第九話
昼休みの生徒会室には、先日カラオケに行ったメンバーが勢ぞろいしていた。
といっても、生徒会長である僕こと桐原進と副会長の井上深雪。
そして、現状では一方的に好意を向けている瀬能レイアだ。
まだ整理がついていないのか、先日に比べて微妙に席が遠い。
ふむ。
僕としては、どうにか好感度を稼いでおきたい。しかしあまりしつこくして嫌われるのは、本末転倒だろう。
そうだな。さりげなく存在アピールしつつ、邪魔にならずにかつ喜ばれそうなことだな。
弁当箱の蓋を開けつつ、室内を見渡す。
生徒会室に備えているものなど、そう多くない。だから、すぐにそこへ目が行った。
先代が置いていった電子ケトルと、僕が持参したお茶だ。
すぐに対面に座る瀬能、井上に向けるとそれぞれ特に飲み物を持参している様子はない。
ここにあるからな。わざわざ買ってくる必要はないだろう。
ひとまず、全員分にお茶を淹れるとするか。
そう思い、僕は弁当に手をつける前に立ち上がってケトルの側に行く。
「緑茶で良ければ淹れるが、飲むか?」
「あっ、お願いしまーす」
「えっと、ワタシも良いのか?」
「もちろんだとも」
水は十分に三人分はあるので、ケトルをセットして電源を入れる。
いかにすぐにお湯がわくケトルでも、電源を入れてすぐとは行かない。
それまでの間は待つのだが、そのあいだに茶葉を急須に適量、入れておく。
三人前ならば、だいたい大さじで二杯ほどか。
「にしても、生徒会室ってお茶まで備えてるのな」
「買ってきてもいいが、流石に出費がかさむからね。それならばと、僕が持参したんだよ。
お中元の品で、家でただ腐らせるよりも有益だしね」
少しずれたメガネを直しつつ、答える。
「へへぇ~、おかげでその分をゲーム代に回せるので助かっています」
「百円くらいだろ、そんなに足しにはならないんじゃないか?」
「流石に新品のは無理ですけどね。ゲームセンターでのワンプレイとか、ちょっと貯めてダウンロードで古いゲームを買ったり、使い道は色々ありますよー」
「へぇ。ゲーセンのならわかるけど、今はダウンロードでも買えるんだ」
なんだか、この間のカラオケあたりから瀬能と井上の距離が近い。
ううむ、まさかこのような所にライバルが居るとは……ここは、なんとか話の主導権を持ってこなければな。
とすると、おあつらえ向きにゲーセンの話をしているから過去話だろう。運が良ければ、井上が食いつきそうだ。
「ゲーセンと言えば、前に行った時も瀬能は上手かったね」
「あ~、まあな。やっぱ兄貴とやったりしてると上達もするよ」
「おやおや~。いつの間に、会長と瀬能さんは一緒にゲームセンターへ行くほどに親しくなられたので?」
ニマニマと、好奇に満ちた顔で井上が僕と瀬能を見比べる。
「別に、変なことはねえよ。普通にゲーセン行って、一緒にゲームして遊んだだけ」
さらっと、瀬能が答える。
まあ確かに、その時には何もなかったね。
「ふふふっ、ほんの数日前さ。もっとも『その時』は君が期待しているようなことは、なかったがね」
お湯が湧いたので、お茶を注ぎながら答える。わざと、その時のイントネーションを高くして。
「おおっ! その時ということは、別の時には何かあったんですね」
「おや、失言だったかな」
案の定、井上が食いついた。
「ばっ、てめっ!」
僕が何を言おうとしているのか察知して、瀬能が慌てて大声を上げる。
「と、このように顔を赤く染めるような事さ」
頬を染める瀬能を横目に、僕は二人の前に湯のみを置く。
僕は自分の分を持ち、対面に座る。
「ふむふむ。お二方の様子から察するに、キス的なっ?」
「ちげえって。そんなこと、知り合って数日でするわけねえだろ」
ぶすっとふてくされ、瀬能がそっぽを向く。
「それもそうですね」
自分でもありえないと思っていたのか、井上はあっさりと持論を引っ込めた。
「僕としては教えても良いが、瀬能が絶対に言うなと眼を光らせているのでね。ここは、黙秘させてもらおう」
鋭く眼を光らせる瀬能に向けて、肩をすくめてみせる。
隠すことでもないだろうに。が、ここは抑えておこうか。
「ふ~ん。どうあれ、隠さなきゃいけない事っと」
「そー言う見かたしないでくれよ」
「あははっ、ごめんね」
朗らかに井上は笑い、瀬能は少しだけご機嫌ななめと言った様子だ。
ただ、本気で嫌がっている様子は無さそうなのに安心した。
加えて、瀬能と井上の仲も上々か。これならば、友人も増えていくだろう。
以前ならば寂しかったが、今は狙うべき地位は別にあるからね。
「さて、昼休みは有限だ。そろそろ食べようか」
「そうな。だれかさんが余計なこと、言わなければ時間もかからなかったろうに」
「ほう、酷いやつだな井上は」
「いや、絶対に会長ですよっ!」
「何を言う。僕ほどに清廉潔白な男は、この世広しと言えどもそうそうにはいないぞ」
「そう言ってる時点で、うそ臭いがな」
「ふっ、力あるヤツが白と言えば黒でも白となるのだよ」
「極悪だこの人っ! 権力の犬!」
「失礼な。僕は権力に首輪をつけるほうだよ」
そんな和やかな会話で、昼休みは過ぎていく。