9話 束の間の休息
俺とネルトとコパンの三人は、気絶したカッツォを連れて町へと急ぐ。
北の灯台はもう見えなくなるほど歩いたが、まだ町までは半分の距離といったところだ。
すると、ネルトが久しぶりに声を出し、俺に向かって話しかけてきた。
「ふぅ~… ちょっと疲れたね」
そう言うとネルトは、カッツォの顔を覗き込んで、しっかり気絶していることを確認してから、さらに続けてこう言った。
「…ちょっと休憩しちゃう?」
言った瞬間に、またカッツォの顔をチラッと目で確認するネルト。
大丈夫…カッツォは起きてない。
もしカッツォが起きていたら、休憩など許すはずもなく、こんな発言をするだけでも即・骨粉の刑だろう。
俺たちは、カッツォを馬に乗せたまま道の真ん中に残し、海辺で水遊びをしたり、木の実を採って食事をしたり、三人でわいわい楽しみながら休憩を取った。
休憩中、時折スカル・ホースが勝手に歩いていて、カッツォが顔面から地面に落ちていることもあり、ヒヤッとしたが目を覚ますことはなかった。
よっぽど勇者たちから食らった攻撃のダメージが深いようだ…。可哀想に。
こうして、少し進んでは休憩を取り、また少し進んでは休憩を取りながら、だんだん町へと近づいていった。
夜の帳がほどけ、空が白みを帯び始めた頃、ようやくグランシア城の城下町が見えてきた。
気絶したままのカッツォを連れ、城下町の外壁にある正門まで近づくと、正門の左右にある見張り台の右のスケルトン兵士が声をあげた。
「止まれーッ! お前たち、どこの所属だ?!」
俺とネルトは、すぐにカッツォの部隊に所属している旨と、その部隊長がこの人だとカッツォを指さして必死に状況を説明した。
すると、見張り役のスケルトンは弓を下ろし、オークを通じてトロールを動かし、内側からグゴゴゴ・・・と開門してくれた。
すると、左右の見張り台にいたスケルトンがすぐに駆け下りてきて、俺たちの元へと大急ぎで走ってきた。
「おお…本当だ! カッツォ様、大丈夫ですか?!」
「うわ~大変だ! 早く、治療しないと!」
見張り役の兵士は、近くにいたオークに指示を出し、オークは急いで何かを取りに町の中へ走って行く。
俺たちは、カッツォの身体をスカル・ホースの背中からゆっくり降ろそうとしたが、また手が滑ってカッツォを顔面から着地させてしまった……
それを見た見張りの兵士は、なんということを……と顔面蒼白になっていたので、俺とネルトは必死にわざとではないことを説明した。
数分後、先ほど町の奥に消えて行ったオークが、仲間のオークも携えて木枠と布を持って戻ってきた。
オークたちは手慣れた手つきでそれらを組み立て、あっという間に即席の木製担架を完成させた。
カッツォはその担架に乗せられ、オークたちに連れられて城下町の施療院へと運ばれて行った。
俺とネルト、そしてコパンの三人がその様子を見守っていると、横から見張りのスケルトンが声をかけてきた。
「昨日、あんな大勢でこの門を出て行かれたのに、生き残ったのは皆さんだけですか?」
俺たち三人は顔を見合わせ、改めて自分たち以外の兵士があの勇者にことごとく葬られたことを思い返し、言葉を詰まらせた。
その様子を見て、見張り兵はすぐにこう続けた。
「あっ…! す、すみません。 とにかく、皆さんがご無事で何よりです。 今日はゆっくりお休みになってください。 …では!」
見張り兵はそう言うと、慌てて持ち場の見張り台へと昇って行った。
俺たちはとりあえず、とぼとぼと三人で城下町の中へと足を運ぶ。
すると、最初にコパンが口を開いた。
「カッヅォ様んとご、見に行ぐかァ?」
俺とネルトはそれを受けて、まだ今は治療とか大変だと思うからそっとしておこう…と、コパンを制し、少し町の中を散策することにした。
初めてコパンに案内された時は、もう日が落ちる頃だったが今はまだ早朝だ。
薄っすらと空から差し込み始めた朝日が、城下町の石畳を優しく照らしている。
正門から真っすぐ進んで商店通りに入ると、朝露に濡れた屋根の下、ゴブリンたちが店先に木箱を並べたり、イーゼルを置いたりと開店の支度を始めていた。
「んっ おいコパン…… ここ、道具屋だって言ってなかったか?」
店の前に出されたイーゼルを見て、コパンの案内が出鱈目だったことに気づいた。
それを指摘されたコパンは、悪ぶれる様子もなくこう返した。
「あでェ? オデ、そんなこど言っだかァ?」
なるほど。新人歓迎会の時にも同僚のスケルトン兵士が言っていた通り、コパンの言うことは出鱈目なんだ。
でも昨日、山菜狩りをしていた俺とネルトを、慌てて呼びに来てくれた時は、出鱈目な情報ではなかったな……
普段はおちゃらけてるだけなのか、それともやっぱり阿呆なだけか……?
