表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

勇者の選択 ~ある世界の終わりと、すべての始まり~

掲載日:2026/06/06

 世界樹と一体化し第3形態に変異した魔王も、絶え間なく加え続けた飽和攻撃には耐えきれなかった。


 魔王細胞が制御を失い暴走を始めると、あっという間に魔王本体への侵食が進んでいく。


 断末魔。怨嗟の悲鳴を残し魔王の間の闇色の床に倒れ伏した。その巨体は今、漆黒のチリと化し空間へと溶けて行く。


『やったか!』


「それ、言うなし!」


 勇者の鎧専用アシスト、魔導知能Ver.2.0《ニ・オー》のフラグ立て発言に勇者の突っ込みが炸裂した。


 異世界生活25年……いや、盛りすぎた。約3年、やっと成し遂げられようとしている全人類の悲願。


 経験値システム・身体制御コマンド・回復と成長、諸々の(ロジック)、この世界の仕様を解析(ハッキング)し効率的な身体強化(レベルアップ)体系を確立。


 国家・異種族間連携と利害調整に一番時間を食われたっけ。


「とりあえず魔王を倒してから考えよう!」を、合言葉にして。問題を都度先送りしながらだましだまし引っ張ってきたのだ。


 世界賢者ネットワークによる推論検証を重ねて、有力なアイテムの収集手順計画を策定。

 国家横断で編成された“勇者支援部隊”へのアウトソージングにより、ユニーク・アイテムの高速回収と消耗アイテムの安定供給が可能となった。

 同ネットワークにより決戦場所及び魔王の戦闘強度を推定。

 安全最適かつ確実な攻略プロセスを立案し、幾度もシミュレーションを重ねた。


 魔王城の座標がこの世界を支えるという世界樹の座標と重なった時には、世界中の賢者集団が愕然となった。

 しかし『次元の位相をずらして同時存在させうる』との推測にたどり着けば敵推定戦力を上方修正すれば済む。事前に他次元攻撃を予測できたのは逆に僥倖だったと言えよう。


『形態進化も2段階だけってのは拍子抜けだったな、予備装備・消耗アイテムともに丸々もう一戦分は残ってるぜェ』


 魔導知能Ver.2.0《ニ・オー》の言葉に勇者も頷く。


 ステータス上げすぎて表記が ?抵シ包シ とかなったときは焦ったけど、今となっては些末なこ……。


 ――――――ゴうっ!ゴゴゴゴぉン!!


 強烈な振動と共に魔王城の床が崩落を始めた。

 魔灯は不規則な明滅を繰り返し、辺りには土埃とその臭いが舞い漂う。


「計画通り」


 たたらを踏みながらも思わず口端がにやりと持ち上がる。


 魔王死亡と共に世界樹の免疫機構が活性化したのだ。

 次元の狭間に魔王城基底部を固定するために、ガン細胞の様に擬態していた魔王細胞を正しく異物として認識し始めたため、世界樹自身が排除しようとしている。

 当然の結果だ。


 普通なら魔王城の崩壊は世界樹の破壊と連動し、世界の壊滅を招くプロセスを辿るはずだった。だが、シミュレーションにより対策はばっちりだ。


 今、全世界中の魔力保持者たちが、各地に分散した核魔導士(コア)を通じ、連携魔法陣経由で世界樹の守り手ハイランド・エルフ旗下数万のエルフ達に魔力を転送。

 変換された癒しの魔力を世界樹に注ぎ込み、世界樹の破壊から世界の壊滅を招く一連のプロセスを抑え込んでいる。


 世界樹下で魔力を放出するエルフ達の頭上に落ちてくるとシミュレーションされた魔王城の破片の排除は、エルダードワーフ王の指揮の元で数十万人のドワーフ技師団が突貫で揃えてくれたハイパードローン数万機が受け持ち。

 細かい砂礫も守備に特化した人類連合騎士団“大楯軍団(グレーターシールズ)”と、各自の鎧に装備された魔導知能による自動危険排除システムが管理する汎用戦略ドローン《ウィンネル》が完全に皆を守る。


