19話 繋がる記憶
俺は一気に身体から血の気が引いた。
いや、正確に言えば骨しかないので血は流れていないけど。
勇者は確かに今、俺に「転生者か?」と質問してきた。聞き間違いではない。
え……言っていいのか?
そういえば俺、この世界に転生してきたことを、まだ誰にも話してない……
何となく、誰かに正体がバレたら不味いような気がして……
エクレア司祭に呼び出しを受けた時も、俺は自分の素性を何も答えなかった……
でもあの時、エクレア司祭は“異端者”とか“異邦人”という表現だったのに対し、この勇者ははっきりと“転生者”という言葉を使った……
どうする……
ここが運命の分かれ道のような気がする……
いったい、何と答えればいい?
俺の、ないはずの心臓が高鳴っている……
そして俺は決意した。
俺は、勇者がしたのと同じように、勇者にだけ聞こえる声でこう返した。
「……はい。 転生者……です」
それを聞いた勇者は、スッと立ち上がり他の仲間たちの元へ戻ると、何やら相談を始めた。
えっ、やっぱり言ったら不味かったか?!
もしかして転生者には特別な拷問にかけて殺すとか?!
俺は全神経を研ぎ澄まして、勇者たちの会話を盗み聞きする。
「星詠みの水鏡、使ってもいいか?」
星詠みの水鏡……それは、あの北の灯台にあった七聖宝だが、グレイト・ソウルズにも登場する。
一見するとただの手鏡のような形だが、もしゲームと同じなのだとすれば、魔王の力を弱めるだけでなく“記憶”を刻み込むことができる特別なアイテムだ……
それを“使っていいか?”と相談しているということは、もしや、俺の記憶を覗き見ようとでも言うのだろうか?
勇者は、仲間たちの同意を得たようで、星詠みの水鏡を鞄から取り出し、鏡面に向けて右手を近づける。
すると、その右手が鏡に触れた途端、まるで水面に手を当てたように波紋が現れ、そのまま鏡の中へと右手が吸い込まれていく。
どうやら俺の記憶ではなく、勇者の記憶を刻み込むようだ。
すると勇者の身体はビクッ!と跳ね、そのまま蠟人形のように固まり、眼球が真っ白になってしまった。
「レイス君、大丈夫かねっ?!」
魔法使いのおっさんが、勇者の身体を支えながら心配そうに声をかけている。
すると数秒後、レイスは「ハッ!」と目を覚まし、何事もなかったように水鏡の中から手を抜き出した。
そして、その水鏡を手に持ったまま再び俺の傍へやって来て、また目の前で腰を下ろしこう言った。
「いいかい? これは“星詠みの水鏡”といって、人の記憶を刻み込むことができる道具だ。
そして次に手を入れた人物は、その記憶をまるで短編映画のように観て追体験することができる」
やはりそうだ。俺が知ってる“星詠みの水鏡”と同じ機能を持っている。
しかし、なぜこの勇者は自分の記憶を水鏡に刻み込んだんだ?
すると勇者はさらにこう続けた。
「君が転生者だというのなら、ぜひ俺の記憶を見てほしい」
勇者はそう言って俺に水鏡を向ける。
もはや選択の余地はない。俺は、恐る恐るその水面に手を当てた。
ズズズズ……
俺の右手は、水鏡の中に吸い込まれ、徐々に視界が狭まっていき、意識が遠のくのが分かる。
薄れる意識の中、まるで満天の星空のような景色が現れ、次第に暗転していった。
そして、徐々に意識がクリアになり、ふわふわと水の中に意識が漂う感覚に包まれる。
——これは、記憶の海…?
彼が生まれてから記憶している全てのことが、鮮明に俺の目に映し出されていく。
……彼は、グランシア王国の王子として生まれ、何不自由なく順風満帆に育ったものの、ある日を境に運命が切り裂かれてしまった。
それは、魔物たちによるグランシア王国の襲撃だ。
彼は父の死を、小舟の上から見届け、その日を境に魔王討伐に向けた旅を始めたのか……
そして、15歳を迎えた時、ルミナス王国へと向かう道中に事件が起きた。
あれは……エクレア司祭か?俺の記憶より少し若く見えるが、この頃は“闇の魔道士”と名乗っているようだ。
王妃エリシアに扮したミミックに騙され身動きができない彼を、エクレア司祭は容赦なく“輪廻の輪”を使って異世界へ吹き飛ばしたというわけか……
しかし、彼はいったい、どこに飛ばされたのだろう……?
