18話 アニマノームの湖
俺は、深い霧の中を彷徨い歩いていた——
まさかあのドラガリアに所属させられ、迷いの森で勇者一行と戦う羽目になるとは……
しかし、部隊長のドラガが勇者討伐まであと一歩のところで森の守護獣サルームに襲われ、ドラガリアの兵士たちは部隊長を救うためサルームに挑んでいってしまい、その間に勇者たちを取り逃してしまった。
ワァァアアッ! ドドドド……
飛び交うサルームの触手と、それを振り払いながらドラガを救出せんと挑み続けるドラガリアの兵士たち。
俺とネルト、そしてコパンの3人は、立派な装備を支給されてはいるものの、サルームとの交戦に参加するのを戸惑っていた。
すると、サルームに捕食される寸前のドラガが、俺たち3人に向かってこう叫んだ。
「ぐおおッ! お、お前たちは勇者どもの後を追えーッ!」
それを聞いて俺たち3人はハッと我に返り、辺りを見渡す。
もう勇者たちが持つ“霧払いの光”の明かりは遠く離れ、霧の中へと消え入りそうだ。
ネルトはそれを見て、俺とコパンにこう言った。
「僕たち3人では勇者たちはおろか、あのサルームっていうバケモノも倒せないけど、とりあえず勇者たちを追って、次にどこへ向かったかだけ後で報告しよう!」
確かにネルトの言う通りだ。
俺たちのような下級スケルトン兵が来るような場所じゃない……今はドラガリアに所属しているけど、ただカッツォの気まぐれで体験入隊させてもらっているだけに過ぎない。
ここは、こっそり勇者たちの動向を探って、戦わずして戦果をあげればいい。
俺たち3人は、勇者たちが微かに遠くから放つ霧払いの光を追って、深い霧の中へと足を踏み入れた。
本当に深い霧だ……夜の闇の中なら目が利くが、霧の中では右も左も分からない。すぐ隣にネルトが走っているはずだが、その顔がぼやけて見えないくらいだ。
かろうじて走る足音が聞こえているので、まだ安心しながら勇者たちを追うことができている。
「僕たちは霧払いの光を持ってないから、なるべく3人で固まって動こう。勇者たちから目を離さないでね」
ネルトの言うとおりに、俺たちは3人で手を繋ぎあって、勇者たちとの距離を一定に保ちながら後を追い続けた。
勇者たちが放つ光は、森の奥へ奥へとどんどん進んでいく。
途中、激しい金属音や地鳴りが聞こえるので、おそらく獣などと対峙しているのだろう。
おかげで俺たちは戦闘せずに追いかけていられていた。
ウガァアアッ!!
…と思っていた矢先、グールだ!
勇者を追うことだけに集中していた俺たちの真横から、野生のグールが飛び出してきた。
この魔物は主に人の死肉を喰らう存在ではあるが知性を有している。しかし、野生のグールは知性が乏しく誰彼構わず襲ってくる。
こいつらには光属性の攻撃魔法が有効なのだが、そういえばネルトやコパンは魔法を使えるのだろうか?…そして俺も?
「うわああッ!」
そんなことを考えていたらネルトがグールに襲われて倒れてしまった。
コパンは「ウダァァ!」と言いながらグールに向かって長槍を突く。
しかし、コパンの長槍は地面に突き刺さり、棒高跳びの要領でコパンの身体が宙に浮き、そのまま霧の中へ飛び込んで行ってしまった。
「をあァァーーッ!」
俺も勇気を振り絞り、握っていた剣を振りかぶってグールに向かって走った。
しかし俺が剣を振り下ろす前に、ネルトがいつもグランを入れている腰の巾着から何かを取り出し、グールに向かって振りかけた。
バシャァッ!
