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5話 進軍

 外は晴天で、気持ちのいい風が吹いているが、俺は緊張した足取りで司祭室へ向かう。

 いったいどんな話をされるのだろう…ひょっとして新人のスケルトン兵士は必ず最初に司祭からお話があるんだろうか?

 ないはずの脈がドクンドクンと高鳴っている気がした。


 司祭室の扉の前に立つと、まだノックもしていないのに中から「どうぞ」と司祭の声がした。

 俺は、ゆっくりと扉を開き、司祭室の中へと入る。


 そこはまるで図書館のように、両側の壁にびっしりと書物が並べられた部屋だった。

 その中央に机が置かれ、司祭はそこで椅子に腰かけて本を読んでいた。

 司祭の机の前にはもう一脚、向かい合うように椅子が置かれている。


「うむ、よく来たな。 そこに座りたまえ」


 俺は、失礼します…と言いながら椅子に腰かけ、司祭の姿を改めてじっくりと確認した。

 闇をあらわす模様をあしらった長い帽子を頭に乗せ、威厳を感じさせる立派なローブを身にまとっている。

 その口調や佇まいからも年配だと分かってはいたが、こうして間近に見ると、骨にも細かいひび割れやシミなどが多くあり、ご老体であることが見てとれる。


「わしは、モルド・エクレア。 この町の司祭をやっておる」


 エクレア司祭… あ~、思い出した。確かにゲームでもそんな名前だったな。

 司祭はコップにお茶を注ぎながら、簡単な自己紹介をしてくれたので、こちらも「エイトです」と名乗る。

 俺が出されたお茶を口に含むと、司祭は俺を見ながらこう続けた。


「久しぶりに見たのぉ… お主のような異端者… いや、異邦人とでも呼ぶべきか」


 俺は思わず口に含んだお茶を吹き出し、司祭の顔に思い切り吹き掛けてしまった。

 これはもはや、俺が“転生者”であることに気付いていると言っても過言ではない。

 慌てふためく俺を尻目に、司祭は顔を拭うこともせず淡々と話し続ける。


「過去にも2名、お主と同じような“青い輝きを放つソウル”を持つスケルトン兵士がおった…」


 司祭が言うには、その過去の2名はいずれも“別の世界から来た”とか“現世に還せ”などと言っていたそうだが、単なる戯言だと思われてしまったらしい。

 最終的には気が狂ったように暴れだし、すぐに取り押さえられて骨粉の刑に処されたそうだ……

 司祭がそこまで話すと、しばし沈黙が流れたが、俺は余計なことを言わないよう、返す言葉に迷っていると司祭はさらにこう続けた。


「…しかし、見たところ お主は、発狂する様子もなく落ち着いておるのぉ… あの2名と何が違うんじゃろう?」


 俺の場合、大好きなグレイト・ソウルズの世界に来れたという喜びや、現世から逃げたかったという思いなども強かったので、発狂せずにいられたのかもしれないが…

 この世界に転生した人間は、みんなスケルトンとして生み出され、みんな青いソウルを持つのか…?


 それにしても、司祭にとっては俺が何かの研究材料にでも見えているんだろうか? 変に興味を持たれるのも俺にとっては都合が悪い。

 ここは何とか適当にかわして、早くネルトのところへ……


「まあ良い。 時間を取らせてすまなかったな」


 こちらから切り出す前に、司祭のほうから話を切り上げてくれた。

 何にせよ、ひとまず何事もなく、すぐに開放してもらえて良かった。


 しかし、何のために俺を呼んだのだろう… 俺のことを近くで観察して、このソウルを確かめたかったのか?…あるいは、単に興味があっただけか…?