「完璧だ」


 一人でドヤっていると。


『さっさと脱出シークエンスを進めろっしゃ』


 魔導知能Ver.2.0《ニ・オー》のボヤキが炸裂した。


「へいへいw」


 《ニ・オー》が管理する”勇者の鎧”専用ドローン(つまりお高い)《リィン・ウィンネルGs》は2機もあれば無事に地上へ連れ戻してくれる。


 ドワーフ王謹製の《リィン・ウィンネルGs》。

 用意して貰った千機のほとんどは魔王にたどり着くための雑魚掃除で失われてしまった。

 この事実をドワーフ王が知ったらショックで泣き崩れるかもしれないw。

 しかし、ここまで苦楽を共にしたパーティの仲間達の安全を期し、勇者単独で魔王を撃破するためには必要な犠牲だった。反省はするが後悔はしていない。


 魔王の特殊攻撃であるレジスト不可の洗脳魔法に対抗するには、コレが最良だったんだヨ、すまんかったドワーフ王。


 そして今、万感の思いを胸に、魔王の間を立ち去……。



 ……おぃい。何だろうかこの違和感。


 勇者の第六感が何かを告げている。



 最後の状況確認よろしく、再度溶け崩れゆく魔王の残骸に目を向ける。


 軽く両手を合わせ、黙祷。


 伏せた目を上げた。


 見えた。


 刹那。


 それは



 ――少女の亡骸。



 世界樹と溶け崩れた魔王の残骸との間に残された。


 知っている。


 ワタシハ。


 アノ少女ヲ知ッテイル。



 全身から抜ける力。


 膝が地面を打った。


 お・う・じょ……さま?


 魔王が?


 王女…… ワタシは・何を・ヨミ・間違えタ?



『魔王の核に本物の王女が取り込まれ、世界樹との融合を実現する触媒とナ?ていタ――――』

 魔導知能Ver.2.0《ニ・オー》の推論が遠くに聞こえる。



 ……との隙間から、みるみると溢れいずるる、


 くるくうるうる奔流の光渦――



 そのとき世界は、はじけた。



 ◇◆◇



「なぜこんな終盤まで気が付かなかったんだ? ズレ始めだったならまだ修正できたはずだろうに……」

 管理部長は力なく呟くと、自席の床にその巨体を横たえた。


 間接照明を灯した管理局の一空間。

 現場責任者達における緊急対応が進められていた。


 同チームリーダーは忙しく前足の先の鎌を動かし、周囲の空間に投射された情報群を取捨しながら有益と思われる情報を逐次ピックアップ。

 複眼で構成される彼の視覚はこういったとき便利そうだ。


 現況の確認と同時に情報をすり合わせ状況報告を始めた。


()()()()の管理者の基本設定に欠陥があったようですね。それを隠ぺいするために一人で修復プログラム(パッチ)を当てていたのかと、でも現実逃避でもしていたのですかねぇ……中途で放置されています」


 きらりと複眼が視線を投げる、部長は片手でこめかみを抑えながら続きを促した。二股に分かれた舌の先が、口の端から力なく垂れさがる。


 連日の徹夜と休日にも出勤し対応していたらしく、同僚が本日の出勤時に管理端末の前で涙を流してうずくまっている本人を見つけた。

 その時点でこのトラブルが発覚した。


世界核(システム・コア)へのアクセスコードが書き換えられていて、人海戦術でのリアルタイムパッチでの対応も取れない状態でした。同僚たちの出勤前に担当世界が自壊していれば、初期化した上でログ消去、再構築して顛末書提出ぐらいで済まそう。とでも考えて居たんじゃないですかねぇ……」


 そこから先は医療機関へ搬送された本人に裏を取らなければ事実関係は判らない。  

 が、部長もおおむねこの優秀な部下の見立ての通りだろうなと思っていた。


「それにしても今回は世界(システム)へと召喚した異世界個体(テスター)が優秀すぎました、次から次へとシステムのバグを突かれた様子で……」


 リーダーは肩をすくめた。流石に少しは同情心もある。


 どの道、上層部から叱責を受けるのは管理部長。その次に自分だ、必要以上に部下たちのモチベーションを下げてもいいことはない。


「停滞した世界(システム)に変革をもたらす為の召還個体(テスター)だよ、本来は優秀なぐらいでちょうどいいはずなんだがね」


 勤怠管理とメンタルケアをもう少し厳密にやるべきかな?

