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8話 部隊の規則

「うわ…わっ… こっちに来る…ッ」


 絶対に敵わないであろう相手を前に、俺は初めて味わう恐怖を感じていた。

 いつだったか、夜中に小腹が空いて近所のコンビニに買い物へ行った時、駐車場にたむろしていた気合の入った服装と髪型をした個性的なお兄様方に、謎のイチャモンを付けられて取り囲まれ、コンビニに入る前にお金が全部なくなったあの時も、オシッコをちびるほど恐怖を感じたが、それとはまた違った本当の意味での恐怖…とでも言うべきか。


 気が付くと俺たち三人は、窓の付近に固まってガタガタと震えていた。


 だが、近づいてきた勇者たちは俺たちのことを気にも留めず、祭壇のほうへと真っすぐ向かって行った。

 祭壇には、七聖宝のひとつ“星詠みの水鏡”が置かれており、勇者たちはそれを囲んで何やら真剣に話し込んでいる。


「…今のうちに… ここを抜け出そう」


 ネルトは小さな声で俺に耳打ちをした。

 この灯台の壁面に梯子があることを知っている俺は、そこに向かって腰を低く保ちながらネルトとコパンを先導する。

 勇者たちは、仲間と話しながら“星詠みの水鏡”をしげしげと観察しているため、こちらの動きには気づいていない。


 俺は、展望室の端に設置された裏口の扉をゆっくり開けると、そこにはゲームの通りしっかり梯子があった。

 最初に俺が降り始め、次にネルト、最後にコパンの順番で、ゆっくりと慎重に梯子を使って階下へと降りていく。


「エイトくん、灯台の外側に梯子があるなんて、よく知っていたね」


 俺は一瞬ドキッとしたが、ここに到着した時に下から梯子が見えたんだ、と顔を上げて答えるとネルトは納得し、俺の観察力の高さを褒めてくれた。

 ついでにコパンの様子も見えたが、キャッキャッと楽しそうに笑っており、どうやら梯子から降りるという行為を一種のアトラクションのように感じているようだ。


 灯台の下まではかなりの高さがあり、さすがのカッツォもこの高さから落下したのでは一溜まりもないだろう…と思った。

 そして俺たちは、手を滑らせぬよう慎重に下へ下へと降り、なんとか地面までたどり着いた。


 急いでカッツォの元へと駆け寄り、安否の確認を行なう。


「…うぐ… うぅ…」


 なんと、カッツォはまだ息があった。微かに呻き声もあげている。

 勇者たちの猛攻を受けた後、あれだけの衝撃音を響かせながら落下して、まだ生きているとは…さすがグレイト・ソウルズのボスキャラである。


「まだ生きてるよ! 町まで連れて帰ろう!」


 ネルトはそう言うと、カッツォの腕を自分の肩に回し、そのまま抱き起そうと踏ん張った。

 しかし、カッツォの身体はネルトの2倍ほどもあり、細身のネルトには立ち上がることもできない。

 すると、カッツォが意識を取り戻し、ネルトに向かってこう言った。


「…こ、殺せっ…」


 ネルトはその言葉に動揺しながらも、まだカッツォを抱えて立ち上がろうとした。

 そんなネルトに対し、カッツォはさらにこう続ける。


「部隊の規則を忘れたのか? 俺はもう…ただの足手まといだ… お前たち…何をすべきか、わかるな?」


 確かにカッツォは、ここへ来るまでの行進中にも俺たち兵士にそのような檄を飛ばしていた。

 足手まといは処分される…。

 それはおそらく、スケルトン部隊だけでなく、魔物全般がそうなのだろう。

 例えそれが部隊長クラスであっても……


「…ほら、そこの岩で… 俺の頭を……」


 そこまで話すとカッツォは、ガクン…と頭を垂れて気絶してしまった。

 カッツォが指差していた先には、俺たちスケルトン兵士の力でも持ち上げられそうな、手頃なサイズの岩が転がっている。

 この岩なら確かに、瀕死のカッツォを殴り付ければ、俺たちでも息の根を止めることはできそうだが…しかし……


「エイトくん、殺さないであげよう。 後で怒られるかもしれないけど… 僕が責任を取るから、町まで連れて戻ろう!」


 戸惑う俺に対し、ネルトは少しの迷いもない表情でそう言った。

 ネルトがそうまで言うなら…と、俺もカッツォを運ぶのを手伝うことにした。

 だが、本当に大丈夫なんだろうか…という不安が残る。


「な、なあ、ネルト… もし勇者たちに気付かれて、俺たちを追ってきたらどうする?」


「大丈夫。 あの七聖宝には、盗難防止の罠を仕掛けてあるから、それを解除するまであの場所に留まるはずだよ」


 恐怖から弱腰になる俺に対し、ネルトは何としてもカッツォを町へ連れ戻る覚悟のようだ。

 ネルトがこの部隊に配属されたのは、確か先月からだと言っていたが、たったひと月でこんなにカッツォのことを敬愛しているとは…。


 早速、俺が頭の方、ネルトは足の方を持ち、何とかカッツォの身体を持ち上げることができた。

 しかし、少し歩くだけで体重がかかり、ズルッと手が滑って何度もカッツォを地面に落としてしまい、このまま町へ運ぶのは厳しく思えた。

 するとそこへ、パカラ…パカラ…と、背後から馬の足音が聞こえ、俺たちは勇者たちかと思って慌てて振り返る。


「この馬ん背中に乗せりァ、運びやすいんでねっが?」