 どちらにせよ、今すぐ俺をどうこうしようという感じではなさそうだし、深く考えないようにしよう……


 俺は司祭室を出ると、急いでネルトの元へと向かった。


 ――城下町から少し離れた山の中

 俺は、ネルトと一緒に食料調達の狩りを来ていた。

 狩りと言っても獣などが相手ではなく、新人である俺のために危険性の少ない“山菜狩り”のようなものにしてくれた。


 人間の世界にもありそうな野草やキノコ、果実などを採って、背中に背負ったカゴに入れて持ち帰るのが今日の任務だ。

 右も左も分からない俺は、見つけたものを全てネルトに見せて、食べていいやつかどうか確認してから自分のカゴに入れる。

 食に興味のなかった俺には、先ほど採取した手のひらみたいな形の“ハンドルーム”というキノコと、人間の世界にあった“マイタケ”の違いすらよく分からない。もしかしたら同じ形だったかもしれない。


 気づけば俺もネルトも背中のカゴがパンパンになり、そろそろ詰所のほうへ帰ろうということになった。

 山を下りながらグランシア城と城下町を一望でき、ちょっとしたハイキング気分に浸りながら、俺は程よい体の疲れを楽しんでいた。

 すると、下から慌てたような声をあげながら走り寄ってくるスケルトンの姿が見えた。


「お~~い! ネルト~~! エイト~~!」


 その声の主はコパンだった。

 コパンは俺とネルトの前まで猛ダッシュで駆け登ってくると、息を切らしながらも要件を伝えた。


「ゆ、ゆ、勇者だちがッ、北の灯台に、明日にゃあ到着するっでよォ!」


 ど…どういうことだ…?!

 確かにグレイト・ソウルズでは、北の砦を攻め落とした後、ストーリー上、次に訪れる場所は“北の灯台”だ。

 しかし、北の砦を攻略した後、あの辺り一帯に深い霧が立ち込めて通行不可能になるため、いったん街に戻って“霧払いの光”というアイテムを手に入れる必要があり、そのためのクエストも用意されている。

 どんなに上手くプレイしても、あの砦から街へ戻る時間と、クエストアイテムの入手まで含めて、灯台へたどり着くまでにゲームのプレイ時間にしても数時間はかかる。

 この世界の現実的な距離から換算すれば4~5日はかかるはず……


「あいづら、どういう訳か… カローネスに乗っでるって話だでっ!」


 …なッ?!カローネス??

 それは、ゲームの中盤以降に女神セレイナから入手できる“聖なる馬”…。

 フィールドマップの搭乗可能エリアでのみ呼び出すことができ、どこからともなく現れて、勇者一行を魔物のエンカウントなしで高速移動させてくれる乗り物だ。

 なるほど、カローネスに乗って移動していたのなら、移動時間は一気に短縮できる…。クエストを受けた街から一日あれば到着するだろう。


「あっ… そんでェ、カッツォ様が、おめェら早ぐ呼んで来いっでェ… みんなもう集まっでんよ」


 俺とネルトは “それを先に言えよ” と思いながらも、三人で急いで山を駆け下りた。


 騒がしくなっている城下町を走り抜け、スケルトン兵士の詰所が見えて来る。

 詰所の前にはすでに兵士たちがずらりと整列していた。

 その隊列の奥には、荒々しくクラブを掲げて部下の兵士たちを鼓舞するカッツォの姿もあった。

 するとカッツォがすぐに俺たち三人に気付いて声をかけきた。


「おおっ、お前たち! やっと帰ってきたか。 早く武器を取って隊列に加われ!」


 俺とネルトはその場で食料のカゴを降ろし、近くにいたスケルトンの女子たちに手渡すと、代わりに女子たちは俺とネルトに剣を渡してくれた。


「うおっ…」


 受け取った瞬間、俺は思わず声が漏れた。

 昨日は空っぽの鞘だけを腰に付けていたが、本身の入った鞘というのはこれほどまで、ズシリ…と重みを感じるのか。

 何とか剣を腰ひもで巻き付け、壁にかけてあった丸い盾を手に取り、隊列の一番後ろに駆け寄る。


「よーしッ! 全員揃ったな? 北の灯台に向けて出発ーーッ!!」


 一息つく間もなく、カッツォは号令を出し、それを受けて、おおーーーッ!と周りのスケルトン兵士たちも咆哮をあげる。

 そして、カッツォを先頭に、スケルトン兵士たちは一斉に骨の音を響かせながら歩き出した。


 ざっと見渡しただけでも100名近くのスケルトン兵士が参加しているようだ。

 昨日、俺が転生してきた戦場跡にも無数の骨が散らばっていたが、まだこんなに沢山の兵士が残っていたとは…。

 ちなみに今回は不参加だが、他2名の部隊長と小隊についても、グレイト・ソウルズの設定資料には記されている――


 斥候小隊を統べる部隊長“ダン・スカルニル”

