8、喧嘩と魔法
武器屋から出てきた時には日が暮れていた。
テンションはすっかり高かったのだが、店は飲食店以外は閉まっており、今からでは旅の準備も整えることができないので素直に宿に戻ることにした。
宿に戻って食事を取りながら、旅にはどんなものが必要なのかミリーに聞いた。
「そんなことも知らないの!? もう仕方ないわね」なんて呆れられたが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。
……ていうかミリーにはもう隠す恥も無い気がしてきた。
なんだかんだいって、ミリーは世話焼きのようで丁寧に教えてくれるのだった。
ミリーには頭が上がらない。
宿で一泊した次の日、俺達は旅の準備を整えていた。
昨日ミリーからみっちりと教わった、食料や旅に必需品と言われるものを揃えた。その他に買ったものがあるのだがそれはひとまず内緒だ。
ソードタートルが群生する場所はここから比較的近い森らしいが、それでも往復で2日はかかるらしい。準備はしっかりするに越したことはない。
準備が整った頃には日が真上に来ていた。どうやら正午のようだ。
ミリーと合流し、適当な酒場で昼食を一緒にとることにした。そこは夜は酒場、昼間は食堂といったような感じで使い分けているようだ。
俺はポウクの肉の照り焼き定食というものを頼んだのだが、まるっきりロース豚肉の照り焼き定食でした。ちなみに価格は銅貨3枚だ。ミリーはチキルのサンドイッチというものを頼んでいた。パンに肉が挟んであり特製ソースがかかっていて、それも美味そうだった。今度頼んでみよう。
昼食を食べ終わった俺達は休憩も程々にソードタートル退治に出発することにした。
理由は明日の朝早くでたとしても着く頃には夜で、明日出発しても今から出発しても、どちらにしろ野営をしなければならないからだ。
今からでたならば、明日の昼頃には着くだろうという計算だ。
街をでるとき門番に軽く挨拶をし、ついに本格的な旅が始まる。
「よーし! いってくるぜ……えーと……」
続けていいかけた言葉が止まる。
「……そういえばこの街の名前なんていうんだ?」
ズコーと音がなりそうなほど、ミリーは勢い良くこけた。
「あ、あんた今まで知らなかったの? まあ……あんたのそういう所、いい加減なれたけど」
赤くなってしまった顔をさすりながら、その原因を作った俺を涙目でにらむ。
「いやぁだって知る機会もなかったし、別に知らなくても特に問題ないだろ?」
「問題ありありよ! あんたのせいで顔が痛いわよ!」
「いや、それは勝手にミリーがこけただけじゃ……」
「うるさいっ! あんたのせいったらせいなの!」
「知らなかったんだから仕方ないだろっ」
門番が見守る中、俺達のどうしようもない低レベルな口喧嘩が始まったのだった。
そんな俺達を止めようと門番が近づいてきた。
「まあまあ恋人同士の痴話喧嘩はそこら辺にして……」
「恋人じゃないから!」「恋人じゃないわよ!」
見事にハモった俺たちの気迫に押されて退散する門番なのであった。
俺達は今、無言で街道を歩いている。
それも先程の喧嘩が原因だった。結局二人目の門番の人に止められるまでしょうもない口喧嘩をしてしまった。正直自己嫌悪である。
これから強敵と戦うというのにこんなことでいいのだろうか。
こうなってしまっては男から謝ったほうが解決は早いのだが、ここで謝ってしまってはこれから俺の立場がなくなってしまうのではないかという、男のプライドがその解決方法を取れずにいたのだ。
ミリーは相変わらずソッポを向いてしまっていて表情はわからない。
どうしたもんかと悩んでいたとき、
「ノウムラ」
突然そんな言葉が聞こえてきた。
無論言葉を発したのはミリーだったが、それが何を意味するのか咄嗟に理解できなかった。
「あの街の名前」
少し間があいたせいか、そう言葉が続けられた。
そこでようやく喧嘩の原因となった街の名前の会話の続きをしているのだということがわかった。
「あ、ああそうなのか、4つあると聞いていたんだが、ここがノウムラだったんだな」
「そうよ、この島には、東にシルフィリア、西にノウムラ、南にインフリード、北にウンディールがあるわ」
「そうなのかぁ」
「…………………………」
会話が止まってしまった。折角ミリーが話を振ってくれたのに、なんだかぎこちない気がして話が続かない。やはりここは素直に謝ろう。
「なあ」
「な、なに?」
ミリーはビクリと肩を震わせながらこちらを向くが視線は下げたままだった。
「あのな……なんだか聞いてばかりで悪かったな、その、ミリーが親切なもんだからついつい甘えちまったかもしれない、ごめん」
頭を下げて謝罪した。
するとミリーは慌てて胸の前で両手をぶんぶんとふり、
「わ、私も悪かったわよ…………その、言い過ぎました。会ってまだ2日しかたってないのに、そんな気が全然しなくて、昔からの友達のような感じで、つい乱暴な言葉使いになっちゃって……本当にごめんなさい」
そう言ってミリーも頭を下げる。
街道で二人して頭を下げる姿はとてもシュールなのではないだろうか。
しかしそんなことはどこ吹く風。やっと胸のつっかえが取れたのだ。
