24話 待ち伏せ
——断崖の魔神殿
それは西の山岳地帯を抜け、アビスリア海に面した断崖の岬に、禍々しい威容を示して聳え立っている。
黒ずんだ石材を積み上げて建てられた神殿は、まるでこの世の悪を凝縮したような佇まいだ。
その“魔神殿”という名の通り、神を祀るというより封じるために建てられており、祭壇にある七聖宝“封魔の匣”には魔神が封じ込められているという……
「ふぅ~~ 今回もいっぱい罠を解除したな~。 これでレイスさんたちも安心して攻略できるはずだ」
俺は今回もクレースが書いてくれた地図を頼りに、ダンジョンの内部に仕掛けられた罠を解除しまくり、気になる箇所のメモを書き留めた。
すると早速、外で待っていたクレースが俺の元へと飛んできた。
「お疲れ様~。今回はだいぶ手間取ったようね。 ……時間、大丈夫?」
外はもう夕日が傾き、辺り一面を橙色の光が包み込んでいた。
グランシア王国からこのダンジョンまでは、骨の馬を休みなく走らせても2時間かかる距離にある。
朝から出発して昼前には到着し、黙々と作業をしていたので、いつの間にかこんな時間になっていた。
「うわっ、まずいな。 夕方までには帰りたいけど、少し遅くなっちゃいそうだ……」
ドラガリア部隊は、朝食後から夕方までは自由時間だが、夕食の時間までに戻らないと処罰を受けることになる。
その処罰の内容は、ドラガの気分次第で決まるため、勇者を取り逃がしてイライラしている今は、最も気を付けなければならない時期と言えるだろう……
俺は、クレースに地図とメモを渡すと、クレースは夕焼け空に向かってキラキラと飛んで行った。
「よし…… 俺も早いとこ兵者に戻らないとな」
ダンジョンの前に停めておいた骨の馬の手綱を握り、鞍に跨ろうとした、その時だった——
ドドドド……
遠くのほうから何か大勢の足音のようなものが聞こえてくる。
その音は次第に近づいてきて、視認できる距離にまで達した。
それは、スケルトン兵士の斥候小隊。数にして約50名ほど。俺が所属するドラガリアのおよそ5倍の人数だ。
最後尾には、部隊長の“ダン・スカルニル”の姿もあった。
「えっ…!? なんでここに?!」
俺は慌てて骨の馬の手綱を引っ張って、断崖の魔神殿から少し離れたところの茂みに隠れた。
骨の馬にも伏せの姿勢を取らせ、上手く身を隠すことができたはずだ。
ドドドォォ……
ついに斥候小隊は、魔神殿の真ん前にまでやってきた。やはりここが目的地のようだ。
すると、部隊の一番後ろを走っていたダンが先頭までやってきて、辺りを見渡しながらこう言った。
「ふ~む…… あの少し開けた場所にするか」
ダンは魔神殿のすぐ横にある茂みを指さし、兵士たちに指示を送った。
そこはまさに、俺が隠れている茂みのすぐ目の前だ……
予想外の出来事に、また俺のないはずの心臓がバクバクと高鳴っている。
すると兵士たちは、その場所に手際よく荷物を広げ、あっという間にテントやタープを張り、火をおこし始めた。
どうやら、ここに野営してレイスさんたちを待ち伏せするようだ。
まだ奪われていない七聖宝は、ここ“断崖の魔神殿”にある封魔の匣と“黒脈洞”にある世界樹の根、そしてエクレア司祭が持つ輪廻の輪のみとなったため、ダンは山を張ってここを見張ることにしたのだろう……
レイスさんにも、このことを知らせたいが、もうクレースは飛んで行ってしまった……
しかし、それ以上に問題なのは、俺がここに居ることを彼らに知られてしまうことだ。
ここは断崖の岬……
背後にはアビスリア海の高波が荒々しく打ち付け、正面にはダン率いるスケルトンの斥候小隊。
逃げ場がない……!
