30話 魔物の将軍
西の彼方、徐々に地形が歪み始め、空気が重たくなるのを感じた。
そこは、人々から“禁断の地”と呼ばれ、恐れられている魔王の領域だ。
大地は赤黒く焼け、岩盤が溶けて固まった跡のように、いびつに隆起している。
風は生ぬるく、硫黄と鉄の匂いが入り混じり、肺の奥を重く感じさせる。
空はまるで光を拒むかのように暗く、厚い雲に覆われている。
その下には、上級クラスの魔物たちが蠢いて、俺たちのような冒険者が訪れるのを今か今か待ち構えているようだ……
まるで巨岩が意思を持ったようなゴーレムたちが、地響きを鳴らして行進する。
大きな斧を構えたミノタウロスが群れを成し、血走った目で辺りを見渡している。
他にも、グレイト・ソウルズのゲーム内でも見たことのない、凶悪そうな魔物がうようよとひしめき合っている……
俺たちは、この禁断の地を少し小高い丘の上から見下ろしている。
「……ここまで来たか」
レイスさんはそう呟き、皆のほうを振り返ったその時……
何かの影——
上空を横切る巨大な影に、俺たちは思わず息を飲んだ。
それはダークドラゴンの影だった。
この暗く淀んだ空を、悠然と飛び回り、時折、地上の様子を確認するように首を傾けて見下ろしている。
「ここから先は、徒歩でしか進めない。 何とか魔王城へ向かって突き進むぞ!」
なるほど、確かに禁断の地に入った途端、骨の馬はガクガクと震えだし、一歩も進まなくなった。
レイスさんたちが乗るカローネスも、このエリアでは進めなくなってしまうらしい。
俺たちは馬を降り、武器を取り出した。
骨の馬には“グランシア王国まで自分で帰るように”と言って手綱を外し、ここでお別れだ。
もう……これで本当にお別れになるかもしれないがな。
魔王城はこの丘の上からも遠くに見えるが、徒歩であそこまでたどり着くまでに、いったいどれだけの魔物と戦わなくてはいけないのか……
すると、セラが鞄を開けて何かを取り出した。
「これ、あんたが使ったほうがいいかもね」
そう言って渡されたのは“封魔の匣”だ。
俺はセラから、この七聖宝の使い方について、簡単にレクチャーを受ける。
これは、弱った魔物の魂を閉じ込めることができるらしい。
使い方は簡単で、弱った魔物の半径1メートル以内で、この匣のふたを開けるだけ。
すると、魔物の魂が吸い出され、匣の中に勝手に入って封印されるそうだ。
なるほど……確かに戦闘が苦手な俺にちょうどいい。
すると、前方で群れを成していたミノタウロスの内の1体が、こちらに気づいて威嚇の咆哮をあげた。
「グォオオオーーーンッ!!」
その声を聞き、レイスさんは素早く全員に指示を送る。
「グリモアさんは援護射撃を! ザハルは補助と回復を頼む!」
グリモアは魔力を杖に蓄えて攻撃魔法の準備に入る。
ザハルは全員に物理攻撃を弾くシールドを張り、セラには筋力強化のバフ魔法も付与した。
「よしっ、セラが切り込み隊長だ!俺もそれに続く!」
セラが巨大ハンマーを振りかぶりながら魔物たちへ向かって走り出した。
レイスさんはセラの後ろを走りながら振り返り、俺とコパンにも指示を出す。
「君たちも俺に付いて来い!封魔の匣もうまく活用するんだ!」
俺とコパンも言われた通り武器を構えて一緒に走る。
もう魔物たちとは目と鼻の先だ。
これまでレイスさんは、なるべく魔物を殺さず気絶させていたが、この辺りの魔物は手加減できるような相手ではない。
俺がこの封魔の匣を使って封印できれば殺さずに済むかもしれないが、そう簡単にいかない場合も多いだろう……
——ドゴォオオンッ!!
