9、ソードタートル
「な、なんじゃありゃあ!」
「ば、ばか! 声大きいわよ!」
いや、だって実際にあんな馬鹿でかい生物を目の前にしたらそりゃ声もでかくなるわ!
遠目からみてもわかる、その大きさは優に20メートルは軽く超えてるのではないだろうか。いや、実際に近づいてみたらもっとあるかもしれない。
俺達はソードタートルが群生するといわれる森を数時間歩きまわり、ついにその姿を発見したのだった。
「で、どうするのよ」
「…………どうするというと?」
「だから、どうやって倒すのかって聞いてるのよ。剣で倒そうにも甲羅にはビクともし無いし、だからといって前に立ったら突進されて潰されてしまうわ。魔法だって私の魔法じゃ効かないだろうし……」
ミリーはそこまで言うと途端にしょんぼりしてしまった。
魔法で倒せないことをそんなに悔しく思っているのだろうか?
「いや、実は作戦は考えてあるんだ」
「本当なの!?」
まあ思いついたのは昨日の準備してた時なんだけどな!
武器屋を飛び出した時はぶっちゃけ勢いだけでどうにかなると思っていた。でもあとあとよく考えてみたら、素手で倒せる相手じゃねーだろという結論に至ったのだ。
「ああ、しかも昨日ミリーに魔法のことを教えてもらって更に自信がついた」
「もうっ! もったいぶらずに教えなさいよ」
「ふふふ、そう慌てるな。まずは準備しないといけないから、それをしながら作戦を話すよ」
そう言って俺は背中に背負っていた袋から一つの武器を取り出した。
「そ、それって――――斧じゃない! やけに大きな袋だと思ってたけど……」
ミリーは驚いたような呆れたような顔をしていた。
そうなのだ、昨日の旅支度の時、武器屋で斧を購入していたのだった。
――――俺達は狙う得物を見定めていた。
ソードタートルは基本大人しい魔物らしい。こちらを見かけたからといって急に襲い掛かってくることはない。
ただ攻撃をすると容赦なく襲ってくるらしい。
森の泉の縁で一匹のソードタートルを見つけた。
木と木の間から差し込む光を浴びて、どこか神秘的な雰囲気をかもしだしている。
しかし亀だ。実際はひなたぼっこでもしているのだろう。
大きさは15メートルほどだろうか? 大き過ぎもなく小さ過ぎもしない、手頃なサイズだ。
他のソードタートルもいなくて場所も広い。ここならば戦いやすいだろう。
俺達は一端その場を離れる。
手に斧をもち、近くにあった丁度よさそうな木を切っていた。
「まさか、あんたのその袋に入っていたのが斧だったなんてね」
「ふふふ、驚かそうと思って黙っていたのさ、それに道中に魔物がでたら手ぶらだと困るだろう?」
「そうね……あんた木こりにでもなったらどう?」
「それは勘弁だな、意外に木を切るのは難しい」
そんな会話をしつつ、これから始まるであろう戦いに向け気分は高まっていく。
俺は作戦をミリーに伝えた。目を見開いて、「そんなことできるの!?」なんて驚いていたが俺にはできる自信があった。
そして俺は切り倒した木を抱える。かなりデカイ。そしてぶっちゃけ重い。そりゃそうだ、一本丸々なのだから。
「力もちだとは思ってたけど……あんたのその力は天性のものなのね……」
魔法を唱えることなく大木を抱える俺を見て、ミリーは諦めたようにそうつぶやく。
――――泉に戻りソードタートルがいることを確認したあと、ついに作戦は決行される。
「いくぞ! ミリー!」
「わかったわ! あんたも気をつけるのよ」
俺は勢い良く飛び出しソードタートルの前に立つ。
武器は斧ではない。先程切り倒した木そのものである。
全身に力を巡らせる。そして両手で抱えた木をソードタートルに向けて横殴りに一撃をくわえた。
案の定ソードタートルはその一撃に驚いていたようだが、攻撃された事により俺のことを敵だと認識したようだ。
首を持ち上げ口を大きくあけ、こちらを威嚇している。
俺はその首めがけて木を叩き込んだ。
ぶっちゃけこれで倒せれば儲けもんだ。しかし現実は甘くなかった。
ソードタートルはその木に勢い良く噛み付いたかと思うと、そのまま木ごと俺を泉の中に引っ張りこもうとした。
やべえすごい力だ。さすがに水の中は不利だ。引きずり込まれるわけにはいかない。
俺は足に新たに力を加える。足が重くなり、力がみなぎってくるのがわかった。
「負けるかぁぁぁ!!!」
逆にソードタートルを引っ張る、まるで綱引きのように木を中心とした一対一の戦いの火花が散っていた。
お互い全く譲らず、ソードタートルも不動を貫いている。
しかし俺とソードタートルの力に、ついに木のほうが耐えられなくなってきていたのだった。
メキメキと音がなり、今にもちぎれてしまいそうだ。
――やばいっ! 力比べをしている場合じゃない!!