 そちらは上に掛け合って何とかしよう。

 済んだことは仕方が無いとはいえ流石に気は重い。

 折角自然発生した数千億もの生命個体を削除してしまうなど、何度もやりたいものではない。


「リーダー、制御不能世界終息プロセスに基づいて残りの処理を頼む。報告用のデータと再利用可能な素材(マテリアル)を回収して……」


 部長は一度言葉を切った。


世界(システム)初期化(リセット)してくれ……」


 管理部長は『携帯用消化器官補修カブセル』通称”苦虫”を口に放り込み。

 ぐぎり。と、かみつぶした。



 ◇◆◇



 世界は全ての音を失い。


 全ての(とき)は停まっていた。


「なん……だと……?」


 勇者はその場にへたり込んだ。


 ガシャリと音を立てる勇者の鎧。


 魔導知能はうんともすんとも音を発しない。

 故障なのか? それともこの世界から音声というものが消失してしまったのか。


「《ニ・オー》? 状況確認可能か? 《ニ・オー》!」


 問いかけても反応はない。


 網膜投射インターフェイスも機能していない。魔素(マナ)コンバーターによるパワーアシストも、だ。


 こうなってしまっては勇者の鎧システムも動きを阻害する重りにしかならない、手動操作で排除(パージ)する。


 システムリンクされたドローン達も全機停止中……()()()()()()()()()()()している。


 空中から熟れた木の実をもぐように手にとったそれは、質量こそドローンのままではあるものの。


「時間魔法の停止デバフがかかった状態……なのか?」


 時空系魔法自体はこの世界では取得可能ではあるものの、すこぶる燃費の悪さから採用しなかった。


 少なくとも自分の視界の範囲すべての物体を延々と停止させておくための総魔力量たるや——べらぼうなものになるはずだ。


 !


 気配。


 左後方に何かを感じ、聖剣を構え正対する。


 ?


 空間に四角く黒線が染み出し。


 扉?


 その形、大きさはまるで転移する前の世界によくあった、自動扉のようではないか。


 ぽん!


 軽く乾いた音と共に一段手前にずれた空間の扉は、シュぃ……ンと、横にスライドした。


「あ……」


 目が合った。


 実際には勇者から相手の目は見えなかったのだが。


 なぜなら、空間の扉の向うから現れたのは。

 頭全体を覆う黒頭巾をすっぽりと被り、黒の作務衣に身を包んだ——。


「くろこ?」


 元の世界で、お芝居の最中に『そこに居ないことになっている人』である所の『黒子』が現れた。


 黒子はしばし固まり、両手の平を軽く掲げ勇者に自分が無手であることを示す。


 もちろん、相手が無手だから安全だと考えるほど甘い世界で生きて来た訳じゃあない、が。


 不戦の意を示す相手に、いきなり切りつける程の慮外者でもない。と、自分では思っている。


「えーと……」


 互いにどうしたものかと暫くの膠着。


 やがて、黒子の背後が賑やかになってきた。


「Hey! マぁーック! 面倒くさいからってぇ、外部確認手順を端折るんじゃぁ……ね……」


 ウェイウェイ。と、コンビニ前(たむろ)集団か。


 黒子の背後からまた黒子。


 黒子2号である。


 1号の背中越しに黒頭巾と目(?)が合い、同じく硬直した。


 まずい。このまま黒子が増殖して行くとなると、多勢に無勢で押し切られる可能性も考えねばならない。


 ひやりとした汗が勇者の背中を流れる、同時に黒子2号は明かるげに柔らかく語りはじめた。


「KhAaaaa……haaa……Aぁあー――てST、テス——敵対の意思はない。説明すると長くなるんだが、信じてくれる?」


 小首を傾げた。


 軽っル。


 友達と『飯食いに行こうぜ』的なノリで言われても……。


 だが、少なくともいきなり戦闘にはなりそうにない。


 聖剣の剣先をゆっくりと下す。


 ――見る人が見れば、正眼から下段に構えを変えたとも言うのだが。


「オッケ、説明の前にこっちの仕事を先に片づけてもいいかナ?」


 視線は勇者へ向けたまま切らず。口頭だけで黒子2号は1号に向けて話す。


「私は異世界難民保護プログラムに入る、今回のリーダーは君に一任する……大丈夫……もう何回もサブこなしてるだろ? 管理権限はB+まで許可するヨ? できるよな——ってか、や・れ」


