20話 秘密の会合
カルディナの町——
人口約3千人。街道と河川が交差する場所にあるこの町は、古くから商人たちが集まり貿易の町として栄えてきた。
革細工、金属加工、保存食の製造などが盛んで、町の至る所から香ばしい香りや鉄を打つ音がしてくる。
二階建ての建物が多いのは、工房と一体化した店舗が多いためで、職人たちが住み込みで働いている。
月に一度、“市の日”が催され、町の広場には物販から食事まで様々な露店が軒を連ね、さながらお祭りのような雰囲気で、町の人だけでなく旅人から商人まで、老若男女が集まり交流し、親睦を深める。この町にとって大切な行事である。
俺がこの町へ訪れたのは、ちょうどこの“市の日”が行われる賑やかな日だったので、魔物の俺も怪しまれずに町へ入りやすかった。
宿屋の二階の窓から町を見下ろすと、ちょうど広場が見え、多くの人が飲んで踊って楽しんでいる。
「よく来てくれた。 敵意はないから安心してくれ」
宿屋の一室で、勇者レイスは微笑みながら俺に紅茶をふるまってくれた。
その後ろには、女戦士、僧侶、魔法使いの三人の姿も。
そう……俺は今、勇者一行と密会している。
——迷いの森を抜けた後のこと……
グランシア王国の城下町に到着したのは、空が夕焼けに染まり始める頃だった。
俺たちはまず、ドラガリアの兵舎に寄って骨の馬と装備一式を返却した。
気絶していたコパンを叩き起こし、状況を説明してあげたが、まだフェアリーは何処だと探し回っていた。
その後、俺たち3人は、ひとまずいつもの詰所に向かって歩きだす。
ネルトは、ドラガリアに所属しないかと誘われたことがよっぽど嬉しかったようで、歩きながら俺にずっとその話をしてくる。
「ねえエイトくん、これって本当にすごいことだよ! だって、ドラガリア部隊といえば、これまでも多くの勇者たちを葬ってきた伝説の部隊なんだ。 僕たちみたいな一兵卒がもし本当に入隊できたら大出世だよ!」
確かに俺なんてグール1匹をたまたま倒した程度の雑魚スケルトンだ。こんな俺が、上級スケルトン兵士が所属するドラガリア部隊になど、本当に入隊していいものなのか?
一方、ネルトは俺と違って弓矢を上手く使いこなしていた。
迷いの森で勇者たちとドラガリア部隊が遭遇した際、ネルトは部隊の後方からあの女戦士に躊躇なく弓を引いて、あわや命中しそうな勢いだった。それも、あんな深い霧が立ち込める中でだ。
その後もネルトの弓は冴えわたっており、ドラガリアの兵士には当たらないよう、上手く勇者たちだけに狙いすました矢を何本も放っていた。
「なあ、ネルトって弓矢を使うの得意だったの?」
俺は何気なくネルトに質問してみたが、ネルトは少し考えてから俺に返事をしてきた。
「うーん……別に得意ってわけではないけど。 僕、昔から見よう見まねで試すと、できちゃうタイプなんだよね」
謙遜してるのか本当にそうなのか分からないが、きっとネルトは練習を積めば弓矢の達人になれるだろう。
すると、コパンが横からひょいっと顔を出し、俺たちに話しかけてきた。
「なァ、カッヅォ様んとご、挨拶行がねェんか?」
それを聞いて俺とネルトは顔を見合わせた。
こちらが望んだわけではないにせよ、俺たちのことをドラガに推薦してくれたわけだし、怪我のお見舞いもまだだった。ここは一応、礼儀としてお見舞いを兼ねて挨拶に行っておくべきだろう。
というわけで、俺たちは詰所に戻る前にカッツォが治療を受けているという城下町の施療院へ向かうことにした。
しばらく歩くと、町の東側の端に施療院があった。
外観は簡素な石造りの建物ではあるが、静かで落ち着いた佇まいをしている。
中に入ると、そこには両側の壁にベッドが並べられており、治療台や薬品が入った棚、そして何に使うか分からない医療器具が整然と並べられている。
すでにベッドには間隔をあけて何名かの兵士が横たわっており、看護師のような恰好をしたスケルトン女子が手際よく処置を行っている。
そのさらに奥には医療技術を学んだであろうスケルトンの医師が、カルテのようなものに記録を取っていた。
すると、院内に大きな声が響き渡った。
「ん? おーーい!こっちだ、こっちー!」
一番奥に設置されたベッドから、カッツォが上体を起こしてこちらに声をかけてきた。
俺たち3人は、急いでカッツォの元へと駆け寄り、まずは無事に帰還したことを報告する。
すると、カッツォは俺たちにこう言った。
「フハハハハ! 3人とも無事とは、俺が見込んだだけのことはある!
