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3話 新人歓迎会

 気持ちのいい朝だ。

 スケルトン兵士として迎える、初めての朝。


 俺はおもむろに自分の頬をつねって夢かどうか確認しようとしたが、そこには肉も皮もなく、骨と骨がカラッと擦れる音がしただけだった。

 そうか… 俺は本当に、この世界に転生したんだな。


 昨夜、この詰所で眠りにつくまでは、心のどこかで、きっとこれはただの夢だと思っていた。

 一夜明ければいつも通り自宅のベッドで目を覚まし、いつも通り満員電車に揺られて会社へ行き、いつも通り上司に怒られると思っていた。


 …だが、そんなことはなく、しっかりこっちの世界で目を覚ました。


 しかも、現世ではいくら寝ても疲れが取れなかったというのに、このスケルトン兵士の体は一晩寝ただけですっかり疲れが取れている。

 大袈裟ではなく本当に“気持ちのいい朝だ”と、心から思えたのは生まれて初めてかもしれない。


 ——それにしても昨夜は、実に楽しかった。

 コパンに町中を案内してもらい、詰所の扉を開いたあの後の記憶が蘇る。

 同僚のスケルトン兵士たちは、新入りである俺を温かく迎え入れてくれ、なんと即席の新人歓迎会を開いてくれたのだ。


 話を聞き付けた仲間たちが、詰所の中央にある食堂に集まり、食料をテーブルに寄せ合ってパーティが始まった。

 俺は、“新入りのエイトです”という簡単な自己紹介を済まし、用意された椅子に腰を下ろした。


 すると横から「安酒だけど…」と手渡されたのは、魔物がよく飲むという“グランエール”と呼ばれるお酒だ。

 近くの森で採れるグランドベリーという果物を発酵させた果実酒のようなものだが、見た目はほぼ泥水だった……


 グレイト・ソウルズの設定資料集にも記されているが、挿し絵などは描かれておらず、ゲーム内にも登場することはなかったため、実際にどんな飲み物なのか見たことはなかった。

 これを飲むのか…と少し躊躇したが、せっかくのご厚意ということで、俺は気合を入れてそれを飲んでみると…おぉ…旨いッ!

 ひょっとして、俺の体は今、スケルトンという魔物だから、こんな泥酒でも美味しく感じるのだろうか?


 …ん? でも、スケルトン…って骨だよな?…骨しかないのに、飲食する必要あるのか?

 それに、さっき飲んだ酒は、俺の体のどこに消えたんだ?


 俺は、気になって自分のお腹を見てみたが、やはりそこには骨しかなく、胃袋も存在しない。

 もう一度、グランエールをグビッと一口飲むと、その液体がどういうわけか腹の中へは落ちてこない……

 だが、確かに“飲んだ”という感覚はあるし、はっきりと味も感じている。…舌もないのに。


 不思議に思い、今度は近くの壁にかけてある鏡を見ながらグビッと飲んでみた。

 すると、グランエールは口元まで液体として残っているが、食道のあたりに届くとサァァ…と薄れて消えていくではないか。

 食べ物ならどうかとテーブルにあったパンを口に入れてみると、モグモグと噛むまでは口の中にあるが、飲み込むとサァァ…と消えていく。


「おめェ、もしかしで初めで食事しだんかァ?」


 コパンが俺の様子を見て、物珍しそうに話しかけてきた。

 どうやらスケルトン種族は基本的に、飲まず食わずで生きていけるらしく、本当に食事をとらないスケルトンもいるそうだ。

 これはある意味、最強の特性かもしれない。


「…じゃあ、なんでみんな 飲んだり食べたりしてるんだ?」


 俺は率直な疑問をコパンに投げかけた。

 すると、コパンは首を傾げて少し黙りこみ、満面の笑みを浮かべてこう返してきた。


「美味ェからなっ!」


 なるほど…確かに味を感じることもできるし、満足感も味わえる。

 教えてくれて有難うと伝えると、コパンはにんまり笑って酒をガブガブ飲んでいた。

 そんな俺とコパンのやり取りを見守っていた一人の兵士が会話に入ってきた。


「エイトくん。 スケルトンが食事をするのは、“魔力”の補充という理由もあるんだよ」


 同じスケルトン兵士なのに、どこか落ち着いた柔らかい印象があり、人間ならきっと好青年と呼ばれるような感じだ。

 俺と同じくらいの背丈だが、俺より肩幅が狭く、細身の骨つきをしている。


「どお? 力が漲ってこない?」


 言われてみれば確かに……

 体の底から何か、湧き上がるような感覚がある… これが“魔力”なのか?

