14話 魔法の使い手
新たに加わったセラのカローネスも呼び笛で召喚し、レイスたち三人は次なる目的地を目指していた。
セラのいたクローネ村から山を2つほど越えた先にある、セプロトの町だ。
そこは標高の高い場所にあり、白を基調とした建物が多く立ち並ぶ。穏やかな日差しと優しい風が吹き抜ける静かな町だ。
人口は約2,000ほどで、この世界における町としては中程度の規模だ。
あまり旅人は立ち寄ることのない町だが、レイスには一人会っておきたい人がいた。
——それは、レイスがあの旅の途中にこの町を訪れた時のこと……
よく晴れた日の昼下がりだった。
レイスが町の中を散策していたところ、路地の向こうから血気盛んな若者たちがぞろぞろと歩いてきた。
すれ違いざま、避けたつもりだったが、その内の一人と肩がぶつかってしまった。
レイスはすぐに振り返り、謝ろうとしたのだが……
ボガッ!
レイスの左頬に思い切り拳がめり込み、そのままレイスは倒れ込んでしまった。
「おいガキぃ~ てめぇ、どこ見て歩いてんだぁ?」
普通、それを先に言ってから殴るんもんじゃないか?…とレイスは思いながらも、殴られた頬を手で抑えながら立ち上がり、相手をキッと睨み付けてこう言った。
「謝るつもりだったが、予定変更だな」
そしてレイスは町の中にも関わらず、背中のロングソードに手を掛けた。
若者たちも望むところだと言わんばかりに、懐に隠し持っていたナイフや、腰にぶら下げていた剣を抜き、戦闘態勢に入る。
相手の数は5人。こうした多人数を相手にする場合、リーダー格の者を先にやっつけてしまえば、雑魚たちの士気を奪うことができる。
レイスは、彼らの一番後ろにいる小太りな男がこの集団のリーダーだと一瞬で見極めていた。
ちなみにレイスを殴った男はただのお調子者。集団でいる時にしか強がれない三下だ。
バッ!
レイスは、殴ってきた男の横を華麗にすり抜け、残りの三下たちの後ろにいる小太りまで、一気に間合いを詰めた。
それはまるで疾風のごとし速さで、彼らの整った髪型がブワッと乱れさせるほどだった。
「うわわッ!わーーッ!」
焦った小太りリーダーは、レイスに向かってナイフをがむしゃらに振り回した。
ピッ…!
レイスは体を反らして避けようとしが、その不規則な刃先の動きに少し触れてしまい、右頬に一筋の傷が走った。
しかし、すぐさま体制を整え、ロングソードの刃を小太りリーダーの首元に当ててこう言った。
「お前らのリーダー、こいつだろ? どうなってもいいのか?」
すると、三下たちは一斉に怖気づき、持っていた武器を懐に収め、全員そろってレイスに謝罪する。
「「「す、すみませんでしたー!」」」
それを聞いたレイスは、小太りリーダーの首元からロングソードを離し、ゆっくりと背中の鞘に戻してまた町の散策を再開した。
小太りリーダーは、歯を食いしばりながらレイスの後ろ姿をにらみ続けていた。
——数日後
レイスは、この町での情報収集もだいたい終わり、そろそろ別の村か町へ移動しようと宿から出ると、突然、体に謎の異変を感じる。
「こ…これは……いったい…?!」
体の筋肉が強張り、口の開閉も上手くいかず、そのまま宿の前の階段で座り込んでしまった。
すると前方から、あの小太りリーダーと仲間たちが歩いてきた。
「おやおや、誰かと思えば こないだのクソガキじゃねぇか~」
まずい……よりによってこんな時に……
小太りリーダーと仲間たちは、拳の骨を鳴らしながらこちらに近づいてくる。それでもレイスの体は思うように動かない。
そして、宿の外階段で一斉に蹴られ、殴られ、抵抗することもできないままボコボコにされてしまった……
「ふぅ~~ よし、今日はこれくらいにしといてやる。 この金は貰っていくぜ」
そう言うと小太りリーダーはレイスの懐から財布を奪い、仲間たちと笑いながら立ち去って行った。
