2話 おかえり
ついに俺の目の前にカッツォがやって来た——
カッツォの異常性と知能指数の低さについては“グレイト・ソウルズ~設定資料集~ 4,980円”にも書かれていたが……
まさか所謂、俺のような“転生者”を見抜く力もあったというのか?
もし俺の正体がバレたりしたら…さっきのスケルトン兵士と同じように、即・骨粉の刑?!
「なんだお前、見ない顔だな… 新入りか?」
ち、近い……!
大きな図体をしたカッツォが前かがみの姿勢になって、その恐ろしいご尊顔が俺の目の前に……
それにしても…なんだこの匂いは…??
カッツォも見た目はただの骨だというのに、息が…臭い!口臭か?内臓もないのに?!
「むっ…? 青いソウルとは珍しいな… 妙な気配を感じたのはこのためか」
その真っ赤な眼光が、俺の胸にある小さな青い光をしげしげと見つめている。
そうか、これはやはりソウル……つまり魂だったのか。
俺も自分の胸元に目をやって震えていると、カッツォが俺に問いかけてきた。
「お前、いつの間に戦に参加したんだ? 名前はなんだ?」
気が付いたらこの世界に転生していたし、戦いにいつ参加していたかも分からない……
とりあえず今答えられそうなものは、名前…だが、現世での名前を言うのも何か不自然な気が……
様々な考えが頭に浮かび、俺が「…え、えっと…えぇと…」と言葉を詰まらせていると、カッツォはこう言った。
「はぁん? …エイト? そうか、お前、エイトって名前なのか」
俺は、恐怖のせいもあって思考が回らず、そのまま何度も頷いてしまった。
まぁどうせ、こんな世界では名前などただの記号に過ぎない……
「しかしエイトよ、お前… 先ほどの戦いを、その程度の浅手のみで潜り抜けたのか?」
カッツォは俺の左腕についた掠り傷を指さしながらそう言った。
不思議に思った俺は、改めて周りのスケルトン兵士たちを見てみると、俺以外の生き残り兵士たちは皆、立っているのがやっとなほどの深手を負っていることに気が付いた。
「フハハハハ! なかなか見込みがあるな! いつから俺の部隊に所属してたんだ?」
どう返せばいいのか分からず口籠っている俺の様子を見て、カッツォは俺のことを寡黙な兵士だと思ったようで、勝手に一人で話を進めていく。
「あまり話すのが得意ではなさそうだな… まぁそんなことはどうでもいいか! 強い兵士はいつでも大歓迎だ。 さあ、改めて出発だーーッ!」
俺からは何も答えないまま会話が終わり、また隊列の行進が始まった。
とりあえず今は、スケルトン兵士になりきるしかなさそうだ…。
カラカラと骨の音を鳴らしながら、スケルトン兵士たちの隊列は休まず歩き続ける。
進んでいる方角からして、魔王軍が人間たちから奪ったグランシア城の城下町へと向かっているのだろう。
そこには、スケルトン兵士たちが寝泊まりする詰所があることも俺は知っている。
グレイト・ソウルズでは、グランシア城の城下町を攻める時、まず敵の拠点たる詰所を叩くのが定石の攻略法である。
ここを先に潰さないと、なぜか無限にスケルトン兵士が沸いてくるという、昔のゲームでは間々ある仕様だからだ。
だが、今は実際にこの世界に入ってしまったので、そういったバグ的な要素は見られないかもしれない……
とは言え、グランシア城の攻略はゲームの終盤になるため、今すぐ勇者一行に襲われる心配はなさそうだ。
——歩き始めて何時間が経っただろう?