 ひときわ細身の骨格ながらも、剣の腕前は上位クラスだ。

 スケルトンとは思えぬほどの俊敏さと、音を立てぬ歩法を習得している。

 振り下ろすレイピアは風よりも速く、それでいて寸分の狂いもない精密さを伴う。

 戦においては、鍛え抜かれた兵士たちが迅速に行動し、進軍ルートの確保や偵察を担当している。


 そして、もう一人の部隊長“ドラガ・ボーンヘルト”

 その体躯はスケルトンの枠を遥かに超え、腕力だけなら魔王にも一目置かれるほどだ。

 盾は持たずに、両腕で鉄塊のようなメイスを握り、並の兵士なら風圧だけでも肉塊と化してしまうほど桁外れな破壊力を誇る。

 彼が率いるのは、少数精鋭の選りすぐり兵士だけが所属する、ドラガリアという名の小規模な部隊。

 隙のない連携攻撃を得意とし、俺もグレイト・ソウルズのゲームでは、何度この部隊に泣かされたことか……


 町の警備が手薄になってはいけない、というわけで、これら2つの部隊は今回の勇者討伐には参加していない。

 つまり、カッツォとしては今回、勇者を討ち取って大手柄をあげる絶好のチャンスなのである。


 しかし俺とネイル、そしてコパンが所属するこのカッツォ部隊は、言わば歩兵師団。

 数こそ多いものの、個々の戦闘技術はさほど高くない。

 グレイト・ソウルズでは下から数えて2~3番目くらいに弱い一兵卒の寄せ集めだ。

 そのため、ゲームではこの後、勇者一行によってボコボコにされる運命なのだが果たして……


 ―― ガランッ ガランッ ガランッ


 スケルトン兵士たちの行進は、グランシア王国の領土を抜け、ユードリア海岸にまで差し掛かった。

 このまま海岸線に沿って道なりに進んで行けば、今日の夜までには北の灯台に着くだろう。

 勇者一行はカローネスに乗っているとは言え、距離からして到着は早くても明日の朝だ。


 誰も私語を発することなく、ただ黙々と歩を進め、その一人ひとりの骨の音が集まって、不気味な轟音を響かせていた。


 かれこれ2時間近く休まず歩き続けているが、部隊長のカッツォは一定の速度と歩幅のままで、少しの疲れも感じられない。

 スケルトン兵士たちもまた、カッツォの歩く速度に合わせて着いて行くが、その表情は皆 険しく、明らかに疲れが見てとれる。

 しかし、もしも途中で音を上げて歩くのを止めれば、カッツォから足手まといだと言われ、その場で即・骨粉の刑に処されることだろう…。


 俺は、先ほどの食料調達での登山と、召集された時に急いで走った疲れが、まだ尾を引いており、徐々に体力の限界が近付いて来ていた。

 昨日の感じからして、俺はカッツォには気に入られているようだが、使い物にならない兵士だと見なされたら、容赦なく骨粉の刑だろう……


 そんなことを考えている内に、俺の体は恐怖でカタカタと震え始めた。

 すると、すぐ隣に歩いているネルトが俺の様子に気づいて、前を向いたまま俺にだけ聞こえる声量でこう言った。


「エイトくん…大丈夫だよ。 昨日あの戦場から生還したんだろ? 今日も一緒に生き残ろう!」


 魔物というのは冷徹で、戦場に出たら仲間に情けをかけない、それが掟なのだと、昨夜ネルトは俺に言った。

 それなのに、怯えている俺を見てこんな励ましの言葉をくれるなんて……


 わかったよネルト…生還してみせる…!


 俺の初陣の時が、刻一刻と迫っていた――

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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