 最後、少し声が低くなり、1号の体が小刻みに震えた気がするがそれは見なかったことにする。パワハラだぞ2号。


 とにかく2号の方が力はあるらしい。(ワザマエ)は1号の方があるのかは知らない。



「さぁて……少し河岸を変えよう……」


 いくつかの指示を終えた黒子2号は勇者の方へ向き直ると、右手を上げ“パチン”と指を鳴らした。


「ここは……」


 勇者は眼だけで辺りを確認した、むろん視界の中に黒子はとらえたままだ。


 少し洒落乙な喫茶店、流れているBGMは旧世界でベストナンバーだった歌謡曲。


 間違えてもアンダースーツに聖剣を構えた人間と、地下足袋を履いた作務衣の黒子が相対していて良い空間ではない。——と、思う。


「掛けて、あまり時間は無いけれど。落ち着いて話した方が結果は早い」


 示された椅子にあきらめた様子で勇者は腰かけた。


 聖剣はテーブルの横に立て掛けて置く。


 この黒子(2号)は次元転移能力を自在に操っている。


 少なくとも先刻まで勇者システム・フル装備で戦っていた魔王と互角かそれ以上の脅威を感じさせる相手なのだ。


 主装備のほとんどをパージした状態で戦って勝てる相手とは思えない。


「話が早くて助かります」


 黒子(2号)が頭を下げると同時に、コーヒーの香りが鼻孔をついた。


 エルフの薬草師に頼んでタンポポもどきの根を炒って作ってもらった代用品じゃなく、旧世界の喫茶店で飲んでいた、ローストした豆から抽出したホンモノだ!


 対面に座った黒子は、口元にコーヒーカップを傾けながら勇者の卓前を示した。


 いつのまにやら、そこは夢にまで見たダージリン・ティーとプリン・ア・ラ・モードの世界。


「食べながらで結構。まずあなたが置かれた状況から説明したい」


 震える手でティーカップを鼻先へ運び、胸いっぱいに芳香を吸い込む。至福。


「——勘が良いあなたが気付いているとおり、私はこの世界を管理する側の存在です」


 目だけは黒子の頭巾を見つめるものの、その下の表情はうかがい知れない。

 口元はスプーンが運ぶカスタード香るプリンに舌づつみ。あまい。


「この世界はあと数十分で崩壊を始めて消滅します、我々はその前にデータと有用な資源(マテリアル)を回収する任務を負っています」


 のんびりとした口調で黒子は剣呑な内容を語り始めた。


「本来であればあなたもこの世界と運命を共にするはずでした。しかし稀に、その世界の因果律から外れた存在が世界を越えて存在することがあります」


 目と耳は黒子頭巾に注しながらもスプーンは止めない、最後かもしれないのだ。

 バニラアイスクリームはひんやりと口の中で蕩けてゆく。つめたあまゆい。


「それが今、あなたの置かれた状況です。ここまではよろしいですか? ……異世界から召喚された勇者さん」


 口直しのウェハースを食みながら、勇者は何度も頷いた。

 最後のセリフを聞けば観念するしかないではないか……。


 最初からこの世界に馴染んでなんかなかったのかもしれない。


 3年前のあの日からずっと。


「残された時間の中で勇者さんの取りうる選択肢は2つです」


 黒子は片手をあげ2本の指を掲げた。


「ひとつめは、我々の“異世界難民プログラム”に従い、異世界難民として我々の世界に異動していただき、そこから先のことは後から考える」


 1本の指が持ちあがり。


「もうひとつは、消滅するこの世界と運命を共にする——です」


 最後の指が立ちあがった。


 頭の中は混乱していたが、心はそこそこ落ちついてた。

 紅茶の香りとプリン・ア・ラ・モードの幸せに包まれていたからか、糖分を十分に補給したおかげか。



「ウェイ! もう時間切れでーす! 任務完了! 撤収準備も完了です! 急がないと世界消滅に巻き込まれますよ!」


 静寂を突き破り、ついでに喫茶店の天井をも突き破り、黒子(多分1号)の上半身が飛び出した。


「な、早いな……」

 残りのコーヒーを煽りながら、天井を見上げる黒子2号。


「ざっくり調べたら重要な要件(フラグ)を未回収でも先へ進めちゃう設定ミスが致命的だったようっす。そこから整合性が取れなくなってグッダグダのメッタメタのワヤ! ってコトです」


 朗らかに叫びながら天井から腕を差し出す黒子1号。


 黒子2号は勇者の手を取り、言った。


「行きましょう」


 手を引かれ、ふんわりと浮かび上がる身体。


 天井の穴を潜り、降り立った先は元の魔王城決戦の間。


 床面からでなく横手の空中に開いた縦穴から転がり出たのは納得がいかないんだが、とりあえずは元の場所に戻った。



 ——参った。



 仲間が居るであろうことは黒子1号・2号の会話内容から予測できていたけれど。

 見渡せば、魔王の間に整列している黒子たちの数は300人は下らないだろう。


 それも大はオーガ・サイクロプス級、小はネズミ級から不定形っぽいヤツ、空飛んでるやつとか丸いの細いの……バラエティに富んだetcetc。


 魔王級黒子300人と事を構えぬ判断したさっきのわたし、グッジョブ!


