17話 迷いの森の攻防戦
——迷いの森 ~アニマノーム~
深い霧に包まれながら、レイスたち勇者一行が歩いている。
この森は、魔物であっても出られなくなる危険があるため、森の奥にある七聖宝“地核の結晶”は、誰も守護することなく放置されている——
「やっぱり僕が言ったとおり、さっきの分岐を右だったんだよ……」
「はあ? ウチのせいだって言いたいわけ?」
「まぁまぁ、とにかく一度来た道を戻ろうではないか」
「いや、このまま真っ直ぐ進んでみよう」
レイスたちは事前に“霧払いの光”を購入していたが、どうやら不良品だったらしく、途中で光が消えてしまったのだ……
たちまち前後左右の感覚すら失い、それから何時間もぐるぐると彷徨い歩いていた。
「まずいな……この森はグランシア王国と近い……
これ以上ここに滞在していると、刺客が送り込まれてくるかもしれない」
レイスの読みは当たっていた。
グランシア王国から迷いの森までは、たった3kmほどの距離。
レイスたちが乗っているカローネスの光がこの森へ向かって行くのを、グランシア城下町の見張り台にいるスケルトンが目撃していたのだ。
「喧嘩してる場合じゃないぞ。早く七聖宝を見つけて……あッ!」
ウガァァアッ
レイスが2人を注意していると、彼らの背後に野生のグールが襲い掛かってきた。
口喧嘩をしていたせいで、セラとザハルは反応が遅れてしまい、グールの尖った爪が振り下ろされようとしていた。
ヒュゴォオオオッ
そこへ、グリモアが光属性の攻撃魔法が放ち、グールは呻き声をあげながら塵となって姿を消していった。
「まったく…… 油断するでないっ」
この森には獰猛な獣や、野生の魔物が棲息しており、歩いているだけでも危険な場所だ。
危ない所を助けてもらったセラは、満面の笑みを浮かべてグリモアにお礼を言う。
「ありがとう、グリッち!」
セラは、いつの間にかグリモアのことをグリっちと愛称で呼ぶようになっており、どうやらグリモアに対しては好意を示しているようだが、ザハルとは口喧嘩ばかりしている。
レイスはそんな関係性も悪くはないか…と、特に気に留めることはなかった。
「……待って、誰か来るっ!」
突然、セラはそう言いながら霧の奥を指さした。
他の三人は何のことか分からず、霧の中に目を凝らしているが、セラだけハンマーを構えて臨戦態勢をとった。
すると確かに、霧の中に淡い光の塊が現れ、それが徐々に広がって近づいてくる。さらに耳を澄ましてみると、微かに馬の足音のようなものが聞こえてきた。
そこでようやくレイスとグリモアとザハルも気を引き締め、光のほうに意識を集中させる。
「さすがだセラ。勘の良さは親父さん譲りだな。
みんな気を抜くなよ。どんな魔物が現れるか……」
レイスがそこまで話すと、霧の中からビュンッ!と矢が飛んできた。
ギィンッ!
一瞬のうちにセラが移動し、レイスの前でハンマーを正面に構え、飛んできた矢を弾いた。
「レイス、あんたこそ油断してんじゃないよ」
もし今の矢に毒でも塗られていたら致命傷にもなりかねない。セラの言う通り、油断していたのはレイスのほうだった。
ドバァァッ
直後、霧のかかる茂みの中からレイスたちの目の前に現れたのは、14名の騎馬隊。それもスケルトン兵士たちだ。
最後尾には、ひときわ大きな身体をしたスケルトンが、目を深紅に光らせながら、鉄塊のようなメイスを握り締めている。
レイスはその魔物こそがこの小隊のリーダーだと判断した。
「見つけたぞ勇者ども! 皆の者、かかれーーッ!!」
魔物のリーダーの号令で、兵士たちが一斉に襲い掛かってきた。
最初に攻撃を受けたのはセラ。
ガィイインッ!!
セラはまたハンマーを正面に向け、激しい斬撃を受け止めた。
しかし、その横から別のスケルトンが槍を突く。
セラはそれも見切っており、素早くハンマーを軸に身体を翻し、その勢いでハンマーを起こして反撃へ移る。
ビュオオッ ガァーンッ!!
