13話 いい鍛冶職人
クローネ村——
その村は、西の外れにある荒れた大地にある。
風に削られ赤茶けた大地に、背の低い建物が立ち並び、村の境界は傾いた木柵があるだけだ。
その木柵の前でカローネスに跨ったままレイスはこう言った。
「ここがクローネ村だ。 俺の古い知り合いがいる」
レイスとザハルは、その埃っぽい村の入口でカローネスから降り、中へと足を踏み入れた。
この村を囲む荒野には獣が多く、その干し肉の匂いが村じゅうの至る所に漂っている。
「なかなか……見応えのある村ですね」
王宮育ちのザハルが何か嫌味を言っているが、レイスは無視して村の中を進んでいく。
素朴な村だが、道具屋、武器屋、それに宿屋が一軒と、酒場に鍛冶屋まである。
そう……この鍛冶屋に、“ロック・マギナス”という腕のいい鍜治職人がいて、レイスは彼に会いに来た。
その主人は若い頃から、自分で打った武器の試し斬りと称して、数えきれないほど魔物を倒しており、鍛冶屋にしておくには勿体ないほどの剛腕だ。
レイスはその職人に、戦士としてパーティーに加わって貰えないかと交渉しに来たのである。
すると、村の中通りのほうから、カァンッ!カァンッ!と鉄を叩く音が聞こえてくる。
実にいい音だ。腕のいい職人が打つと、澄み渡るような綺麗な音が出る。
急いでその鍛治屋の前まで行くと、鉄を打っていたのはロックではなく、若い女性だった。
レイスがその女性にロックはいるかと尋ねると、女性は作業の手を止め、店内のほうへ向いてこう叫んだ。
「お父さーーん! お客さんだよー!」
お父さん……?
そうか、どこか面影あると思っていたら、この女性……ロックの一人娘の“セラ・マギナス”だ!
あの頃はまだ、7~8歳くらいだったと思うが、まさかこんなに大きくなっているとは……
すると、店の奥から気の抜けた返事をしながら、のそのそとロックが姿を現した。
ロックもまた、以前よりも顔のシワが増え、初老と言っていい見た目になっていた。
身長はさほど大きくはないが、相変わらず丸太のように太い腕と首、そして逞しい口髭を蓄えている。
「ああん? オレに何の用……お、お前、まさか!」
ロックは感覚が人一倍優れており、一目見ただけでレイスだと気が付いたようだ。
そして、すぐさまレイスに走り寄り、涙ぐみながら抱擁した。
その様子を呆気にとられた様子で見ていた娘のセラも、ふっと記憶が蘇った。
「えっ……あんた、レイス? 勇者レイス?!」
そう言うと、セラも「わああ」と涙を流しながらレイスに抱き着いた。
道行く村人たちは、抱き合って泣いている3人を不思議そうな目で見ながら通り過ぎていく。
一人、蚊帳の外のザハルだけが、この状況にドン引きしていた……
——鍜治屋の店内
レイスとザハルは思わず息を飲んだ。
店の前にもたくさんの武具が展示されていたが、店内に一歩足を踏み入れるとそこはまるで武器庫のようだ。
丹精込めて作られた剣や斧、槍や槌などがずらりと壁に掛けられており、盾や鎧、それに兜が木棚に綺麗に並べられていた。
レイスとザハルは、中央にあるテーブルの椅子に座り、落ち着きなく辺りを見回している。
そんな二人の様子を嬉しそうに見ながら、向かいの椅子にロックも腰掛けた。
「どうだい?立派なもんだろ。 ほとんど娘が作った物だよ」
まさか、あの幼かったセラがこれ程まで鍜治の腕前を上げていたとは……どれも王室に献上できるレベルの一級品だ。
するとザハルは、興味津々な様子でロックに質問を投げ掛けた。
「あの、値札が付いてないようですが、売り物じゃないんですか?」
ちょうどその時、セラが四人分のお茶を淹れて運んできた。
すると、セラは床に並んでいた鎧のひとつを、ガンッ!と蹴りつけながら言った。
「ふんっ! こんな失敗作、売るわけないでしょ!」
そしてセラは持っていたお茶を乱暴に置き、レイスとザハルは思わずビクッと仰け反った。
ロックは小さな声で「あ…その鎧を作ったのオレ…」と言い掛けたが、突然セラが泣きながらしゃべり出した。
「もっと…ううッ……もっと完璧なモノを作らないとダメなの!…ううッ…」
それを見たザハルは、レイスに顔を近づけ「情緒不安定な子ですかね…?」と耳打ちしてきたが、レイスは人差し指を口元に当て「シッ」と言った。
——あれは、セラがまだ幼かった頃
カァンッ! カァンッ!