 心の中でサムズアップ。


「ジャアぁ――ック!」


 勇者の傍らにまします黒子2号(多分この集団(スリーハンドレッド)の長)が300黒子達の一段前に直立した黒子1号(多分同副長)に向かって声を張り上げた。


「……マックじゃねぇのかよ」小声で何やらぶつくさ呟いている黒子1号。


「“繝舌げ”と“繝吶い繝シ繝“が居ねぇじゃねぇかてめぇどういう……」


 ……300人のなかの足りない2人が判るのか? 黒子2号。


 ――間。


1号も声を張り上げた。


「総員! 撤収準備完了です!」


「てっ……「総員! 撤収準備完了です!」」


 黒子2号のセリフにかぶせて繰り返す黒子1号。


 ぎりっ。


 黒子2号の歯がきしむ。


「……了解っ、したっ……総員に告ぐ、今回任務中あったことの全責任は私にあると覚えて置け! 総員撤収! 始めっ!」


 黒子2号の掛け声とともに、300人の黒子達はあるものは揺らぎ、またあるものは回転しながら小さく縮み、空中に開いた扉を潜り——思い思いの方法でほころび始めたこの世界から退場していった。


「すみません、十分な時間が取れなくて」


 黒子2号がじっと勇者を見つめている。


 こういうときは。


 まず深呼吸(ルーティーン)


 勇者の勘は『行け!』と言っている。


 あの日。


 この世界に召喚された日。

 騙され、奴隷商に売り飛ばされそうになったとき。


 最初に仲間になったあいつの伸ばした手を掴むか、掴むまいか……。


 あのとき勘を信じてよかったのだろうか? さし伸ばされた手を掴んだのは間違いじゃなかったのか——。


 うなづき。手を差し出す。


「お願いします……もう少し時間がほしいので」


 勇者の手はしっかりと握り返された。


「了承しました。転移プロセスは対抗訓練を受けていないあなたには耐えられないかもしれません。暫く睡眠状態に……」


 握られた手から感覚が消えていき、次第に意識が遠のいていく。


 なんだか眠くなっちゃった……。

 勇者固有スキルのデバフレジストが効いていない……なんて……光りの奔流の中で……意識が……消える——。



「――――」誰かがささやいた気がした。



 ◇◆◇


 次元の間で時間凍結されている王女救出に関して掌握はしていたが。

 魔王討伐プロセスに直接影響無いとシミュレートされていたし、寧ろ救出後に王女庇護のための戦力分散の懸念がある。

 よって王女救出は魔王城の攻略後でも十分間に合う、さらに王女の安全も担保できると——。


 知らない天井に意識の焦点があう。

 うなされていたのか、呼吸が荒い。

 大きく深呼吸。

 

 じっとりと嫌な汗が薄く全身を覆っている。


 天井からの反射で薄くやさしくあたりを照らす明りは、極力心理負担を減らそうとの配慮なのだろう。


 起き上がろうと試みて、腰が痛い。

 手探りでアンダースーツのベルトを緩める。


 ベッド横のガラステーブルの上には聖剣と兜が置かれ、床の一角には分離した勇者システムの鎧一式が薄暗い部屋の片隅に丁寧に並べられている。


 武装解除もされていない。——と。


 信用されているのか、剣と鎧など取るに足らない……危険だと思われていないのだろうなぁ……。

 一応あの世界では最高の武具なんだけどなぁ。


 《ニ・オー》は相変わらず反応はない。


 そして隣室から細々と漏れてくる会話が耳に入ってくる。


 片方は黒子2号。 もう片方は?