それは液体のような何かで、グールは「アギャァァア!」と声をあげながら塵となって消えて行った。
ネルトはその液体が入った小瓶のふたを閉め、立ち上がって俺たちに説明する。
「危なかった……今のはグールっていう魔物で、この聖水がよく効くんだ。たまたま持ってて助かったよ」
改めて勇者たちの霧払いの光を追おうと辺りを見渡すが、どの方角を見ても光が見当たらない……
どうやら、グールに襲われている間に勇者たちを見失ってしまったようだ。
そして、コパンもいない。長槍だけが地面に突き刺さったまま、コパンは霧の中から戻ってこない。
「おーーい! コパーーン!」
俺とネルトはなるべく離れないよう、手をつないでコパンの名を呼びながら付近を捜索する。
しかし、コパンからの返事はなく、どうしたら良いか困り果ててしまった。
それでも今はコパンの名を呼びながら歩くことしかできず、しばらくそれを続けていると……
ガランッ…… ドガァァァ
「うわああぁあッ!?!」
なんと、そこには切り立った崖があり、ネルトの足元の地面が崩れて身体が半分落ちてしまった。
瞬間、グッと握っていた手を強く握り直したが、落下の勢いには敵わず、繋いだ手が一瞬のうちに引きはがされ、ネルトは崖の下へと落ちて行ってしまった……
「うわァーーッ!」
「ああッ!ネルトーー!!」
俺は何度もネルトの名を叫び、崖下からの返事を待ったが、その声が返ってくることはなかった……
「た、た、大変だ……どうしよう……ネルトが……ネルトが……ッ」
俺は、頭の中が真っ白になって、何をどうしたら良いのかも判断できない状態に陥っていた。
周りを見渡しても真っ白の深い霧。目の前にはネルトが落下した断崖。コパンも見失ったままで、勇者の行方も分からない。
ドラガたちの元へ戻ろうにも、森の中をまともに歩ける自信もなく、またグールに襲われたら自分一人で戦えるとも思えない……
すると、霧の中から突然、叫び声が聞こえてきた。
「キャーーー!助けてーー!」
女の子の叫び声が? こんな、迷いの森で?
気が付くと俺は、その声のするほうに向かって全力で走っていた。先ほどまでグールと戦うことすら怖がっていたというのに……
視界ゼロの深い霧の中、女の子の声だけを頼りに走る抜けると、そこにはなんとグールが1体いた。
「あっ!そこの骨のお兄さん!助けてーー!」
えっ……グールから女の子の声が……?
一瞬、そう思ったがよく見ると、グールは両手に何かを握り締めており、それは妖精の“フェアリー”だった。
グレイト・ソウルズにも登場するキャラクターではあるが、ゲーム内ではこの森の入口で「この先は霧払いの光が必要よ」といった台詞だけ話すただのモブだ。
今にも食べられてしまいそうフェアリーを目にし、俺は腰に付けた鞘から躊躇なく剣を抜き、グールに向かって突進した。
グールは手に握っていたフェアリーを離し、俺のほうを向いて両手を大きく振りかぶる。
「ハァアーーッ!!」
俺は、思い切り剣を振り抜き、そのまま勢い余ってグールの後ろまで転がってしまった。
振り返ると、グールは両腕を失っており、左右の腕の付け根から大量の血を噴き出していた。
どうやら俺が振った剣は、グールが振りかざした両腕もろとも一太刀で両断していたらしい。
それでもグールはけたたましい叫び声をあげながら、まだ俺に襲い掛かろうと走り寄ってくる。
俺は今さらになって恐怖が押し寄せ、転がったまま起き上がることもできず、震える手で剣を前へと構える。
……ズシュウッ!
