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27話 利害の一致

 ——エクレア司祭の日記帳


 そこには、司祭の心の内がびっしりと書き込まれていた。もはや日記として書く必要があるのか?と思うような内容ばかりだ。


 具体的には、仲間のスケルトンや上官への誹謗中傷と、自分が昇進するための姑息な作戦が記されいた。


 俺は、ドン引きしながらページをめくり、ある日の日記に注目した。


「おいおい…… この日の日記を読んでみろよ」


 それは、俺たちがまだカッツォの部隊にいた頃、あの“北の灯台”で勇者たちと初めて対峙した日に書かれた日記だ。


【グランシア暦 陽炎の月 水の刻】

 今日も詰所の食堂は、雑兵どもが喧しく騒ぎ、静かになるまで10分もかかった。

 特にカッツォのところの兵士がうるさい。あいつは部下の指導もろくに出来ない能無しである。

 しかし昼過ぎ頃、カッツォめらの部隊が北の灯台へ勇者討伐へと向かった。

 何やら今回の勇者は一味違うようなので、おそらく阿呆のカッツォでは戦いに敗れるはずだ。

 そうなれば、上官のわしが魔王様に怒られることになるが、憎たらしいカッツォから役職を奪うには丁度いい材料になる。

 あわよくば、カッツォの部隊もろとも解体して、その分の経費をわしとドラガに充ててもらえるだろう。

 まあ、いずれはドラガにも消えてもらう予定だがな。


 ……とんでもない日記を読んでしまった。


 これにはさすがのネルトもドン引きだ。コパンとエリンちゃんも驚いている。


 何があったのかは分からないが、エクレア司祭はカッツォのことを酷く毛嫌いしているようだ。


 そして今度はネルトが恐る恐る次のページをめくった。


【グランシア暦 陽炎の月 土の刻】

 朝から朗報である。カッツォめらの部隊がほぼ壊滅した!

 カッツォ本人も、あの灯台から真っ逆さまに転落して、無様にも全身の骨を折り、施療院行きだそうだ。みっともない男め。

 しかしそのせいで、今日わしは昼過ぎから、わざわざ魔王城へ出向いて、魔王様からきつくおしかりを受けた。

 魔王様はいつも“部下の失態は上司のせい”と仰るが、あんな力任せにクラブを振るしか能のない“バカッツォ”など、そもそもわしの部下にした覚えはない!

