10】オールブラック・クレイジーウーマン:前
ママさんたちの祈りが通じたのか、
(いや、単に歯医者の予約時間が迫っただけだろう)
グリーンワンピース・ダースベーダーは、いつの間にかそこからいなくなっていた。
しだいに落ち着きを取り戻してゆく店内。
「はあ、やれやれだわ」
「なんか、どっと疲れちゃった」
「本当よねぇ」
「さ、ここからはゆったりと食事を楽しみましょ」
「そうね」
それぞれ好みのメニューを注文し、世間話をしながら料理が出てくるのを待っている。
彼女たちの顔に不安げな陰は一切なかった。
その頃の暗黒マスクは、と言うと……。
「私に気付かないほど、あんなに熱心にメニューを見てるなんて。みんな、よっぽどお腹空いていたんだね」
よもや『自分と目を合わさないようにしていた』などとは、露ほどにも思っていない加奈。
脳天気街道を爆走中である。
(加奈の呼吸音が邪魔になったので、省略させていただきます。ご了承ください)
ポテポテと歩く加奈の足が不意に止まった。
「歯医者の後に買い物したいなあ。野菜とか重いから、家に戻って自転車を取ってこよっと」
そう呟いて、家に向かって駆け出す加奈。
この後、彼女が誰にもすれ違わなかったことが、あのママさんたちにとって再び恐怖へと突き落とすことになるのだった。
「ワンピースだけだと、なんか肌寒いなあ」
自宅アパート着いた加奈。
自転車に乗ろうとして、ポツリともらす。
「でも、いちいち部屋にあがって上着を取ってくるのも面倒だし。このままでもいいか」
と思った時、ふとあることに気が付いた。
「そう言えば、玄関にパパの薄手のコートが置いてあったっけ。それ借りちゃおう」
加奈はアパートの駐輪場から部屋へと向かう。
玄関を開けると、靴箱の上には小さくたたまれたコートがあった。
それに袖を通し、前のボタンもきっちり留める。
「丈が長いけど、ちょっと出掛ける間だけだから我慢しよっと」
背の高いパパのコートは、小柄な加奈の足首までスッポリだ。
「靴も履き替えちゃおうかなぁ。やっぱり、履きなれないパンプスだと足が痛いや」
そう言った加奈は、普段から履いているショートブーツに足を入れる。
ちなみに……。
コートの色は黒である。
ショートブーツの色も黒である。
暗黒マスクと同じく、どちらも真っ黒である。
今ここに、完全体のダースベーダーが誕生した。