えっ……
日本?!
驚いたな……彼が飛ばされた先は、俺の元いた世界だったとは……
それも、俺と同じ国だったなんて……
なッ……名前が……“佐伯たつる”って……あの人と同姓同名か?
あれ……児童養護施設? え、嘘だろ……
確かあの佐伯たつるさんも児童養護施設で育ったというエピソードを聞いたことがあるぞ……
あああッ……ゲームのプログラミングの勉強を始めている……!
うわあああ!!!施設を出て、ゲーム会社を立ち上げている!社名は、サエキネクト!!
間違いない、この人、あのサエキネクトの社長で、グレイト・ソウルズの生みの親、佐伯たつるさんだぁーーッ!!!
——ズォオオンッ!
そこまで映像を見た後、俺の意識は元に戻り、それと同時に思わず大きな声を出してしまった。
「さッ、佐伯さんッ!! 大ファンですぅうッ!!!」
レイスは一瞬、ポカンとした表情を浮かべたが、すぐに状況を理解し、俺に顔を近づけてこう言った。
「君、オレのことを知ってるのか?! ひょっとして日本人?」
「そうですっ! あの、俺、グレイト・ソウルズが一番好きなゲームで、もう何百…いや、何千回もプレイしてます!」
それを聞いてレイスは嬉しそうに笑い、また何かを俺に言いかけたところで、後ろから女戦士が声をかけてきた。
「レイス、その魔物と知り合いか? 楽しそうなのは結構だけど、あのスケルトンの気配を感じるよ。早く逃げたほうがいい」
おそらく、ドラガたちがあの巨大ネズミの化け物を倒して、こちらに向かって来ているのだろう。
先ほどの彼らの戦いぶりからして、もうドラガとの再戦は避けたいはず……
「仕方ない…今日は退くとしよう……」
そう言うと勇者は立ち上がり、俺の手に何かを握らせてこう言った。
「君、是非また会って話そう!」
勇者はそう言い残し、他の三人と一緒に森の奥へと走り去って行った……
俺は、しばらくその場で茫然としていた。
まさか……あのレイス・グランシアが、俺の崇拝する佐伯さんだったなんて……
待てよ……ということは、やっぱりこの世界は本当に実在していて、俺がやり込みまくったあのグレイト・ソウルズは、この世界を参考にして作られたゲームだったというわけか!
なるほど、どうりでよく似ているわけだ……
だが佐伯さんが…いや、レイスがこの世界を旅して見た光景や情報をもとに、忠実に再現して作られたゲームではあるが、行ったことない場所や知らないことはゲームに含まれていない。だからゲームと違う点が散見していたということか。
俺は一人で納得し、それと同時に新たな疑問も沸き上がってきた。
俺のような青いソウルを持つスケルトンが、過去にも2人いたとエクレア司祭は話していたが、ひょっとして、またこの先も俺のような転生者が現れるのか?
それと、あのエクレア司祭が使っていた異世界に吹き飛ばす波動を放つ“輪廻の輪”という装置……あれを使えば俺は元の世界に帰れるのか?