ちょうど俺が隠れている茂みから、ほんの数メートル先にもテントが張られてしまい、俺はもう一歩も動くことができなくなってしまった。
俺のすぐ横で伏せの姿勢を取っている骨の馬は、幸いなことに非常に大人しい子で、鼻息一つ立てずにじっとしてくれているが……
もはや、このまま日が落ちて、彼らが寝静まるのを待つしかなさそうだ……
——数時間後
ようやく日も沈み始め、辺りに夜の帳が降りてきた頃、何やら斥候小隊のスケルトン兵士たちが動き出した。
もしや移動するのか?と思ったが、そんな淡い期待はすぐに裏切られ、どうやら“夕食の準備”を始めたようだ。
彼らは手際よく野営地の中央に薪をくべ、焚火を灯して何か大きな獣を丸焼きにし始めた。
すると、部隊長のダンも中央に現れ、落ちていた丸太を椅子の替わりにして座り、その何かの丸焼きを見ながらこう言った。
「おおー、モルゴスの丸焼きか。 美味そうじゃないか」
確かに先ほどから、肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、骨の髄から食欲をそそられる。
おや…? よく見るとあの肉は……
俺も襲われかけたあのユードリア海岸の付近によく出没する6本脚の獣だ。
あれが“モルゴス”だったのか……!
そういえばグランシア王国の城下町でやっていた朝市で、ネルトにご馳走してもらったあの露店の大きな骨付き肉も、確かモルゴスの肉だと言ってたな……
「んん~~美味いッ! やっぱ戦の前はモルゴスに限る」
ダンが美味そうにモルゴスの肉を頬張っている。パリパリに焼けた皮目から、旨味たっぷりの肉汁が溢れ出し、めちゃくちゃ美味しそうだ。
俺は今日、昼食を抜いてずっと断崖の魔神殿に籠っていたから、なんだか余計に美味しそうに見えてきた……
おそらく、人間だった頃にこんな状況に置かれたら、今にもお腹の虫が『グゥゥ~~』と鳴って、目の前にいる斥候小隊のスケルトン兵士に聞かれ、ここに隠れていることがバレてしまっていただろう。
食事を摂らなくても“空腹”にはならないという、スケルトンの特性がここへきて幸いした。
この後、スケルトン兵士たちが寝静まった後に訪れる静寂の中でも、お腹の音など鳴らすわけにはいかない。
そしてまた数時間が経過し、兵士たちは食べ終わった後のモルゴスの骨などを土に埋め、各々、テントの中へ入って就寝し始めた。
見張り役として一人の兵士だけその場に残り、中央の火に薪をくべ続けながら、ゆるく見張りを行っている。
辺りは静寂に包まれ、満天の星空の下、ぱちぱちと薪が炎に弾ける音だけが響く。
俺は、じっと茂みの中から見張り役のスケルトン兵士を見つめ、その時を待つ……
すると、兵士の様子が明らかに変化してきた。
うとうと…… 次第に彼は、眠気に襲われ始めたのだ。
よし、このまま眠ってくれれば、その隙に俺がこの場から脱出できる…!
うとうと…… かくんっ…… うとうと……
彼はもはや眠気に抗えず、こっくりこっくりと身体を揺らして船をこぎ始めた。
そして、ついにガックリと下を向いて、焚火の前で眠りに落ちた。
今だ……!
なるべく音を立てぬよう、慎重に……
ここから脱出するには、彼らの野営地のど真ん中を抜けるしかない……
パカラ… パカロ… パカラン…
俺は、骨の馬には股がらず、手綱を握ってゆっくり一歩ずつ、中央の焚火へと近づく。
そして遂に、居眠りしている見張り役の兵士の真横にまで近づいた。
彼は、まだ下を向いたまま眠りに落ちている。
慎重に、慎重に…… 彼を起こさぬよう、細心の注意を払って、何とか彼の横を通り過ぎることができた。
よし…… このまま慌てず、少しずつ離れるんだ……
——30分後
時間をたっぷりかけて野営地から離れ、もう骨の馬に跨っても気づかれることはなさそうな距離まで到達した。
それでも俺は、慎重に骨の馬に跨り、なるべく音が立たないよう、しばらくは歩く速さで骨の馬を走らせた。
そして、魔神殿が見えなくなるほど遠くまでやってきて、ようやく速度を上げて走りだす。
「ぷはぁ~~~ びびった~~!」
俺はようやく安堵して、久しぶりに声を発した。
骨の馬も最後まで一切鳴き声も出さず、よく付き合ってくれた。後で労いの餌をたらふく食べさせてあげよう。
それにしても本当、一時はどうなることかと思ったが、誰にもバレずに抜け出せて本当に良かった。
あの部隊長のダンがどんな性格なのかよく分からないけれど、やつはレイスさんの父・アルバート王を殺めた男だ。
もし俺が断崖の魔神殿でコソコソと罠を解除していたことが知られたら、タダでは済まされないだろう……
すると、前方から誰かの叫び声が聞こえてきた。
「をぉあぁ~~ッ!! やめれェ~!!うわあぁッ!!」
えっ、この声は……コパン?!