そんなやり取りを交わす俺とコパンを、ネルトは笑いながら見守っている。
ついさっきまで、勇者に命を奪われる可能性もあった三人が、今こうして一緒に町を歩けるのは奇跡に近いことなのかもしれない。
商店通りを抜けると、視界がふっと開け、中央広場が見えてきた。
先ほどから耳に届いていた賑やかな声は、ここで開かれている“朝市”から聞こえてくる声だった。
広場の外縁に沿うように様々な露店が軒を連ね、中心にある大きな噴水の周りにもぐるりと出店が並んでいる。
ネルトとコパンには見慣れた光景のようだが、魔物の朝市なんてグレイト・ソウルズにも出てこない。
俺にはその全てが新鮮に映り、ぜひ見て回りたい!と二人に申し出た。
ユードリア沖で獲れたという見たこともない魚介類、近くの山で採れたという野菜や果物、何の肉か分からないが大きな肉塊も並んでいる。
現世では有り得ないような色と形をしているが、どれも良い色味でしっかりとした張りもあり、採れたての新鮮な食材であることは一目で分かる。
すると、肉屋の出店がジュウジュウと鉄板で大きな骨付き肉を焼きはじめ、俺は思わず無い胃袋がグゥゥ…と鳴ったような気がした。
その様子を見たネルトが、腰に付けていた小袋から何枚かのグランを取り出し、なんとその肉を三人分購入。
俺とコパンは、ネルトにありがとうとお礼し、その意味が分からないほど旨い謎の骨付き肉を頬張りながら残りの店も見て回った。
正直、この世界に来てから俺は“食”に対する興味が止まらなくなってきている。なんでこんなに旨いんだこの肉は!
「これ、モルゴスの肉だね。 ほら、昨日通ったユードリア海岸のあたりに出没する獣だよ」
夢中で肉を貪る俺に、ネルトがそう教えてくれた。
昨日は、大勢で行進していたのでモルゴスは近づいて来なかったようだが、本来なら魔物にも人間にも見境なく襲い掛かる獰猛な獣なので、あの辺を歩くのは危険な行為らしい。
モルゴス……いったいどんな見た目なんだろう……
そんなことを考えている内、いつの間にか市場を一周して最初に見た魚屋に戻ってきた。
コパンはもう一周したそうな顔をしているが、ネルトが俺にこう言った。
「さて、僕はちょっと用事があるから、今日はここで解散しよっか」
というわけで、ここ最近ずっと一緒にいた俺たちだったが、ここでいったん解散することにした。
ネルトは混雑する市場を出て、路地裏のほうへと向かいながら、こちらを向いて声を上げた。
「あー2人とも、僕はあとで詰所の朝食を食べに行くから、よかったら一緒に食べようね~」
そう言うとネルトは、スッと路地裏へと消えていった。
コパンは不満そうな顔をして俺を見ている。すぐに目線を逸らし、まだ何か食べたそうに市場のほうを見て、また俺の顔を見る。
「……俺、1グランも持ってないよ」
「オデもない。 詰所の朝食まで我慢だなァ あど1時間ぐらいある……」
とりあえず、俺とコパンは市場を後にし、朝食の時間になるまで一緒に町を歩くことにした。
気付くと空は明るみを増し、徐々に町が朝の活気に溢れていく。歩いているだけでもワクワクしてくる。
俺が今までずっとプレイしてきたグレイト・ソウルズで、まだ見ぬ新しいイベントを発見したかのような不思議な感覚だ。
コパンにこの町のことを聞いても、きっとまた出鱈目を言ってくるに違いない。
特に話したいこともないが、せっかく一緒に歩いているのだから、出鱈目でもいいので何か聞いてみよう。
「なあ、コパンって家族はいるの?」
するとコパンは不思議そうな顔をして言った。
「カゾク? ああ、みんな死んだァ。 エイトもそうじゃねェんか?」
コパンが言うには、スケルトン兵士たちは皆、何らかの理由で家族を失った者たちが兵士となるらしい。
ただ、これもコパンの出鱈目の話かもしれないが……コパンの表情からは噓をついているようには見えなかった。
とりあえず「俺も家族を失って兵士になった」とコパンに返答しておいた。
きっとネルトも家族を失ってスケルトン兵士に志願したのだろう。
あの詰所は、スケルトン兵士たち皆にとっての家であり、同僚の仲間たちが新しい家族なんだ。
…とは言え、足手まといになれば容赦なく切り捨てられる、という魔族の掟にも従わなければならない。
おおよそ人間には想像もつかないような複雑な想いで日々を生きているのだろう……
しばらく歩くと、畑や民家が立ち並ぶエリアに入っていた。
先ほどのコパンの話を裏付けるかのように、民家には兵士ではない普通のスケルトンの姿があった。
麦わら帽子をかぶって畑を耕すスケルトンが、こちらに気づいて会釈している。
道の向こうからは数名のスケルトン・キッズたちが走ってきて、俺とコパンの横を通り過ぎていく。
その子供たちの手には棒切れが握られており、何か兵士ごっこのような言葉を交わしながら走り去って行った。
「…コパン、そろそろ詰所に帰ろっか」
俺はコパンにそう告げ、その後も他愛もない話をしながら詰所へと向かった。
——その頃、司祭室では……
静かにお茶を啜りながら、窓の前に立って外を眺めるエクレア司祭。
ゆっくりと振り返り、飲んでいたお茶を机の上に置くと、曇った表情を浮かべながらこう呟いた。
「部隊長ともあろう者が、勇者を前にして敵前逃亡など、もしデュラン様の耳に入れば、このわしまで権威を失墜し兼ねない失態じゃ……」
すると少しの間を置いて、突然、司祭の身体にどす黒いオーラが沸き上がる。
ゴゴゴゴ……
机に置かれたカップのお茶も水面が激しく揺れ、数滴コースターに零れ出した。
入口付近に立っているスケルトン兵士も、その揺れに驚いて一方後ろへ下がるほどの威圧感だ。
「じゃが…… あの憎たらしいカッツォめを、部隊長の座から引きずり下ろす口実にもなるわい……」
司祭はカップを手に取り、お茶を一口飲んで落ち着きを取り戻し、さらにこう続けた。
「あの“青いソウル”を持つ男、わしにとっての幸運の使者かもしれんのぉ。 もう少し様子を見るとするか」
そう言って椅子に深々と腰かけ、司祭は静かに笑っていた——
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