあ見ていて不快になる顔じゃねえけど」
やっぱなし。当面は現状維持。
「ありがとう。ちなみに、僕からすれば瀬能――」
「待った! お前、ぜったいまた余計な事を言うつもりだろっ!」
僕の言葉は、しかし瀬能が手で静止を示したのでいうことはできなかった。
残念だ。綺麗だと言いたかったのだがね。
「余計なこととは心外な。ただ、思っている事を口にするだけだとも」
「褒める?」
「もちろんだ」
「じゃあ、御口にチャック」
瀬能は自分の口の前で指を走らせる。
しかたない。あとでメールしておこう。
そうこうしているうちに、校舎が見えてきた。
次に会えるのは昼休みだな。
少し心躍らせながら、瀬能と別れた。