 奴の単なる馬鹿力が評価されて、勝手に魔王様が部隊長に任命したのだ。

 まあ、何にせよカッツォの敗走は、わしにとって良い兆しと言えよう。じきに奴を部隊長の座から引きずり下ろしてやる。

 ちなみにあの“青いソウル”を持つ男は、無事に生還したようで何よりだ。やはりあの男は、救世主かもしれん。


 ……この日の日記は、筆が荒れていて読むのが大変だった。


 それにしても、エクレア司祭はカッツォのことを心底嫌っていることが分かった。“バカッツォ”なんてあだ名まで付けて……

 そして、なぜか俺は“救世主”だと思われているらしい。


 俺は今更ながら、ネルトに素朴な疑問を投げかけた。


「なあネルト。 青いソウルってそんなに珍しいのか?」


 するとネルトはすぐにこう答えた。


「そりゃあね、だって普通は赤いソウルだもん。 ほら、コパンもエリンちゃんも赤いでしょ?」


 そもそも、ソウルがむき出しになっているのはスケルトン兵士くらいなもんで、ほかの魔物のソウルが何色かは分からない。

 もしかしたら、ほかの魔物はぜんぶ青いソウルかもしれないし、虹色の可能性だってある、とネルトは言う。

 俺は、なるほど…と頷きつつも、さらに質問を続ける。


「ここに書かれてる“救世主”って、どういうことかな?」


 するとネルトは、娯楽室の本棚の前へ移動し、何か分厚い本を一冊手に取って戻ってきた。


「これ、いつもエクレア司祭が食堂で朗読する本」


 そう言ってネルトは、テーブルの上にドスンッと本を置いた。その表紙には“闇の経典”と書かれている。著者は不明だ。

 ネルトは、その本をパラパラとめくり、あるページを開いて指さした。


「ほら、ここ。 多分これをエイトくんだと思ったんじゃないかな?」


 そこにはこう記されていた……


『闇より出でし青き魂、救世主としてその名を世に刻まん』


 なるほど、これは確かに俺のことのように見える。エクレア司祭が俺に興味を示しているのも納得だ。


 俺は再びエクレア司祭の日記をパラパラとめくり、直近の日記に何が書かれているかを確認した。


【グランシア暦 陽炎の月 火の刻】

 今日は一応、上官としてバカッツォの見舞いへ行ってやった。

 随分と良くなったようなので、復帰したら早々にまたあの勇者とぶつけてやろう。さすれば、あのバカッツォも今度こそお陀仏だろう。

 その後は、ドラガを勇者に差し向けて勇者を殺させ、どさくさ紛れにわしの魔法でドラガも殺してやろう。

 そして、わしが部下を失いつつも勇者を討ち取ったということにすれば、功績を認められて魔王城へ栄転になるかもしれん。


 ……そこまで読んで俺はそっとノートを閉じた。


 この日記は思わぬ収穫である。

 エクレア司祭は、カッツォ、ダン、ドラガの3人より上の立場となる、いわば彼らの上司だ。

 しかしこの日記を見た限りでは、少しも部下思いの上司とは言えない。それどころか、自分だけ生き延びて昇進しようと画策しているクソ上司だ。


「ネルト、ありがとう。 よくぞこの日記を持ってきてくれた」


 俺はネルトに礼を言い、この日記は俺が預かることにした。

 これを上手く活用すれば、レイスさんの手助けになるかもしれない。


 そして、エリンちゃんとは「またね♪」と言ってお別れし、俺とネルトとコパンだけになったところで、俺は2人に相談を持ち掛けた。


「2人とも、ちょっと聞いてくれ……」


 俺はいったん兵舎の自室へ戻り、大急ぎでメモを書いてクレースに渡した。

 もちろんそれは、レイスさんへ向けての伝言である。


 ——しばらくの後、施療院にて


 カッツォのけたたましい叫び声が響き渡る。


「うおおおおッ!! 許さんッ……許さんぞォオッ!!!」


 カッツォは、エクレア司祭の書いた日記を読んで怒り狂っていた。

 そう、俺はある作戦をひらめき、3人で施療院を訪れ、あの日記をカッツォに見せたのだ。


 この作戦が上手くいく保障はどこにもない。しかし、もし上手くいけばカッツォをこちら側に引き込めるかもしれない。

 少なくともエクレア司祭とカッツォを仲違いをさせれば、スケルトン部隊全体をかく乱させることはできるはずだ。


 すると、カッツォは俺たちに向かって睨みを利かせながらこう言った。


「お前ら……なぜ俺にこれを見せた?」


 そのカッツォの眼差しには、もし間違えた答えを言おうものなら即骨粉の刑に処すぞ、という強い意志を感じた。

 ネルトもコパンも、縮み上がって声が出ない。

 俺も恐ろしくて喉がカラカラだが、ここは俺が代表者として答えるべきだろう。


「か、か、カッツォ様に、ご協力を頂きたく、お見せした次第でありますっ」


「協力だとぉ? 一体、何に協力しろと言うのだ?」


「そ、それは……」


 魔王討伐—— と、言いたいところだが、さすがにそれは無謀だ。

 そこで俺は、まず場所を移すことをカッツォに提案する。


「カッツォ様、是非もう1つお見せしたいものがあります。 俺に付いて来てもらえますか?」


 するとカッツォは身体の具合を確認するかのように、腕をブンブン振って、首を左右にボキボキと鳴らし、ベッドから降りて立ち上がった。


「いいだろう。 案内しろ」


 よし…これは俺の一世一代の大勝負だ……

 吉と出るか、凶と出るか……


 ——城下町から少し離れた草原


 俺たち3人は、骨の馬を走らせ目的地へと向かう。

