4話 初めての朝
布団を畳むという行為……
それすら、俺にとっては久しぶりのことだ。
現世での俺のベッドといえば、いつから敷きっぱなしか忘れるほどの万年床で、おそらく何らかの菌とか繁殖していたに違いない…。
今にして思えば、あんな不衛生な環境でよく寝られていたものだ……
俺は、そんなことを考えながら布団を畳み終え、ネルトと一緒に食堂へと向かう。
通路に出ると、昨日の新人歓迎会にはいなかった見知らぬ兵士たちが続々と食堂へ向かっていく。
時折、昨日見た顔ぶれも通り過ぎるが、スッキリとした表情で挨拶を交わしており、誰一人として二日酔いにはなっていないようだ。
「ほら、ぼーっと立ってないで! 昨日、新人歓迎会をした食堂に向かうよ。 早めに行ったほうが窓際の良い席をとれるんだ」
後ろからネルトに急かされ、兵士たちに交じって食堂へと向かう。
食堂に着くと、昨夜あれだけ飲んで食べて散らかしたテーブルが、嘘のように綺麗に片付けられ、きちっと並べられて、50~60名ほどは座れそうな状態になっていた。
あの後、最後まで残っていた兵士が後片付けをしたのか、或いは朝になって片付けられたのか、どちらにせよ自分の歓迎会だったので恐縮な気分だ。
「ふぅ~…間に合ったね。 この食堂、朝は奪い合いなんだよ。 座れなかった人たちは、席が空くまで待機することになるんだ」
ネルトはそう言いながら中央辺りの席に腰かけ、俺も隣に腰を下ろす。
食堂の入り口付近を見ると、席に座れなかった兵士たちが悔しそうな表情を浮かべ、通路へと引き返していく様子が見えた。
厨房ではコック服を着たスケルトンが大きな鍋で食事を用意し、エプロンを付けた配膳係のスケルトンがせっせと料理を食堂へ運んでくる。
この配膳係は女性のスケルトンのようで、兵士たちはその配膳する姿を横目でチラチラと眺めたり、下心を込めて話しかけたりしている。
男というのは、どの世界でも似たようなものだな…と思っていると
「あなたが新人のエイトさん? いっぱい食べてね~♪」
俺の席に料理が乗った皿を置きながら、一人の配膳係が突然話しかけてきた。
おどおどしながら受け答えをしている俺の様子を、周りの兵士たちはニヤニヤと笑いながら見ている。
いやいや…待てよ。女性とは言え、相手はただのスケルトンだぞ…!ただの骨だぞ…!それなのに、どうして……
俺は、自分の胸が少しドキドキしいることに気づいた…心臓もないのに。
思えば、職場以外の場所で女性と会話することなんて、ここ数年まったくないことだった…。
あんな骨しかないスケルトン種族の女性でも、今の俺にとっては同じ種族の異性であり、久しぶりの異性との会話だったのだ。
だが、目の前に置かれた朝食を見て、そんな浮わついた気分も一気に吹き飛んだ。
ボコボコと謎の気泡が破裂してガスが吹き出る群青色のスープ……否、スープのような何か。
そして、何の肉なのか分からないが異様な刺激臭を放つどす黒い骨付きの肉……のような何か。
昨夜の新人歓迎会では、グランエールの他にパンやチーズなど軽めの食べ物は口にしたが、まさかガチの魔物料理がこんな代物だったとは…!
さすがにこれは…ちょっと食べる気になれない……
昨日聞いた話では、スケルトンは食事をとらなくても問題ないとのことだが…やはり食べないと失礼になるだろうか?
まぁ、あのグランエールも見た目は泥水のようだったけど、飲めば絶品の果実酒だったし、この料理も食べれば美味しいのか…?