「……ええ、私も……でしたので」


「そうか、本人が状況を確認した後に詰められるのはキツイからな、その時は一時対応を中止してくれ、上層部と一緒に対応策を検討しよう」


「ええ、でも、最後は本人が判断したようですので」


「今回も人員が欠けてしまったのでな、こちらとしては協力者が増えてくれるならばありがたいことではあるのだが」


 黒子2号の上司らしき声は、淡々と話した後にため息を交えた。


「後の手続きはこちらで進めておく、少しでも見知っている君一人での対応の方が本人も受け入れやすかろう、すまんが基本事項の説明は頼みたい。終わったら今日はゆっくり休め、頼んだぞ」


「はい、了解です。就労局へは連絡済みで……」


 二つあった気配のうち一つが消え、残った一つが近づき、可聴域すれすれの前動作音の後に無音で扉が開いた。

 突然の来訪に室内の人員が驚か無い様、先触れをしているのだろう。


「気が付いたかい? 今後の話がしたいんだけれど。入ってもいい?」


 隣室の明るさから逆光ではあるものの黒子頭巾の2号のシルエットが見えた。


「その姿が通常なんですか?」


 問いには答えず、勇者、いや元勇者か。

 魔王城での姿のままである黒子2号に自らの疑問を投げかけた。


「通常?」


 黒子2号は小首をかしげた。


「ああ、まだ認識阻害が効いているのか……」


 部屋に入ってすぐの壁際に設置されたなんらかの機器を操作していた黒子2号は紙でできたコップ!?

 に、入った紅茶とガムシロップを運んできた。


 黒子2号もこの部屋では魔法は使えないらしい。


「この世界を直接操作する権限はないんだ」


 思っていることが顔に出ているのか。

 そういえばあちらにいた時もずっと意識を読まれていた気がする。


「まだ、前の世界の属性がキミの中に残っているんだと思う。あちらで現地人に姿を見られても問題にならないように存在を曖昧にしておく属性付与——所謂認識阻害魔法がかけられているんだ。こちらの世界に馴染めば次第に普通に見えるようになるよ」


 黒子頭巾の向こうで微笑んでいる気配が感じられる。


 ガムは遠慮させてもらい、ストレートティーに口を付ける。

 熱いが、おいしい。

 思った以上に喉が渇いていた。

 吹き冷ましつつ、啜る。


 飲みっぷりから気が付いたのか、枕元に置かれた紙製のパックを黒子2号は薦めてくれた。


 ピクトグラムなパッケージはワンタッチで開き、そのまま口を付けようかとも思ったが思い留まり、空いた紙コップに注いでからそちらを煽った。

 ミネラルウオーターだったらしい。


 改めてベッドの横のスツールに腰掛けた黒子2号へ向き直る。


「まずは、助けてくれてありがとうございました……今後の話というのは?」


 元勇者の問いに黒子2号はゆっくりと話し始めた。


「キミが勇者として存在した世界(システム)は致命的な障害の発生により破たんしてしまった。修復より再構築の方がパフォーマンスが高いと判断されたため初期化(イニシャライズ)され……消滅した」


 一言一言区切る様に黒子2号は続ける。


「キミ自身はその世界の理の外側に存在したために、消滅した世界からこちら側の『世界を管理する側の世界』へ連れ出すことが出来た、ここまではいいかな?」


 黒子2号の念押しに、元勇者は頷いた。


「現在、君は異世界難民として異世界難民プログラムによって保護されている」


 少しかすれた、それでもしっかりとした声で語る黒子2号。


「キミが落ち着いたら、専門の担当者が声をかける。すまないが現段階も含めて君は監視下に置かれている。今後の希望についての聴取も含めて、全ての手続きが終われば解放されるのでそれまでは我慢してほしい」


 元勇者は言葉を返した。


「質問、よろしいですか?」

「もちろん、私が話せる内容であれば」


「その……わたしが勇者だった世界には、もう戻ることは出来ないのですよね?」


 黒子2号はうなずいた。


「……ではわたしが三年前に住んで居た——転移する前の世界へ戻ることはできるのですか?」


 軽く目を閉じ。こめかみに指を当てて暫くの沈黙の後、黒子2号は重たげに口を開いた。


「ん、正確な言い方をすれば」


 言葉を切る。


「君が元居た世界が消去されていなければ戻ることはできる。が、その世界を見つけることはほぼ不可能に近い。ということになるね」


 軽くため息をつくと黒子2号は続けた


「今我々の管理対象世界の数は約10億あるといわれている、しかも一日単位でそのうちの数万~数十万の世界が滅び、そして新たに誕生している」


 黒子2号は遠い目をしていた。


「もちろん私の部署が関与しているのはそのうちの極一部だし、滅びゆく世界のすべてに知的存在が居る訳でもないんだが。10億の中から君が元居た世界一つを特定するのがどれだけ困難か理解してもらえるだろうか?」