レイスは大切な路銀を無くし、体中に大けがを負わされてしまい、そのまま意識を失った……
——柔らかい布の感触……
それから何時間が過ぎたのだろう、レイスが目を覚ますと、そこは木造の家の中だった。
レイスはこの部屋の端に設置されたベッドの上にいた。
見渡すと、壁際には作業台があり、薬品を醸造するためのガラス瓶や壺、何に使うか分からない金属製の器具などが整然と並んでいる。
いくつかの瓶には色の異なる液体が入っており、室内はかすかに薬草のような匂いも漂っていた。
部屋の奥には本棚が据えられており、そこには年季の入った魔導書や分厚い図鑑などが隙間なく収められている。いずれの本も背表紙のこすれ具合からして、何度も読み返したことが伺える。
レイスは一目で分かった。ここは、ただの民家の一室ではない。“魔法使い”の仕事場だ……
ガチャッ
部屋のドアが開き、紺色のローブに身を包んだ初老の男が現れた。
白髪交じりの長い髪とアゴ髭、それに丸い銀縁の眼鏡をかけて、何かの本を読みながら歩くその姿は、まさに“魔法使いの見本”のような出で立ちだ。
「おっ、気が付いたか」
そう言うと魔法使いはレイスの元へと歩み寄り、近くにあった椅子に腰かけた。
レイスは少し警戒しながらも、魔法使いに質問する。
「あ…もしかして、助けてくれたんですか?」
それを受けて魔法使いは、何があったのか丁寧に説明してくれた。
あの宿の外階段でレイスが倒れた時、彼は物陰から一部始終を見ていたらしい。
事情は知らずとも、ただ一方的に殴られて財布まで奪われたレイスを不憫に思い、この自宅まで連れて戻り介抱してくれたそうだ。
そして、レイスの応急処置を終えた後、彼は町に出てあの小太りリーダーと三下どもを見つけ出し、財布を取り返してくれていた。
説明の後、改めてお互いに自己紹介を行い、彼は“オルフェン・グリモア”という名前だと知った。
「さて、レイス君の症状だが、これは破傷風というやつだな」
レイスはそれが何なのかさっぱり分からなかったが、何やら厄介な感染症におかされていたようだ。
傷口から錆が入るとこうなる場合もあるようだが、思いつくことと言えばあの小太りリーダーのナイフ……確かに少し錆付いていた。
とにかく、放っておくと命にかかわるところを、彼の適切な処置によって救われたのである。
「ほれ、少し歩いて身体を慣らそう」
彼はそう言いながらレイスを抱き起し、松葉杖の代わりにと、年季の入った魔法の杖を手渡した。
レイスはそれを支えとしながら彼と一緒にゆっくりと町を歩く。
外は快晴で、町にはたくさんの人が歩いていた。
すると、皆がすれ違うたびに声をかけてくる。
「あ、グリモアさん! この間はありがとうございました」
「グリモアさん、また薬が切れそうだから調合してほしいんだ」
「おや、オルフェンや、今日も人助けかい?」
彼はこの町で、多くの人から愛されているようだ。
レイスは、なぜ町の人たちから愛されているのか彼に聞いてみた。
すると、彼は少し照れくさそうに顔を赤らめながら、“人助けが趣味なんだ”と答えた。
……それから数週間が経ち、レイスはすっかり体調も良くなり、町を出ることにした。
治療中ずっと看病してくれていたグリモアには、感謝してもしきれない。
せめてものお返しにとグランを渡そうとしたが、かたくなに受け取りを拒否するグリモア。
最後はレイスが根負けし、“魔王を倒して平和をお返しする”と誓い、町を後にした……
——そして、現在
セプロトの町は、あの頃とほぼ変わらぬ町並みで、レイスは懐かしさを楽しみながら歩いていた。
セラとザハルも初めて訪れた町だそうで、周りを眺めながら観光気分で歩いている。
そして、あの木造の家が見えてきた。
「グリモアさ~ん! 居ませんか~?」
