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29話 決死の覚悟

 グリモアを助けると言ったって、俺たちに何ができるというのか……


 すると、ネルトは即興で考えた“作戦”を俺に伝えた。その内容は極めてシンプルだ。


 攻撃魔法を放っている最中のエクレア司祭の背後に忍び寄り、ネルトが後ろから羽交い絞めにし、俺が魔法の杖を奪い取るという作戦。

 確かに、これが成功すればエクレア司祭の魔法は停止し、グリモアの魔法がエクレア司祭に直撃するはず……

 しかし、そんなに上手くいくのか……と思いつつも、俺とネルトは森の中を走り抜け、エクレア司祭の背後へと回り込む。


 エクレア司祭は、全ての神経を攻撃魔法に集中させているため、背中はがら空きだ。


 ネルトは俺の顔を見てこう言った。


「さあ、行くよ……!」


 ネルトは勢いよく茂みから飛び出し、エクレア司祭に向かって走り出す。

 俺も覚悟を決めてネルトについて走り出した。


 攻撃魔法に集中しているエクレア司祭は、俺たちが接近する足音にすら気付いていない。


 ——ガシィッ!


 難なくネルトはエクレア司祭を羽交い絞めにすることができた。


「なッ…なんじゃ?! ネルトかッ!?離せぇーーいッ!!」


 エクレア司祭が放つ攻撃魔法は、司祭が握っている杖から放たれており、羽交い絞めにされて尚、杖から魔法が放出され続けている。

 だが、集中力は一気に削られ、魔法の威力は極端に弱まった。


 対するグリモアがそれを見て遠くから叫ぶ。


「おおッ、でかしたッ! ……ハァアアアッ!!」


 ——ズォオオオオッ!!


 グリモアが放つ攻撃魔法が一気に押し返し、形勢が逆転し始める。


 俺は、羽交い絞めにされたエクレア司祭の横に回り込み、司祭の手に握られた魔法の杖を掴んだ。

 すると司祭は咄嗟に杖をグッと握り返し、俺の顔を見て驚きながらこう言った。


「んなッ?!……お主は、エイト! 貴様ッ、何をする!?」


 エクレア司祭の腕力は弱く、このまま強く引っ張れば簡単に杖を奪えそうだ。

 しかし待てよ…… この杖を奪ったらその途端に攻撃魔法が止まり、グリモアの攻撃魔法が一気にこちらへ届くはず。

 そうなれば、エクレア司祭だけでなく、羽交い絞めにしているネルトもろとも巻き沿いに……


 俺はそれを危惧し、ネルトにこう言った。


「ネルト!! 俺がエクレア司祭から杖を奪ったら、すぐ司祭から離れろよッ!!」


 しかし、ネルトは首を横に振った。


「それじゃダメだ!エクレア司祭に逃げられちゃうッ! 僕は後ろ側にいるから大丈夫!早く杖を奪って!!」


 えっ、そんな……本当に大丈夫なのか??


 見たところ、グリモアが放つ攻撃魔法は“光属性”の膨大な魔力が込められている……

 ほとんどの魔物が苦手とする属性攻撃だ。少しでも食らえば大ダメージのはず……

 しかし、もうグリモアの魔力も底をついてしまう……早くしないと……


 グリモアがこちらに向かって叫んでいる。


「君たちッ……そこを退けるんだ!早く!!」


 ネルトも俺を急かす。


「早くッ!!エイトくん!時間がないッ!!」


 やるしかない……


 ——バッ!


 俺は、エクレア司祭の手から力尽くで魔法の杖を奪い取って地面に投げ捨て、すぐに横の茂みに身を隠した。


 ガザァッ!


 そして振り返る。……ネルトは?


 ——ドバァァアアアアアアッ!!