 10億……元勇者は体から力が失われていくのを感じた。


「そして……キミと同じ境遇の者が、私の部署管内だけで一万人以上ここで暮らしている。——実際に私もそのうちの一人なんだ、君一人だけを特別扱いする訳にはいかないということも理解いただけると思う」


 ガツンと頭を殴られた気がした。


「管理当局は故郷である世界を探す者の邪魔はしないが、積極的な協力も期待できない。この世界の本来の役割は三千大千世界の管理だからね、特定個人のための故郷世界捜索に割けるリソースはあまりにも少ない、実際切りがないからね、探すなら自分の力しかあてにはできない」


 黒子2号は壁に埋め込まれたコンソール端末に目をやりながら。


「各自に割り当てられる部屋の管理端末から検索して、もし故郷世界を見つけることが出来たら当局はきちんと送り届けてくれる。ただ……私の知る限り、明確に“故郷世界”を見つけて帰ったという人は“ゼロ”だ、少なくとも私の知る範囲ではね」


 黒子2号はどこか疲れた声をしている。


「故郷に似ている世界を見つけても、時代がずれていれば本当にそこが“故郷世界”なのか判らない。旧知の知り合いもいない場所に帰ったとして、それに何か意味はあるのか——」


 どこか遠くを見ながら、黒子2号は言う。


「それでも“故郷世界”探すんだという人もたしかにいる。“捜索者”という生き方だね、君の今後の選択肢の一つだ」


 ——。


「あまりお勧めはしないが“何もしない”というのもアリだ、この世界では無理に働く必要は無い、食事も対価なしで好きなとき好きなものが食べられる。まぁ君ならすぐ気づくと思うが、この世界では本来食事をする必要が無い」


 ……——。


「商業区へ行けば食堂も商店も百貨店もあるし、端末で発注すれば配送もしてくれる。公園にはホームレスまで居るけれど、みんな“趣味”でやっているだけなんだ。結婚して夫婦生活を営む者もいるが、残念ながら子供は生まれない。代わりに年少な異世界難民を迎えて家族として暮らしている人たちもいる」


 な……。


「死ぬこともないし、年も取らない。同じ年齢で何年も家族生活を繰り返し、映像コンテンツとして他の世界に供給することを楽しんでいる人たちもいるね。ゲームや映像・音楽コンテンツを他の世界からダウンロードして、日がな一日プレイし続けるのもいいかもしれない、ネットワークゲームでは“廃人”とか呼ばれているみたいだけど。特定世界の“SNS”に入り込んで間接的にコミュニケーションを取っている人たちもいる。ただし、ネットワークコミュニケーションを取れるほどにまで発展した世界に対して、改変するほどの影響を与えるような干渉をすれば、その世界の担当管理局から“BAN”されるので要注意だね」


「あの……」


 元勇者はそっと手を挙げた。


「それって、わたしのいた世界では“極楽”とか“天国”って呼ぶ様な気がします」


 黒子頭巾の前垂れの向うに、黒目勝ちの瞳が笑った様な気がした。


「同意者同士での殺し合いを好む集団の住む区画もあるし、無制限な肉体関係におぼれる集団、ハーレム的集団を作る者もいる。基本的に他人が嫌がる事を好む者は同好の士だけのエリアへ集められていて他へは不干渉というのが鉄則だ」


