1】暗黒マスク、見参!
「今日はママ友達とランチだあ~♪」
久々のお出かけにウキウキの加奈。
最近の加奈はひどい花粉症に悩まされ、気分が沈んでいた。
そんな彼女にとって友達とのランチは、良い気分転換になるだろう。
「何を着ていこうかなあ。たまにはワンピースでも着てみるかな」
加奈はおととい買ったばかりのワンピースに袖を通す。
五月晴れの今日にふさわしく、爽やかなライトグリーンのワンピースは彼女によく似合っていた。
大きな鏡の前に立ち、自分の姿をチェックする加奈。
「うん、いい感じ。私だって、可愛らしい服が似合うんだから」
くるりと回ってみせる彼女の顔は満足そうだ。
「ワンピースなんて、いつ以来だろう」
やんちゃな男の子を2人持つ加奈。
普段は動きやすいようにと、トレーナーにジーンズという服装が多い。
ちなみに。
先日、ジーンズのファスナーで腹の肉を挟んだことはみんなに内緒である。
長男のゆうは小学校。次男のコウちゃんは、仕事が休みであるパパとお出かけ。
久しぶりに一人きりの外出とあって、加奈は本当に嬉しそうだ。
肩に付く長さの髪を丁寧に巻き。
ワンピースに合わせて、普段よりも可愛らしいメイクをする。
「たまには主婦も羽を伸ばさなきゃ♪フフフ~ン♪」
浮かれて、鼻歌の1つも出るというものだ。
しかし。
なぜこんなご機嫌な時に『ゲゲゲの鬼太朗』をチョイスするのか?
しかも。
「朝は寝床でぐ~、ぐ~、グーーーッ!!」
両手の親指を立てて、グイッと前に押し出す。
合間に今となっては懐かしいエドはるみの物真似までする始末。
鬼太郎はそんなにテンションの上がる歌か?!
彼女のセンスには謎が多く、20年近い付き合いのあるみやこにも分からない。
分かろうとも思わないが……。
ご機嫌で支度を済ませた加奈が、チラリと時計に目を向ける。
「さてと。そろそろ行かないと、待ち合わせに遅れちゃうね」
携帯電話や財布をバッグに詰め込み、玄関に向かった。
ワンピースと同色のパンプスに足を通す。
ドアノブに手を伸ばした加奈が、ふと、振り返り室内を見回した。
「ええと、電気は消したし、ガスは止めたし。忘れ物はないよね?よし、OK!」
加奈がドアノブに手をかけた。
が、扉を押し開ける手が止まる。
「……あ、いけない!大事な物を忘れてた!!」
外出時、必ず何かしら忘れるのが彼女の常だ。
さすが、『ミセス・おっちょこちょい』。
だが。
大事なものなら、忘れないでほしいものである。
加奈は急いで部屋に戻った。
あまりにあわてすぎて、クツを脱がずに部屋に上がってしまう。
『ミセス・おっちょこちょい』に続いて、『うっかり女王』の称号も授けよう。
『腹肉はさみクイーン』の称号もいるかい?
リビングのテーブルには加奈の目指すモノが置かれていた。
「今の時期、コレを忘れたら駄目だよね」
置き忘れていた“モノ”を装着し、再びばたばたと玄関に向かったのだった。
その頃。
待ち合わせ場所の公園の入り口では、5人ほどのママたちの姿。
加奈の長男ゆうと、同じクラスの子供を持つママさんだ。
時折こうして集まっては、ランチやお茶会を共にする仲良しママさん達。
「ゆうママ、どうしたんだろう」
「いつもは最初に来てるのにね」
「遅刻なんて、珍しいわ」
五人はまだ来ていない加奈を心配している。
そこへスカートを軽やかにひるがえし、駆け寄ってくる加奈。
「ごめぇん。待ったぁ?」
彼女の声に、ママさん達は振り返る。
「ゆうママ、遅いじゃない……!?」
向こうから走ってくる加奈の姿を見て、一斉に言葉をなくすママさんたち。
その様子を見て、加奈は一人微笑む。
―――ふふっ。私の女性らしい格好に驚いているんだね。
「お待たせっ。支度に手間取っちゃってさ。ごめんね」
加奈はみんなにペコリと頭を下げた。
そして顔を上げた加奈は、まだ絶句しているママさんたちを見て、嬉しそうに笑う。
―――フフッ♪このワンピース、なかなか似合ってるでしょ。
くすっと笑う加奈。
……が。
その笑顔はダースベーダーマスクの下にあったため、実際に見ることは出来なかった。