14】二本目のソウルセイバー
倒れた事務員に駆け寄る数人の職員。
「大丈夫!?」
「山川さん、山川さん!!」
抱き起された事務員の山川はぐったりとしていて、とても自力では立てそうにない。
目を回した彼女は、うわごとのように『ダースベーダーが攻めてきた……』と繰り返していた。
かわいそうに。
おそらく当分の間はうなされ続ける事だろう。
まったく、もう。
余計な事しかしない加奈である。
いっこうに目を覚ます気配のない山川は、奥の休憩室へと運ばれていった。
そんな様子を見ていた加奈は
「貧血を甘く見ちゃいけないぞ♪」
と、ウインクをしながら呟いた。
もちろん、そのウインクはマスクによって見えなかったが……。
受付を済ませた加奈は、近くにある長いすに腰を下ろした。
すると、すぐ後ろの席でぐずっている赤ちゃんの声を耳にする。
「もうすぐお姉ちゃんが来るからねぇ。いい子だから、我慢してねぇ」
どうやら、その赤ちゃんの姉に当る子が治療を受けているらしい。
母親が胸に抱いて優しく声をかけたり、高い高いをしたりして色々あやしていた。
しかし、泣き止みそうにない。
そんな様子を背中で感じていた加奈。
―――私の出番だ。実は子供をあやすのが得意なんだよねぇ。
小さく微笑んだ加奈は、
「いない、いない、ばーっ!」
と言って、勢いよく振り向いた。
「ふぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
とたんに顔を真っ赤にして、火をつけたように大声で泣き出す赤ちゃん。
けたたましい泣き声が、ロビー中に響く。
母親は赤ちゃんをかばうように胸に抱いて、その席を急いで離れていった。
「なによ。せっかくあやしてあげたのに、失礼しちゃうわね」
プンプンしながら前に向き直る加奈。
(そんなマスクをつけたまま、いきなり振り返るお前こそが失礼である)
不本意とはいえ、赤ちゃんを泣かせてしまった事で、加奈は更に注目を浴びてしまった。
再び好奇の目が彼女に集まる。
―――まったく、何なのよ。みんなして見てきてさ。
少し頭に来ていた加奈は、ロビーにいる人たちをジロリと睨みつける。
無言だと言うのに、暗黒マスクをつけているというだけで、異常なほどに漂う威圧感。
大人も子供もあわてて視線をそらした。
―――そんなに私の顔が変だっていうの!?
(変なのは顔ではなく、そのマスクだ)
気を取り直し、ラックから雑誌を取り出して読んでいたところへ、
「か、か、川田さん。2番の診察室へどうぞ……」
歯科助手がビクビクしながら声をかけてくる。
「は~い」
丸めたコートを脇に抱えて、加奈は中へ入っていった。
「失礼しまぁす」
加奈は診察台の上に横になる。
暗黒マスクをかぶったままで。
「い、今、先生来ますから……。あ、あの、少々お待ちください……」
水の入ったコップを置いた歯科助手が、逃げる様にその場を後にした。
しばらくして、誰かがやってくる足音。
「こんにちは」
隣りの診察室とを仕切っているカーテンが開いて、顔を出したのは担当歯科医。
腕がいいと評判の、ここの院長である。
腕以上に、顔がいい事でも評判だったりする。
35歳、独身。
長身でスレンダー。
最近ハマっているのは、ポニーで乗馬。
(……微妙にかっこ悪い)
入って来るなり、唖然とする歯科医師。
歯医者のクセに無駄なほどイケメンの顔が固まった。
(いや、別に、歯医者がカッコよくても何の問題もないが)
「……川田さん。何ですか、その格好は?」
衛生帽とマスクの間からのぞく切れ長の目が、冷ややかに加奈を見下ろす。
「えっ?!普通のワンピースですけど?」
加奈は首を傾げて、返事をした。
「この服、変ですか?」
「いえ、服ではなく。その、とてつもなくふざけたかぶり物ですよ」
優しげな風貌とは裏腹に、その口調にはかなりのトゲがある。
(まぁ、こんなマスクを着けている奴に優しくする気は起きなくて当然である)
それでも加奈は思い当たらず、しばらく考えていた。
―――かぶり物、かぶり物……。
ハッと気が付いた加奈は、ポンと手を叩く。
「ああ、これですかぁ」
そう言って、マスクの頬の辺りに手を添えた。
(すぐ、気付け!!)
「これ、花粉対策用のマスクです。すっごくいいですよ~♪」
「そんな事どうでもいいですから、さっさと外してください。治療が出来ません」
ものすごく冷静な対応の歯科医。
ここにもサイゼ〇アの小林並みの強靭な精神力を持つ者がいたとは。
よし。
彼にもソウルセイバーを与えよう。