曇天の空に夜のとばりが降り始めた頃、ようやく遠くにグランシア城とその城下町が見えてきた。
グランシア城はもともと、この辺りの地区を統治していたアルバート・グランシア王の城だが、グレイト・ソウルズではその姿を見ることもかなわない。
なぜなら、ゲーム開始直後からすでにこの城と城下町は魔王軍の手によって陥落し、魔族たちの根城と化しているからだ。
城下町の周囲はぐるりと外壁に囲まれており、木製ながらも頑丈なつくりになっている。
木製の巨大な正門の上部には、左右に張り出した見張り台があり、そこには警戒に当たるスケルトン兵士が一体ずつ弓矢を構えて立っている。
「お~~い! 俺だ~カッツォだ~! 射つなよ~」
見張りのスケルトン兵士たちはサッと弓を下におろし、内側にいる門番のオークたちに開門の合図を送った。
すると今度はオークたちが、近くに待機していたトロールに合図を送り、正門を開けるように指示を出す。
トロールは木製の巨大扉の前へやってくると、少し中腰になって扉に手をつき肩を当て、そのままゆっくりと前進し始める。
グゴゴッ…ゴゴゴゴォォン……
重たい正門が徐々に開いていき、その隙間から城下町の中が見えてきた。
門番のオークたちも中からヒョイと顔をのぞかせ、カッツォと我々に労いの言葉をかけている。
「よ~し、着いたぞ! 今日はこれで解散な。 お前たち、ゆっくり休んで次に備えろよ。 お疲れさん~」
そう言ってカッツォは足早にその場を離れ、まっすぐ城下町の奥にあるグランシア城へと向かっていった。
すると、少し離れたところでカッツォが振り返り、こちらに向かって大きな声で叫んだ。
「お前たちの頑張りも、しっかりデュラン様に伝えておくからな~!」
デュランとは、魔王軍でも上位クラスの魔物“デュラハン”で、その名も魔将ヴァルク・デュランという。
グレイト・ソウルズでは中盤あたりで勇者一行と対峙するので、かなり上位クラスのボスキャラと言っていいだろう。
しかし、なんだろう……
ゲームをしてる時には分からなかったが、カッツォのこういった発言には正直、驚かされている。
シリーズ初のボスキャラにして、攻守ともに優れた戦闘力をもち、プレイヤーを苦しめるだけのキャラだったのに……
今の俺にとっては、スケルトン兵士としての俺にとっては、上官となる存在だ。
しかも、意外なことに部下思いな一面も見せてきている。これが不思議と、悪くない気分なのだ。
思い返せば、現世ではろくな上司に恵まれなかった……
上司のミスをなぜか俺のせいにされ、俺が手柄をあげても上司に横取りされていた。
それが当たり前だと思っていたし、会社とは、組織とは、仕事はどれもそういうものだと思っていた。
——カッツォ… もしかして俺にとって理想の上司なのか?
いやいや、何を馬鹿なことを考えていたんだ俺は…ッ!
あいつはただの魔物で、容赦なく人間に牙をむく残忍非道な存在だろう!
この城下町だってあいつら魔物がアルバート・グランシア王を強襲して奪い取ったものだ。
だいたい、さっきだってカッツォは仲間のスケルトン兵士を、クラブでぶん殴って骨粉にしたんだぞ!?
そんなやつが理想な上司なわけないだろう!
……俺は、勇者たちを信じる!
もう何百、いや何千とプレイしてきたこのゲームの主人公は、正義の使者である勇者ただ一人。
俺がただの魔物ではなく転生者だと伝え、俺の置かれている状況を説明すれば、きっと理解してくれるはず。
そうすればきっと勇者パーティの仲間として迎え入れられ、この世界の攻略法をレクチャーしながら進めていけば、あっという間にクリアできるんだ!
そう、俺が目指すべきは……魔王の討伐!
この世界がグレイト・ソウルズと同じだとすれば、魔王を倒した後に世界は浄化され、魔物たちも人間の姿に変わって、皆で平和に暮らすとされている。
下級スケルトン兵士の俺には魔王を倒す力はないけれど、勇者ならいずれその力を身に着けられる!
だから、何としても勇者一行に魔物を倒してもらわねば、魔王が世界を支配してしまい、俺は一生スケルトン兵士としてこの世界で暮らす羽目になる!