ついさっきドラガも俺の見舞いにやって来てな、お前たちの働きっぷりを高く評価していたぞ」
どうやら俺たちが兵舎に装備一式を返却しに行っている間に、ドラガがここへ来ていたようだ。
カッツォが言うには、ドラガは俺たち3人のことを、このように伝えたらしい……
俺については、勇猛果敢に霧の中を走って勇者を追い、しっかりその行方を部隊に報告した男だと。
ネルトは、やはりその弓矢の腕前を買われており、勇者一行に大ダメージを与えた男だと。
そしてコパンについては、武器すら失っても単身で霧の中を突破し、祭壇までやってきた猛者である……と。
するとカッツォは、真剣な表情に変わり、俺たち3人にこう言った。
「よし、お前たち……俺の部隊は卒業だ! 今度からドラガのところで世話になれ。 もちろんドラガも承諾済みだ」
なんと、すでに俺たち3人はドラガリアに正式入隊を果たしていたらしい。
ネルトは飛び跳ねて喜び、それを見たコパンもネルトと一緒に喜んでいる。
俺はちょっと複雑な気持ちだが、一応この場は喜んでおいたほうが良さそうなので3人で輪になって喜んだ。
すると、奥でずっと睨みを効かせていたスケルトン医師が、ついに立ち上がりこちらへやって来た。
「コラッ! ここは施療院だぞ!静かにしなさいっ!」
はしゃぎすぎた俺たちはスケルトン医師に怒られ、摘まみ出されてしまい、しゅんと落ち込みながら施療院を後にした。
しかし、とにかく俺たちはドラガリアの一員となったのだ。正式には明後日からの入隊で、明日は遠征から帰って来た日として1日休暇をもらえるそうだ。
さて……どうしたものか。
勇者から手渡されたあの宿屋の名刺、それはこのグランシア王国から少し離れてはいるが、骨の馬を走らせれば3時間ほどで着く距離にある“カルディナの町”の宿屋だ。
朝から出発すれば午前中には到着する。丸一日休暇をもらえるのだから、勇者と話し合うには充分な時間が取れそうだ。
しかし、骨の馬をまた借りることはできるのだろうか?
いや、俺はもうドラガリアの一員なのだから、貸してくれと言っても何らおかしいことではないはず。
あの俺たちの世話をしてくれたラッセルさんは、今回の遠征から生還を果たしていたので、あの人に聞いてみるとするか……
施療院の外に出て、俺たち3人は空を見上げると、もう日が沈みそうな時刻になっていた。
すると、ネルトがまた昇進した喜びを表すようにこう言った。
「あ~、もうすぐ夕飯の時間だけど、これで詰所の夕飯も食べ納めかな~」
しかし俺はふとあることに気付いて、それをネルトに言ってみた。
「あっ、それじゃあもうエリンちゃんの配膳を受けられないじゃん」
それを聞いたネルトは一気に血の気が引き、真顔で「うわ…まじだ」と俺に返した。
それから俺たち3人は詰所に向かって歩き、その間、ネルトは一切口を開かなくなり、俺はコパンとくだらない会話をしながら詰所へと戻った。
夕食ではエリンちゃんの姿はなく、最後の詰所での夕食だというのに、ネルトは虚しい気持ちのまま食事を終えた。
そして、詰所の寝台部屋へ向かう通路にて、落ち込んでる様子のネルトに俺は話を切り出した。
「なあ、ネルト。 明日は丸一日お休みしていいんだよな? ちょっと俺、たまには一人で出かけようかな~って思ってるんだ」
傷心気味のネルトは、俺の話を聞いてしばらく黙っていたが、こちらを向いて返事をかえした。
「ああ……そっか。 うん、僕も明日は一人で過ごすよ」
……よし、これで明日、ラッセルさんに言って骨の馬を借りることができれば、カルディナの町まで一人で出向くことができる。
勇者レイス、いや佐伯さんと会って話したいことは山ほどある。
グレイト・ソウルズのことが大半だが……もちろんこの世界について、そして今後どうすべきか、いろいろと相談できるはずだ。
今日は早めに寝て、明日に備えよう……
——そして翌日
俺は、ラッセルさんにお願いして骨の馬を借り、グレイト・ソウルズのフィールドマップを思い出しながら馬を走らせた。
途中、獰猛な6本脚の獣が襲い掛かってきたが、何とか振り切って無事このカルディナの町にたどり着いた。