レイスは玄関の前に立ち、扉をノックしながら声をかける。
しかし、中からは返事もなく、ふと庭先を見ると芝が伸びきって手入れされていないことが分かる。
すると家の中からゴトンッと何かが倒れるような音がした。
レイスは気になってドアノブを回してみると、扉には鍵がかかっておらず、そのまま開くことができた。
「グリモアさ…… あっ!」
するとそこには、テーブルに突っ伏して、ガーガーといびきをかいて眠っているグリモアの姿があった。
テーブルには酒瓶がずらりと並んで、床にも空瓶が転がっている……
本棚に整列していたはずの魔導書や図鑑は、いくつかだけ残して他は床に散らばっている。
作業台は埃をかぶり、しばらく醸造した形跡もなく、いくつかガラス瓶が床に落ちて割れていた。
「え……これがレイスさんの言ってた魔法使い? ただの老いぼれ……」
ザハルが言い終える前に「シッ!」とレイスか咎めると、その声で彼が目を覚ました。
「う~~ん…… おお…? なんだ……勝手にひと様の家に入ってきよって……」
レイスは勝手に入ったことを謝罪しつつも、自分の名を名乗りながらグリモアに近づく。
すると、グリモアはレイスのことをすぐに思い出し、久しぶりの再会を喜んでくれた。
「おおお、レイス君! ずいぶんと見違えたなぁ~」
そう言う彼こそ、顔のシワは増え、疎らだった白髪が今では総白髪と化しており、口からは酒の匂いがした。
言葉を選ばず言うならば“落ちぶれた”という印象だ……
レイスはそんな彼に対し、何があったのか尋ねてみた。
「グリモアさん… 何があったんですか?」
するとグリモアは神妙な面持ちに変わり、静かに話しはじめた。
彼はこれまで、町の人に薬を調合したり、畑を荒らす獣を退治して、その度に受ける“感謝の言葉”を糧に生きてきた。
時には、そんな善意を嘲笑う者もいたが、彼は黙って見過ごしてきた。
しかしある時、彼の家から大切な魔導書が盗まれてしまった。
犯人はすぐに分かった。それは彼が一番親しくしていた町の自警団を務める青年だと……
魔導書に興味があった彼に「いつでも読んでいいよ」と合鍵を渡していたのだ。
人の優しさにつけ込み、信頼を踏みにじる行為。
それは、魔物が“人の心を誑かす”のとよく似ている。
人間と魔物、一体何が違うというのか……
その疑問が彼の胸を満たした時、彼の中で何かが静かに崩れていった——
そこまで話し終えると、グリモアは涙を流して俯いてしまった。
レイスは、そんな彼の肩にそっと手を置き、力強くこう告げた。
「俺が魔王を討つ。
世界に平和を取り戻し、人の心の“闇”も必ず晴らしてみせる」
その言葉を受けて、グリモアの瞳がわずかに揺れた。
絶望の底に沈んでいた彼の中の“光”が、再び灯される。
「まだ魔法は使えますか?」
レイスの問いに、グリモアはしばし彼を見つめて、小さく頷いた。
次の瞬間、彼の手のひらに膨大な魔力が集束する。
——ボォオオッ!!
立ち昇る炎は荒々しくも正しく制御され、長年培った熟練の技術を感じさせる。
「人の心の“闇”か……
確かに、このところ魔物の数も増え、町の人々も不安になっている。
魔王を滅ぼせば、人々が優しさを取り戻せるかもしれんな……」
同じく魔法を扱う者として、ザハルはその炎がどれほどの威力か一目で分かった。
「まさかこんな小さな町に…… こんなバケモノ級の老人がいたなんて……」
セラもまた、その炎からとてつもない威力を肌で感じていた。
「おじさん、すごいね! ウチらの仲間になってよ」
セラの軽いノリに、グリモアも悪い気はせず「あ、うん。そうする」と言うと、すぐに旅支度を始めた。
こうしてレイスは4人目の仲間に迎え、ついに魔王討伐に向けた旅が本格始動する。
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