 まだ数口飲んだだけだし、アルコールに酔ったというわけでもなさそうだ。

 不思議そうに自分の両手を広げて見ている俺を、彼は優しい眼差しを送りながら言った。


「僕はネルト。 この部隊には先月加入したばかりだから、エイトくんとほぼ同期だよ。 よろしくね!」


 そう言いながらネルトは、俺の目の前に右手を差し出してきた。

 俺はその手をカランッと握りながら、彼が着ている甲冑の胸元に目が行った。

 コパンが言っていた名札が、彼の甲冑にも付いていなかったからだ。


 もしやと思い、周りを見渡してみたが、名札を付けている者はコパンだけだった。

 俺はすぐさまコパンに詰め寄り、質問をする。


「おいっ、コパン… みんな甲冑の胸のところに、名札を付けてるんじゃなかったのか?」


 コパンはもう酔っぱらって、へべれけ状態になっており、こちらの声も届いていないようだった。

 しかし、俺がコパンに担がれたことが周りに知られてしまい、一同は一斉に大笑い。


「ワハハハ! 名札だなんて、ガキじゃあるまいし」

「そんなの付けてるの コパンだけだぜ~」

「気をつけろよ~ コパンの言うことは、いつもデタラメだぞ~」


 俺はなんだか恥ずかしくなって、グランエールを一気に流し込んだ。


 演奏が得意なスケルトンは楽器を手に取り、歌が得意なスケルトンはその曲に合わせて歌いだす。

 それほど広いとは言い難い詰所の食堂で、皆それぞれに会話を楽しみ、酒を飲み、中央のテーブルを退けてダンスを踊る者たちも。


 俺もいい具合に酔いも回って、久しぶりに楽しい酒を飲めた。

 酒は嫌いではないが、会社の飲み会は胃が痛くなるほど嫌いだった。

 新年会や忘年会になると、なぜか俺が幹事をさせられ、余興などをやらされた事もあった……

 上手くいっても誰にも褒められず、仕事の評価にも繋がらない。まったく意味のない行事だと感じていた。

 それに比べたら、ここでの飲み会はただただ幸せな空間に思えた。


 同僚となるスケルトン兵士たちは皆、同じスケルトンなのに不思議なほど容姿が異なり、性格もまた様々。

 これもプレイヤーとしてグレイト・ソウルズを遊んでいた時には、まったく気が付かなかったことだ。…というか、ゲーム上ではスケルトン兵士に見た目の違いなどない。

 おそらく、俺自身がスケルトンとなって魔物の目線で見ているからこそ感じることなのだろう。


「お疲れさーん。 次、リッケルトとセバスだぞー」


 ふいに、外から2名のスケルトン兵士がやってきて、酒を飲んでいた別の2名と交代で出て行った。

 本来ならば、スケルトン兵士たちの業務の一環として、交代で町の警備をしなければならないらしい。

 今回、俺はまだ新人ということで今夜の警備は免除してもらっていた。


 しかし明日以降、こういった日々の業務について、誰かが俺にレクチャーしてくれるのだろうか?