セラが振ったハンマーは、骨の馬に騎乗するスケルトン兵士の脇腹にクリーンヒットした。
ぐおッ…と声をあげて馬からずり落ちるスケルトン兵士。
しかし休む間もなく、また後方のスケルトンが放った矢が飛んでくる。
その矢がセラに届く前に、レイスのルミナスソードが空中で矢を両断し、レイスはすぐに皆へ指示を出す。
「セラ、その調子で戦ってくれ!グリモアさんは後ろから援護射撃を頼む!ザハルも回復と補助魔法を!」
そこからはまさに一進一退の戦いが続いた。
レイスとセラが最前線でスケルトンたちと刃を交え、その後ろからグリモアの攻撃魔法が放たれる。
しかし、レイスたちも無傷とはいかず、スケルトン兵士の激しい攻撃を何度も喰らっては、ザハルの回復魔法で傷を癒しながら戦っていた。
こうして1体、また1体と着実にスケルトンを撃破していたが、レイスはこの状況に危機感を募らせていた。
なぜならまだ、あの魔物のリーダーが戦いに参加していないからだ……
「みんな、大丈夫か?! 1体ずつ確実に倒すんだ!」
レイスがそう言った直後、まだ一度も戦いに参加せず少し離れた位置で静観していた魔物のリーダーがついに動き出した。
骨の馬が走らせて混戦する中に突っ込んでくる魔物のリーダー。そこには、ちょうどスケルトンの攻撃をハンマーで受け止めている最中のセラの後ろ姿が……
ドゴォォッ!!
不意を突かれたセラが、やつのメイスの餌食となってしまった。
背中を強烈に殴打され、その衝撃でセラの身体は吹き飛び、近くに立っていた樹に激突した。
「かはぁあッ!!」
痛みに声をあげるセラの元へ、急いでザハルが駆け寄り回復魔法を当てる。
だが、傷が深いため止血用の包帯も巻きながらの治癒が必要であり、しばらく回復役が不在の状態となってしまった。
「こりゃあ、まずいな……どうするレイス君」
グリモアが険しい表情を浮かべてレイスに指示を煽る。
このスケルトンの小隊だけでも相手するのに精一杯だったというのに、まだ10体以上は生き残っている……
その上、こんなバケモノのように強いリーダーまで参戦してきたのでは、レイスたちの勝機が薄いことは明らかだった。
「グリモアさん…… 俺がこいつを一人で相手します。 その間に何とかセラとザハルを守ってください」
敵から目を逸らさず戦闘態勢を取ったまま、グリモアは「うむ」と一言だけ告げた。
そしてレイスは、魔物のリーダーに向かって大声で叫んだ。
「俺の名はレイス・グランシア! お前がこのスケルトンどものリーダーか? 俺と一騎打ちで勝負しろ!」
それを聞いた魔物のリーダーは、ハッと表情を変え「……グランシア?」と一言つぶやいてから、レイスの顔をじっと見つめてこう言った。
「我が名はドラガ・ボーンヘルト。 なるほど……お前、アルバート王の息子だな?
まさか生きていたとは…… 良かろう、この死にぞこないめ、俺が引導を渡してやる」
そう言うとドラガは馬から降り、首の骨を左右にボキボキと鳴らしながらレイスの前へやって来ると、深く腰を落として攻撃の構えをとった。
その手には鉄塊のように無骨で漆黒に輝くメイスが力強く握られている。
あの北の灯台で戦ったカッツォが使っていた“破壊のメイス”の2倍ほど大きい、まるで殺意を固めて作ったかのようなメイスだ。
レイスは左足を後ろに下げ、得意技でカウンターを狙う。
両者の間に、一瞬の静寂が訪れる——
ダダッ
先に動いたのはドラガだった。
一瞬でレイスの目の前まで迫り、巨大なメイスを振り下ろす。
ゴガーーンッ!!
カウンターを狙っていたレイスだが、そのあまりの気迫に気圧され、思わず横に避けてしまった。
ドラガの攻撃にはカッツォの時のような攻撃モーションに隙が無い。
盾で受け止めようものなら、先ほどのセラのように身体ごと吹き飛ばされるだろう……
ビュゥンッ!