セラが放つ渾身の一撃がミノタウロスに直撃した。
「グルオォォアアッ」
悲鳴を上げるミノタウロスに向かって立て続けにレイスの斬撃を与え、グリモアの攻撃魔法も放たれる。勇者一行の得意とする連携攻撃だ。
ズザァァ…ッ
たまらずミノタウロスはその場に倒れた。
すると、レイスさんがまたこちらに振り返り、俺に合図を送る。
「今だエイト君!」
俺はすぐに倒れたミノタウロスへ駆け寄り、封魔の匣のふたを開けた。
しかし、何も起きない……
「グルルォォ…ッ!」
ま、まずい……
ミノタウロスはこちらを睨んで起き上がろうとしている。
まさか……まだ魂を封印できるほど弱っていなかったのか?!
こんな至近距離では、もう逃げようもない……
——ズガァアッッ!!
俺が死を覚悟した瞬間、起き上がろうとしてたミノタウロスがまたその場に倒れこんだ。
何が起きたんだ……?
「エイトォー!早ぐしろォオッ!!」
コパンの声だ。
よく見ると倒れたミノタウロスの横っ腹に、コパンの長槍が深々と突き刺さっている。
助かった……そう思いながら俺は再び封魔の匣をミノタウロスに向けてみた。
すると……
——シュォオオオオッ
ミノタウロスの体から、まるで幽体離脱のように霊体が抜け出し、そのまま封魔の匣に入ってきた。
全て入ったことを確認し、パタンとふたを閉め、俺はコパンに礼を言う。
「ありがとうコパン。死ぬかと思ったよ……」
前方を見ると、もうレイスさんたちが次々に魔物たちを仕留めていた。
もう躊躇してる場合じゃない。どんどん封印していかなくては……!
「うおおおおッ!!」
俺は勇気を振り絞ってレイスさんたちの後を追いつつ、封魔の匣にガンガン魔物の魂を閉じ込めていく。
とは言え、レイスさんたちも無傷というわけにはいかない。
ザハルがかけたシールド魔法や補助魔法も次第に効果が薄れ、攻撃を受けてしまうことも増えてきた。
「ぐはぁッ!」「キャアッ!」「おごォッ」「がはっ!」
魔王城はまだ遠く、このペースで戦っていてはそのうち魔物たちに囲まれてタコ殴りにされるのがオチだ。
何か打開策はないのか……
するとまたしても——大きな影。
——ガオオォォン
上空から鳴り響く重低音の咆哮。あのダークドラゴンだ。
魔物たちもその存在を恐れているのか、攻撃の手がピタリと止まる。
俺たちも足を止め、上空を見上げてダークドラゴンの様子に注意を向ける。
すると……
何やらダークドラゴンの鱗が淡く橙色の光を帯び始め、口元には何かエネルギーのようなものが集まってきている……
それを見たグリモアが、俺たちに向かって大声で叫ぶ。
「ザハル!もう一度シールドを張れぇ!目一杯だッ!」
それを聞いてザハルは魔力を大量に込めた強力なシールドを全員に展開した。
周りにいた魔物たちは地上に視線を戻し、俺たちに向かってまた攻撃を仕掛けようと動き出す。
だが、次の瞬間……
——ゴオォォォォオオオオオッ
それはダークドラゴンの口から放たれる黒い炎。
万が一、皮膚に触れてしまえばたちまち骨まで焼き尽くすと言われている。
「グアァァアア」「ギャアアア」「ピギャアアア」
その炎は周囲にいた魔物たちも巻き込んで、辺り一面を焼き払ってしまった。
そしてダークドラゴンはそのまま何処かへ飛び去って行った……
皆しばらく呆気に取られていたが、レイスが最初に口を開いた。
「みんな無事か? まさかドラゴンに助けられるとはな……」