そんなことを考えている内に、食堂のすべてのテーブルに朝食が出揃い、奥の部屋から司祭のような恰好をした年老いたスケルトンが現れた。
確か、あの司祭はグレイト・ソウルズにも登場するが、ゲーム内では一度だけしか顔を見せない上に、戦闘する必要のないNPCなので、あまり印象深いキャラクターではない。
だが、設定としては部隊長より階級が高く、事実上このグランシア城で最も強い権力を持っている。
名前は、え~と……
司祭は奥にあるテーブルの自席に着くと、ゆっくり周りを見渡し始めた。
そのテーブルには、俺の上司にあたるカッツォをはじめ、他にも数名の部隊長クラスと思われる強面スケルトンが座っている。
食堂内は、スケルトン兵士たちのガヤガヤとした雑談の声に溢れ、司祭と指揮官たちにはお構い無しに盛り上がっている。
しばらくすると、一人また一人と司祭たちの視線に気付いて私語をやめ、食堂は少しずつ静かになっていった。
ようやく最後の一人が私語をやめ、食堂内に静寂が訪れると、司祭はおもむろに起立し、口を開く。
「コホンッ…え~…… 皆さんが静かになるまで、10分かかりました」
それを聞いて皆、反省している雰囲気で下を向く。
司祭は少し強い口調で、せっかくのスープが冷めてしまったこと、時間は貴重なものであること等、こんこんと説教タイム。
そして説教が終わると、手に持っていた本を開き、そのうちの一節を読み上げ始めた。
シン…と静まり返る食堂の中、兵士たちは下を向いたまま、響き渡る司祭の言葉に耳を傾けている。
司祭が読み上げるのは、“闇への感謝”を表す言葉だった。
彼ら魔物は、グレイト・ソウルズのゲーム内でも“闇”を崇拝しており、闇こそが全ての理と信じている。
——魔物たちは皆、闇から生まれ、闇へと帰す
勇者や上官の手によって仲間が骨粉にされても、それはただ闇へ還っただけに過ぎず、また闇から生まれ出でるだけのこと…という考え方なのだ。
それ故に、彼らは仲間同士の死に対してもどこか冷徹で、あっけらかんとした態度でいられるのだろう。
司祭は、切りのいいところまで読み終えると、本をパタンと閉じ、皆に向かって大きな声でこう言った。
「それでは皆の者、闇に感謝して良い朝食を! いただきますっ」
先ほどまで静まり返っていた食堂が、皆の“いただきまーす!”という挨拶を皮切りに、明るく賑やかな食堂に戻った。
俺は、隣に座っているネルトから、ここでの作業について教わりながら食事をとる。
実は今朝、ネルトは俺より先に起きてカッツォの元へ出向き、新人教育係として自ら名乗り出てくれたそうだ。
その後、またベッドに戻り、俺の起床を待っていたということか…。
ともかく、しばらくの間はネルトと一緒に教務を行って研修することになった。
今日は、まず詰所の掃除を皆で分担して行い、そのあと町の外へ出て食材の調達を行うそうだ。
ほかにも様々な仕事があり、こうした日々の役割は、指揮官であり部隊長のカッツォが、いい案配になるよう割り振っているらしい。
マキ割り、井戸汲み、城下町の見回り、正門の見張り、門番、等など…
この町の要となる作業は、ほとんどをスケルトン兵士が担っていると分かった。
そして当然、魔物としての重要な仕事の一つに、“人里の襲撃”や“勇者の討伐”といった物騒なものも……
ネルトの説明はとても丁寧で分かりやすく、スケルトンの仕事がどんなものか大体把握できた。
それにしても、このゲテモノのような料理だが……めちゃくちゃ美味いッ!
ボコボコと謎のガスを噴き出すスープは、嗅いだこともない強烈な香りが鼻孔を劈きつつも、脳天からつま先までビリビリとした刺激が旨味になって、骨の髄まで染み渡る。
この何の肉か分からないやつは、もう何の肉なのか知りたくもないが、とにかく臭くて美味いッ!クサウマ!これ程までに臭味と旨味を両立させるなんて、あのコック…天才かよ。
人間の味覚だったら絶対に吐いているであろう料理を、俺は感動しながら一口ずつ味わって食べた。
現世での俺の食生活といえば、もっぱらコンビニで買った弁当がメイン。
野菜を食べることは少なく、栄養ドリンクとビタミン剤がその代わりのようなものだった。
仕事が忙しくて調理や外食をする時間がない…ということもあるが、そもそも俺は“食”に興味がなかった。
例えば、いっそ食事なんてカプセル状になっていて、それを1~2錠ほど口に放り込んで水で流し込めば、お腹の中で膨れて空腹が満たされ、ついでに栄養もバッチリ補ってくれる… そんな商品が開発されたらいいな~と、本気で思っていたくらいだ。
スケルトン生活を始めてまだ2日目だが、すでに様々な発見があり驚かされっぱなしである。
今日もきっと、ネルトと一緒に行う業務では、たくさんの気づきを与えられるのだろう。
そう思うと、今からワクワクが止まらない。
すると、テーブルの一番端に座っている司祭が、こちらに強い視線を送っていることに気づいた。
俺は、その視線に気付きつつも、ちょっと怖かったので気付かないふりをしていると、司祭は業を煮やしたのか、ウインクをしたり、パチン!パチン!と指まで鳴らし始めた。
さすがに無視できないと思った俺は、ゆっくり司祭のほうを見ると、バチーンと目が合ってしまったため、会釈をして食事を続ける。
すると司祭はすぐに席を立ち、周りのスケルトンに何か告げると、そのまま俺のほうへと近づいて来た。
そして俺の横まで来ると、俺が立って挨拶しようとするのを制し、ネルトに話しかけてきた。
「ネルトや。 食事が終わったら、研修を始める前に、この男と話をさせてもらえるかの?」
ネルトは姿勢を正して「はい!」と返事をする、その慌てぶりからして司祭は絶対的な存在のようだ。
俺は、急いで食事を済ませ、いったんネルトと解散し、一人で詰所の隣にある司祭室へと向かうことになった。
一体、俺にどんな話があるというのだろう……
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