 その後ろからカッツォも骨の馬を走らせ付いて来ている。


 そして到着した場所は、古びた遺跡。


 俺は、その遺跡の大きな瓦礫の近くに骨の馬を止めた。

 するとカッツォが近づいてきて俺にこう言った。


「おいっ! こんな所に連れて来て、俺に何を見せたいというのだ?」


 俺はカッツォに「まぁまぁ」となだめつつ、辺りの様子を見回すと、上空にキラキラ光る物体を見つけた。

 それはクレースが飛んで近づいて来る光だ。


「お待たせー♪」


 それを見たカッツォは、クレースを睨みつけてこう言った。


「ああん?なんだ、ただのフェアリーじゃないか ……まさか、こんなもんを俺に見せたかったのか?」


 クレースはいつものように俺の肩に乗り、カッツォにあっかんべーをしている。

 そして、俺たちと反対側にある瓦礫のほうを指さしてこう言った。


「もうみんな揃ってるわよ」


 俺たち3人とカッツォは、その瓦礫のほうに目をやる。


 ……ザッ


 瓦礫の壁の向こうから、ローブのフードを目深にかぶった四人の姿が現れた。

 そして、先頭の男がフードを外しながらこう言った。


「久しぶりだな、カッツォ」


 それは、カッツォもよくご存知の勇者、レイスさんだ。

 カッツォは驚き戸惑いながらも、背中に背負っている破壊のクラグを握り、戦闘態勢に入る。


「貴様ぁああッ!! あの時はよくも…… んっ?」


 カッツォは怒声をあげたが途中で止め、俺のほうに振り返ってこう言った。


「おいエイト…… これは一体どういうことだ?」


 カッツォの俺に対する懐疑的な目と、怒りと迷いが入り混じった声を聞き、俺は何とも言えない複雑な気持ちになった。


 この世界にやって来て、初めて俺が一瞬でも“理想の上司かも”と思えたカッツォを相手に、こんな騙すような真似をするのは忍びない思いだ。


 しかし、これは俺とレイスさんがクレースを介して作り上げた作戦なのである。


 実は、レイスさんが“断崖の魔神殿”を攻略した後、レイスさんは俺宛てのメモをクレースに渡していた。

 そして、クレースはすぐに俺の元へそのメモを届けてくれた。


 メモには、“魔物を仲間に引き入れたい”といった趣旨の相談が書かれていた。

 あの時、ダン・スカルニルと対決して勝利したのは“運が良かっただけ”で、今の実力ではこの先きっと命を落とすだろうと身をもって感じたらしい。

 まともに戦っても勝機が薄いのであれば、いっそ仲間にできる魔物は仲間にし、内部分裂させる狙いもあるそうだ。


 しかし、そう言われても簡単には……と思っていた矢先、ネルトがあのエクレア司祭の日記帳を持って来てくれたおかげで、俺はこの作戦を思いついた。


「カッツォ、落ち着いて話を聞いてくれ」


 レイスさんは剣を抜いてはいない。ただ話し合いをしたいだけ、それをカッツォに示している。

 しかし、カッツォは構えたクラブを下すことはせず、牽制の構えを取ったまま会話する。


「話だと? お前は俺たち魔物の敵…… 話すことなど何もなかろう」


 会話を断ち切るようなカッツォの回答にもめげず、レイスさんは少しだけ前に足を踏み出し、一方的に話を始めた。


「エクレア司祭の日記、お前も見たんだろう?」


 それを聞いてカッツォは「うッ…」と小さく唸り、構えていたクラブが少し下がった。

 レイスはそれを見逃さず、畳みかけるようにカッツォに話を続ける。


「あの司祭はお前をただの駒としか思っていない。 あんなやつ許しておけるか?」


 カッツォの額の骨から一筋の汗が流れ落ちた。精神攻撃が非常に効いている。

 するとカッツォは、低く、小さな声でレイスの質問に答えた。


「そりゃあ……許せねぇよ。 ぶっ潰してやるつもりだ」


 その答えを聞いてレイスは少しだけ口角を上げ、カッツォに歩み寄りながらこう言った。


「お前ひとりでエクレア司祭は倒せないだろ? だから俺たちが協力してやるよ」


 それを聞いてカッツォは明らかに動揺している。

 そして、とうとうカッツォの目の前までやって来たレイスがこう言った。


「安心しろ、お前はエクレア司祭を裏切るわけじゃない。 先に裏切ったのはあっちなんだからな」


 カッツォは下を向いたまま黙り込み、何かを深く考えている様子だ。


 そして、数十秒が経過した後、カッツォは顔を上げてこう言った。


「いいだろう、勇者レイスよ。 エクレア司祭を倒すために、一時的に手を組もうではないか」


 まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったが、カッツォが俺たちの仲間に加わった!


 後ろで見ていたセラ、ザハル、グリモアの三人もフードを外して拍手で迎え、俺とネルトとコパンの3人もカッツォに敬礼して感謝の意を表した。


 そして俺たちは早速、黒脈洞から帰還中のドラガとエクレア司祭が通るであろう道へ向かうことにした。


「行くぞお前らーーッ!! 俺様について来いーーッ!!」


 勢いよく骨の馬を走らせ、カッツォが勇者たちを先導する。


 その表情にはもう迷いはない。


 間もなく、エクレア司祭との決戦が始まる——

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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