俺は、他にも様々な疑問や可能性について考え込んでいると、先ほど勇者たちが走り去った方角とは反対側から、たくさんの足音が聞こえてきた。
ドドドド……
それは、骨の馬に股がるドラガリア6名と部隊長のドラガだった。
よく見ると、その中の一人のスケルトン兵士に後ろから抱きつき、一緒に騎乗しているネルトの姿があった。
「ああーっ!エイトくん!無事だったんだね!」
ネルトは骨の馬から飛び降り、すぐに俺のもとへ駆け寄ってきた。
エイトは崖から落ちた時、頭をぶつけて気絶していたらしく、そのせいで俺の呼びかけに答えられなかったそうだ。確かにエイトの頭蓋骨には打撲のような跡が残っていた。
その後、目を覚ましてふらふらと森の中を彷徨い歩いていたところ、この湖を目指して走るドラガたちに発見され、一緒に連れてきてもらったらしい。
すると、ドラガもこちらへやって来て、辺りを見渡してから俺にこう言った。
「勇者たちを見なかったか?」
俺はドキッとした。
ここで勇者たちを庇って見なかったと言うべきか……
或いは嘘偽りなく答えるべきか……
いずれにしても、もう勇者たちがこの場を去ってから数十分は経過しているし、今から追っても間に合わないだろう。ここは敢えて正直に……
「み、見ました。 やつら……七聖宝を奪って、あっちの方角に走って行きました」
するとドラガは、残ったドラガリアの兵士たちに勇者たちを追うよう指示を出し、日暮れまでに見つからなければ兵舎に戻って来いと付け足した。
もし勇者たちに追い付いたら、また激しい交戦になるのだろう……勇者たちが殺されてしまうかもしれない……
俺は、もしかして、とんでもない過ちをおかしてしまったのだろか……
そんなことを考えていたら、突然また別の方角の茂みから、勢い良く何かが飛び出してきた。
バサァァアッ!
「をりゃあああッ!!」
その何かは、枝草まみれのコパンだった。
コパンの前には、キラキラと輝きながら飛ぶ妖精の姿が……
「あっ!クレース!」
俺がそう叫ぶと、クレースはくるっと方向を変え、俺の方に向かって飛んできた。
コパンは猛突進していたため、急に止まることができず、そのまま湖に架かる桟橋を越え、祭壇にドガーーッと激突!
そして、そのまま口から泡を吹いて気絶してしまった……
「ねえっ!何なのあいつ! せっかく私が見つけて案内したげるって言ったのに、私のこと捕まえようとするのよー」
どうやらクレースは、俺がコパンを探していたので、見つけてきてくれたらしい。
クレースは俺の肩に乗り、親しげな雰囲気で俺にコパンの悪口を言い続けている。
ネルトも妖精を初めて見たらしく、クレースのことをしげしげと見つめているので、簡単に紹介してあげた。
「あ~、この子はクレース。さっき森の中で知り合ったんだ」
「へぇ~、フェアリーって本当にいたんだ。 あ、僕はネルトって言います。よろしく」
「あら、貴方は紳士的でいいスケルトンなのね。よろしく、ネルトさん」
ドラガはその一連の流れ見て、ガハハハ!と盛大に笑い、俺とネルトにこう告げた。
「なるほど、さすがはカッツォが推薦した兵士たちだ!
気に入った!お前たち正式に俺の部隊に歓迎してやろう!
もちろん、あそこで気絶してるお友達もな!」
ドラガが言うには、どんな状況でもとにかく生き延びるやつが強者だそうだ。
俺たち3人はこの獣やグールが巣食う迷いの森で、“霧払いの光”も使わず生き延びたことを高く評価したらしい。
いや~…それにしても、いきなりドラガリアに入隊なんて、さすがに荷が重い気が……
「はいっ!ありがとうございます!」
ネルトは元気に返事をしている。どうやらドラガリアに入隊できるのが相当嬉しいらしい……
俺もネルトに頭を無理やり下げさせられ、渋々ながら「よろしくお願いします」と返事をした。
こうして俺たち3人は無事、迷いの森アニマノームを後にし、グランシア王国の城下町へと戻ることになった。
ドラガリアの兵士たちは勇者一行を追って行ったので、俺たちはドラガと一緒に森を抜け、骨の馬を走らせ来た道を引き返す。
ネルトの馬には気絶したコパンを一緒に乗せ、落ちないようにネルトが支えて走っている。
俺は、骨の馬に揺られながら、先ほど勇者が去り際に俺の手に握らせた“あるもの”を確認する。
それは、とある町の宿屋の名刺だった——
そういえば確か、出兵した翌日は休暇だったはず……
さて、どうしたものか……
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