15】農婆パニック
無事に治療も終わり、本人と担当歯科医以外を大混乱に陥れた歯医者を後にする加奈。
何食わぬ顔で自転車にまたがり、颯爽とスーパーへと向かう。
もちろん、ダースベーダー・フルバージョンで。
昼下がりということもあって、散歩や買い物に向かう人々が道を行く。
そこへ、
「チリン、チリン♪すいませーん。通りまーす」
可愛らしい女性の声と共に、通り過ぎて行くのは悪の帝王。
ちなみに。
『チリン、チリン』というのは加奈自身が言ったものである。
ベルが壊れているらしい。
(だからって、口で言うなよ!!)
唖然とする人々の波をかき分け、自転車は快調に進む。
風を受けてコートをひるがえし、軽やかにペダルをこぐ加奈。
時折「チリン、チリン♪」と繰り返す彼女はあまりに突っ込みどころ満載で、どこから突っ込んでいいのか分からない。
5月の爽やかな風に代わって、ドンヨリとしたなんとも言えない空気が流れる午後の事であった。
「今夜のメニューは何にしようかなぁ」
加奈は家に残っている食材を思い浮かべる。
「ん~。あ、ひき肉が残ってたから、ロールキャベツにしようかな。よし、キャベツを買いに行こうっと」
自転車をスーパーの駐輪スペースに停めた。
タイミングのいい事に、いきつけのスーパー店頭で農家直送の野菜が販売されている。
周りに誰もいないので、加奈はじっくり時間をかけて品定めを始めた。
持ち上げて重さを比べてみたり。
切り口を見て、新鮮さを判断したり。
キャベツをおでこに当ててみたり。
(……それでキャベツの何が分かるんだ?)
10分ほど迷った結果、積まれている中から手ごろな大きさの物を選ぶ。
「これが一番良さそうだな。よいしょ」
むき出しのキャベツを頭に載せるダースベーダー。
怖がっていいのか、笑っていいのか、判断に困る。
「えと、レジは……」
加奈は辺りを見回す。
すると、売り場の端に、この野菜を売りにきた農家の人がいた。
スタスタとその人物に歩み寄る。
「すいませーん。このキャベツくださーい」
「ひいっ!!」
そこにいた山田キヨさん(推定年齢79才)は、突然現れた暗黒マスクを見て腰を抜かしてしまった。
「あわわわわっ」
入れ歯がはずれそうなほど慌てふためくキヨさん。
「大丈夫ですかぁ?」
キヨさんを気遣って、加奈は声をかけた。
「どうかしたんですか?」
(どうかしているのはお前の頭だよ、と言ってやりたい)
自分のことをまるで分かっていない加奈。
親切心で歩み寄り、尻もちを付いたキヨさんの手を取って立たせようとする。
「ひぃぃぃ!!」
ますます怯えるキヨさん。
全身真っ黒の加奈は、キヨさんにとって死神に見えたのかもしれない。
何度も何度も
「あの世からお迎えが来た……」
と、繰り返すキヨが気の毒だ。
本当に余計な事しかしない加奈である。