表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

第十六話

 最後に来たのは、シャチショーを見るための屋外プールだ。しかし、僕たちは入り口で足止めを食らっていた。

「申し訳ありませんが、席が一杯でして……」

 ということらしい。

 ショーの開始、三十分前に席を確保だけでもしておこうかと思っていたんだが、事前予約ですでに一杯とはね。

 さらに間の悪いことに、これが本日の最終公演。つまり、きょうはもうどう頑張っても見ることはできない。

「お一人様づつでしたら、席もご用意できますが」

「あー、それじゃあ意味ないんで。しょうがねえって、行こうぜ桐原きりはら

 瀬能せのうが断りを入れて、さっさとその場から背を向ける。

 僕も、慌ててそれを追った。

「ごめん。僕の見通しが甘かったようだ」

 前を歩く背中に追いつき、横に並んでから謝罪する。

 自己嫌悪だな。ここでの最大の見せ場が、このザマで終わるなんて。

 ひどく、気分が暗くなる。

 今まで楽しかった、あの時間。それに、最後の最後で水をさしてしまった。

 そんなことを考えていたせいか、足取り重く、気づけば瀬能の一歩後ろに立ち止まっていた。

 だから、瀬能はそんな情けない僕を振り返る。

「気にしても、仕方ないだろ」

「そうだが……」

 出口へと向かう通路。他の人達はショーに向かっているのか、今は無人に近く、がらんとした所。

 その真ん中で、僕たちは足を止めて向き合った。

「初めてのデートなんだろ。これくらいの失敗、ご愛嬌だって」

「だがな、このデートは……」

 そう。

 このデートの後。貰えることになっている返事。

 それを、わずかにでもいい方へと傾ける。大事なチャンス。その機会の一つを棒に振って、落ち込まないわけがない。

「だ・か・らっ! それ位の失敗で嫌いになったりしないっての」

 まったくと、瀬能は頬をふくらませる。

 それから少し考える仕草をして見せて、意地悪く笑ってみせた。

「それにしても、お前も可愛い所あるよな。

 ああやって熱くなったり、こうやってちょっとした失敗で落ち込んだり」

「――僕とて、人間だからね」

「そうそう。普段のクールな感じも、あれはあれでー、まあ、カッコイイけど?

 落ち込んだり、熱くなったり、笑ったり。そんな風にしてるほうが、ワタシは…………うん」

 一度、瀬能は大きく息を吸った。

 吸って。吐き出す。

「その、ワタシのフルネーム、言えるか?」

「ああ。瀬能、レイアだ」

「そう。レイア。

 お爺ちゃんが付けれくれたんだけどな、これって豊穣の女神の名前なんだ」

 女神の名前か。映画などで、ガブリエルと言う天使の名前を聞いたこともあるし、一般的なのだろうか。

「でな。レイアって、別の呼び方でレアってんだよ」

「うん?」

 瀬能が何を言いたいのか、わからずに先を促す。

「ええっと……でな、その……ワタシって、家族にはレアって呼ばれてるんだ。

 ニックネームいや、愛称かな」

「欧米での習慣に、親しい人の名前を愛称で呼ぶというのがあるとは、聞いたことがある」

「そうっ! それっ!

 で、な。

 えと……きっ、桐原も……ワタシのこと、レアって……呼んで、イイよ」

 それは。

 つまり。

「僕に、愛称を預けてくれると?」

「うん」

「何故と、問うても良いだろうか」

「わかってる、だろ」

「そうあって欲しいと、思う。だが、勘違いはしたくない。

 僕は、さっきのような失敗もする。変な所で熱くなりもする。人によっては、冷たいとすらとられる人間だ。

 そんな僕を、瀬能は――レアは――」

 まくし立てるような僕の言葉を、レアは手で止めて。

 深呼吸を一度。

 そうして、答えた。

「………………スキ、だよ?」

 かろうじて聞こえるような声で、レアはぽっそりとつぶやいた。

 好きだと。

 それは、僕が待ち望んだ答え。

 僕がレアに伝え、返して欲しかった答え。

 通じ合った。そう考えて、いいのだろうか。

 僕の想いと。

 レアの想い。

 情けない姿を見せたというのに。瀬能は、僕に好きだと。答えてくれた。

「こんなかっこ悪いところがある、僕でも?」

「きっと、それが恋なんだよ。

 ワタシは今日、桐原のダメな所も知れた。ちょっと失敗しただけで、顔色が変わるくらい、落ち込んじゃう所。

 あと、ちょっと子供っぽいところもあるよな。あれは、ダメってわけじゃないだろうけど」

 言って、クスクスと思い出したように笑う。

 流石に、気恥ずかしいな。

「レアも、あまり恥ずかしがらなくなったね」

「へへん。一番おっきなの、もう伝えたからな。あれに比べれば、こんなの屁でもないっての」

 ベッと舌をだし、瀬能は笑う。

「そう。そうやって、相手の色々なところ全部をひっくるめて、恋しいと思うこと。

 これがきっと、恋で――愛、なんだろうね」

「ありがとう。そこまで、言ってくれるんだね」

「まあ、待たせちゃったしね」

 軽く、レアが笑う。

 僕も、笑顔を返す。

 二人の距離は少しある。でも、お互いに自然と手を伸ばし会った。

 僕は右を。

 レアは左を。

 手に手をとって、歩き出す。

「それじゃ、時間が余ったし、ゲーセンでも行こう。今度は、負けないからな」

「それはこちらのセリフだ。なにせ、僕の彼女は女神だからね」

「お生憎、ワタシも女神だ」

 足取りは軽やか。

 けれども早過ぎないように。


 豊穣のレアと歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