ザハルのシールドのおかげで誰一人ダメージは負わず、魔物たちは一掃された。
これでしばらくは魔物と戦わず、まっすぐ魔王城を目指して進むことができそうだ。
俺は可能な限り、歩きながら弱った魔物を封魔の匣に吸い込みながら歩いた。
徐々に、魔王城が近づいてくる。
禁断の地の中心部……
そこに、魔王城はあった。
天高く聳えるその城は、外壁が漆黒の塗料で塗り固められ、無数にある亀裂から瘴気を漂わせている。
まるでこの世の“悪意”を凝縮したような邪気を放ちながら佇む、その真っ黒な城塞は今にも城そのものが襲い掛かってきそうなほどだ。
空気の重たさはより一層強まり、この中に一歩でも足を踏み入れようものなら二度と生きては帰れない……そんな恐怖を感じさせる。
城門は、開いていた。
まるで俺たちを歓迎するかのようでもあり、罠に導いているようでもあり……
俺たちはしばし、その城門の前で立ち尽くしていた。
「……よし、行くぞ」
最初に口を開いたのはレイスだった。
レイスを先頭に、俺たちはその城門を潜り抜ける。
高さ10メートルもあろうかという巨大な門扉を抜け、闇の中へと足を踏み入れて行く……
グリモアが杖の先に光属性の魔法を灯して松明のように周囲を照らすが、城の内部にはまだ魔物の姿が見られない。
ギィィ…… ガゴォォオン
俺たち全員が城の中へ入ったことを見計らっていたかのように、背後の門扉が重厚な音を響かせてゆっくりと閉じた。
これでもう、俺たちの退路は封じられてしまったのだろう……
しかし、誰一人として動じる者はいない。皆、覚悟は決まっているようだ。
俺たちは、一歩、また一歩と、城の内部へ踏み込んで行く。
すると、一階の中央に大階段があり、その踊り場の辺りに人影らしきものが見えた。
俺たちは慌てて武器を構え、その人影の動きを観察する。
「よくぞ、この城までやってきたな。我が名は、魔将ヴァルク・デュラン」
それは首無しの騎士。いわゆる“デュラハン”だ。
魔王の右腕であり、そこらの魔物たちのトップに君臨する存在。
俺もグレイト・ソウルズでは何回も負けた。みんなのトラウマ的なボスキャラだ。
黒鉄の鎧を身にまとい、片腕に自らの首を抱えて魔剣を振るう。
そのため盾は装備していないが、攻守ともに優れており、弱点という弱点は特に存在しない。
まあ、ゲームと同じではないと思うが、間違いなく無傷で倒せるということはないだろう。
あるいは、だれか犠牲になる可能性も……
——ザンッ!
見えなった。 一体、何が起きたのか。
大階段の踊り場に立っていたはずのデュランの姿が消え、直後、ザハルの叫び声が広間に響き渡る。
「うわァアアッ!!」
俺のすぐ前にいたザハルさんの左肩がざっくりと斬り込まれ、大量の血が噴き出した。
ザハルの横には、剣を振り抜いた直後のポーズを取るデュランがいる。
「……次」
デュランはそう言うと、また一瞬のうちに姿を消す。
——ズバッ!
またしても何かを切り裂くような音が聞こえ、今度はグリモアの悲鳴が聞こえた。
まさか……僧侶と魔法使いを先に潰す気か。
「ぐぉおッ…!!」
グリモアは腹部を横一文字に斬り抜かれ、こちらも大量の出血をしている。
その横にはやはりデュランの姿がった。
まずい……速すぎる……!!
このままでは、あっという間に全滅させられてしまう……
そして、気付くとまたデュランの姿が消えた。
また誰かが攻撃を食らってしまう……!