しかし、こんな骨剥き出しのスケルトン兵士など、“どう見ても魔物”が町の中に侵入したとバレたら、町の人たちの手によって即骨粉の刑に処されるだろう。
そこで俺は、ラッセルさんに頼んで顔まで隠れる甲冑と、全身を覆えるローブもお借りして、骨の部分ができるだけ見えないように身を包んだ。
幸いなことに“市の日”という催しが行われていたので、町の賑やかなムードに紛れて誰も魔物の俺に気付かなかった。
そして、宿屋の一室にて……
俺はローブを脱いで、甲冑の面を外し、勇者一行が見守る中、出された紅茶に口をつける。
すると、レイスが俺にこう言った。
「ここに居るみんなには、さっきオレの素性について話したんだが、まだ半信半疑らしいので、君からも説明してくれないか?」
どうやらレイスは、他の三人にも俺とレイスが“異世界転生”を経験した“転生者”だと話したそうだ。
ただ、あの“星詠みの水鏡”を使ったわけではなく、口頭で仲間たちに説明したらしい。あの水鏡は一度使うとリセットされて同じ人の記憶は二度と刻み込めないのだ。
転生者だという証拠を出すのは難しいが、とりあえず俺は、改めて全員に挨拶をすることにした。
「俺…えっと、この世界ではエイトって名前のスケルトン兵士ですが、こないだまでレイスさんと同じ異世界に居ました」
それを聞いて、ベッドの縁に脚を組んで座っている女戦士がこう言った。
「へぇ~、面白い。 ウチもその世界に行ってみたいな~! あ、私はセラ。よろしくね」
続いて、壁に背を付けて立ち、こちらを見ていた僧侶も口を開いた。
「僕はザハル。 俄かには信じがたい話だけど、レイスさんが嘘をついてるようには見えないし、魔物にもそんな嘘をつく理由が見当たらないよね…… 信じてみるとするか」
最後に、テーブルを挟んで反対側の椅子に座っている魔法使いのおっさんがこう言った。
「よし、早速だが本題に入ろうではないか。 エイト君と言ったかな? 君は、元いた世界に戻りたいのかね?」
いきなり核心を突く質問だ……
正直、今の俺はどちらとも言えない心情に苛まれていたところだった。
だが、この質問、ひょっとすると俺を試しているのか?
つまり、俺が心まで魔物に心酔しているなら、帰りたくないと答えると踏んでの質問……
とするなら、帰りたいと答えなくては、ここで敵対関係とみなされてしまう……?
悩んでいる俺の様子を汲んでか、レイスが俺にこう言った。
「オレたちは、魔王を討伐しようと思っている。 もし君にもその気があるのなら協力してほしいんだ」
その点については俺も同じ意見だ。
ここは正直に俺が思っていることを主張しよう。
「俺も魔王を倒してほしいと思ってました。 ただ、俺はこの世界でしばらく過ごして、魔物も悪いやつばかりじゃないと分かりました。 だから、もし可能なら、魔王だけを討伐してほしいんです!」
それを聞いた勇者たちは顔を見合わせ、答えに迷っている様子だ。
そしてレイスは俺にこう言った。
「分かった。尽力しよう。 では、俺からもお願いがある」
そのお願いとは……
『魔物の動きや、ダンジョンの地図を、勇者たちに共有すること』
聞こえはいいが、やることは完全にスパイだ……
本来なら持ち帰って何日か考えたいところだが、そう何度も勇者に会える機会が訪れるとも限らない。今日、この場で決断するしかない。
俺は悩んだ末、勇者からのお願いを受けることにした。
……しかし、その伝言役は?
「オッケー♪ 私も魔王のせいでグールに殺されかけたんだし、エイトさんは命の恩人だからね! 私があんた達の伝言役になったげる」
俺の甲冑の胸のところに潜んでいたフェアリーのクレースが飛び出してきた。
普段はキラキラと輝きながら飛んでいるが、こうして潜入用にキラキラを抑えることもできるらしい。
「よし、決まりだな」
そう言って差し出された勇者の手を、俺は強く握った。
こうして俺の、正体バレたら即骨粉な裏稼業が始まったのだった——
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