第三話
瀬能に連れてこられたのは、エアーホッケーの台からはそう離れていなかった。
「レースゲームか」
運転席を模した座席。ハンドルとアクセル、ブレーキにクラッチやギアとひと通りを再現したゲームだ。
ステージ構成は架空の都市を舞台としており、様々な町並みを背景にしている。これが人気の秘訣らしく、相当に凝った風景はちょっとした物だ。
そのせいか、コンシュマー版ではフリードライブモードなんかも搭載されているらしい。
まあ、ぶっ飛んだ背景が多くたまに恐竜がいたりするが。
「さっきはお前の得意分野でしてやられたからな。こんどはコッチのばんってことだ」
座席に体重をかけ、トントンと叩きながら目線を送ってくる。
「ほう。記録的な敗戦の後だ、とうぜんながら自分が一番得意なのを持ってきているんだろう」
「もちろんだ。
自慢だが、このゲームのハイスコアはアタシだぜ」
ディスプレイに映るデモが終わると表示されるスコア。そこの最上位には『REA』の文字。
どやぁと自慢するだけはあるスコアだ。
「なら、さっそく相手を願おうか」
「ふひひっ、負け犬の遠吠えが今から楽しみだね~」
それだけ自信があるということか。だが、僕も負けてはいられないな。
隣り合って座席にすわり、コインを投入する。
まずは車のセレクトから入るが、さて。極端な性能差はないが、直線やコーナーが得意などの違いは意外と大きい。
なにせ、全力で勝ちに来ているからな。とうぜん、得意なステージを選んでくるだろう。
と思っている側で、初めから決めていたのかさっさと車種を選んでからこちらを向いてきた。
「ああ、そうだ。ステージは首都高な」
「おや、教えていいのか」
「それくらいはハンデってことでね」
つまり、それだけ自信があると。
とはいえ、ステージは最高難易度と呼ばれる近未来をイメージした首都高か。連続ヘアピンカーブに急勾配からのS字と、バリエーションに富んだ構成だ。
実際の首都高がそんなだったら、走りにくいことこの上なさそうだが。
見事にバラけさせてきたが、ここは二勝を取れば勝ちと考えるならばやはり加速性能の高い車種だな。
「よし、決まったぞ」
「オッケー……さてさて、負けた時の言い訳は準備オッケー?」
どれだけ自信満々なんだか。
僕が勝った時の顔が見ものではあるが、さて。勝てるかな。
レースはプレイヤーとコンピの混成、八名で行われる。
シグナルが赤から緑へ。変わる数瞬前からアクセルをふかし左でブレーキを踏んで、備える。
シグナルが緑へ。同時、ブレーキを離してアクセルを踏み込む。
開幕スタートダッシュは基本だが、意外なことに瀬能はしてこなかった。
できない、などということはないだろう。
「ハンデってことかい」
「さぁて、ね。注意一瞬怪我一生だ、運転中はよそ見をするなよ」
ニヒルに口だけ笑い、そんな言葉を返してくる。
だが、思った以上にやりこんでいるようなのは理解した。
この手のゲーム、たいていは実際の車と同じようにオートマとミッションの二種類を選ぶことができる。
自動でギアが切り替わるオートマは、運転に集中できるぶん加減速の微調整が効きにくく、立ち直りに時間がかかるものだ。
反面、ミッションはギアの切り替えに手間がかかる。一瞬でも忘れれば、それはすなわち加速を行えないということ。
ブレーキングで減速もせず、コーナーを曲がれないなどということはしょっちゅうだ。
しかし、使いこなせば当たり前だが強い。微調整の差がそのままタイムに現れる。コンマ一秒を競い合う上位陣にとっては、まさに必須スキルだな。
僕はそこまで慣れていないのでオートマだが、瀬能は当たり前のように左手をギア・チェンジレバーに置いていたことからも、ミッションだと予想される。
今も、ときおりガタガタと聴こえるから間違いなさそうだ。
思ったよりも厳しいか。
順位はまだ僕が上位だが、不気味なことにほぼ真後ろに瀬能が張り付いている。
ヘアピンだろうと、急カーブだろうと。一定の車間を維持してだ。
これは、絶対に狙われているな。
車体を傾けさせながら、コーナーをドリフトで曲がる。
画面からは見えないが、どうやら瀬能も同じようなコースで曲がったようだ。
レースは五週。ラップタイムは悪くないが、どうにも背後からあおられる不安感がキツイな。
「さっきの仕返しだ」
不意に、瀬能が口を開く。
「予告しておこう。抜かすのは、四週目の最後のS字カーブだ」
そう簡単にやらせるか。などと、返すのは負け惜しみかもな。
張り付かれた状態を維持したまま、レースは進んでいく。
そして、ついに最終コーナーのS字カーブ。
ここで抜かすの宣言どおり、瀬能は本気で来るだろう。それを防ぐには……。
(あまりいい手ではないが、進路妨害か)
相手の前を走っている以上、それができる。画面を適当な感覚で切り替えて、常に前を走るようにすれば――。
考えた矢先。
瀬能の車が速度を維持したままカーブに対して、外から入り込む。
外から僕を抜かす算段か。などと考えたのが僕の失策だな。
S字カーブは、初めに入ったのがコーナーよりならば次は外になる。
つまり、左寄りに曲がった後に右よりに曲がるのだ。カーブに近いのを中、遠ければ外。
つまり瀬能は遠くから曲がり、即座に近づいてまた外へ。
「ちょっとしたドライビングテクニック。アウト・イン・アウトってね」
これができるから、S字で予告したのだろう。軽く抜かれた僕は、そのまま二位に甘んじるしかなかった。
「瀬能――きさま、このゲームやり込んでいるなっ!」
「答える必要はない」
「……知ってるのか、瀬能」
自分で振っといてなんだが、意外だ。
「兄貴が好きなんだよ」
ネタに乗っかったのが恥ずかしかったのか、少し頬を染めて、目線を逸らした瀬能がなんだか可愛かったので、負けた悔しさは忘れておくことにする。
こんど、こっそり練習しておくが。