12】凄腕歯医者
「到着~♪」
キュッ、とブレーキをかけて自転車をとめる加奈。
歯医者の外壁に設置された時計を見る。
「うん、ちょうどいい時間だ」
黒いコートをひるがえし、ご機嫌で自転車から降りた。
この時期。
普段は自転車に乗る事はおろか、ほんの少し外出しただけで花粉の攻撃を受ける。
くしゃみ、鼻水、涙が止まらず、果てには頭痛までしてくる始末。
しかしこの暗黒マスクのおかげで、それらの症状がまったく出ない。
「もう、これは絶対に手放せないね!」
加奈は花粉のシーズンが終るまで、なんちゃってダースベーダーを通す事に決めたようだ。
迷惑極まりない。
ママ友さんたち、哀れなり……。
さて、こちらは歯医者のロビー。
順番待ちの患者さんが多数いた。
入り口付近のソファーでは、治療を待つ女性患者2人が話をしている。
「ここの歯医者は腕がいいって評判だから、混むのよねぇ」
その女性が言うとおり、小さな個人歯科医院の割には患者が絶え間なく訪れる。
「ホント、いつ来ても予約でいっぱいだものね。 結構遠くから通ってる人もいるらしいわよ」
「へぇ。遠くってどのくらいかしら?」
その時。
2人の背後にある自動ドアが開き、誰かが入ってきた。
気のせいか、ロビーの空気の温度がいくらか下がった気がする。
全員が何気なくそちらに目をやった。
視線の先にはゆらりと動く、黒いシルエット。
ばばーん!
ダースベーダー、華麗に登場!!
―――ええっ!?宇宙からも通院!?
その場にいる誰もが固まった。
―――ここの歯医者の評判はどれだけ広まっているのよっ?!
そんな歯医者が頼もしくもあり、恐ろしくもあり……。