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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: U3
第1章:爆音のプレリュード

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4/9

第4話 処刑用BGMがハマりすぎて、剣姫が止まらない

 ドコドコドコドコドコドコ……!!


 地鳴りのようなツーバスが、石造りの『王の間』を支配していた。

 BPM190。人間の心臓が破裂しそうなほどの高速ビート。

 俺がフェーダーを最大まで押し上げたその瞬間、世界が変わった。


 固有スキル【音響共鳴】。

 俺が流す音楽のリズム、旋律、そして歌詞の意味を、対象の身体能力や魔力へと変換する力。

 今、村上環の心臓は、この狂ったビートと完全に同期している。


「――っ、はあああああッ!」


 環が咆哮する。それは悲鳴ではない。歓喜の叫びだ。

 彼女の姿がブレた。

 残像すら置き去りにする加速。

 オーク・ジェネラルが反応して戦斧を振り上げるよりも速く、環は大剣『紅姫』を真横に振り抜いていた。


 ギャァンッ!


 硬質な金属音が響く。

 ジェネラルの持つ巨大な戦斧が、根本からへし折れて弾き飛ばされていた。

 3メートルもの巨躯を持つボスの剛腕を、身長160センチそこそこの少女が、純粋な速度と運動エネルギーだけでねじ伏せたのだ。


『は?』

『今の見えた?』

『斧が弾かれたぞw』

『BGMクッソ激しくて草』

『なんだこれ、演出か!?』


 配信画面の向こう側で、視聴者たちがどよめくのが分かる。

 だが、今の環にはコメントなんて目に入っていない。

 彼女は止まらない。止まれない。

 俺がDJブースから送り出すリズムが、彼女の神経パルスを直接叩いているからだ。


「1、2、1、2! 行くぞ環、Aメロだ!」


 俺はマイクに向かって叫びながら、イコライザーを操作して高音域を強調した。

 チキチキチキチキ……鋭い金属音がリズムを刻む。


 環の動きが変貌する。

 これまでの彼女は、教科書通りの「4拍子の表拍」でしか動けなかった。だから予備動作が大きく、見切られやすかった。

 だが今は違う。

 ドラムの細かいフィルインに合わせて、予測不能なステップを踏んでいる。


 ザシュッ! ザザッ!


 右足、左肩、脇腹。

 ジェネラルが体勢を立て直す隙を与えず、環は踊るように斬撃を刻んでいく。

 それは優雅な剣舞ではない。

 モッシュだ。ライブハウスの最前列で暴れ回る、制御不能のエネルギーの塊。


「ブモォオオオッ!?」


 ジェネラルが混乱の声を上げる。

 目の前の獲物が、突然リズムを変えたことに対応できていない。

 大振りのパンチを繰り出すが、環はスネアドラムの「タン!」という音に合わせて、最小限の動きでそれを回避する。

 まるで、最初から振付が決まっていたかのように。


(いいぞ……! ハマってる!)


 俺は全身粟立つような興奮を覚えていた。

 ミキサーのつまみをいじる指先が、汗で滑りそうだ。

 これが俺の求めていたセッションだ。

 最強のソリストが、俺の作った土台の上で、自由に、そして凶暴に暴れ回る。

 彼女の潜在能力――Sランクたる所以の膂力と反射神経が、迷いという枷を外されて100パーセント、いや120パーセント発揮されている。


『これマジ?』

『環ちゃん覚醒しすぎだろ』

『後ろのオッサン何者だよ』

『選曲が神』

『処刑用BGMきたあああああ!!』


 タブレットの同接カウンターが異常な速度で回り始めた。

 1万、2万、3万……数字が止まらない。

 SNSで拡散されたのだろう。「なんかヤバい配信がある」「放送事故レベルの戦闘」と。


「サビまであと4小節! 溜めろ……溜めろ環!」


 俺の指示が聞こえているのか、環がバックステップで大きく距離を取った。

 曲がブレイクに入る。

 全ての楽器が一瞬だけ鳴り止む「間」。


 環はピタリと動きを止め、大剣を上段に構えた。

 切っ先が天を指す。

 その静止姿の美しさに、ジェネラルが一瞬、魅入られたように動きを止めた。

 あるいは、それが死神の鎌に見えたのか。


 ジェネラルが咆哮し、捨て身の突進を仕掛けてくる。

 丸太のような腕が、環の頭蓋を砕こうと迫る。


 あと1秒。

 0.5秒。

 今だ。


「――ぶっ放せぇぇぇぇッ!!」


 俺が叫び、全楽器がバーストするサビの爆音を叩きつけた。


 ドォォォォォォンッ!!