グールはそのまま俺の上に覆いかぶさるように倒れ込み、俺が突き出していた剣に胸を突き刺し、自滅してしまった……
俺は「ひぃいッ!」と言いながら体をずらし、グールから剣を引っこ抜く。
すると、木の上から見ていたフェアリーがひらひらと降りて俺に言った。
「すごーい!あなた強いのね!助けてくれてアリガトウ」
それは、現世でもファンタジー作品でお馴染みの、あのフェアリーそのものだった。
小さな身体の周囲には、キラキラと星屑のような光の粒子が舞い、美しい透明な羽を広げて空中に留まっている。
腰まで伸びる艶やかな金色の髪と、幼さを残しつつも整った顔立ちは、神秘的な魅力と無邪気さが同居している。
身にまとっているのは、薄い青を基調としたひらひらの衣装。花びらを重ね合わせたような軽やかな作りだ。
「ああ…無事でよかった。君はフェアリーだね?」
俺がそう言うと、彼女はにっこり笑って俺に自己紹介をしてくれた。
彼女の名は“クレース”というらしい。この森に古くから澄むフェアリー種族の一人で、七聖宝の在り処も知っているという。
俺も自分の名前と事情を説明し、まずは崖から落ちたネルトの様子を見てきてほしいと頼んでみた。
すると、クレースはすぐに崖下まで飛んで降り、しばらくして戻ってくると、どこにもスケルトン兵士の姿はなかったと報告してきた。
コパンの姿も近くにはなく、仕方ないので俺は七聖宝の在り処まで案内してもらうことにした。
もしかすると、ネルトとコパンの2人もそれぞれに七聖宝の在り処へ向かっているかもしれない……
クレースが纏うキラキラの粒子は、霧払いの光と同じように辺りを照らし、足元をしっかり確認しながら安全に歩くことができた。
すると、クレースはふいにこんな質問を投げかけてきた。
「ねえエイトさん、勇者たちを見つけたら、やっつけるつもりなの?」
……俺は、答えに困った。
今の俺は魔物なので勇者を倒すのが本来の役割なのだが、別に勇者に恨みもないし倒したいわけではない。
むしろ勇者に魔王を倒してもらって、世界に平和が訪れてほしいのだ。
しかし、それには魔物たちの犠牲…つまり、俺の同胞たちの死も受け入れる必要がある。
なるべく犠牲者を出さずに魔王だけ倒してほしいが、そんな虫のいい話があるだろうか……
回答できずに黙り込んでいる俺を見て、クレースが気を遣ってこう続けた。
「あ~……答えたくなければ答えなくていいのよ。 ほら、もう七聖宝の在り処に着いたわ」
そうこうしている内に、俺はこの森の中央にある“アニマノームの湖”に到着していた。
湖の中央には小さな浮島があり、そこを繋ぐ桟橋も架けられている。
浮島にはすでに勇者一行が到着しており、霧払いの光によってその姿が照らされていた。
俺とクレースは、少し離れた位置の茂みに隠れて様子を見る。
どうやら勇者たちは、七聖宝に仕掛けられている罠を解除しようと、四人で相談をしているようだ。
その祭壇には、グレイト・ソウルズと同じように、3つの石柱が取り付けられていた。
ゲームでは、石柱に刻まれた数字を左から順に369と並べて、解錠の文字盤に触れることで罠が解除される。
ガシュンッ! ゴゴゴゴゴ……
どうやら、ちょうど罠を解除した瞬間だったようだ。
少し離れた位置ではあるが、俺の予想通り369であることが確認できた。
「よし、早くこの森を出よう!」
勇者はそう言うと、パーティー四人は一斉にこちらへ向かって歩き出した。
その方向には、ちょうど俺とクレースが隠れている茂みがあり、俺は思わず慌てて音を立ててしまった。
ガサッ…
勇者たちはバッと武器を構えてこちらを向く。
そして女戦士が、浮島にかかる桟橋を猛スピードで渡ってこちらに向かって走ってきた。
それを見たクレースはすぐに空中へ飛んで逃げたが、俺は動くこともできずに硬直した。
あっという間に女戦士の姿が目の前にあり、その巨大なハンマーを振りかぶっている。
俺が恐怖で目を瞑った時、勇者の声が聞こえた。
「待てセラ!殺すなっ!」
ゆっくりと目を開けると、女戦士のハンマーがすぐ目の前で止められていた。
その後ろから勇者がこちらへ歩み寄って来ている。
そして、勇者は俺の胸元を見つめながらこう言った。
「その“青い魂”は、まさか……」
俺は、改めて自分の胸に目をやる。そこには青く輝く灯火が揺れていた。
顔を上げると、勇者は俺の目の前まで迫っており、片膝を立てて俺の前に腰を下ろした。
そして、勇者は俺に顔を近付け、俺にだけ聞こえる声量でこう言った。
「お前……転生者か?」
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