 グリモアの攻撃魔法がエクレア司祭を飲み込むように貫いた。


「ぎィあぁぁああああッ!!!」


 その魔法の波の中からエクレア司祭の叫び声が聞こえる。


 さらに、もう一つの叫び声も……


「うわァァアアアッ!!」


 ネルトの声だ。


 おいおい……後ろ側だから大丈夫って言ってたくせに、めちゃくちゃダメージ食らってるじゃないか……


 グリモアはそれに気づかず、最後まで魔力を振り絞って攻撃を続けた。


 時間にしておよそ10秒ほど。


 エクレア司祭とネルトは、光属性の攻撃魔法を受け続けた……


 そして、魔法の波が過ぎ去った後、そこにはもはや、骨の燃えカスが残っているだけだった……


 俺は震える足で近づき、地面に膝をつく。


「おい……嘘だろ……ネルト……?」


 グリモアの攻撃魔法を真正面から受けていたエクレア司祭は、もはや原型を留めておらず確実に絶命していることが分かる。

 だが、後ろにいたネルトは、まだ辛うじて息をしていた。


「あッ…ネルト!まだ生きてるッ!? ザハルさーーん!こっちへ!」


 俺はすぐにセラとレイスを治療だったザハルを呼んだ。

 ザハルが大急ぎでネルトの元へ駆け寄る。


「ま、まさかこれ…ネルト君?! よし…僕が全力で回復魔法をかける!」


 ザハルは全神経を両手に集中させて、ありったけの魔力を込めて回復魔法をネルトに施す。

 しかし……ネルトの状態は非常に悪い……

 両腕の骨を肩から失い、下半身の骨も崩れ、胴体にも無傷の場所がない。頭蓋骨にも大きな損傷を受け、息をしているのが奇跡のような状態だ……


 ——ホワァァァ……


 ザハルの回復魔法によって、朽ちた骨が少しずつ元に戻り始めた。

 だが、すでにザハルは全身が汗だくの状態だ。

 ザハルの回復魔法が次第に弱まっていく。


「くッ……すまない……もう魔力が……」


 先ほどからレイスとセラにも回復魔法を使い続け、ザハルの魔力はすでに底を付く寸前だった。

 それでも懸命に力を振り絞って回復魔法をネルトに照射し続けるザハル。


 ……と、その時、ネルトの口元が動いた。


「……ぁ ……あ ……エイ…ト ……く……」


 俺はすぐにネルトに顔を近付け、その微かな声に耳を傾ける。

 そしてネルトは、息も絶え絶えにこう言った。


「……あり… が… と…………」


 すると、ネルトの胸に微かに残っていた赤いソウルの灯が、フッ……と消えた。


 ネルトはそのままゆっくりと息を引き取った……


 俺はまだその現実が受け入れられず、ネルトの亡骸を前に茫然自失の状態でいた。


 すると、背後からコパンの声が聞こえてきた。


「ネ……ネルト…… ネルドォォオッ!!」


 コパンは駆け付けてすぐ地面に座り込み、燃えカスとなった骨を拾い上げる。

 もはやそれがネルトの骨なのか、エクレア司祭の骨なのかも分からない……


「うわぁぁぁああんッ」


 コパンはその骨を頬擦りしながら、わんわん泣き始めた。

 俺はそんなコパンを見て、ようやくこの現実を受け止めた。


「わああーーッ!ネルトぉおお!!」


 俺は泣いた。


 スケルトンだけど、ちゃんと涙が流れ出る。

 誰かのために涙を流すなど、何年振りだろうか。


 いつの間にかレイスやカッツォ、そしてほかの仲間たちも集まって、俺とコパンを取り囲んで見守っていた。


 だが俺は、ふと思った……


 俺がネルトを殺したんだ……


 だって、俺がネルトの正体を暴いたりしなければ……

 俺がネルトに司祭室から輪廻の輪なんて盗ませなければ……

 今もネルトと一緒に、食堂で談笑でもしながら、ご飯を食べていたのかも……


 俺って……何のために生まれて来たんだ?

 せっかくできた親友を、こんなひどい目に遇わせて……

 現世の頃にも同じ疑問を抱いていたけど、この世界にやって来てからも同じ疑問に悩まされるのか……


 俺なんてもう……


 ——ポンッ


 俺の肩にレイスさんの手が触れた。


「ネルト君のことは残念だが、君たちのお陰でこの場を切り抜けられた。……ありがとう」


 そうか……


 俺は、この人のために生まれ変わってこの世界に転生したんだ。

 この人に恩返しするって決めたのに、まだ魔王を倒してもいないじゃないか。

 泣くのはその後でいい。ネルトの命を無駄にしてはいけない。


 俺は涙をぬぐい、立ち上がった。


 ……それから数分後——


 カッツォは単身、“黒脈洞”へ向かった。

 レイスの魔王討伐に直接手を貸すことはできないが、エクレア司祭を討つために命を懸けてくれたことへの礼として、黒脈洞にある七聖宝“世界樹の根”を取ってきてくれるそうだ。


 カッツォは黒脈洞に着くと“設備点検”と偽って、洞窟内の魔物たちに怪しまれず最深部まで辿り着き、難なく祭壇から七聖宝を取り外して持ち去った。


 ——そして数十分後


 俺とコパン、そして勇者一行は、道の片側に腰を下ろして並んで座り、カッツォの帰りを待っていた。


 ザハルとグリモアは、瞑想を行い魔力を充填している。


 荷馬車を引いたオークや、行商人のコボルトが通り過ぎて行ったが、先ほどまでここで激戦が繰り広げられたことなど知らず、俺たちに「こんにちは~」と挨拶しながら通って行った。


