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31話 最終決戦

 魔王城の内部はとにかく広い——


 そのうえ、凶悪な魔物がそこかしこに潜んで俺たちを待ち構えている。


 レイスさんもすでに打撲や切り傷を何か所も受け、セラも生傷が絶えない。ザハルの回復が間に合わない状態だ。

 グリモアの攻撃魔法で何とか凌いで戦い続けているが、すでに魔力が底を突きかけている。


 俺とコパンも相変わらず彼らの後について走り、弱り切らなかった魔物はコパンが長槍で貫き、俺が最後に封魔の匣を使って封印していく。


 そして……


 俺たちは遂に、最上階に続く階段を抜け、魔王城の天守閣にあたる最上階へと辿り着いた。


 そこには大きな扉が一つ。


「いよいよだな…… みんな、準備はいいか?」


 皆、満身創痍の状態ながらも、力強く頷き、最後の戦いに備える。


 そしてレイスは、その扉を開けた。


 ——グゴゴ…… ゴゴゴゴォォン……


 そこは魔王の間。


 天井は高く、四方は黒鉄の壁に覆われ、その壁には等間隔に松明が掲げられている。

 しかしその松明の炎は力なく揺れ、まるでこの空間そのものが衰弱しているかのように見えた。


 この広間の中央には、黒曜石から削り出したような玉座がある。

 かつては威厳と恐怖を放つ象徴だったであろうその玉座には、大きなヒビ割れが走り、今にも崩れ落ちそうな状態になっていた。


 ——魔王だ。


 その玉座に、確かに魔王が座っている。

 だが、身に着けている鎧は砕け、全身には無数の傷とどす黒い体液が流れ出ている……もはや、瀕死の状態だ。


 こんなのグレイト・ソウルズのゲームとはまるで違う……

 確かにゲームでも七聖宝をすべて集めれば魔王の力が弱くなるが、それでも尚、強靭な肉体と破壊的なパワーでもってプレイヤーを恐怖のどん底に陥れる存在だ。


 それを見たレイスも驚いた様子で俺を見た。

 “ゲームと違うな”と、俺にだけ分かるように目線を送る。


 そして、魔王のそばに一歩ずつ近づくレイス。

 それに続いてセラ、ザハル、グリモアも玉座へと近づいて行く。


 だが、まだ分からない。これは何らかの罠かもしれない。慎重に、一歩ずつ。


 すると突然、魔王が口を開いた。


「……来たか……勇者よ」


 その声は掠れて弱々しく、魔王とは思えないような声だ。

 まるで、俺がこの世界に転生して初めて声を出した時のようだった。


「お、お前の……勝ちだ……殺せ」


 魔王は呆気なく敗北を認め、自らの命を差し出した。


 これから激しい最終戦が始まるものだとばかり思っていたが、現実なんてのは案外こんなものなのか……

 しかし、こちらも限界は近かったし、戦わずして勝利できるならそれに越したことはない。


 するとレイスは、ルミナスソードを背中の鞘に仕舞い、代わりに腰に付けていた“王家の短剣”を鞘から抜き、両手で握りしめた。

 そして、その短剣を魔王に向かって突き立てた。


 ——ズシュゥッ……


 短剣は魔王の心臓を一突きにし、魔王は小さく「ウッ…!」と声を漏らす。


 そして、そのまま魔王は静かに息を引き取った……


 ……その場に、沈黙が流れる。


 まさかこれ程まで呆気なく魔王討伐が幕を下ろすなど、いったい誰が予想しただろうか。


 そして、次の瞬間


 ——パアァァァァァァァァァ


 魔王の亡骸は、真っ白な光を放ち始めた。


 重く濁っていた魔王城の空気も一気に軽やかに、清々しい空気へと変わり、さっきまでの息苦しさがなくなった。

 さらにその光は瞬く間に魔王城から溢れ出し、世界中に光の粒子となって降り注ぐ。


 それは、不浄のものを全て解き放つ光。

 次第に魔物たちは浄化され、その姿形を変化させ始めた。


「な……なんだ……これ?」


 ある魔物は自分の変化に気づいて両手を見つめる。

 それは“人間”の手。


「ああ……俺の手だ、これは俺の手……」


 そう、これが彼らの本来の姿。

 この世界の魔物たちは皆、元は人間だったのだ。


 世界中で魔物たちが人間の姿に戻り、魔物になる前の記憶も徐々に思い出し始め、それぞれに生まれ育った町へと戻って行くのだった。