——ガギィィッ
「ほう……俺の動きについて来れるとはな」
なんとその音は、デュランの魔剣をセラがハンマーで受け止める音だった。
しかも、デュランの狙いはセラではなくレイスだったようだ。
「ウチが相手してやるよ!」
そう言うとセラはハンマーを構え直し、デュランを睨みつけた。
デュランはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、魔剣の切っ先をセラに向けて構える。
両者の距離はおよそ3メートルほど。
少し踏み込めば互いに攻撃の間合いに入る距離だ。
すると、デュランがこう言った。
「いざ、尋常に勝負ッ」
セラとデュランの激しい戦いが始まった。
凄まじい攻防戦だ……俺には一切それを視認することもできない。
ガンッ! ギィイン! ガゴッ! キンッ!
す、すごい……
まさかセラが、ここまでやれる女戦士だったとは……ひょっとするとレイスさんより強いかもしれない。
ズガッ! ギャリッ! ドンッ! ズバッ!
セラのハンマーとデュランの魔剣がかち合う音と、時折その攻撃が皮膚に当たる音も耳に届く。
ダメージを負いながらも、互いに譲らない互角の勝負。
その速さもさることながら、体力や筋力に至るまで、セラとデュランの強さは拮抗している。
俺を含む他の者たちも皆、その様子を黙って見守るしかない。なぜなら、デュランのスピードに付いていけるのはセラしかいないからだ。
下手に手を出せば、セラの攻撃を邪魔してしまうかもしれない。
そして、次の瞬間……
ガギャンッ!!
デュランが放った強烈な斬激がセラを襲う。
セラは何とかハンマーの柄の部分で弾いたが、互いに衝撃がぶつかり合い、両者とも左右の壁に向かって吹き飛ばされた。
ドゴゴォォォンッ!
「がはぁあッ!!」「ごほォッ!!」
どちらも痛烈なダメージを負ったが、勝負はまだ決してはいない。
砂煙を上げながら、なおも武器を構え直し、セラとデュランは互いに牽制しあう。
もはや、俺たちが立ち入れる次元ではない……
すると俺の横にいたレイスさんが、ぽつりとこう呟いた。
「次の一撃で決まるぞ……」
ジリ… ジリ……
互いに少しずつ前へと出て、攻撃のタイミングを見計らう。
そして、次の瞬間……
——ダッ!
両者、ほぼ同時に地面を強く蹴り、前方へと走り出した。
セラはハンマーを横から振り抜く構えを取り、デュランは魔剣を上から振り下ろす構えで接近している。
つまり、互いの武器が重なり合うことはなく、先に攻撃を相手に当てたほうが勝る“スピードの勝負”となる。
そして瞬きをする間もないほどの一瞬……
——ザガァァンッ!!
激しい音を響かせて、セラとデュランが交差し、両者が立っていた位置が入れ替わった。
音からしてもどちらかの攻撃が、どちらかに当たったことは明らかだ。
数秒の間を開けた後、セラが膝をついた……
「あがッ……ゴボッ……」
セラは大量の血を口から吹き出し、もはや意識を保つのもやっとの状態だ。
そして、デュランはゆっくりとセラのほうに振り返る。
「……う……ぁ……」
デュランが小脇に抱える彼の頭部は、セラのハンマーによって叩き潰され、大きく損壊した状態になっていた。
そして、デュランはそのままバタァァンッとうつ伏せに倒れ、そのまま絶命した。
「か、勝った…… セラが勝ったぞ!」
レイスは嬉しそうに叫び、皆で急いでセラのもとへと駆け寄る。
そしてザハルがすぐにセラの傷に回復魔法をかける。
セラが受けたダメージは大きく、ザハルの回復魔法でもしばらく治癒に時間がかかりそうだ。
しかし、こんな場所で長々と治療は続けられない。
セラもそれを理解しているようで、ザハルに向かってこう言った。
「ウチは応急処置だけでいい。あんたとグリモアさんを回復しな」
心配そうなザハルを尻目に、セラは止血したことだけ確認すると、すぐに立ち上がってハンマーを握りしめた。
そして俺たちは、城の上層階を目指して突き進む。
おそらく最上階にいる“魔王”を目指して——
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