セラは幼い頃から、鉄を打つ父ロックの背中を見て育った。
ロックはまだ7歳だったセラを、高温の火を扱う危険な現場から追い出すことはしなかった。
それどころか、なんと幼いセラに「やってみるか?」と言って鍜治屋の仕事を教えはじめてしまった。
セラも初めの内は遊び感覚で鉄を打っていたが、次第に熱中しはじめ、気付けば真剣な顔つきになっていった。
「ウチ、お父さんみたいに 立派な鍛冶職人になる!」
それを聞いたロックは泣いた。秒で泣いた。
父としてこんなに嬉しいことがあるだろうかと。男泣きである。
ロックはその後もセラに、鍜治屋のいろはを徹底的に叩き込んでいった。
そんな親子の仲睦まじい光景も、母ルノアの目にはあまり良くは写らなかった。なぜなら、とにかく危険だからだ。
ずっと子供が欲しかったルノアに、やっと授かった大切な一人娘のセラだ。もし火傷の痕などできたらと思うと、いつも気が気ではなかった。
だが、そんな気持ちと裏腹に、セラはどんどん鍜治の腕前を上げていく。ルノアは、喜んでいるセラを見るのは、純粋に嬉しくもあり、複雑な気持ちだった……
ある時、店の奥にある自宅の台所でルノアが料理をしていると、後ろからセラが声をかけてきた。
「お母さん、これあげるっ!」
セラの手には、立派なダガーが握られていた。
よく見ると、持ち手の革張り部分に“大好きなお母さんへ”という文字が焼き入れてある。
なんとそれは、セラが初めて一から一人で打ち、作り上げたダガーだった。
「ありがとうセラ! こんなに嬉しいプレゼントを貰ったのは生まれて初めてよ」
ルノアは、セラをぎゅっと抱きしめ、大粒の涙を流した。
その様子をこっそり後ろで見ていたロックは「俺も今まで色々プレゼントしたんだけどな…」と思いながらも優しく見守っていた。
その翌月、セラはルノアに連れられて村を離れていた。
こうしてたまに歩いて1時間ほどの距離にある隣町へ、母と一緒に買い物へ行くのがセラの楽しみのひとつだった。
その日も、いつものように生活品や調味料などを買って村へ戻るはずだった。
しかし、その帰り道——
ゴブリンだ。
ルノアとセラの前方100メートルほどの距離にいる。
この辺りには近年、魔物が現れたことは一度もなかったのに、なぜ……
さほど知能が高くない野生のゴブリンは、相手が何であれ襲い掛かり捕食する獰猛な魔物である。
ゴブリンは既にこちらに気が付いており、戦闘態勢を取っていた。
その手には何処で拾ったのか、錆び付いたナイフを握りしめている。
「お…お母さん、あれって……」
次の瞬間、ゴブリンは猛スピードでルノアとセラに向かって突進してきた。
ルノアはすぐにセラを自分の後ろに隠し、肩にかけていた手編みの巾着からダガーを取り出し、ゴブリンに向けて構えた。
その時、セラの目には、全ての動きがスローモーションに映った。
音を一切感じない。
迫りくるゴブリンと、鬼気迫る表情を浮かべているルノアだけが、この空間にある全て。
気づくとゴブリンは、もう目の前にいて、錆びたナイフを振り上げている。
そのゴブリンの胸に目掛けてダガーを突き立てるルノア。
——ザガッ! ズシュッ!