 そして、いつの間にか魔王城の上空は晴れ渡り、魔王の間から見下ろす地上には、多くの魔物が人間に戻って歓喜の声を上げていた。


「ヲぁあああッ!!オデ、人間になったどォ~!?」


 コパンが玉座の壁に掛けられていた鏡を見て驚いている。

 人間の姿になったコパンは、まぁ良くも悪くもコパンらしい見た目といった感じだ。

 セラがそれを見てキャッキャと喜んでいる。


 その鏡には、俺の姿も映りこんでいた。

 俺は恐る恐る鏡に近づき、自分の姿を確認する……


 それは、現世の頃の自分ともまた違う、この世界での新たな自分だった。

 まぁ、悪くはない。多分けっこう異性にウケが良さそうな好青年という感じだ。


 すると、レイスさんが俺に話しかけた。


「すまなかった、エイト君。 きみは優しい人だから、魔物の正体を知らせなかったんだ」


 どうやらレイスさんは最初から“魔物が元人間だった”と知っていたらしい。

 そんな情報はグレイト・ソウルズのゲーム内にも、設定資料集にも書かれていなかったことだ。


 だが、もし俺がこのことをレイスさんから聞いていたら、きっと躊躇して戦うどころか、この“封魔の匣”に閉じ込めることすら……あっ!

 俺はこの封魔の匣をレイスさんに見せて質問した。


「レイスさん、この箱に閉じ込めた魂はどうなるんですか?」


 するとレイスさんは封魔の匣を受け取り、優しく微笑みながらこう言った。


「ほら、この内側にあるボタンを押せば、封印した魂が元の場所へ戻るよ」


 そう言ってまた俺に封魔の匣を手渡してきた。

 俺は、箱の中を覗き込むと、確かにそこに小さな青いボタンが一つ設置されていた。


 押していいかとレイスに尋ね、了承を得た俺は、そっとそのボタンを押してみた。


 ——ブワァァアアアッ!!


 封魔の匣に封印した魂たちが、一斉に中から飛び出した。


 魂たちは自らの肉体を目指して散り散りに飛んで行き、それぞれの体に戻っていった。

 そして、魔物の体から人間の姿に戻り、目を覚ます。


「ああ……人間に戻れた。 ずっと長い夢を見ていたようだ……」


 皆、口々にそうした言葉を呟き、大粒の涙を流して喜んでいる。


 良かった。本当に良かった。

 俺はついにやり遂げたんだ、魔王討伐を……いや、レイスさんへの恩返しを。


 こうして、俺たちの旅は終わった——


 ——その後


 魔王城を後にして、レイスさんが皆にこう告げる。


「みんな、本当にありがとう。 ここでパーティーを解散する」


 ザハルは皆の治療を終えて、レイスと熱い抱擁を交わした後、ルミナス王国へ帰ると告げた。

 セラも同様に、父ロックが待つ故郷のクローネ村へと帰るとのこと。

 グリモアはせっかく浄化されたのだからと、今まで行けなかった地で魔導書を探す旅をするらしい。


 俺とコパンとレイスさんは、彼らの姿が見えなくなるまで手を振った。


 レイスさんはアルバート王の一人息子であり、グランシア王国の正当な後継ぎだ。

 あの王国のスケルトン兵士たちも、元はグランシア王国に仕える兵士だったそうなので、きっと“レイス王”として盛大に迎えてくれることだろう。


 当然、コパンもそのグランシア王国の兵士の一人なのだが、兵士だったころの記憶は全くないと言う。

 おそらくコパンは、あの“骨接ぎ場”で組み立てて生み出されたスケルトンだったから、人間だった頃の記憶など存在しないのだろう。


 するとレイスは、俺を見て一つの質問を投げかけた。


「さて……エイト君はどうする?」


 どうするもこうするも、この世界で新たな人生を歩むしか……ん?

 よく見ると、レイスの右手にはあの“輪廻の輪”が握られていた。

 それは、レイスさんがエクレア司祭によって異世界(日本)へと転生させられた七聖宝だ。


 ……そうか!これを使えば俺も日本へ帰れる!?


 だが、本当にそれでいいのか?


 日本にいた頃の自分なんて、はっきり言って毎日何も楽しくはなかった。

 毎朝アラームが鳴る前に目が覚めて、胃の痛みを抑えながら満員電車に揺られ、会社に着けば上司に怒鳴られ、誰にも認められず、誰からも必要とされず、家に帰れば孤独が押し寄せ、気が付けば頬に涙が伝うだけの日々……