 それは、コパンがスカル・ホースの手綱を引きながら、こちらに歩いてくる音だった。

 伝令使のスケルトンが乗っていた骨の馬が、灯台の入口付近に繋がれて待機していたらしい。

 俺たち以外の魔物は、一人残らず勇者にやられてしまったが、敵意のないこの馬は見逃してくれていたようだ。

 俺とネルトは、でかした!とコパンを称え、それを受けてコパンは嬉しそうにカタカタと顔を揺らして笑顔を浮かべていた。


「せー…のっ! よいしょーッ…っと」


 なんとか俺とネルトでカッツォを持ち上げ、スカル・ホースの鞍の上にうつ伏せの状態で、くの字に乗せることができた。

 何度か失敗して、気絶中のカッツォを顔面から地面に叩き付けたことは、俺たち三人だけの秘密だ。

 コパンが馬の前に立ち、手綱を引く係をやりたいということなので、そうさせてあげることにした。


「よし… 勇者たちに気付かれる前に、グランシアの城下町へ戻ろう」


 ネルトはそう言い、スカル・ホースのお尻を軽くパンパンと叩くと、普通の馬より掠れた声だが「ヒヒンッ」と馬らしい鳴き声を上げて前へと進みだした。

 辺りはまだ真っ暗で街灯もない海岸沿いだが、夜行性の俺たちには周りが暗視ゴーグルのようによく見える。

 波の音が俺たちの足音を掻き消すように包み込み、勇者たちに気付かれることなく、灯台から離れることができた。


 しばらく歩いて振り返ると、もう北の灯台は米粒ほどの大きさになるまで遠ざかっていた。

 すると、灯台の展望室...ちょうど俺たちが勇者を待ち構えていたあの4階の部屋から、カッ!と周囲の景色が明るくなるほどの眩い光が溢れだした。

 俺とコパンは驚いていたが、ネルトはそれを見ながら冷静につぶやいた。


「どうやら、七聖宝の罠を解除したようだね… “星詠みの水鏡”は、もう勇者たちに奪われちゃったよ」


 展望室の光は徐々に小さくなっていき、勇者たちがその場から移動したことが分かった。

 俺たちはまた前を向き、少し早足になって移動を再開する。


 グレイト・ソウルズの勇者なら、この後いったん近くの村に戻って、傷を癒したり回復薬を買ったりと、次の戦いに向けて準備を整えるところだが、あいつら一切ダメージを受けていなかったので、その必要はないかもしれない…

 もし次の目的地がゲームと同じで、そこへ直行するとしたらグランシア城のある方角とは真逆の場所になるので問題ないが…万が一、グランシア城を攻めようとしてきたら、きっと俺たちの後ろから迫ってくる…

 あの勇者たちカローネスに乗って高速移動するので、どんなに急いでもすぐに追い付かれてしまう…!


 俺は慌てて灯台のほうを確認すると、ちょうど灯台の入口に黄金の光が4つ集まっていた。

 さすがにこの距離からでは、勇者たちの姿までは確認できないが、カローネスに乗って次の場所へ移動する直前のはず…。

 俺たちは歩を止め、勇者たちがどちらへ向かうか見守ることにした。


 すると4つの黄金の光は、俺たちの進行方向とは反対側へと向かい、闇の中に消えていった。

 俺たちは、ほっ…と胸をなでおろし、またグランシア城下町を目指して歩き出す。


 手綱を引いてルンルンと歩くコパンを先頭に、スカル・ホースの鞍にはカッツォを乗せ、その左右でカッツォが落ちないよう手で支えながら俺とネルトが歩いている。

 俺はふと、気になったことがあったので、歩きながらカッツォ越しにネルトへ質問してみた。


「なあ、ネルト。 なんであの七聖宝ってやつについて詳しいんだ?」


 すると、ネルトは少し間を置いて、俺にこう返した。


「別に詳しいわけではないよ。 あの“星詠みの水鏡”は、僕たちスケルトン兵士が守ることになっているから、これまでも色んな勇者たちから守ってきただけさ」


 そうか、ネルトはきっと過去にも今日のような遠征をして、北の灯台で勇者を撃退してきたんだな……

 だから今日会ったあの勇者たちが、他の勇者たちより強いとネルトは言っていたわけか。


「そっか…ごめんな、変なこと聞いたりして」


「えっ、大丈夫だよ。 気にしないで」


 何となく聞いちゃいけない質問をしちゃったかな、と思った俺はネルトに謝っておいた。

 確かにあの勇者たちは強かった… もしあのまま戦いが長引いていたら、ゲームの通りあの展望台でカッツォは勇者に討ち取られていたはず……

 しかし、実際にはカッツォが窓から転落しただけで、今こうして気を失ってはいるものの、命には別状なく馬の鞍に身を預けている……

 やはり、この世界はグレイト・ソウルズと似て非なる別の世界……俺の中でその可能性のほうが高まってきた。


 まだ朝日が昇るまでに数時間はあるが、きっと町へ到着する頃にはちょうど日が差す頃だろう。

 俺とネルトは疲れもあってか、次第に口数が減り、いつの間にか黙って歩を進めていた。

 カッツォは目を覚ます気配もなく、ゆさゆさと馬の背中で揺れている。


 真っ暗な道のりを、ひたすら前へ前へと進む。

 コパンの楽し気な鼻歌だけが、闇夜の空に響き渡っていた——

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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