 人間社会でいうところのOJTのような… おっと、俺が務めていた会社もろくなOJTはなかったな…。

 そんなことを考えていたら、酔いも覚めてしまい、仕事という二文字がずしりと心の奥底に影を落とした。

 すると、ネルトが寄ってきて声をかけてくれた。


「エイトくん、顔色が悪いよ? 今日はそろそろ寝たほうがいいな。 明日、僕が仕事を教えてあげるよ」


 俺はネルトに言われるまま、彼と一緒に食堂を後にした。

 俺のために開いてくれた新人歓迎会だったが、主役の俺が広場から去っても皆、それぞれに楽しんでいて俺の退出に気づく者もいなかった。

 まだ酔いが残っていたのだろうか、俺はさっき知り合ったばかりのネルトにそのことを愚痴るように話すと、ネルトは笑いながらこう返した。


「まぁ、そんなもんさ。 新歓なんて酒を飲むための口実… あっ、もちろんエイトくんのことは、みんな歓迎してるよ!」


 そう言った後、ネルトは少し俯いてこう続けた。


「今日だって…何人もの仲間が、勇者たちに葬られてさ… お酒でも飲まないと、やってられないからね…」


 その言葉を聞いて思い出した。

 俺が今日参加していた部隊もあの戦場で、勇者一行によって壊滅寸前にまで追い込まれていたんだ。

 さらにその後、指揮官のカッツォ自らの手で同僚のスケルトン兵士が骨粉にされて……


「どうして皆、そのことには一切触れなかったんだ?」


 俺はネルトに思ったままの質問を投げかけていた。

 するとネルトは足を止め、俺の肩に手を置いて、こう言った。


「エイトくんは、優しいんだな… でも戦場に出たら仲間に情けをかけない。 これが僕たちスケルトン部隊の掟なんだ。 覚えておいて」


 ネルトとの会話はそこで途切れ、案内されるまま静かに廊下を歩く。

 詰所の奥にある寝台部屋に到着すると、俺は室内の様子を見て唖然とした。


 そこは、3段ベッドが左右にズラリと並べられた部屋で、すでに何名かのスケルトン兵士が横になってイビキをかいていた。

 グレイト・ソウルズのゲーム内では、ここにスケルトン兵士が生み出される“グリム・コア”という装置があり、それを破壊することによって、このエリア一帯の新たなスケルトン兵士が生み出されることを防ぐのだ。


 ——ゲームと違う点がいくつもある


 グレイト・ソウルズにそっくりではあるが、明らかに違う部分もあるし、俺の知らないことも多い。

 あれだけやり込んだゲームだ。記憶違いということはあり得ない。

 そして彼ら魔物たちも、一人ひとりが実在していて、無限に生み出されるキャラクターではないということ……


「下のほうが出入りしやすいよ」


 俺はネルトに促されるまま、下段の空いている所に滑り込み、ネルトは梯子で俺の上の段に登った。

 3段ベッドの一番上には先客のスケルトンが寝ており、中段にネルト、下段に俺、という順で横になった。

 少し経ってから、小さく「おやすみ」というネルトの声が聞こえ、俺も同じように返す。


 だが、当然すぐに眠れるはずもなく、様々な思考が現実味を帯びて駆け巡る。

 これから俺は本当に、スケルトン兵士として生きていかなければならないのか?

 いずれは勇者たちと戦って、あのバラバラに砕け散った仲間のように朽ち果てる運命…?

 そもそも、どうしてこんな世界に転生したのか…俺がグレイト・ソウルズを好きすぎるあまり、神様が似たような世界に転生してくれたとでもいうのか?


 …などと考えている内、いつの間にか俺は眠りに落ちていた——


 そして今、人間だった頃には体験したことのないほど、スッキリとした寝覚めを体感している。

 人間だった頃は、よく整体へ通ったり、酸素カプセルに入ったり、睡眠導入剤を飲んだりしても、なかなか熟睡できなかったのに…。

 たった一晩で完全に疲れが取れるなんて、まるでゲームの宿屋で寝た時のようだが、魔物とはそういう性質もあるのだろうか。


「おはよう~」「おはよ!」「ふわぁ~…おはようさん」


 詰所の皆が、続々と起床しはじめ、周りが騒がしくなってきた。

 俺は昨夜あんなに皆と楽しんだというのに、なんだか緊張してきてしまい、皆の様子を眺めながらベッドを出るタイミングをうかがう。

 すると、上の段で寝ていたネルトが、首だけ下に降ろして俺に声をかけてきた。


「エイトくん、おはよう! よく眠れたかい?」


 その声を聞いて俺は、ようやく安心感に包まれた。

 こうして俺のことを気にかけてくれて、気楽に話しかけてくれる存在がいることが、どれだけ有難いことかを、魔物になった今にしてようやく実感している。


「さあ、布団を畳んで。 朝ごはん食べに行くよー!」


 なるほど、周りを見ていて気付いてはいたが、自分が寝た布団は自分で畳むのが決まりのようだ。

 皆、テキパキと行動している。俺も早くこの生活に馴染まなければ……


 こうして、スケルトン兵士として初めての朝が始まった——

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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