体勢を整える間もなく、次の攻撃を仕掛けてくるドラガ。あの馬鹿でかいメイスを、いとも軽々と振り回せるのは、ドラガの巨体あってこそなせる業だろう。
レイスはさらに奥へと体を転がらせ、ドラガの攻撃を避ける。
「どうした小僧! 避けるだけでは勝負にならんぞ」
ドラガはそう言ってレイスを煽るが、レイスは挑発に乗ることはなく、冷静に反撃の隙を狙ってルミナスソードを構え直す。
しかし、おそらく一太刀入れた程度ではびくともしなそうな巨躯だ。
横目でグリモアの様子を確認すると、スケルトンたちに囲まれながら攻撃魔法を繰り出してはいるが、その魔法を搔い潜って剣や矢がグリモアに襲い掛かり、何度か攻撃を受けてしまっているようだ。
このまま消耗戦を続けても埒が明かない……レイスがそう思っていた時だった。
ガサッ
ドラガのすぐ横の茂みが激しく揺れ、ドラガは思わず「…むっ?」とそちらに気を取られる。
ザバァァアアッ!!
「うおおおッ! なんだこいつは?!」
それは、植物と同化したネズミのような巨大な化け物。ドラガを遥かに上回る大きさで、その名も“サルーム”という。
この森に古くから棲み付いており、侵入者を見つけると排除しに現れるため、アニマノームの守護獣と呼ぶ者もいる。
その頭部には、植物の蔓のようなものが無数に生えており、本体となる巨大なネズミの触手のように蠢いている。
ビシュルルッ! 「むううッ!」
その蔓のような触手は、目にも止まらぬ速度でドラガの左腕に巻き付き、サルームは大きな口を開けてドラガを捕食しようと引き寄せる。
ドラガはメイスを手放し、腰に差していた短剣を抜いてサルームの触手を切断するが、瞬く間に次の触手が放たれ、ドラガの胴体に強く巻き付いた。
その時、ドラガが胸からペンダントのようにぶら下げていた“霧払いの光”を入れた小瓶が足元に落ちた。
レイスはこの機会を見逃さなかった。
「おーーい! お前たちの親が大変だぞー!」
すると、グリモアと交戦中だった残りのスケルトン兵士たちが、一斉にレイスのほうへ振り向き、化け物に応戦しているドラガに気が付く。
ドラガは宙に浮いた状態で、サルームの口元まで引き寄せられており、片手でサルームの鼻を押さえながら、もう片方の手でザクザクと頭に短剣を突き刺している。だが、サルームを取り巻く植物の蔓が邪魔をして、本体には刃が届いていないようだ。
それを見たスケルトン兵士たちは、一斉にドラガの元へと向かって走り出した。
すかさずレイスは剣を鞘に仕舞い、ドラガが落とした小瓶を拾ってグリモアに走り寄る。
「グリモアさん!今のうちに逃げましょう!」
一時退散したほうが良いと判断したレイスは、このどさくさに紛れて逃げることを選んだ。
グリモアもスケルトンたちを一人で相手していたため、何か所も攻撃を受けて出血や打撲をしていたが気力を振り絞り、セラを治療中のザハルに指示を出す。
「よし、ザハル!セラをおぶって走れーぃ!」
レイスはドラガが落とした小瓶を手に、霧を払いながら森の中を駆け抜けて行く。
ザハルはすぐにセラを背中に乗せると、グリモアの後を追って走る。
そのさらに後ろ、数メートル離れた距離に3体のスケルトンが後を追ってきたが、どうやら“霧払いの光”を持っていなかったようで、追い付かれる前に離散していった……
——アニマノームの湖
深い霧に覆われたその湖は、人の存在を拒むように静まりかえっている。
湖の中央、自然が作り出した円形の小さな浮島には、簡素な祭壇が添えられていた。
その祭壇には、七聖宝のひとつ“地核の結晶”が安置されており、淡く厳かな光を放っている。
かつてグランシア王国の兵士たちによって設置されたものだが、今や管理されることもなく、霧と静寂に守られながら放置されていた。
そして、祭壇の前にはレイスたち四人の姿が揃っていた。
だが、彼らはまだ気づいていない。
背後の茂みから、静かに視線を向けているスケルトン兵士の存在に……
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