「よお、おめぇ エイトちゅっだが?」
俺が深く考え込んでいたところ、後ろから声がした。
振り向くとそこには、一緒に帰還したスケルトン兵士の一人が、カラカラと首を震わせながら俺に話しかけていた。
よく見ると、甲冑はボロボロで、体中の骨に傷跡が残っているが、痛みに無頓着なのか平気そうな顔をしている。阿呆…なのだろうか?
さらに、その甲冑にはご丁寧にネームプレートのようなものが付けてあり、しっかり名前が刻まれていた。
「…コパン?」
俺がそう口にすると、そいつはまたカラカラと首を震わせながらこう言った。
「おう!そうだど~ オデの名前はコパン! おんめぇ、名札がついでねェな 戦場で外れぢっだか?」
そう言われて自分の胸元を見てみたが、確かに俺の甲冑にはネームプレートが付いてない。
まさか、本来なら付いているけど、俺が転生者だから……
「まあいいや! おめ、まだ新人なんだべ? オデが町ば案内しでやッよ」
コパンはそう言って俺の横に立ち、一緒に前へと歩くように促した。
こんな形でグランシア城の城下町を歩くことになるとは思ってもみないことだ。
普段はプレイヤーとして主人公目線でしか見ていなかったが、今こうして魔物目線で見てみると、とても活気にあふれており、普通の町にすら見えてくる。
オーク、ゴブリン、コボルト、ミノタウロス… 多種多様な魔物が暮らしていて、皆それぞれに仕事を与えられて生活を営んでいる。
「そうか… 俺は今まで、この生活を破壊してきたんだな」
思わず俺の口から零れ落ちた感傷的な言葉は、町の雑踏によってかき消され、隣を歩いていたコパンの耳には届かなかった。
コパンはルンルンと両手を大きく振って俺との散歩を楽しみながら、町のあらゆるものを俺に紹介してくれた。
「あでが道具屋な! 戦の前にゃ回復薬とか買っどくといいど~ あっぢは宝石屋だべ。 オデたちの給料じゃ買えねッけど!」
このコパンという同僚のスケルトン兵士は、少々クセのある喋り方だが、どこか憎めない愛嬌を持ち合わせている。
スケルトン兵士などゲームの中では会話すらせず、バッサバッサと切り倒すだけの存在だったのに、この世界ではしっかり一つの生命として躍動している。
コパンは時折、俺の顔を覗き込んで俺の表情を伺いながら、お店や魔物たちを紹介しつつ町を歩き続ける。
俺はそんなコパンを見ながら、俺にとって一番好きだったグレイト・ソウルズというゲームへの想いが揺らぐような、不思議な感覚にとらわれていた。
町中をぐるりと案内してもらい、気が付くと辺りは暗くなっていた。
要所の壁に松明の明かりが灯りはじめた頃、ようやくコパンの歩みが止まった。
「よ~し、到着だべ! ここがオデたちの詰所な」
階級の低いスケルトン兵士には自宅などない。
町の奥にあるこの詰所で、同じスケルトン兵士たちと夜通し町の警備をしながら交代で仮眠をとる。
階級が上がれば“魔族の兵舎”で個室をもらえるらしいが、一介のスケルトン兵士がそこまで階級アップした事例は過去に一度もない。
「ましてや、持ち家なんて 夢のまた夢だどっ」
そう語る同僚のコパンに室内へと案内され、俺はスケルトン兵士として初めてこの詰所に足を踏み入れた。
『おかえり~!』
扉を開けて最初に聞こえてきたのは、同じスケルトン兵士たちの“お迎えの言葉”だった。
コパンだけにでなく、俺にも笑顔を向けて“おかえり”という言葉をかけてくれている。
一体、俺は何年くらい聞いていなかっただろう、この言葉を……
この世界に転生する前の現世では、多忙な日々に追われ、疲れ切った体で家に帰っても、決して聞こえてくるはずのなかった言葉だ。
俺はこの瞬間、魔物の住処に居ながら、温もりのようなものを感じてしまっていた——
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