鈍い音が、セラの耳に届いた。
その瞬間、パッと視界がもとに戻り、慌てて母に駆け寄るセラ。
ルノアの横には、ダガーが胸に刺さったままのゴブリンが仰向けの姿勢で絶命している。
しかし、ルノアはゴブリンが振り下ろしたナイフを避けきれず、致命傷を受けてしまっていた。
息も絶え絶えに、ルノアはセラに語りかける。
「セ…ラ…… 聞いて…セラ……
ごめんね、お母さん、あなたがお父さんの仕事を手伝うの……本当は嫌だったの……
でもね、あなたはもう、立派な鍛冶職人よ……胸を張って…………」
そこまで言い終えると、ルノアは微かな息を吐き、静かに息を引き取った。
雲一つない青空が、あまりにも残酷に、穏やかで——
その空の下、セラはもう二度と返事のない母の名を、何度も何度も嗚咽交じりに呼び続けた。
するとそこへ、クローネ村に立ち寄ろうとしていた幼いレイスが現れ、事情を察知したレイスは急いで村に知らせに行った。
あと少し早く駆け付けていたら助けられたかもしれない……という思いがレイスに残った。
その後、村から大人たちがやって来て、セラは保護され、ルノアの亡骸は丁重に村へと運ばれた。
ロックは亡き妻を抱きしめて号泣し、セラの無事を心から感謝した。
その日からロックは、村の付近にうろつく魔物どもを根絶やしにする!と、毎日のように狩りへ出るようになり、代わりにセラが店番を担当するようになった。
レイスも責任の一端を感じており、村に留まってロックの魔物狩りに同行させてもらっていた。
しかしこの時はまだ、レイスが旅を始めたばかりの幼い頃で、魔物との戦い方にも慣れていなかったため、ロックに何度も命を救われた。
それと同時に、レイスは魔物との戦い方もロックから教わり、非常に良い経験を積むことができた。
そして数日後、この恩をいつか返しますと告げ、レイスはまた旅を再開した。
セラにも挨拶しようと工房にも立ち寄ったが、セラは全神経を鍛造に向けていたため、レイスはそのままクローネ村を後にした。
カァンッ! カァンッ!
セラは後悔していた。
あのダガーは母の細腕には扱いが難しかったはず。もっと軽く、握りやすかったら、あの時ゴブリンよりも速く、母の攻撃が当たっていたかもしれない……
つまり……母の死は、自分のせい……?
そんな風に思うと涙が溢れ、堪らなく自分を情けなく感じるが、そんな思いを打ち砕くように鉄を打ち続けた。
「また失敗…… もっと、もっと完璧なモノを作らないと……」
その後もセラは、鍛冶の腕を磨き続けた。
ロックが魔物狩りから戻ると、父の技を全て吸収すべくロックが鉄を打つ姿を今まで以上によく観察し、すぐに実践して習得していった。
——そして現在
壮絶な過去を知ってドン引きするザハルと、冷静にロックを仲間にしようと交渉に入るレイス。
しかし、「この村はオレが守らねば」と、ロックはレイスの誘いを突っ撥ねる。
するとセラがテーブルをバンッ!と叩きながら立ち上がり、鼓膜が破れるほどの大きな声でこう言った。
「ウチだって戦えるからッ!!!」
そのままセラは隣の部屋へ入っていき、随分と重そうなハンマーを持って戻ってきた。
セラはそのハンマーを軽々と持ち上げ、店の中に並べてあった丈夫そうな盾を目掛けて振り下ろす。
ゴガァァンッッ!!!
あんなに立派な盾が、ものの見事に砕け散り、それを見たロックは「あ…それ、オレの自信作…」と小さく呟いた。
一方、レイスは確信した。恐ろしい女だと。いや、仲間にする価値があると。そして、セラに手を差し伸べ、こう言った。
「共に、魔王を……」
だが、ロックが間に入り、真剣な表情でセラに向かってこう言った。
「セラ お前、まさか……
レイスに付いて行こうってんじゃ……」
すかさずレイスは、ロックに「あの時のお礼です。これでどうか…」と、1,000万グランが入った布袋を手渡した。
ロックはその布袋の中を覗き込み、「娘のことを宜しく頼む」と言い、レイスと固い握手を交わした。
こうしてレイスのパーティーに、新たな仲間が増えた。
そして、旅は続く……
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