第十三話
瀬能との待ち合わせは、駅前でということになった。
水族館の開園は十時だが、今は十三時十五分前。
半日以上も一緒に遊ぶのは、まだ難しいのではないかと言うことになり、昼を食べてから待ち合わせることにしたので、この時間となった。
もちろん、誘った僕が遅刻しては話しにならないので早めに指定した駅前の大時計の下に来ている。
とは言っても、三十分前は早すぎたか。しかし、待ちぼうけをさせるよりかはマシだろう。
それに、楽しみだったのだから仕方がない。
何度となく通った駅だ。どれくらいで着くかは知り尽くしているというのに、瀬能を待たせない様にと思い、先んじて動いた。
加えていてば、こうして待っている間もなかなかにオツなものだ。
行先は水族館だが、何を見るか。ホームページの情報によれば、シャチショーや触れ合いコーナーもあるそうだし、時間いっぱい遊ぶのもいい。
あるいは程々で切り上げ、帰りにどこかへ寄ってもいいな、など。
ふむ。
これはなかなかに楽しいね。
つまり、これが待つのも楽しいという境地か――。
身震いする。
なんと言うことだ。
会っていないその時でさえ、瀬能は僕を楽しい気分にさせてくれるとは……。
衝撃のあまり、全身の震えにまかせて身体が勝手に踊りだす。
「うわっ! なんで、身悶えてんだよっ!」
「ふふふっ、喜びに打ち震えていたんだよ」
不意に聞こえた声に、くねらせていた身体を止めて振り返る。
そこには、なんか美少女がいた。
いや、元から美少女だがね。普段の三割増し、だ。
オフホワイトのセーター。その上からは、羽織るダウンはベージュと、胸元に赤い花のワンポイント。
そして。これが重要だ。
以前に遊びに行った時、瀬能はダメージジーンズにジャケットといわゆるカッコイイと称される姿だった。聞くに、それを好んでいるとも。
しかし、今は違う。
スカートだ。落ち着いた色合いの、チェック柄で長めの。
もちろん、学校ではスカートだ。しかし、普段に見ているそれと、私服のこれは全く違う。
そして、トレードマークとも言うべき赤い髪。これは、普段と同じく腰まで届くストレート。ながらも、今日は銀製の髪留めを前髪に使っている。
手にはダークブラウンのトートバッグ。これは、以前も見た革製のそれだろう。
思わず、ジッと見てしまう。それに気圧されたのか、瀬能はやや引きながら、口を開いた。
「なっ、なんだよ……」
「――よく似合って、可愛い」
「んなっ! だっ、だからなんでそう、面と向かって恥ずかしいセリフを言えるんだよ、お前は」
「恥ずかしくないからね。好きな人を褒めるのに、なぜ恥じ入る必要がある」
「~~~~っ」
瀬能の顔が真っ赤に染まる。
何かを言わんとしているのは、開閉を繰り返す口からわかるが、それは僕には聞こえない。
しかし、普段と違う格好。
これは、期待してもいいのだろうか。それとも、最後だからと花を持たせてくれたのか。
先日の言葉から、少なくとも楽しみにはしてくれていると思うが。
いや。
瀬能に気取られないように首を横に動かし、余計な考えを振り払う。
いらないことを考えて、相手に気を使わせては本末転倒だ。
瀬能なら心配は要らないと思うが、やはり返事には素直な気持ちを聞かせてもらいたい。
成就するにせよ散るにせよ、だ。
「さて、瀬能。そろそろ行かないか」
「まったく、誰のせいだと思ってるんだ……」
赤らんだ顔はそのまま、瀬能が頬をふくらませる。
そして、大きく深呼吸をしてから一つ、気合を入れるように握りこぶしを胸の前で作った。
「――お待たせっ。それじゃあ、行こう」
連れ立って、僕たちは駅へと向かって歩き出した。
願わくば、初めてのであり次に繋がる待ち合わせであって欲しい。