エピローグ
クリスマスと言えばツリー、サンタクロース、そして雪だろうか。
残念ながら、日本は地域によってはそうそうに雪がふることはない。それはこの当たりもそうで、ホワイトクリスマスとはいかなかったようだ。
「雪が降れば、もう少しロマンもあったんだけどね」
少しだけ寂しそうに、レア――瀬能レイア――が横で呟いた。
僕は軽く同意を返して、空を軽く見上げた。
「この空模様だと、期待するだけ無駄かな?」
すでに日も暮れ、暗くなった空。星がわずかに瞬き、綺麗ではあるが、期待しているのとは違う。
「まっ、外をこうやって歩くには晴れてるほうがいいんだけどさ」
言って、組んでいる腕を起点にレアが体重を預けてくる。厚着しているからか、身体の感触がわからないのは残念だな。
歩いて向かうのは、駅前に設置されたクリスマスツリーだ。
すでに長期休暇に入り、今日は朝から遊びに行った帰り道。
そこで、ふと今日でツリーが撤去されることを思い出し、少し寄ってみようということになったのだ。
「時に、寒くはないかい」
風が吹いているわけではないので、そこまで寒くはない。が、気温は氷点下には達しているので暖かくはなかった。
「大丈夫。こちとら、本物のサンタが暮らすフィンランドの生まれだぞ?」
「フィンランドって、寒いのか?」
サンタクロースがいるくらいだから、寒い印象があるけれども。
「地方次第だけど、実はあんまり日本と変わんない。
でも、コートも合わせて四枚は着てるから、大丈夫だよ」
顔を緩ませて、レアは笑う。
ふむ。
吐く息が白いのは当たり前だが、まだ大丈夫そうではあるか。それに、本当に寒ければ言うだろう。
それに、目的地はもうすぐだ。
とりあえず見て、写真でも取ったらすぐに送っていこうか。
「わかった。でも、寒くなったら言ってくれよ?」
「もう、心配性だな」
「当たり前だよ。君は、僕の大事な人だからね」
「……もうだいぶ慣れたけどさ、本当にお前って、そういう口説き文句は軽くでてくるのな」
呆れたと言いたいのか、それとも抗議か。鋭い眼を僕に向けてくる。
その真下にある頬が紅潮しているのは、さて恥ずかしさのためかな。
「君、限定だけどね」
「当たり前だっての。ワタシ以外に言ってたら……あー、まて。ちょっと今のナシ」
「ん?」
少しばかり苛立った声に、疑問の声を返す。
すると、レアは頬をふくらませてから言った。
「場面、想像したらすげえむかついた。
絶対に言うなよな」
ふっと、顔が緩むのがわかる。想像した以上に嬉しい答えが返ってきたからだ。
笑うなと、レアがまた更に睨んできた。
だから僕も、まじめに言葉を送ることにする。
「誓って、言わないよ」
「何にだよ」
「――もちろん、僕の君に」
「なら良しっ!」
レアもまた、極上の笑顔で首肯した。
やがて見えてきたツリー。
ちょっとした大きさのあるそれの周りには、僕達のようなカップルが多い。それ以外には家族連れもいるようだ。
頂点で輝くトップスターに、赤、青、黄と色とりどりに発光するイルミネーション。
ツリーの中途には、凝った飾り付けがそれぞれ邪魔にならないように配置されていて、見ていて爽快かんすら感じるほどだ。
キチンと計算された配置と、発光。
まさにシンボルと呼ぶにふさわしい物だろう。
「おおっ、思ったよりも大きいな」
「見たことがなかったのかい?」
確か、この街に来て長かったと聞くけれども。
「んっ、ああ。家族でのパーティーが基本だから、家の場合。
あんまり、外でのイベントには参加しないんだ」
そういえば、欧米ではそう言う家族パーティーが主流と聞いたことがある。
「となると、今日は邪魔してしまったかな」
「ああ、それは大丈夫。本来なら当日の二十五日にやるけど、今回は事前に予定を話して、イブにやったから」
「それは……良かったのかな?」
「かわりに……今度、連れてくるように言われたけど、ね」
「……心しておこう」
少し早い気もするが、覚悟を決める時間ができたので良かったと思おう。
「それにして、こういう外のツリーってのも綺麗なんだな」
「こうして、君と見ているからかな」
「言うと思った」
レアが笑う。そして、でもと付け足した。
「そうかもな。家族と一緒に見るのと、また違った感動があるのはホント」
「そう言ってもらえると、案内したかいがあるかな」
二人、身体を寄せあって見上げるツリー。そのトップスター。
ふと、その先に白い煌めきがあった。
「あれ、雪……?」
レアが不思議そうに手をのばす。触れたそれは、体温で溶けて水滴へと変わる。
その一瞬で見えたそれは、たしかに雪に見えた。
「空は曇っていないが……」
よもや人工雪を降らせる機械でもあるのかと、周囲を見渡す。
が、そもそも機械の駆動音すら聴こえてこない。とすると、これは本当に?
そう思い、また空を見上げた時にそれを見つけた。
ツリーを取り囲むように立つ、ビルの一角。その一部の屋上に明りが見える。そして、動く影が幾つか。
何をしているのかまでは、確認できない。ただ、影が動く度にキラキラと、光りに照らされる白い結晶が増えていくのだ。
つまり、サプライズ演出ってやつだろう。
「……そうだね、きっとサンタクロースからの贈り物じゃないかな」
「ははっ、そうかもな」
レアもまた、空を見上げている。同じ方向を。だから、きっとアレを見つけたのだろう。
しかし、何も言わない。
あれが誰であれ、これはきっと贈り物だ。
「――なあ、レア」
「なに?」
「また、来年も見に来よう。
一緒に、二人で」
「うん」
レアは笑って返してくれた。
僕もそれに返すように、固く肩を抱きしめる。
空からは降ってくる白い結晶は、積もることはなかったけれども。
僕達の思い出を、より綺麗に彩った。
【終わり】