7話 北の塔での攻防戦
松明の炎が風に揺らぎ火の粉が宙に舞う中、勇者たち4人の顔が俺の目にもはっきりと見えた。
「……えっ、誰?」
俺は思わず声に出してそう言ってしまった。
まず、女戦士の顔が全然違う…。グレイト・ソウルズのゲームでは、もっとこう、お淑やかな感じの娘だった。
魔法使いのおっさんは、ゲームと顔は似てるが少し老けたような…何というか、みすぼらしい感じになっている気がする……
僧侶の男に至っては、もはや全く知らないやつだ。誰だお前は。
勇者の見た目については、キャラクリエイト次第で如何様にも変えられるが、デフォルトで設定されている顔ともまた違う……
「そこを退け、スケルトンども」
その見覚えのない勇者は、何の躊躇もなくスケルトン兵士に詰め寄り、互いの剣が重なる間合いに踏み込んだ。
兵士たち5名は、ビクッと身を強張らせながらも盾を構え、勇者を迎え撃つ姿勢をとる。
先に仕掛けたのは中央にいたスケルトン兵士だった。
「ヤァァーーッ!!」
盾を構えながら果敢に剣を振りかざすスケルトン兵士。
その剣が勇者に向けて振り下ろさんとしたその刹那、ビシュッ!という風を切る音とともに、勇者の手が微かに動いて見えた。
——ゴトンッ……
兵士が剣を振り下ろす前に、勇者の剣が目にも止まらぬ速さで、彼の首を一太刀のうちに両断していたのだ。
残りのスケルトン兵士たちの足元に、ゴロン…と彼の首が転がり、おもわず恐怖で悲鳴を上げてしまう。
勝ち目がないと分かっていても、戦わなければ後でカッツォから骨粉の刑に処されるだけ…
兵士たちは自らの闘志を奮い立たせ、一斉に勇者へ立ち向かう。
『うおおおおッ!』
しかし、勇者たちの圧倒的な戦力の前に、一矢報いることもできぬまま瞬殺されてしまった。
気付けば、ものの数分の内に20名もいたスケルトン兵士が還らぬ者となった……
そして、俺は見逃さなかった。
勇者の手に、“ルミナスソード”が握られていることを。
やはりおかしい… あの剣もカローネス同様、中盤以降にしか手に入れることができない武器だ。
よく見ると、鎧や盾など身に着けている装備品はすべて、序盤では入手不可能なアイテムばかり…
だいたい、あれを買い揃えるだけのグラン(通貨)を集めることだって序盤では難しいはず…。
なぜだ…? どうして…?
やっぱりここは、グレイト・ソウルズとは全く関係のない、ただ似ているだけの世界なのか?
えっ、それとも俺、実はまだ死んでなくて、昏睡状態のまま夢でも見てる…とか?
俺とネルトは窓際からゆっくり離れ、顔を見合わせると、ネルトは神妙な面持ちでこう言った。
「あの勇者たち、今までの勇者と比較にならないくらい強いよ…」
「えっ…ネルト。 今までの勇者って、どういうこと?」
ネルトは、その問いに対し簡単に説明してくれた。
どうやらこの世界における“勇者”とは、“魔物を狩る者”を指すらしい。
これまでにも多くの勇者が現れては、こうして七聖宝を狙ってくるので返り討ちにしてきたとのこと。
返り討ちに…?
ということは、この北の灯台での攻防戦も、ゲームの通りになるとは限らない…?
ならば、カッツォも、今日ここで討ち取らると決まっているわけではない…ということか?
それなら俺たちも、勇者と戦わず無傷で生還することも……
そんなことを考えている内に、魔物たちの叫び声と共に激しい戦闘の音がこの階にまで聞こえてきた。
おそらく、1階で勇者たちが大暴れしているのだろう…。
あんな、強力な武器と防具を序盤から装備している勇者一行だ、すぐにこの階にまで到着することだろう…。
難関となる3階の魔物“ハロウレイス”が放つ即死系魔法も、きっと対策済みに違いない。
——ギャアアッ うわァーッ!
もう2階辺りから魔物たちの阿鼻叫喚と、金属音や魔法の音が聞こえてくる…。
しばらくすると音は止み、どちらが敗北したことがわかる。答えは明白だが…。
——ヒュゴォオオオッ キュワァァーー・・・!