 ……だけど、どうしても、帰りたい。


 俺は、レイスさんに向かってはっきりと答えた。


「俺、帰りたいです。 元いた世界に……日本に」


 レイスさんはそれを聞いて頷いた。

 その横でコパンは「ニポン?」と首を傾げている。

 そしてレイスさんは輪廻の輪を見ながらこう言った。


「オレにはこれを動かすほどの魔力はないが、あいつならできるかもしれない。 一緒にグランシア王国へ帰還しよう」


 レイスさんは俺とコパンの分もカローネスを呼んでくれた。

 そして俺たちはグランシア王国へ向かってカローネスを走らせた。


 ——数時間後


 そこはまるで別の国のようだった。

 見慣れたグランシア王国の城下町ではあるが、魔物たちは人間の姿に戻り、町の中の空気感も軽く清々しさを感じさせる。

 レイスはまだ国民たちに正体を気づかれないよう、ローブのフードを目深にかぶり、町の中を歩いている。


 そして到着した先は、魔物の兵舎だった場所。


 すると、兵舎の前にひときわ体の大きな男が立っている。

 男はこちらに気づき、手を振りながら声をかけてきた。


「おおー!レイスたちか?!俺だー!カッツォだー!」


 驚いた。カッツォはあの巨躯をそのままに、爽やかな短髪の筋肉質ボディな好青年になっていた。

 そして、俺たちはカッツォと合流し、俺やコパンの見た目の変化に驚いていた。


 するとレイスがカッツォにある相談を持ち掛ける。


「なあカッツォ。 お前まだ魔力は操れるか?」


 カッツォは「もちろん!」と言い、その場で魔力を練ってみせた。

 確かに、俺も人間になった身ながらカッツォの全身からみなぎる魔力をひしひしと感じる。

 それを確認してレイスがさらにこう言った。


「よし。その魔力をさらに練り上げて、この輪廻の輪にぶつけてほしい」


 なるほど……カッツォは“瞑想”をすることで魔力を極限まで高めることができる。

 その全ての魔力を結集させれば、エクレア司祭がやったように輪廻の輪を稼働させて、あの転生の波動を発射できるかもしれない。


 カッツォはその場で座禅を組み、さっそく瞑想を行い始めた。


「エイト君、本当にいいんだね? きっと、もうこの世界に転生することはないよ」


 レイスさんの言葉を聞き、俺は最後にやり残したことはないかと考えた。

 そうだ……1つある。


 俺は、コパンの顔をじっと見つめた。

 考えてもみれば、ネルトにも世話になったが、一番世話になったのはコパンなのかもしれない。

 俺がこの世界に転生して初めてまともに会話した仲間はコパンだった。

 出鱈目ばかり話す男だったが、それもまた俺の心を和ませてくれたのも確かだ。


 俺はコパンの両手をそっと握り、コパンの目を見てこう言った。


「ありがとうコパン。 お前ほんとにいい奴だったよ。 これからも元気で長生きしろよな」


 コパンは少し照れくさそうな顔をしながらも、きっと俺がどこかへ旅立つのだろうと理解し、俺に最後の言葉を返してくれた。


「オデも、楽しがったど。 エイトも長生きしろなァ~」


 すると、カッツォから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。


「よし…!もう十分だろう。 輪廻の輪を俺の前にかざせ」


 ついに、その時が来た。


 俺は兵舎の前にある広場の中心に立つ。

 輪廻の輪を持ってカッツォの前に立つのはコパンが担当する。

 そして、それを挟んで向かい側にカッツォがいる。

 レイスさんは少し離れてその様子を眺め、最後にもう一度俺にこう聞いてきた。


「エイト君! きみがそれ程まで日本へ帰りたい理由は?!」


 俺はその質問に即答した。


「また、やりたいからです。 グレイト・ソウルズを」


 それを聞いたレイスさんは、今まで見た中で一番の笑顔を俺に見せてくれた。

 そして、カッツォのほうへ向き直して指示を出す。


「カッツォ! オレがカウントダウンする!魔力を放つ準備をしてくれ!」


 するとカッツォは瞑想でたっぷり溜めた魔力を両手に集め、輪廻の輪をキッと睨みつけた。


 レイスさんのカウントダウンが始まる。


「10! 9! 8! ……」


 そう、俺が果たすべきことは全て終わった。


「7! 6! 5! ……」


 俺はこの世界でレイスさんを…そう、佐伯さんの願いを叶えることができた。


「4! 3! 2! ……」


 大切な仲間、親友を作ることもできた。もう、思い残すことはない。


「1! ……撃て、カッツォ!!」


 ありがとう。


 ——ドバァァアアアアアッ!!


 カッツォの両手から放たれた魔力は、輪廻の輪を介して途轍もない衝撃波となり、俺の全身を包み込んだ。


「うわァアアアッ!!!」


 薄れ行く意識の中、俺は思った。

 次に目覚めたら、そこは俺の元いた世界「日本」だ。

 コンクリートの街、排気ガスのにおい、コンビニの明かり、スマホの通知音——

 そんな当たり前だった日常にまた戻る……はずだった。


 ——カッ!


 俺は勢いよく飛び起きた。

 そこは見渡す限り乾燥した大地。ゴツゴツとした硬い地面と、灼熱の日差し。

 周囲には見慣れない植物が点々と生えており、異様な形をした岩山が囲んでいる。

 見上げた空は、やけに赤く、俺が知るどの世界とも違う……


 そして、俺は自分の手を見つめた。


 緑色だ……


 オークか、あるいはゴブリンか。俺はまた何かの魔物に転生してしまったようだ。


「なんでだよーーーーーッ!!!」


 俺は叫んだ。心の底から自分の運命を呪って……


 こうして俺の終わったはずの冒険は、また新たな転生先にて、再び幕を開けたのだった——


 了

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