3】席をめぐる攻防
加奈はワンピースの裾を軽くつまみ、左右に広げる。
スカートはやわらかく広がり、そのシルエットはとても優雅だ。
その場の雰囲気は“優雅”とは大分かけ離れていたが……。
「今日は思い切ってワンピースにしてみたの。どう、見違えた?」
得意気に小林に尋ねる加奈。
―――見違えるどころか、アンタの脳みそを疑いましたよ。
そう心の中でつぶやく小林。
しかし、そこは接客のプロ。
心の声をまったく顔に出さない。
「そうですね。とてもよくお似合いですよ」
多少ぎこちないながらも、にっこりと微笑んだ。
そんな小林を見て、加奈の後ろでママたちが何か言いたそうだ。
―――小林さん!どうして、そのふざけた黒いマスクの事を突っ込まないの??
自分たちでは加奈に言えないことを、小林に託す。
しかし、その想いは届くことなく……。
結局、何事もなかったかのように小林は仕事に就く。
「では、ご案内します」
いつも通りのそつない仕草で、加奈たちを席へと案内。
至近距離で暗黒マスクと対面しても倒れなかった小林の精神力は、本当に素晴らしい。
あのヨーダすらも上回るだろう。
彼女ならば、宇宙に平和をもたらしてくれるかもしれない。
案内されながら、加奈が言った。
「出来れば窓際がいいなあ」
さり気なく席の指定をする。
「えっ?窓際ですか!?」
迷わず店内最奥の席に押し込もうとしていた小林が、思わず驚いた声を上げた。
「うん。外が見えるのって、開放感があっていいよね」
『能天気チャンピオン』の加奈。
この状況を一切気にも留めず、あっけらかんと言ってのける。
まぁ、自分で今の格好をおかしいと思っていないから、仕方ないのかもしれないが。
「そ、その。本日、窓際の席はちょっと……」
苦笑いをしている小林の目は“ふざけんなっ”と物語っている。
「え~。 何で窓際はダメなの? 今、空いてるじゃないですか」
加奈はなかなか引き下がらない。
「そ、それは……」
適切な断りのセリフが出てこない小林。
そこへ、ママさんたちが加勢する。
「ゆうママ、奥の方が落ち着くわよ!」
「そうよ。絶対奥がいいと思うわ!」
「いつも窓際だから、たまには奥にしましょうよ!!」
ママさん達が加奈を説得する。
―――こんな怪しさ満点な奴を、外を歩く通行人にさらすわけにはいかないわ!
彼女たちの思いは一つだった。