第十四話
流石に開店してから時間も経っているせいか、水族館の入り口にはまばらな人でしか見当たらない。
当越シーワールドの入り口。様々なデフォルメされた魚介類が立ち並ぶ門前で、僕は改めて瀬能を向き直った。
「ところで、入場券にはカップル割というのもあるらしいが……」
「普通のでな、普通の」
軽く返されてしまい、仕方なく僕たちは別々に入場券を買うことになってしまった。
次の機会には、ぜひとも利用できることを祈ろう。
ここでも並ぶことはなく、簡単に買うことができたので、僕たちはすぐに中に入ることができた。
「へぇ……」
瀬能が感嘆の声をもらす。
ガラス張りの入り口をくぐり、エスカレーターを下ってすぐの開けたホール。
そこには、巨大な円筒型の水槽があった。それを中心に、天井から左右にドーナッツ型に広がる様は、陳腐な例えだが、水の中にいるようだ。
中では黄、青、赤を強調した色とりどりの魚が泳いでいる。
水槽内のレイアウトも凝っていて、水草や巨木。それに岩などが見栄えを考慮して配置されていて、そこを様々な魚が行き来するようだ。
不可思議なことに、水中を浮遊する岩のようなものすら見える。あれがあるせいか、よりいっそうと幻想的な空間が演出されているんだろう。
よほど特徴のある魚ならともかく、それ意外となると見た目で判別できるほど博識でない僕は、少なくともそれらが熱帯魚であるということしかわからない。
だが、これは圧巻だった。
瀬野も同じなのか、どこか呆然とした声と溜息すら聴こえてくる。
「水族館なんて小学校以来だったけど、すごいんだな、今のって」
「正直、僕も驚いてる」
これは、確かにすごい。入り口で一気にこの世界に取り込まれてしまった。
水槽の側には、中にいる熱帯魚や水草などの生態が描かれた案内板がある。しかし、こうも見事な見世物がある中、勉強する意味合いも薄い。
僕達以外も、周囲を眺めながら進路を進んでいくようだ。
それに習うように、僕達はぐるりと外周を一回転してから進路へと入っていく。
「おっ、よく見たらエビがいる」
瀬能が指差す先には、本当に小さなエビがいた。
「へえ、淡水にもいるんだな」
「えっと、チェリーシュリンプって名前だな。他にもいるけど、そこでコケを食ってる奴は」
「桜海老?」
チェリーは正確にはさくらんぼだろうが。海老はそのままシュリンプだ。
「さすがに、別種だと思うけど……まあ、見た目から考えつく名前なんて、そんなもんってことだろ」
「それもそうか」
学名ともなると違いがあるだろうけど、一般的にはあまり関係がない。
「あれは名前知ってる。エンゼルフィッシュだ」
三角形型の、カラフルな熱帯魚。黄色に黒の縦縞を持つそれは、たしかによく見るな。
「その近くは、えっと……ここまで名前が出かかってるんだけどな……」
「ふむ、あれは――」
「ああ待てっ! 当てる、当ててみせる!」
眉間に人差し指を当てて、瀬能がブツブツと何がしかの名前を繰り返す。
群れで泳ぐ熱帯魚で、青を強調としつつ尻尾の当たりが赤い。小粒なそれらは、ネオンテトラと言うらしい。こちらも、よく聞く名前だ。
「えっと、あー、グッピー?」
「残念ながら、はずれだ」
それも聞いたことがある名前だが、目に見える範囲にグッピーはいないようだ。
「だっー、ネオンテトラか。聞けばそりゃあそうだって、思い出せるんだけどな」
「飼っていないと、やはりすぐには思い出せないんじゃないかな」
何百万とありそうな魚の種別を、すべて覚えているのなんてそうそうにいないだろ。
「そうだけどさ~。こう、喉元まで出掛かってて思い出せないのって、すげー悔しいじゃん」
ぶすっと瀬能が顔をふくらませる。
「それは確かにね。さて、そろそろ次のエリアへ行くかい?」
「んっ、そうな。ここも良いけど、まだ入り口だしな」
これだけ大掛かりな入り口を作れるんだ。奥にはまだ、沢山の展示がありそうだ。
二人並んで、奥へと歩き始めた。