とうとう、このすぐ下の階からハロウレイスの叫び声と、闇属性によく効く光属性の魔法を放つ音が聞こえてきた。魔法の効果音はゲームとよく似ているので、俺は音だけで何の魔法か分かった。
そして、どうやらもう勇者たちは、3階を踏破する寸前にまで迫っているようだ。
俺は、じっと胡坐の姿勢を崩さず精神統一を行い続けるカッツォに目をやった。
「・・・・・・。」
カッツォは、まだ目を閉じたまま魔力の温存を続けている。
その淀みない集中力には目を見張るものがあり、この灯台に着いた時から比べ物にならないほど、全身の魔力が練り上げられているのが分かる。
これだけの魔力があれば、ひょっとするとあの勇者たちが相手でも、結構いい勝負になるかもしれない…。
それに加えて俺たち三人も加勢すれば、或いは勇者に勝てる可能性も……
——バンッ
ついに、俺たちがいる4階の扉が開き、勇者たちが目の前に現れた。
俺とネルトは、剣を抜き、盾をぎゅっと握り締め、戦闘の体勢をとる。
コパンも扉が開く音で目を覚まし、少し遅れて俺たちの横に並んで剣を構える。
…戦闘と言ったって、俺はまだ一度も剣術の訓練すら受けていないというのに、いきなりこんな強い勇者が相手だなんて……
すると、俺たち三人の前にスッ…とカッツォが現れ、片手を広げて俺たちに向け、その大きな背中越しにこう言った。
「…お前たちに敵う相手じゃない。 後ろに下がって見てろ」
カッツォは、俺たちに振り返ることもなく一歩ずつ前へと進みながら、勇者たちに向かって挑発的な台詞を吐く。
「俺の名は、カッツォ。 お前たちが最後に聞く魔物の名だ」
すると、勇者はミスリルソードをヒュッと構え直し、他のパーティーメンバーもすかさず戦闘態勢に入り、その場の空気は一気に重くなった。
そこからは、一瞬の出来事だった。
先に動いたのはカッツォだ。
破壊のクラブを握り締め、真っ直ぐ勇者に向かって行く。
勇者は体勢を低く落として迎え撃つ構えを取り、その後ろから女戦士が素早く横に飛び出した。
さらに後方では僧侶がバフ魔法の詠唱を始め、魔法使いも杖に魔力を送って攻撃魔法を唱えている。
「ぬぅんッ!」
カッツォは攻撃の狙いを勇者に定め、クラブを大きく振りかぶって、初撃から勇者に渾身の一撃を与えようとしている。
この瞬間、カッツォの後ろに回り込んだ戦士が、死角から同じようにハンマーを振りかぶっている。
しかし、そのどちらよりも速く、勇者の剣がキラッと輝いた。
ズバッ!
カッツォの左脇腹から右胸にかけて一太刀、目にも止まらぬ速さで斬り込みながら、勇者はくるりと身体を翻し、カッツォの右側に身体を移動させた。
カッツォは苦悶の表情を浮かべながらも、攻撃導線から逸れた勇者を目で追いつつ、体勢を立て直そうとした時…
ガゴンッ!
強烈なハンマーの一撃がカッツォの後頭部に与えられ、思わずグオオッ…と声を漏らし、片膝を付いて後頭部を手で押さえるカッツォ。
意識が朦朧とする中、カッツォの全身が突然、魔力の波動に包まれる。
ズアアアァァァァ!!
堪らず悲鳴を上げるカッツォ。それは魔法使いが唱えた無属性の攻撃魔法だった。
クラブをぶんぶん振り回し、何とかその場を離れ、魔法から逃れるカッツォ。
「ぐぬぬ…貴様ら、何者だ…?!」
どうやら3回連続でダメージを与えられたカッツォは驚きを隠せない。
カッツォの大きな振りかぶりモーションには、グレイト・ソウルズでもちょうど3回攻撃を与える隙が生まれる。
初心者の内はそれに気付かず、この攻撃を避けたり防御したりするのに精一杯で、一向に反撃するチャンスは巡って来ない。そして次第にこちらの体力が削られて、何もできないまま負けてしまうのだ。
だが、その攻撃の隙に気付いてしまえば造作もなく倒せてしまう。
——コォォォ……
カッツォが怯んでいる隙に、僧侶による攻撃力を高めるバフ魔法の付与。
勇者パーティーの全員が、淡く黄色い光の粒子に包まれていく。
これもカッツォ戦を最短で終わらせるためには欠かせない工程だ。
「ぐぉおおッ!!」
カッツォがもう一度クラブを握り直し、勇者たちに立ち向かおうとしたその時、いつの間にかカッツォの真横に回り込んでいた魔法使いが、近距離からの無属性魔法を放った。
ズアアアァァァァ!!
魔法はカッツォの顔面に直撃し、カッツォは悶絶しながらその魔法を避けようと走り回る。
無我夢中に走るカッツォは、なんと俺たち三人のほうへ走り寄ってきた。
「カ、カッツォ様! 大丈夫ですか?!」
ダメージを帯びながら走り寄ってくるカッツォに対し、ネルトは心配そうに声をかけた。
するとカッツォは、俺たち三人が祭壇付近に集まって身を寄せているのを見て、急激に走る方向を変える。
カッツォは祭壇の横壁にある窓際へと走り抜け、なんと勢い余ってそのまま突っ込み、窓から飛び降りる形で外へ落下してしまった。
——ドズゥゥゥンンッ!
カッツォの巨体が灯台の一番下まで落ちて行き、その落下の衝撃が地響きとともにこの階にまで伝わってきた。
俺たち三人は、慌てて窓際に駆け寄り、同じ窓から三人が顔を寄せ合って覗き込み、灯台の下を確認すると、うつ伏せの状態でピクリとも動かないカッツォの姿があった。
「あああっ!! カッツォ様ぁああっ!! ご無事ですかー?!」
「うわ゛あ゛あ゛あ゛んッ!! カッツ゛ォさま゛ァ~!!」
ネルトとコパンは大声でカッツォの名を呼び、泣き叫んでいる。
俺はまだカッツォと出会ったばかりで、そこまで深い思い入れはないものの、自分の上官がこんな形で倒されてしまったのを目の当たりにして、複雑な気持ちが胸に渦巻いていた。
いくら声をかけても反応のないカッツォを見て、俺たちは窓からゆっくりと離れ、室内のほうへ振り返る。
すると、勇者たちはもう、俺たちの目の前にまで迫っていた。
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