 音が物理的な衝撃波となって広がる中、環の体が赤い閃光と化した。

 固有スキルではなく、純粋な速度と筋力による一撃。

 だが、その威力は魔法の域に達していた。


 一閃。


 ジェネラルの巨大な体が、斜めにずれた。

 世界がスローモーションになる。

 遅れて、鮮血が噴水のように舞い上がり、天井の鍾乳石を赤く染めた。

 断末魔の悲鳴すら上げる暇もなく、ボスは光の粒子となって崩れ去っていった。


 ――曲のアウトロが流れる中、環は残心を示したまま静止していた。


 やがて最後のシンバルが鳴り止み、完全な静寂が『王の間』に戻ってくる。


「……ふぅ」


 環が大きく息を吐き、振り返った。

 汗で濡れた黒髪が頬に張り付いている。

 肩で息をしているが、その表情は晴れやかだった。

 彼女は俺に向かって、大剣を掲げてみせた。勝利のポーズだ。


「……アンタ、最高だよ」


 俺はヘッドホンを外し、へなへなと座り込んだ。

 緊張の糸が切れた。

 配信画面のコメント欄が、滝のように流れているのが見える。


『うおおおおおおお!!』

『神回確定』

『鳥肌たった』

『スパチャ投げさせろ!』

『同接10万人超えてるぞwww』


 ボス撃破のファンファーレ代わりに、俺たちの初ライブは伝説的な成功を収めたのだった。


 ボス討伐後のドロップアイテム回収は、驚くほど淡々と進んだ。

 ジェネラルが落とした魔石は拳大の大きさで、市場価格にして数千万円は下らない『極上品質』だ。その他にも、レアな素材や武具がドロップしていた。


「近藤、これ持って」

「はいよ」


 俺はポーターとしての職務に戻り、黙々と荷物をバックパックに詰めていく。

 さっきまでの熱狂が嘘のような、静かな撤収作業だ。

 だが、二人の間に流れる空気は、来る前とは明らかに違っていた。


 地上に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。

 新宿のネオンが眩しい。

 俺たちはVIP用出口から外に出た。

 待ち構えていた黒塗りの送迎車の前で、俺はバックパックを下ろした。


「お疲れ様でした、環さん。本日の業務はこれで終了ですね」


 俺は昨日買ったばかりのジャケットの埃を払いながら言った。

 戦闘の余波で少し煤けてしまったが、まあクリーニングに出せば落ちるだろう。これは俺の戦闘服だ。大切にしないといけない。


「……ええ。お疲れ様」


 環は運転手が開けたドアに手をかけ、動きを止めた。

 そして、振り返って俺を真っ直ぐに見た。

 街灯に照らされたその瞳は、昼間よりも強い光を宿していた。


「今日のあの曲、なんていうの?」

「『Thunder Force』。昔の北欧メタルの曲ですよ」

「……そう。覚えておくわ」


 彼女は小さく頷いた。


「私、ずっと悩んでた。どれだけ鍛えても、何かが足りないって。でも今日、分かったわ。私に足りなかったのは、貴方の言う通り『調律』だったのね」


 環が一歩、俺に近づく。

 甘い香水の匂いが微かに漂う。だが、昨日のような惑わせるような媚びはない。

 あるのは、戦友に向けるような信頼の眼差しだ。


「貴方の音があれば、私はもっと強くなれる。もっと速く、もっと鋭く」

「……買い被りすぎですよ。俺はただ、後ろで騒音を撒き散らしてただけだ」

「謙遜はいらないわ。結果がすべてよ」


 彼女はスマホを取り出し、配信のアーカイブ画面を俺に見せた。

 再生数は既に数百万回を超え、SNSのトレンドワードには『#処刑用BGM』『#謎のDJおじさん』という文字が並んでいる。


「これを見て。世界中が貴方の音を聴いたわ。……もう、逃げられないわよ」

「うわ……マジか」


 俺は天を仰いだ。

 バズるとはこういうことか。俺の静かな隠居生活は、この一晩で粉々に砕け散ったらしい。


「明日の朝、また迎えに来るわ。次はもっと難しいダンジョンに行くから、新しいセットリストを用意しておいて」

「へいへい。ボスの仰せのままに」


 俺が肩をすくめると、環は満足げに微笑み、車に乗り込んだ。

 バタン、と重厚なドアが閉まる。

 黒塗りのセダンは、夜の新宿の雑踏へと消えていった。


 一人残された俺は、深く息を吐き出した。

 ポケットから安物の煙草を取り出し、火をつける。

 紫煙が夜空に昇っていく。


 スマホが震え続けている。

 知らない番号からの着信通知。メッセージアプリには、かつて俺を切り捨てたバンド仲間や、手のひらを返したような知人たちからの連絡が殺到していた。


『動画見ました! 貴方、ウチのクランに来ませんか?』

『取材依頼です。週刊〇〇ですが――』

『特定しました。近藤菊雄さんですね?』


「……やれやれ」


 俺はスマホの電源を切り、ポケットにねじ込んだ。

 今夜は誰とも話したくない。

 ただ、あの爆音の余韻と、環の剣閃の残像だけを肴に、一人で安酒を煽りたい気分だった。


 30歳、元バンドマン。

 人生のピークは過ぎたと思っていたが、どうやら俺の第2のステージは、予想以上に騒がしくて過酷なものになりそうだ。


 俺はジャケットの襟を立て、喧騒の中へと歩き出した。

 背後で、街頭ビジョンから今日の配信の切り抜き映像が流れ始め、道行く人々が足を止めているのが見えた。

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