 そして、骨の馬を走らせてカッツォが戻ってきた。


「待たせたな。ほら、持ってきたぞ」


 カッツォはそう言ってレイスに何かを投げて渡した。

 それは紛れもなく七聖宝のひとつ“世界樹の根”だ。


「ありがとう、カッツォ。 これで全ての七聖宝が揃ったよ」


 するとセラは、鞄の中から今まで集めた七聖宝を一つずつ取り出し、沿道に並べていく。


 暁闇の羅針石、星詠みの水鏡、地核の結晶、白聖の古代書、封魔の匣、輪廻の輪、そして…世界樹の根。


「ねえ、本当にこれで魔王の力を弱められるの?」


 すると、並べられた全ての七聖宝に、淡く白い光が湧き出し、その光は徐々に強く発光し始めた。


「えッ、やだ、何?ウチのせい?何もしてないよ!」


 セラは慌てて七聖宝を回収しようとしたが、その光はさらに激しく光り、7つの光が一か所に集まり空中に漂い始めた。


 そして、次の瞬間……


 ——バシュゥウウンッ!!!


 集まった光は目にもとまらぬ速さで上空へと飛んでいき、直角に曲がって西の空の彼方へと飛んで行ってしまった……


 一同、それを見て唖然と立ち尽くす……


「ハッ…!七聖宝は?!」


 セラがそう言って地面に並べられた七聖宝を確認すると、その場にしっかり残っており、傷一つ付いてない。


 セラは急いでそれらを回収し、また鞄の中へと仕舞い込んだ。


 そしてグリモアがこう言った。


「あの方角は…… 魔王城のほうだな」


 それを聞いてカッツォが答える。


「その通りだ。おそらく先ほどの光は、魔王様に向かって行ったのだろう…… 七聖宝にまつわる噂は本当だったんだな」


 そしてレイスもそれに続いてこう言った。


「ということは今頃、魔王はあの光を受けて力を失ったということか。 叩くなら今……だな」


 先ほど激しい戦闘を行ったばかりだが、時は一刻を争う。

 魔王の力が弱まっているとすれば、今が攻め時。

 もし少しでも間をあければ、魔王が力を取り戻してしまうかもしれない。


 するとレイスさんが、俺とコパンを見て静かに質問を投げかけた。


「エイト君とコパン君、きみたちはもう十分によくやった。 これから魔王城を攻めるつもりだが、無理して着いて来る必要はないよ」


 まあ、俺は確かに弱い。レイスさんのように剣の扱いも上手くない。頭だって良くもない。


 もっと上手く立ち回っていれば……ネルトを失わずに済んだかもしれない。


 だけど!!

 だからこそ、ネルトの命も無駄にするわけにはいかない!!

 そう、俺はやらなければならない。魔王討伐を——


「レイスさん。俺も一緒に行く!足手まといになったら、俺を見捨ててくれて構わない」


 すると、俺の横でコパンも声を張り上げた。


「んだナッ! それがスケルトン部隊の掟だァ。魔王様をブッ倒すどッ!」


 それを聞いたレイスは、俺とコパンを温かくパーティーに迎え入れてくれた。


 こうして俺とコパンは、勇者一行の四人と共に“魔王城”を目指して出発した。


 カッツォとはここで別れ、俺たちを見送って手を振っている。


 ……しかし思えばもう、エクレア司祭、ダン、ドラガ、このスケルトンの上長たちをことごとく葬ったのだ。

 もし、俺たちが魔王を倒しそびれた場合、カッツォの処遇も当然タダでは済まされないだろう……


 この世界が再び暗黒に染まるか、あるいは魔王を倒して浄化された平和な世界になるか、全てはこれから訪れる魔王城での戦い次第だ。


 しかし、魔王城か……


 グレイト・ソウルズでも魔王城はラストダンジョン……

 当然、あの辺りの守りは固く、上級クラスの魔物がうようよ潜んでいる。


 地上には、ゴーレム、ミノタウロス、バーサーカー系の魔物までひしめき合い、上空にはダークドラゴンも飛び交っている……


 先ほどは威勢よく“俺も一緒に行く”などと啖呵を切ったが、今更になって俺は背筋に冷たいものを感じ始めている。


 だが、もう後には引けない!やってやろうじゃないか!


 そして俺たちは一路、魔王の待つ“禁断の地”へと馬を走らせるのだった——

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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