「“修羅”も“地獄”もありましたか」

 元勇者が笑った。


「で、大概のことをやりつくすと……最終的に管理局の職員になるケースが多い。まぁ私がやっている仕事だな」


 すこし、照れくさそうに黒子2号は言った。


「大概の事はやりつくしたんですね」

 口元を抑え笑う。


「今説明できることはこんなところかな、とにかく暫くはのんびり……」


 元勇者の笑う両の口の端が釣り上がった。

 目は笑いながら、それでも真正面から黒子2号を見据えている。


「――嘘。ついてますよね?」


 黒子2号の笑みが凍った。


「嘘、というか。何か大事なことを話していない、そんな空気を感じました」


 黒子頭巾の口元が尖っているかのようだった。


「カァーーっツ! こわいなぁ……。ぜひウチのチームに来てもらいたいなぁ……」


 300人を従える黒子軍団の隊長は腕を組み、天井を見上げ喉の奥でクツクツと笑った。


「そうだね、ひとつ伝えていないことがある」

 黒子2号の黒い瞳だけが元勇者を見据えた。


「さっき、元の世界“故郷世界”に帰る方法は無いと言ったね?」

 元勇者を黒い目線が射ている。


「すまん、あれは嘘——ではないんだが。まことしやかに言い伝わる“帰る方法”の噂がある」


 ゴクリ


 喉元がなった。


「それは“いずれかの世界が消滅するとき、その世界の中に居る“という方法だ」


 元勇者の脳裏をよぎる。――300人の中の2人。黒子達の欠員。


「ただし、本当に”帰還“できたかどうか確認された事例は一件もない。確認する術もない。世界と共に消えた者がどこかで見つかったという報告も私の知る限り——ない」


「ただ、存在が消えるだけなのかもしれない、新たな輪廻の輪の中で別の存在として生まれ変わるのかもしれない。だれにもわからない、少なくとも私が接触できる範囲では明確な回答を持っている者は居なかった」


「だから……すまない、もしかしたら私は君の帰還の邪魔をしたのかもしれんのだ、もしそうなのだとしたら、恨んでくれても——」


「恨んでなんかいません」


「もしかしたらあの世界と一緒に消滅していたのかもしれないんでしょう? だったら、確実な時間をくれたあなたに、わたしは感謝します」


「わたし、あなたがくれた時間を使って物語を綴ります」


 元勇者は黒子2号を見据えて言った。


 「わたしが3年間を暮らした世界も……その前にいた世界にも、みんなが居たんです。仲間も、そうでない人たちも、あの世界でみんな生きて居たんです、直接顔を合わせていなくても、助けてくれた何千も何万もの人たちが居たんです。それを……誰かの、都合で、失敗で、世界が消されたからって——無かったことにしていいはずがありません」


 ――――救えなかった人たちも。


 一人の少女の笑顔が脳裏をよぎった。


「でも、今の私の力ではそれを覆せないというのなら。せめて、彼らの生きていた証を物語に残したいと思っています」



◇◆◇



 引き継ぎを済ませ、私服に着替えると勤務先を後にした。


 振動(コール)が耳骨を揺らす。


 斜め上に視線をずらすと、モーションに反応したセンサーが角膜ディスプレイにメッセージを浮かばせた。


 同僚の呼び出しだ。



 足を伸ばし馴染の居酒屋の縄暖簾をくぐる。


 店の奥に陣取った額に大小の角を生やしたマッチョゴリラと目が合った。

 その隣に座っているタツノオトシゴが上側の両腕を振りながら、下側の右手でビールジョッキを傾けている。


 片手を軽く挙げながら、空いている席へ尻を滑り込ませた。

 座ると同時に”キンッキン”に凍ったジョッキin悪魔的(ナマ)が提供される。


「アレック、人の到着時間を読むんじゃねぇ。——ドンピシャじゃねぇか」

 タツノオトシゴに向けてニヤリと笑う。


「一度も本名を呼ばれていない件について」

 タツノオトシゴはフンスと鼻息を吐いた。


 誰とはなしに杯を掲げ、無言で煽る。


 ――“帰還者”たちに幸運を。


 瞬く間に(ナマ)を吸い込んでいく黒い嘴。


「カあーァっ!」沁みる、思わず声が出た。


 空のジョッキをテーブルに置けば、我が副官殿の指先は空中に浮かんだ半透明のメニュー端末を叩く。

 間髪を入れずアルコールアンコールときた、なかなかに優秀な副官だろう?


 完璧じゃないか、トレック(仮)。


「疲れているわねクロウ、()()、大丈夫だった?」


 隣に座る漆黒の長顔の美女が話しかけてくる。


 二号徳利から蕎麦猪口へ、手酌で熱酒を注ぎながら。


「ああ、まずは“標す者“として、失われた世界の記憶を残す道を選ぶ様だ」


 美女は口を“O”の形にして呟いた。


「なら、彼女。いつか“世界を紡ぐもの”に届くのかしら?」


「ああ、多分。素養はあると思う」


 少なくとも、あの世界を消さねばならぬ原因を作ったどこぞの阿呆よりは——ずっと。


 紫の肌に三つの瞳を持つ、複数の異世界を跨いだ勇者。

 “ヤポーネ族のサイレン”の、希望に震える微笑みを思い出しながら。


 中隊長クロウ・ホーガンは、濡羽色の翼を繕い。


 黒顔の美女、ピーシャ10042SSは大皿のから揚げにレモンを絞った。

5年前に書き下ろした初投稿作をコンテスト応募用にリライトしました。

多少は読みやすくなっているといいのですが。


お気に召しましたら★★★★★、いいね、ブックマーク。いただけると大変励みになります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