「ミリー! 今だっ!」
「遅いわよばかっ!」
ミリーは物陰から一気に飛び出し、一直線にソードタートルへと走る。
それはまるで閃光のようにソードタートルの頭へと吸い込まれていく。
「やったわ!」
ミリー渾身の一撃で剣はソードタートルの頭に深々と突き刺さった。
その時、俺達の勝利が決まった――――かのように思えた。
ソードタートルは亀とは思えない奇声を上げ、前足を大きく振り上げる。
――――ッ! まずいミリーがっ!!
俺は考えるよりも先に直感で走り出していた。
自然に足に力が集まり、そのスピードは音をも超える。
そのまま俺はソードタートルの振り上げた前足に拳を繰り出した。
爆音とともにソードタートルは想像を絶する衝撃を受け、数メートルをまるでムーンサルトを決めるかのごとく吹っ飛んだ。それは綺麗な弧を描きそのまま地面に激突する。
ソードタートルはひっくり返った状態のまま動かなくなっていた。
ミリーはなにがなんだかわからないといった顔でボー然とその様子を見守っていた。
――――俺はソードタートルが絶命していることを確認し、頭に突き刺さっていた剣を抜いた。
よかった、折れてはいないみたいだ。
「ほら、ミリー」
俺は未だにぼーっとしているミリーに向かい剣を差し出す。
「ああ……うん、ありがとう…………ってなによそれ! 一体なにがどうなってるの? なにあの力! 攻撃強化にしては強すぎるしそれに――――ッ!」
「いやわかったから落ち着いてくれ!」
興奮して俺に迫ってくるミリーをどうにかなだめようとする。
ミリーは我を忘れているのか、あと数十センチで顔がくっつくほど近くまで迫っていた。
――顔近い! 近いから!
悪い気分ではないのだが、このままではミリーが我に返った時、俺もソードタートルの二の舞になってしまいそうな雰囲気だった。いやきっとそうなるに違いない。
そして数分後、ミリーはなんとか俺の話に耳を傾けることができるくらいには落ち着いたのだった。
「よし、それじゃ仕切りなおして……ソードタートル倒せたな! いえい!」
俺は手を掲げハイタッチのポーズをとる。
ミリーはしばらくジト目でその手を見ていたが、渋々といった感じで拳をちょこんとぶつけてきた。
「なんだかモヤモヤするけど……とりあえずソードタートルは倒せたのよね?」
「そうだ。ミリーのおかげでな」
「……あんた一人で倒せた気がするんだけど?」
「そんなことない、致命傷はあの頭への一撃だ」
実際その通りだった。
俺が木でソードタートル注意を引き、噛み付かせて頭を無防備にする。そこをミリーが一撃で仕留めるといった作戦だった。
なにより作戦を強固なものとしたのが、ミリーの防御強化の魔法だ。
木にその魔法をかけ、壊れにくくしたのだ。
あの魔法がなかったら噛み付かれた途端に砕け散っていたかもしれない。
「それになんて言うかな、最後のあの一撃は火事場の馬鹿力というか……自分でも驚いているんだよ」
「ふーん、でもあんたの力ってほんと不思議ね。魔法だとも思えないし」
「まあ自分でもよくわかってないんだ、ミリーが気にすることじゃないさ」
「気になるわよ! てかあんたはもうちょっと考えなさいよね。自分の力なんだから」
「追々な」
俺は改めてソードタートル見つめ、感慨無量な想いを抱いていた。
同じように見ていたミリーが、はっと何かに気がついたかのように俺の方に振り返った。
「これ、どうやって持って帰るの?」
…………うん、帰りのことなんて、まったくこれっぽっちも考えてなかったな。
「まあ……気合かな?」
「そっか、頑張ってねカガミ」
「手伝ってくれないのかよ!」
「私がこんな重い物持てるわけないでしょ!」
――――このあと、まる4日かけノウムラの街に戻ることになるのだった。