第五話
瀬能レイアとのゲーセンに行った翌日。あたりまえだが、平日であるので学校なのだが。少々、予想外の事態になっていた。
授業自体は平々凡々と昼休みまで、問題なく過ごせたのだが。ことは四時間目が終了し、しばらくしてから起こったのだ。
「よっす、一緒に昼飯食べようぜ」
片手でピンク色の巾着に包まれた長方形の、お弁当らしき物を持った瀬能がやってきて、開口一番に言った。
思わぬ来訪者に、まだ教室にいた生徒の視線が突き刺さる。うち、一人はなにやらニヤニヤしてるが。
まあ、普段からあまり人付き合いをしていない僕に突然、朱色の髪をもつ美少女――だと思う――が訪ねてくれば、誰だって注目するだろう。
「ああ、構わないが。場所を変えないか」
さすがにあれこれと注目されている状態では、落ち着かない。というか、瀬能は気にならないのだろうか。
「いいけど、流石に屋上とかは寒いんじゃないか?」
「大丈夫だ。僕を誰だと思っている」
あまり私用で使うのは褒められたことではないが、ここはやはり会長権限だな。
僕が自由に使える部屋と言えば、もちろん生徒会室しかない。
使わない時は鍵がかかった部屋だが、もちろん僕は解錠する事ができるのであっさりと開く……はずなんだが。
「どうかしたのか?」
「ああ。不思議な事にな、鍵が開いているんだよ」
と言うか、中から焦って動きまわる音が聴こえる時点で不思議でもなんでもないが。
「すまないな。どうやら、先客がいるようだ」
「別に構わねえって」
「そう言ってもらえると助かる……さて」
中の音はまだするが、僕は無視して生徒会室のドアを横に動かして開く。
「あっ、あははははっ……」
乾いた笑いが生徒会室に木霊する。
中にいたのは一人。僕からすれば見慣れたボブカットの少女だ。
普段から猫のようだが、この日は特にイタズラを見つかったように部屋の片隅で身体を丸めていた。
「ふぅ、何をしているのかな。生徒会副会長の井上さん」
井上深雪。生徒会副会長を務める少女だが、やや自分の欲望に忠実なところが玉に瑕だろうか。
たぶん、ややであっていると思いたい。
「いや~ちょっとお昼ごはんをね……」
たしかに、乱雑にカバンへと押し込められた弁当箱が見える。が、問題はその奥によく見るゲーム機があるのは気のせいか。
「ふぅ、別に使うのは構わないがね。ここの鍵は、どうやって開けた」
「ああっ、そうだっ! 会長だって女連れでおべんと食べに来てんじゃんっ!
私だけ怒るのは差別だ差別っ!」
「ところで、ここの鍵はこれしかないはずだが、どうして君が入っているんだい」
「すんませんしたっ! ささっ、会長とそのお連れ様。どうぞこちらへ。
へへっ、お茶も今からお淹れいたしますよ」
おそくは勝手に複製したのだろう。が、まあ教師陣にバレなければいいだろう。
「僕はいつものお茶で頼む。瀬能は?」
「えっ、いやっ。あの、良いのかよ。なんか話しぶりからすると、ここでご飯とか食べちゃダメなんだろ」
「まあ、本来ならな。が、会長権限で許可する」
生徒会長の権限なんてそんなもの、あってないようなものだからな。まあ、これくらいは使わせて貰わなければ。
「それと、あそこにいるのがここの副会長から格下げされた丁稚の井上深雪だ。
気にせずなんでも頼むと良い」
「うわーい。今まで苦楽を共にしてきた盟友をあっさり切り捨てたー。
というか、こちらはどちらさま?」
「えっと、ワタシは瀬能のと~友達?」
で良いんだよなと、瀬能がチラチラと自信無さげにこちらを何度となく見てくる。
「ああ。そうだ」
肯定してやると、瀬能はこちらに背を向けてガッツポーズを取った。
「おおう、会長に友達がいた事がびっくりですが、それもここまで可愛らしい娘さんだなんて……アメちゃんあげるので立場、交換してくれません?」
「交換おことわりだ」
普通に友達になるぶんには、瀬能の目的も果たせるので止めはしないがな。
いつまでも立ちっぱなしでは、昼ごはんを食べることもできないので、僕は緊張した様子の瀬能を促して席に座る。
生徒会室の机はよく会議室に置いてある物と同じ、濃い茶色の長い机だ。これが三つコの字型になっていて、僕達が座ったのは普段は副会長と書記の席だ。
パイプ椅子だがな。
「あちゃー、さっそく独占欲を発揮してますよこの男。
おっとと、まずはお茶をどぞー」
「えっと、ありがと。いただきます」
慣れてない相手がいるせいか、瀬能に元気がない。借りてきた猫のようと言った感じか。
反面、井上は必要以上に元気だった。わけてやりたい。多分、半分くらいに割れば、ちょうどよくなるだろう。
「かっー、礼儀の正しい子だよぅ。隣に座ってる冷血根暗メガネはやって当然みたいな表情をしてるってのにねぇ」
「ところで鍵は……」
「さって、副会長はバリバリ仕事しちゃいますよー。
ささっ、お二方はあっしは気にせずにお弁当をお食べくだせぇ」
わざとらしく笑いながら、井上は棚からファイルを取り出して仕事してる風を装いながら、机の下で携帯をいじり始めた。
バレてないと思っているようだし、追求はしないでやろう。
「それにしても、突然どうしたんだ」
「あー、わりぃ迷惑だったか」
しゅんと身体を丸める瀬能。
「いや、そんなことはないさ。少し気になっただけだ」
「昨日は楽しかっただろ。で、なかなか仲良くなれた気がしたからさ」
「わかった。それなら、昼はこれからここで食べるか」
「ええーーーっ!」
反応を返したのは、瀬能ではなく対面に座っていた井上だった。
「別にここで君が何をしていようと、僕に迷惑をかけなければ感知しないと約束しよう」
「よし来たっ。会長デレ期キタ!」
ヒャッホーなどと言ってる阿呆は置いておいて、瀬能だ。
「えっと、いいのかな」
「ああ。あの馬鹿が邪魔かもしれないが、あれは生徒会室の備品だから気にしないでくれ」
「いや、備品って……あー、もしかしてさ」
「ん?」
「昨日のアレも込み、とか」
アレというと、生徒会への勧誘か。流れ的にそう取られる可能性もあるが、どうだろうな。
多分、今の状態で勧誘すれば責任と言うかそういう形で応じてくれるだろうが、そんな風に入ってもらっても楽しくないだろう。
「いや、そこは気にしなくていいよ。
僕としても、友達と昼を食べるのは楽しいからな。そのための場所を、提供できる立場にあると言うだけだ」
職権濫用だけどね。
「そっか。なら、お言葉に甘えて」
「はいはーい、それなら不公平がないように生徒会役員全員が鍵を持っとくべきだと思いまーす!」
ふむ。
一理あるな。
「ところで、鍵の複製は幾らぐらいだった」
「えっと、いくらだったかな。五百円はしてないはず」
全員分となると、千円くらいか。
「考慮しておこう」
払えなくもないが、一介の高校生が使うにはやや大きい。一方的に作ってあげるのも良くないだろう。
「じゃあ、明日から授業が終わったらここで待ち合わせでいいのか?」
「そうだね。移動教室だったりするし、そのほうが確実だろう」
「はーい。それじゃあ、明日はみんなでできるゲームも準備しておきますね」
普通に混ざる前提のようだが、瀬能の目的を考えると有りか。
これは、生徒会に誘わなくても大丈夫かな。
少しだけ、残念な気もするけれど。