「よし、じゃあ改めてよろしくな!」
「ええ、こちらこそ」
俺達は拳と拳をコツンと当てお互いに意志を確かめ合う。
「……これからもいろいろ教えてくれよな?」
「それについては今度、別料金をきっちり請求するから覚悟しておいてよね」
どうやらそれとこれとは別らしい。とほほ。
――――日が沈み始めた時、「そろそろ野営の準備をしましょ」というミリーの提案により、その日の進行は終了となった。
進行状況は魔物と出会うこともなかったので、極めて順調だった。
あと2,3時間も歩けば目的地に着くようだ。
俺はミリーに言われ焚き木を集めていた。そして十分な分が集まったあとそれを指定された場所に運んできた。
「これでいいんだよな……しかし火はどうするんだ?」
「ふふふ、見ていてよね」
ミリーは得意げに言った後、
「ファイアーボール!」
そう唱えたと同時に焚き木に火がついた。
「おぉぉ! 魔法使えるのか! すごいな」
これが魔法か! パヨパヨのテレポートは一瞬だったので魔法の実感がわかなかったのだが、これは別だ。すごく魔法っぽい魔法なので感動だ。
「すごくなんてないわよ、これは火の初級魔法だから、誰にだって使えるわ」
そう言いながらもエッヘンと腰に手を当てている。したり顔だ。
「でもすごいぞ、俺は魔法なんて使えないし」
「え、そうだったの? でもランナーセラスを蹴りで倒したのって強化系の魔法だったんじゃ……」
強化系? 魔法はそんなのもあるのか。もしかしたら攻撃力が2倍になったり、守備力が1.5倍になったりするのだろうか。
「いや、俺自身よくわからないんだけどな……強化はできるっぽい」
まあ本当の原因はわかっていた。魔力はないから魔法の訳もない。しかしこの事は言うにはまだ早すぎる気がした。
そう告げるとミリーは一瞬複雑そうな顔をしたが、しかしすぐ元の顔に戻って、「ちなみにどれくらい強くなるの?」と聞いてきた。
「うーん、自分でもよくわからないんだがランナーセラスを蹴り倒せるくらいには」
実際はもっと強化できるだろう、だが自分の限界をわかってないので安易に答えることはできなかった。
「……もし本当なら相当上位の攻撃強化魔法が使えるってことになるわね」
「ミリーも強化系の魔法が使えるのか?」
「うーん、正確には防御強化魔法ね……そうね、少し魔法についてご教授してあげるわ」
「先生どうぞ宜しくお願いします」
ミリーは焚き火を枝でつつきながら、魔法について教えてくれた。
人間にも魔族や魔物と同じように属性はあって、それは遺伝によって決まるとか。ようは血液みたいなものと考えればいいようだ。
例えばミリーの場合、属性は『土』で主に防御強化魔法が得意だとか。
だけど先程ファイアーボールも使えたのは、両親が『火』と『土』の属性持ちだったからで、普通は自分の弱点の属性は使えないらしい。土属性の弱点は火だからだ。
魔法の才能がある人なら属性が弱点だろうがなんだろうがなんでも使いこなせるらしいが、そういう人は稀でほとんどの人は自分の属性の魔法だけで手一杯のようだ。
火=攻撃強化
水=癒し
風=素早さ強化
土=防御強化
大雑把に分類するとこれが一般的な属性の魔法らしい。
「でもね、人間で一番役に立たない属性は土だと言われているの」
最後にぼそりとミリーがそんな事を言った。そしてそのまましょんぼりと会話を続ける。
「ほら、人間って魔物にくらべたらとても弱い存在でしょ? 例え防御強化したとしても一撃食らってしまえば殆んど致命傷になってしまうのよ。それならスピードを高めたり、攻撃を強化したほうがいいでしょ」
そう言って手に持っていた枝を無造作に火に放り込んだ。たちまち枝には火が移り焚き火の一部と化した。
「まあ、嘆いていても仕方ないわ。それに土の攻撃魔法は極めればそれなりに強いのよ。風属性の敵は素早い敵が多いから剣での攻撃が当てにくくても、土の魔法なら弱点だから倒しやすくなるわ」
ミリーは自分の頭を指さし、「ようはここ次第よ」と言ってのけた。
そして、「今日の勉強はお終い」と言うと、その場にごろんと横になった。
「今日はもう寝ましょう。ここらへんは比較的安全だから大丈夫だとは思うけど、一応警戒しながら寝てね」
……警戒しながら寝るってなかなか難しそうなんだが、これもこの世界じゃ普通のことなんだろうな。
今日はぐっすり眠れないだろう。そんなことを思いながら俺も横になるのだった。
次の日、ミリーに叩き起こされた俺は、パンと干し肉の軽い朝食を済ませた。
今日はついにソードタートルが群生している場所にたどり着く。俺は気合をいれた。
ミリーもそう思っていたのか、長い髪を一つにしばりポニーテールにしていた。
――――すばらしいっ!
首筋からみえるうなじはとてもスッキリとした感じで、そこから見える輪郭もとても綺麗である。これほどのうなじはなかなかお目にかかれないだろう。
するとミリーキョロキョロと辺りを見回し、
「なにか嫌な気配を感じるわ、なにかいるかもしれないから気をつけて」
と俺に忠告をしてくれた。
ごめんなさい、それ多分俺です。
俺は心の中でミリーに謝り、うなじからそっと視線をそらした。