暗闇の中、声のするほうに目を凝らすと、何やら3体の獣に囲まれて、棒のようなものを振り回している人影が見える。
俺は、急いでその声の主へ向かって骨の馬を走らせた。
「ああッ!? おめぇエイトかァ?! 助げでくれェ~~!!」
やっぱりコパンだった。
6本脚の獣…そう、モルゴスの群れに襲われていたようだ。
すでにコパンが何体か倒したようで、周囲にモルゴスの死体が転がっているが、残り3体が執拗にコパンへ襲い掛かっている。
俺は骨の馬から降り、腰に下げていた鞘から剣を抜き、コパンの元へと駆け寄った。
そして、剣を振りかざし、モルゴスに目掛けて一刀を入れる。
ザシュッ!!
モルゴスは俺に斬られ、ギャウンッと悲鳴をあげてその場に倒れた。これで残すところ2体。
俺はすぐに体勢を整え、コパンと背中合わせに立つ。モルゴスを1体ずつ相手取る形だ。
「コパン、大丈夫か?!」
「ああ、助がったァ~」
ガルァァアアッ!!
俺とコパンにそれぞれ1体ずつ、モルゴスが牙をむいて飛び掛かって来た。
俺は剣を握り直し、コパンは長槍を前に突き出した状態で待ち構える。
ズシュッ!! ザシュゥッ!!
見事、俺の剣はモルゴスの腹に。コパンの長槍はモルゴスの顔面に突き刺さり、残りのモルゴスは2体とも絶命した。
「はああぁ~…… 助がったァ~~」
コパンはその場に座り込み、大きなため息をついた。
よく見ると、コパンは全身が傷だらけの状態だった。
俺たちスケルトン兵士には骨しかないので、当然どこを噛まれても出血はしないが、骨に直接ダメージを受けるので、折れたりヒビが入ったりする。
「うッ…ううッ…… うわぁぁああんッ!!」
今度は突然、コパンが急に泣き出した。
そんなに傷が痛むのか、いやコパンは痛みに鈍感だったはず……さて、どうしたものか……
すると、コパンは泣きながら心情を吐露し始めた。
「ううッ…オデ…… オデ、もうヤダァ! スケルトン兵士なんがァ、もう辞めでェよォ~」
聞くとコパンは、コパンなりに悩んでいたようだ。
実力も伴わずしてドラガリアに入隊したことや、俺とネルトに対しても劣等感を感じていたらしい。
それで今朝から一人でユードリア海岸へやって来て、長槍の特訓をしていたところ、モルゴスの群れに襲われて今までずっと戦っていたそうだ。
そんなに長い時間モルゴスの群れと戦って、残り3体まで倒したなんて、もうコパンは十分強いと思うが……
さらにコパンは愚痴るようにこう言った。
「ネルトが羨ましいなァ…… あいづみでェによ、オデも特別扱いされてェわ……」
……え、何のことだ? ネルトが特別扱い?
もしかして、またコパンの出鱈目な話か?
いや、しかし最近のコパンは何か様子が変だ。
エクレア司祭の部屋に行って、それこそ本当にエクレア司祭にとって特別な存在のように……
「おいコパン! ネルトの特別扱いって何のことだ?」
俺がそう言うと、コパンはまるで言ってはいけないことを言ったかのように、口を押さえて黙り込んでしまった。
ますます怪しい……
ひとまず俺は、コパンと一緒にグランシアの城下町へと戻ることにした。
コパンは骨の馬も使わずここまで来たそうなので、俺の骨の馬に一緒に乗せて帰ることにした。
俺の後ろからコパンが抱きつく形で骨の馬に揺られる。
もう無理には聞き出そうとしていなかったのだが、コパンは俺の耳元でネルトについて語り始めた。
「あんなァ…… ネルトんことだけんどよォ……」
その内容を聞いて、俺はコパンの作り話ではなく、真実なのだろうと直感した。
そして俺は、この話を決して他には言わないとコパンに約束し、さらに、コパンにこう提案した。
「コパン…… これで俺たちは一蓮托生だ。 これからは俺たち2人で“協力関係”を結ばないか?」
コパンは俺の後ろで頷きながら、「わがっだ」と力強く呟いた。
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